Hush thee, my babby?
Lie still with thy daddy,
Thy mammy has gone to the mill,
To grind thee some wheat
To make thee some meat,
Oh, my dear babby, lie still.
ガノン城の跡地。崩れ落ちた瓦礫が撤廃され、元の地面が見えている。未だに城は建設されていないとはいえ、彼女が目的地へ向かうには、それで十分だった。
かつて、ハイラル城があったはずの場所。無惨にも、その影も形もみえない。痛ましげな表情を隠さないゼルダ姫は、それでも足をゆるめる様子はなかった。
中心部を過ぎ、彼女が勇者リンクと初めて出会った場所。やはり、まるで跡形もないけれど、そのあたりまでたどり着くと、黙祷をするように目を閉じた。隠された青い瞳、それでも神妙な調子が、彼女の沈痛な心持ちを表している。しばらくそのままだったが、彼女は唐突に地面に向けて手をかざす。いくつか言葉を唱える。すると、彼女の手の甲に浮かぶ、聖三角形の一片が輝きを見せる。かと思えば、地面も彼女の手の甲と同じように光りだす。王家の紋章が浮かび上がるそこから抉れていき、そして階段に変わった。
「言い伝えは本当だったのですね」
ここまで来ておいて、彼女は半ばこの隠された空間のことを信じていなかった。なのに、奥へ奥へと続く階段を見て、自然と腑に落ちるのだ。ここが、本当の意味での王家の墓だと。
たぶん、シーカー族もしらない。それどころか、男子の王族も知らないに違いない。ハイラル王家の女系の王族ーーそれも直系のもののみが血を介して知ることになる、秘密。
「彼女はここにいるのでしょうか」
囚われている魂を解放できるのは、自分しかいないのだと、彼女は本能で知っていた。ほかの者達を解放する気はない。自分だって、本分を全うした後は、おとなしく囚われる気でいる。だけれど、彼女がここに閉じこめられたままでいるというのは、とても不条理な話だ。
彼女は、もうすでに王家の者ではなかったのだから。
自分達の犠牲としてしまった少女。父親が誰にしろ、王家の濃い血を受け継いだ彼女の魂が、王家の墓にとらわれていても不思議ではない。
不自然に構築された隠し階段を降りつつ、思案する。彼女を解放するのに、なにを犠牲にしなければならないのか。シークの気持ちか。ここに囚われてさえいれば、いつかまた、彼とまみえることができるだろうに。
階段を下りきると、そこには小さな地下室だった。彼女が入ってきたのに反応して、ぼう、と何かが光り出す。かろうじて周囲が見渡せるほどの明かりは、なんだろうーーろうそくとも違う光に疑問をもってのぞき込むと、妖精玉のようなまんまるい光が瓶に入っていた。両壁の棚中に並べてあったそれは、ゼルダが近づくとそれぞれ光りだして、部屋はあっという間に明るくなった。
小さな部屋を奥まで歩くと、右手の棚、一番向こう側に光っていない瓶がひとつ。彼女のものに違いない。そう確信して、ゼルダは近寄った。蓋を開けると、黒い靄のような人型の影が宙へ浮いた。無言を貫く影に「ラナさん」呼びかけると、か細い彼女の声が反応をする。
「ゼルダ、様……?」
彼女に敬称をつけられるようなそんな大層な身ではないのだと、不覚にも叫びたくなってしまいそうになったが、ぐっと堪える。犠牲としてしまった彼女には罵られこそすれど、敬われ良いような立場ではないのだ。けれどそれを告げてしまうことこそが、身勝手に思われてゼルダは口を噤(つぐ)む。
「やはりあなたはここに囚われていたのですね、ラナさん」
ゼルダの言葉を肯定するかのように、黒い靄は徐々に明確に形作る。生前ーーここに囚われる前の彼女の姿に変化した靄。まるで彼女は生きているようにしっかりと輪郭を持つ。ただ、生前の彼女と違うのは、目の前の彼女は色を持たないこと。噂に聞く、勇者の影とも違う。黒い靄だと思われたそれは彼女の姿を描くと濃度が薄まり、黒ではなくセピア色に色あせているということが分かった。
勇者の黒い影が彼の後ろぐらい部分を集めた意識の固まりだとするのならば、今ゼルダと対峙している人影は彼女の記憶だと漠然と考える。
「何かご用ですか、偉大なる王家の当主様」
彼女も、そしてゼルダ自身も分かっていた。ここで女王の名の下に何かを命じたら、命じられた方は従わなくてはいけないのだと。そういった強制力に満ちた空間だった。ピリピリとした緊張感が床を這う。背中を伝って首もとまで上ってきたようなその感覚に、ゼルダは嫌な汗をかきそうだった。
「あなたが望むのなら、あなたを解放しにやってきたのです」
ゼルダの意志のこもったその一言に、ラナだと思われる記憶の影は驚いたようだった。セピア色に彩られた瞳が見開かれる。そんなことができるのですか、とかすれるような声。ゼルダが彼女に意識を払っていなければ、またこの空間が静まり返っていなければ、ともすれば危機のがしてしまいそうなほどの小さなささやきだった。
「できると思います。ここを扱う権利は、今やわたくしにあるのですから」
ただ、解放してしまえば、王家の輪廻から永遠に弾かれてしまうだろう。王家の墓に囚われないとは、そういうことだ。もしかしたら、シークとは二度と縁がないかもしれない。
彼女がシークとの縁を未だに望んでいるかは、ゼルダにはわからなかったがそれでもそのことを付け加えずにはいられなかった。もしかしたら、ゼルダの願いだったのかもしれない。彼女がすべてを奪ってしまった血縁が、それでもシークとのつながりを望んでいるのならーーすべての犠牲を覚悟しているシークも報われるだろうと。
ゼルダの願いが叶わなかったのか、それともその想いさえも汲み取ったのか、記憶のラナは淡く微笑んで、頷いた。
「構いませんよ、ゼルダ様」
あきらめきったその表情が、なんともいいがたく、切ない。諦めというその感情を彼女に教えたのは自分達、王家なのだと分かっていながら、それに憤りを覚えるという理不尽さにゼルダは身を焦がす。ゼルダのことを女神のようにあがめていた彼女は、ゼルダのそんな心境など想像もしないだろう。
「ほんとうに?」
「ほんとうに」
未練がましいと、自分に苦笑しながらゼルダは囁く。ラナは聞き取れないほどの小さな声で、ささやきを返した。けれど、ゼルダはそれでようやく気がついた。気がついてしまった。ラナは、自分達との縁を切りたいわけではないと。今の関係を解消しなければ、王家から離れなければ、彼女は我々との健全な関係を築くことは出来ないのだ。目先のことばかり捕らえては、もやもやとした感情を抱えていたゼルダは、それで憑き物が落ちたように感じた。
「……また別の形で、あなたと出逢いたかった」
「そのために、私を解放するのでしょう?」
ゼルダ様、と慕う響きは罪の色を含む。どうしようもなく、甘美で心地の良いーーきっと、シークもその甘さに酔ったに違いない。偏った人生経験で、歪んだ愛情しか抱けなかったこの人は、私たちをきっと堕落させる。真っ直ぐに、何の混じりけもなく、私たちに視線を向けるのだから。
決意が鈍らないうちにと、指先を歯で傷つけ、一滴の血を自分の手の甲、聖三角形の一部分に垂らす。すると、それは力を持って光り始めた。促す前に、セピア色の彼女は、私の手の甲に自身の手のひらを重ねる。記憶の塊とも魂の欠片ともいえる彼女は温度を持っていないはずなのに、どうしてか温かみを感じた。
「今度こそ、安らかにーー」
ゼルダのことばが言い終わらないうちに、彼女はすっと消えていく。向けられた安堵の微笑みがゼルダの脳裏から離れない。
彼女の納められていた瓶をシークに渡そうと、ゼルダは懐に入れ、そして隠されているその空間から立ち去った。
(Fin.)