消える障壁 (2.
俺は魔法省にはあまり出入りすることはない。別に深い理由がある訳ではないんだけどな。ただ単に用事がなかっただけだ。なんで突然こんなことを言い始めたかというとだな、ま、つまりだ。俺は今いるのだ、魔法省に。
もうちょっとさあ、警備きつくしたほうが良いと思うなあ。アポもとってないのに。まあ、戦後処理部のアーニー・マクミランに面会っていうのはあながち間違いでもないけど。
唐突にさ、会いたくなったんだよ。あいつに。
や、別に、フロイヤーリシュ・アンド・ブロッツ書店で浮いてる訳じゃねえよ? ご心配なく。俺は結構、人間関係うまくやる方なんだ。
じゃなくって。ちょっとね、二、三の懸念事項があるせいか落ち着かなくって、学生時代の仲間に会いたくなったってだけ。あいつが一番気安いからなあ。そこは同室で付き合い長かっただけあるっていうか。なんだかんだ、相談しやすいのはアーニーだよ。
そりゃジャスティンはそれなりに親身になってアドバイスくれるだろうし、ザキなんて、あいつ口ではなんだかんだ言いながら面倒見良いから相談持ちかけたら考えてくれるとは思うよ。
だけど、なんだろうなあ。仲間って言うの飛び抜けて親友とも言えるのって、結局さ、俺の格好良いとこ格好悪いとこ全部見てきたあいつだけなんだよな。って言ったら、アーニーは「ヘタレのコムギに格好良いとこなんてあったっけ」なんて言って笑うんだろうよ。ちくしょう、お前だってハンナに相手にされなかった癖に!
別に負け惜しみじゃねぇよ。だって、俺、仲間内でいっちばん初めにカノジョつくったし? しかもルーナだぜ。ちょっと変わっててかわいいなんて、最っ高にクールじゃね?
……浮かれてる俺の目の前で、何年持つかなんて掛けやってたあいつらって本当、友達甲斐無いよなあ。残念、卒業から既に四年経った今の今まで続いています。
や、知ってるよ。あれは下手な冗談で、祝ってくれてたって。(鈍い俺でもさすがに分かるよ、しもべ妖精に頼んでケーキまで用意されたらさ)
そんなことを振り返りながら魔法省の廊下を歩く。途中、学生時代の知り合いとすれ違って「よっ」って挨拶したり、「えー、お前、魔法省勤めだっけ」ってちょっと立ち話したり(結局そいつは、別に魔法省勤めじゃなくて書類の申請に来ただけだった)、ちょっと早く来過ぎたかなって思ったけど、わりと良い時間になった。
あ、別に俺、仕事サボってきた訳じゃないよ。今日は、次年度の教科書についての話し合いで、ホグワーツまで行ってきた訳。だって、さすがに仕入れられないモンとかあるでしょ。暖炉が使えるようになっていたとはいえ、遠くまで行くってんで早朝出勤だったからさ、早上がりだったの。直帰オッケー。書類は明日書店の方に持ってきゃいいし。
ホラ、占い学だかなんだかの透明な本とか、俺らの代にハグリッドが指定した怪物的な怪物の本とか(俺は魔法生物飼育学取ってなかったけど、ジャスティンはともかく、ザキが四苦八苦してんの見るのめっちゃ面白かった)、店長がさあ、もうあんなの絶対仕入れないぞ! ってさ、すごい剣幕だったもんだから、俺が事前交渉に飛んでった訳。先輩らは苦笑してた。
「エー、っと、ここだっけ」
前に一度アーニーに案内してもらった気がするんだけどなあ、なんて思いながらノックをする。中から入室を促す声、ああ、あいつの声だ。安心しながらドアノブを回した。
部屋を見回すと、アーニーと同期の女の子しかいなくって、ちょっとホッとする。私情で来てる訳だからね、俺。
「よォ、戦後処理部のおふたりさん。もうかりまっか」
「なっ、コムギ?」
何やってんだ、お前。みたいな顔でこっちを見てきたのはアーニー。その同期、いや、まどろっこしい言い方は止めようか。あいつのカノジョ(だと勝手に俺が思ってる)女の子エイミーは目をぱちくりさせて俺を見ながら、「いらっしゃい、コムギくん」と言ってくれた。冷たいなァ、アーニーは。俺は、これくらいの対応を他でもない親友のお前に求めてたんだぞ。ま、冗談だけど。
「アーニーに用事?」と尋ねながら、立ち上がってお茶の用意をしてくれる。もちろん、今まで自分の仕事してたんだろうに、申し訳ない。そう告げたら、「いいの、今日までの分はとっくに終わってるから」と。ほんと、つくづく良い女の子捕まえたよ、アーニーは。
「アポ無しで突然やってくるような人間に、淹れてやる紅茶なんて無いよ。エイミー」
「そんなこと言うんじゃありません。せっかく会いに来てくれたんだからさ、なんにも無いけどゆっくりしてもらえばいいじゃん。どうせ定時過ぎてるし、先輩方だって帰ってしまったじゃない」
「そうだぞ、アーニー。エイミーもこう言ってるんだし」
な? と笑うと、アーニーは頭を抱えた。「きみってそういう奴だよ」まあ、七年も同室で過ごしてたら嫌でも思い知るわな。ハハ。
「で?」
「で、っていうのは?」
「……何にも無いのに君がここに来る訳がないだろう?」
……こいつのこういう、勘の良いとこ、嫌いだよ。なんてね、嘘。逃がしてくれないとこはさ、ちょっと痛いなって思う時あるけど、アーニーは基本的には『イイ勘』してるよ。最たる例は、二年生のときの秘密の部屋の継承者のアレね。まあ、あれは俺もポッター疑ってたけど。ジャスティンが石にされて、不安だったんだよな。みんな。
「あのさァ、ルーナもロイヤーも浮気してるかもしんね」
「……どういうことだい?」
「……ごめん、ちょっと盛った」
俺がそういうと、ピリとした空気は、穴の空いた風船のように和らいでいく。自然と力が入っていたらしい肩を解すように伸びをして、両腕を回していると
、エイミーがお茶を運んできてくれた。
「ねぇ、コムギくん。私が聞いても大丈夫な話なの?」
「アー、ごめん、なんかだいぶアレな言い方したけど、別に深刻な話じゃないし。気ィ使わしてごめんな。全然だいじょうぶ」
「そうだよ、エイミー。コムギに遠慮なんてしなくていいんだ」
「……アーニー、お前さっきから俺のことなんだと思ってんの」
信頼されてる、と思うことにしておこう。
閑話休題。
エイミーがせっかく淹れてくれた紅茶を口にする。気配りの子だなあ、って思うのはこういうとき。たしかに目立つことはしないけどさ、これ、ティーバッグじゃないんだよなあ。アーニーじゃないけど、俺みたいなやつにわざわざこんな本格的に淹れてくれなくても良いのに。違いの分からない男ですから。
「あのな、前にルーナとロルフ・スキャマンダーの話はしたろ? まあ、あっちはいいの。俺が勝手に不安がってるだけだからさ。スキャマンダー氏のとこでお世話になってたら、孫のロルフっつー男とも親しくなるだろうよ。俺、束縛はしたくないんだよ」
「はいはい。で、なんだっけ、ロイヤーって、あれだろう。ワシミミズクの」
「そうそう。ホグワーツ入学ン時からの相棒。あいつさあ、こないだ怪我して帰ってきて以来、調子がおかしいんだよ」
俺がそう言うと、アーニーは眉を寄せた。心配そうなのが半分、気の所為じゃ無いのかっていうのが半分。「病院は?」「ルーナは大丈夫そうだって言ってた」すぐにそれは、おもしろがった様子に変わって、ニヤと俺を見る。
「なんだ、飼い主が怒らせるようなことしたんじゃないのかい?」
「ンなことするか! いやね、原因はわかってんだよ。あの時一緒に帰ってきた雄のワシミミズク! どうやらあいつ、ロイヤーに惚れたみたいなんだって。ロイヤーの方にしたって満更でもないみたいでさあ……どうしよう、俺、ミミズクの繁殖方法なんて詳しくねぇよ」
俺が頭を抱えると、アーニーは笑った。ほんっと、こいつ友達甲斐ねぇ! エイミーに振られちまえ。お前、持ち前の鈍さで相当彼女の気持ち踏みにじってたんだしよ……ま、振られたら慰めるくらいはしてやんよ。ハンナの時みたいにね。
頭の中の呪詛なんて、二人には聞こえてないもんで、会話の続きが流れてくる。エイミーがチラと俺を見て、それで言う。
「それこそ、ラブグッドさんに聞いたら?」
「や、それがね、フクロウとかはロルフのが専門だって言ってさ……」
「次に何か聞いたら連れてくるとか? なら、そのときにMr.スキャマンダーを紹介してもらって、牽制したまえよ」
「バッ、ンなこと簡単に出来るかよ!」
「相変わらずコムギのヘタレ!」
「こちとら繊細なんだよ!ヘタレじゃない!」
「ほう。学生時代のようにジャスティン達を呼んで掛けでもするかい?」
それこそ学生時代のようなやりとりの応酬。エイミーはきょとんとした表情をしたあと、笑いを零した。「なんか、遠くで見てた景色が目の前にあるってほんと不思議」見てたんだったら声かけてくれても良かったのに。まあ、普通に無理か。俺ら、結構身内でわいわい騒ぐ方だったしな。
「アーニーも幸せモンだなあ」
「な、何言ってるんだよ、コムギ」
「おい、ここまで来て隠し立てすんなよ。素直に応援してやるって」
「私、ラブグッドさんも幸せだなって思うよ」
本当にこいつら付き合ってんだか付き合ってないんだか。まあ、あんましそこのとこは部外者が立ち入りするようなことじゃないけどさ。実はよくわかってないんだよ、ほら、こういうことって外野がぎゃあぎゃあ言うことじゃないだろ?
しかし、ほんと、エイミーって良い子だと思うよ。捕まえてないならとっとと捕まえるべき。アーニーには勿体ない。って、この子がアーニーすきだったのは昔のことだっけ? でも最近の反応見てたら結構脈あると思う。
こんなこと考えてるのバレたら、きっとアーニーうるさいから、黙っててやる。この気遣いに感謝して欲しい。動揺するアーニーも見たいけどな。思考を切り替えて、嬉しいことを言ってくれたエイミーにニコリと笑った。これ、若い子にはあんまり効果ないけど、書店に来る年配の『お姉様』方には結構ウケ良いんだぜ。
「ルーナはね、俺が幸せにしてやんの」
俺がこんなこと言い切るのが珍しいからか、アーニーは驚いた表情でこっちを見た。なんだよォ、ちょっと照れるじゃんかよ。こんな恥ずかしいこと素面で言ってんの、真剣に取られたら。
「俺がいなきゃ、ロルフ・スキャマンダーとそりゃイイ感じになったんじゃね、とか思ったりするけどな。俺、知ってるもん。ルーナだって、俺にベタ惚れってね。ロルフには悪いが、あいつがルーナに気があったとしたって、譲ってやる気は全くないね」
「……コムギは、いっつもそういう態度なら格好良いのになあ」
「アーニーって結構、素直じゃないよね」
何か言いた気にして、結局茶化す方向に走ったアーニー。エイミーはそんなあいつを見て、ぼそりと冷静に言いつつ、紅茶を口に運ぶ。すっかり冷めてしまっただろうに。ちょっと長居し過ぎたかなあ。俺もそうだけど、二人だって明日も仕事があるだろうに。
そう思い、別れを切り出そうかと立ち上がる。
「ま、だからロイヤーの面倒は見きれないんだけど。あいつを幸せにするのは俺じゃない」
俺がこう言って立ち去ろうとすると、俺が帰る気なのを察してアーニーも立ち上がった。恰幅が良い所為で妙に貫禄の感じられるこいつだから、真剣な表情で見つめられると、さすがの俺も少したじろいでしまう。普段、気の抜けたような柔らかい表情してるもんだから余計にね。あと一言余計だし。(俺は断じて自分の体型がよろしくないからだとは認める気はないね)
何を言われるんだろう、少し身構えていると、アーニーはすぐに表情を崩してにこり。
「もちろん、君たちの結婚式の仲人は僕だろうね」
「は……」
そして、ウィンク。
俺が思わず固まってしまっている間に追撃が襲う。
「で、第一子の名付け親役も引き受けるんでしょ、アーニー」
「当然だとも」
なんなんだ、この二人。息ピッタリじゃねぇの、ちくしょう。誰が不仲で有名だった戦後処理部コンビだよ。ほんっと、なんだよ。もう……!
これが応援だってことくらいわかりきってる。それでも、胸の内に宿る何とも言いがたい気持ち。嘘。本当は、嬉しいのを誤摩化してるだけなんだって。
「じゃあ、お前らの結婚式のときの仲人も名付け親も俺だからな」
「だから何を言ってるんだ、コムギ! 第一、僕とエイミーは、」
「じゃあ、帰るわ。愚痴に付き合ってくれて、サンキュ」
聞こえない。聞こえない聞こえない。
アーニーの言葉なんて聞こえないふり。聞こえてないもんね。
恋人同士じゃないんならさ、さっさと付き合っちまえよ。適当なこと言ってるように思うかもだけど、こいつらほんとお似合いなんだもん。絶対お互い好き同士だろ。
俺だって悩みくらいあるけどさ、幸せだから、アーニーにも幸せになって欲しいんだよなあ。ま、当たり前だろ?