歩く蜉蝣

悟る暗黙 (-.

 コムギサクライという少年は、どこかエキゾチックで浮世絵離れした少年だった。いつもハッフルパフの、アーニー達のグループの中心でニコニコと笑っているけれど、東洋的な顔つきは表情の変化を私達に読み取りにくくさせていた。
 だから、私はアーニーと親しくなるきっかけとなったあのレストランで、初めて彼とまともに話すまで、どういう人間なのか、判断が出来なかったのだ。

 もう既に、青年と呼ぶことさえ憚(はばか)られる程に年を重ねた彼はその人当たりの良さから、就職先でも人に囲まれていることは想像に難くない。なのに、わざわざアーニーのところに来て、心の弱った所をさらけ出していったのは、少し意外だった。私の前で隠そうとしなかった、それはきっとアーニーがいたからだろうし、彼を信用してのことだとはわかっているけれど(つまり、彼の仕事仲間であるわたしを間接的に信用してくれたのだろう)、そうやって無理に弱みを隠そうとしない――それがまた、人間関係を円滑にするのだろうな、と密かに感心してしまった。人間、信頼されていると直接的にではなく示されると、その相手を好ましく思うものだから。



 コムギくんが帰ったあと、私達もすぐに帰宅したのだけれど、その帰り道アーニーは少し心配そうな顔をしていた。私もつられて「だいじょうぶかな」って零したら、にっこりとそのふくよかな顔を和らげた。

コムギが自己完結したときは、だいたい大丈夫さ」
コムギくんが、ちょっと羨ましいな」
「どうしてだい?」

 アーニーが不思議そうな顔をして私に問う。私はニッコリ笑って、彼を困らせるようなことを言ってやった。

「アーニーとの信頼関係とか……あとは、ああやって相手を幸せにするって言い切れるところとか。私が欲しいものばかりだから」

 うじうじしたところのある私は、コムギくんのある種の思い切りの良さが、ときどきとても羨ましくなるのだ。アーニーだって、そんな彼の姿を好ましく思っていることは間違いないのだから。
 魔法省の出口付近、図ったように到達して、アーニーの戸惑ったような言葉を聞かないうちに別れようかと思った。彼がまだハンナさんのことを少なからず想っていて、それでいて私からの感情に揺れていることだって知っている。こうやって揺さぶりをかけるのは、私の悪い所だなあとは思いつつ。けれど、明確に言葉にしないのは、私が奧病だからだ。彼の言葉を聞きたくないのだって、そう。怖いんだもの、拒絶されるのが。もしハッキリと聞いてしまえば、翌日からどんな顔をして部署へ向かえば良いのだろうか。

「アー、エイミー」
「ごめんね。そんなに悩まないでいいの、アーニー。冗談だから。それじゃあ、また明日」
「ッ! エイミー、ちょっと待ってくれ」

 暖炉の方へ駆け出そうとすると、アーニーに真面目な声で呼び止められる。なんにも聞かないつもりだったのに、予想以上に真剣な声色で、思わず減速。右足と左足が同時に出そうになって、足がもつれて。あ、これはマズイ。
 倒れ込む、そう思って目を瞑ったのに、いつまでたっても冷たい大理石の床とキスすることはなかった。代わりに、細身の腕に抱きとめられる。「すみません」お礼を言いながら、そっと目を開いて、その人の顔を見て、愕然とした。「って、ドラコ?」「久しぶりだな、エイミー」学生時代は全くといって良い程話さなかったのに(寮も違ったし)、私が魔法省に就職して以来、なんだかんだと関わるようになった、あのマルフォイ家の嫡男にしてひとり息子ドラコ・マルフォイが私を支えていた。
 学生時代には意識しなかったけれど、こうして魔法省に入ってみて、彼のような土地持ち家系の格というか、なんというか、そういうのを改めて知った。それなのに今の方が親しくなっているのは、ひとえに彼自身があの魔法戦争を経て丸くなったからだろう。戦後処理でだいぶいろいろと話をしたしね……。
 そして、いつもいつも寄付をありがとうございます。魔法省はあなた方の寄付金で成り立っております。きちんと税金制度を取り入れた方が良いと想うんだけど。だって、私のお給料が彼の屋敷から出ているも同然だと思うと、なんかほら、やっぱり逆らう気にはならなくなるしね……。

 短い挨拶をしているうちに、アーニーもこちらに駆け寄ってきていて、マルフォイに対して「見ない顔だな」なんて言っている。アーニーとマルフォイは、ほら、
ポッター軍団とマルフォイ傘下の対立故にそれほど仲が良くなかったみたいで、直接やりやったわけではないにしろ、今でも多少ぎくしゃくしている。

「マクミラン、忠告させてもらうと、きみの中途半端な態度は彼女を傷つけるぞ」
「ドラコ!」
「なんだ、マルフォイ。八つ当たりならごめんだよ。それとも、僕達に相談でもしてみるかい? ワシミミズクの様子がおかしいとでも言うのなら、良い魔法生物学者を教えてあげるけど」
「……」

 私から見ても理不尽なドラコの言い草に、アーニーは当然腹が立ったようで、珍しく彼から喧嘩を売りにいった。ドラコが好戦的なのはそれこそ、ホグワーツ在学中からのことだけれど、アーニーは珍しい。私が何も言わず目を瞬いて、アーニーの方を見ている間、ドラコも黙っていた。あれ、これもまた珍しい。父であるルシウス・マルフォイの仕事を手伝うようになって、打てば響くように言葉を操るようになり始めたドラコが皮肉の応酬に乗らないなんて!

「どうしたの、ドラコ?」
「……アー、いや、少し驚いたんだ。悩みそのものを指摘されたもんでね」
「八つ当たりってこと?」
「違う。ワシミミズクの様子がおかしいってことだよ」

 その言葉に、私とアーニーは思わず目を見合わせた。だって、つい数十分前に同じ話を聞いた所だったのだから。アーニーにしたって、私にしたって予想外も良い所。

「冗談だったのだけれど、つまり、マルフォイのワシミミズクも様子がおかしいのか?」
「ああ、やたらめったら外に出たがって、出たら出たで帰ってこない――手紙の配達にも困るし、何かの病気にでも掛かってるのかと心配なんだ。医者に連れて行っても、原因は分からない」
コムギくんのところのワシミミズクと同じだね」

 私がそう言うと、ドラコは「コムギ?」と首を傾げ、思い当たったかの様に「ああ、サクライもワシミミズクだったな」と頷いた。同じワシミミズク党としては何か思うことがあるのかもしれない。

「そういえばさ、ドラコのワシミミズクが怪我をしたってことは無い?」
「別に飛び方がおかしいとか、物理的な異常はないよ。ただ、振る舞いがおかしいんだ……」
「きっかけとかは何かなかったのかい?」
「アー……あれだ。怪我をした、ワシミミズクをつれて帰ってきたときかもしれない」

 自分のワシミミズクよりも立派なメスのワシミミズクだったと、少し悔し気に言うドラコ。学生時代と変わらず、自分以外の物に対して誇り高いのだからおもしろい。自分に自信はないのか、立派な物で固めたがる傾向にある。そういうコンプレックスってしんどそうだけど。
 怪我をしたワシミミズク、ねえ。ひょっとしたら、ドラコのワシミミズクも、怪我をしてるのかもしれないなあ、思考がそこまで及んだ時、背後がから馴染みのない声が会話に割り込んできて、ぎょっとしてしまった。

「フム。もしかしたら、もしかするかもしれないねえ……」

 私達、三人が三人とも振り返ると、そこにいたのはスラリとした長身の年若い男だった。細くて柔らかそうな薄いブロンドの長い髪を、後ろの低い位置ですみれ色のリボンで蝶結びした男は細長い人差し指と親指で、そっと自分のあごに当てた。
 彼は表情の読み取れない細い瞳をさらに細めて、ドラコの方を見やる。かと思えば、道化の様に口元を緩め、にっこりと笑った。

「ロルフ、スキャマンダー……」

 戸惑ったような、ドラコの声で、私も、ようやく彼が誰だか思い出した。コムギくんの心配の種、ラブグッドさんの同僚。
 整った顔立ち。彼自身、七光りとは言わせない程、魔法生物への知識が深いと聞く。いま、彼がここにいるのだって、魔法生物規制管理部あたりが彼に手助けを要請したからだろう。コムギくんが心配をするのだって無理はないかもしれない。
 彼がどのような人間なのか、私はあまりよく知らない。ホグワーツの出身ではないのか、学生時代にも全く関わりがなかったのだし。
 けれど、ひとつの分野を深く研究する人間は、やはりどこか変わり者が多い。一目見ただけで、彼が「一般」の枠に押し込められるような人じゃないってことくらい、見て取れる。髪の毛の色が、前回に見かけたときと、違うのだってそういうことだろう。いや、単純に染めたってことだけど。


「そうだね、この時期にワシミミズクが発情するのは、けしておかしいことではないね。他ならぬルーナくんからの頼みでもあったし、そのついでだ。ミスター・マルフォイ。キミのところのワシミミズクの面倒も見てあげようじゃないか」
「気分屋のきみが珍しいな、スキャマンダー」
「僕はね、運命のひとを見付けて、気分が良いんだよ。ああ、あのくすんだブロンドの髪が本当にうつくしいね。祖父が見留めたって聞いて最初は嫉妬していたけれど、ああ、驚いたような目の形に見つめられると骨の髄から溶け出してしまいそうだよ」

 その言葉に、私とアーニーは再び、目線を交わし合った。これは、コムギくん、まずいかも……。スキャマンダー氏は相当な変わり者で、人間の女の子よりも動物を愛していると聞いていたけれど、彼の言うことを聞いている感じ、どうやらラブグッドさんに陶酔していそうじゃないですか。

「ミスター・スキャマンダー。ルーナ・ラブグッドに恋人がいることは、ご存知ですか」
「もちろん。だけれど、それの何が問題なんだね?」

 アーニーの言葉に、きょとり。首を傾げると、どこかラブグッドさんに似た色の髪の毛が揺れる。ああ、この髪の色だって、きっと彼女に似せたくて染めたに違いない。

コムギくん、心して掛からないと結構、強敵かも)

 なんたって、まともに言葉が通じるとは思えない。私とアーニー、それから何故かドラコまで一緒になってため息をついた。