歩く蜉蝣

交わす蜜約 (3.

 『ロルフ・スキャマンダーには気をつけろ』だなんて、彼と会う当日の朝に送ってくるなんて、アーニーも間が悪いと思わないか。もうどうしようもないんだけど。まあ、警戒は出来るっていうか、ロルフ・スキャマンダーと俺とルーナっていう最悪の状況は逃れられたと、ホッとすべきか。

 人数が増えるから、なんてルーナに言われて、へぇそうか、と思ったのもつかの間。指定された屋敷を知って驚いた。学生時代には仲が良くも悪くもなかったまあどちらかと言えば悪かった方である、マルフォイのロンドンにあるお屋敷だったんだから。
 マルフォイと言えば、ご存知ウィルトシャーに莫大な土地を持つ魔法使いの名家だけれど、もちろんロンドンにも屋敷を持っている訳で。俺の住む社宅は、彼に言わせればチープサイドにある反面、地方の土地持ち階級が持っているお屋敷はそれはそれは上等なところにある。
 西洋のお屋敷やらそういうのとは余り縁がない――アーニーの家や、マグルだけどジャスティンの家にお邪魔するときくらいか――俺としてはちょっとだけ物怖じするものだけど、ルーナがいる手前あんまり格好悪い所を見せられない。全く気にしていませんよ、な顔をしながら、立ち並ぶ屋敷のひとつ、マルフォイが所有しているだろうそれの扉に手を伸ばし、ノッカーを主張させた。
 おそらく、それにはちゃんと魔法が掛けられているのだろう。そうでもなければ、聞こえるものか。誰も屋敷の中の人間は気付かずに待ちぼうけを食らってしまうだろう。そんなことにはもちろんなることもなく、俺らは待たされずに屋敷の中へ通された。
 使用人だろう、年老いた女性が応接室へ案内してくれる。数分も経たないうちに、お茶が運ばれ、そしてマルフォイが現れた。俺と彼が会うのは卒業して以来のことだったが、在学時代よりもずっと落ち着いていて、年月を感じさせる。あの頃はいろいろあったなあ。だって、コイツ、例のあの人の手先だったし。中途半端だったけど。
 すこし気まずい空気の中、沈黙を打破したのはマルフォイの少し控えめな「屋敷にようこそ」という挨拶で、この空気自体をぶち壊したのは我が愛しのルーナによる「久しぶりね、マルフォイ。髪型は変わらないンだね」というのんびりとした声だった。

 在学時代にオールバックにしていたプラチナブロンドは、今でもそのままだった。彼のアイデンティティとでも言おうか。俺の故郷だったら確実に不名誉なあだ名で罵られそうな程おでこが出ている髪型は、もしかしたら上流階級や中産階級では流行りなのかもしれない。と、思ったけれど、ルーナの言葉にカッと顔を赤くしたあたり、そうでもないのかも。

「きみも相変わらずだな、ルーニー・ラブグッド」
「おっと、マルフォイ。それ以上言ったら怒るぞ」

 俺が口を挟めば、肩をすくめて「お前も相変わらずだな」って。おい、何が言いたい。「どうしてこうして、その変人にこだわるんだか。スキャマンダーも、お前も」「何が言いたい」心の中で呟いたことを、もう一度、今度は口に出して言うと、マルフォイはちょっとだけ言いにくそうに宙を見たあとに、ルーナに目をやる。そして、俺を見る。

「きみたちは、僕と違って相手を選べるのに、どうしてよりにもよってラブグッドに寄り添うのかってことだよ」
コムギはともかく、ロルフは違うよ」
「……ルーナまで。俺をゲテモノ好きみたいに言うなよ、ルーナは魅力的なんだからさ」

 俺がそうやって言うと、ちょっと照れたように顔を背けるルーナってば、まじかわいい。これを見てしまえば、ルーナの魅力も少しは分かるだろ。って勝ち誇った目でマルフォイを見てやると、あいつはため息をついた。あー、もう、ほんっとこいつ感じ悪い。

「だいたい何だ。お前は自分の恋人に納得がいってないのか。アー、パーキンソンだっけ?」
「彼女とは疾(と)うに別れた……関係を解消せざるを得なかったんだが。今は、グリーングラスの次女と婚約している」
「へぇ、お家の都合ってヤツ?」
「そういうことだ……不満って訳じゃないんだけれど、どうにも落ち着かない心地でね」

 そりゃそうか。俺とルーナと言えば、在学時代からしたらとっくに五年以上の中だというのに、結婚どころか婚約もしてないしなあ。遠い故郷では、お見合いをすれば、三ヶ月で平均ゴールインとかって話も聞いたけど、俺らからしたらなんか、馴染みのない話だし。

「まあ、なんとかなるんじゃね」
「きみは、そういうやつだよ」

 呆れたようにマルフォイがそう言って、俺が反論の言葉を探している最中に、応接室のドアが再度、開いた。ここに来るはずだった最後の人物、ロルフ・スキャマンダーだろうその男は、ルーナよりも少し薄くてもっと煌めいている細くて柔らかそうな髪の毛を振りまきながら「待たせたね」とキザったらしく大げさに両手を広げながら言った。
 俺らと年齢はあまり変わらないだろう、けれどもどちらかと言えば年齢不詳で年下なのか年上なのかさえもよくわからない。
 細身で長身なのに、その背中程にまである髪がぼさぼさな理由はすぐに分かる。決して、彼の肩に乗っている二羽のワシミミズク、とりわけ俺の相棒・ロイヤーが突っついたからではない。

「本当に待たせて悪かったね。スニジェットの乱獲は禁止だと、じいさまの本にだって書いてあるし、常識も良い所なのに、保護区に入り込んだ輩がいて処理に追われていたんだ。まったく、これだから教養のないクィディッチ狂いは困るんだよ。どこの原始人だと言うんだ。スニジェットが愚かなスポーツマニアのせいでM.O.M分類XXXX指定されている歴史的事実を鑑みるべきだと思わないかい。そうだろう、クィディッチファンとして有名なミスター・マルフォイ」
「……あ、ああ、そうだな」

 塞き止められることのない水の流れのように、怒濤の勢いで話し始めたロルフ・スキャマンダーに、マルフォイは圧倒されたようだ。頷くしか出来ないというように同意するとスキャマンダーはそれで満足したのか、ウンウンと目を細めて頷いた。

「ロルフは羽のある魔法生物が好きなんだ」

 唖然としている僕に、ルーナが補足するようにそう言った。彼がこうやってテンション高めに喋りまくるのには慣れっこだといった風で、いつもこんななのかと不安に思う。ルーナは気にしないだろうけれど。
 ルーナが僕に説明をしたおかげで、スキャマンダ―もルーナに気が付いたようで、彼女の方を見てにっこりと笑う。

「ああ、ルーナくん。今日はこの僕を頼ってくれて嬉しいよ。ワシミミズクの検査もしたけれど、問題はほとんどなかったね。ただ、この二羽がつがいになるのを、飼い主同士が了承するのなら、だけれど――」
「どういうことだ?」

 ルーナに含みがある奴の言い方にちょっとムッとしつつも、本日の用件、つまりロイヤーの異常について専門家に話を聞きたかった。俺が口を挟むと、彼は少しだけ気分を害したように俺を見て、頭から足の先まで眺めたあと、ようやく説明を続けてくれた。

「ミスター・サクライ。ワシミミズクを相棒と呼んでいるらしいのは、非常に好感が持てるし、もちろんきみは了承するに違いないのだろうけれど。ま、それ以前にだね、きみのところのロイヤーくんは、『彼』の卵を産んでいるよ」
「はっ」
「今は春のちょうど良い季節だ。スニジェットの件がなければもうちょっと落ち着いて調べることが出来たんだけれどねぇ、キミらのワシミミズク、どうやら共同で巣を持っていたようなんだ。素人があまり移動させることはお勧めしないけれど、僕達みたいな専門家なら引き受けることが出来るよ。こう、一年中そのテリトリーにいることのできない彼らにとっては、野生より安心と言えばそうだけれど。まあ、ただ、夜の猛禽と呼ばれるくらいだ。僕が手出しをしなくても、どうにでもなるだろうけれどね」
「そうか……」
「どっちにしたって、あんまり問題もない。つまり、きみらが気に病むこともないさ」

 やっぱり大げさに手を広げて、肩をすくめる彼は役者気取りなのか。ちょこっとだけイラッとするけれど、天然なんだろう。だいたい、彼は両肩に、というか両腕に2フィート程もあるワシミミズクを乗っけていて重くはないのだろうか。それも愛がなせる技、とか言いそうだから突っ込まないぜ……。

「そうと分かれば、僕のお役目はここで終了だねえ。スニジェットに手を出そうとした輩の処理の確認しに行きたいし、この辺でお暇(いとま)させていただこう。ああ、ルーナくん。じいさまが明日のフィールドワークは中止すると言っていたよ。というわけで、何処かへ出かけないかい? 丁度、ルーマニアのチャーリー・ウィーズリーからも誘いが来ていたし、ドラゴンを見に行くというのも有りだと思うんだよ。あと水中人(マーピープル)のマーカスからも連絡が来ていたなあ。ホグワーツには馴染みがないから、ルーナくん、きみが案内してくれるととても助かるよ」
「おいおい、ロルフ・スキャマンダー。俺の前でルーナを口説くのは止めてくれないか」
「どうしてだい。きみは今回の件で、僕に借りが出来ただろう? これくらい見逃してくれてもいいんじゃないか。それにね、きみにとって残念なことに、そして僕にとっては幸運なことに、ひとの心は移ろうものだ。故にヒトは好きではなかったんだけれど、今回、初めてそのことに感謝するね」

 なんつーか、非常に恥ずかしい話なんだけど、俺は彼のこの台詞に、思わず言葉を詰まらせてしまった訳ね。あんまりにも価値観が違うもんで、どうしていいかわからなくなってしまったんだよ。比較的、視野は広い方、っつーか、そりゃ、故郷と英国の違いとかも見てるからさ、そう自負してたもんで、こんだけ戸惑うことってなかった訳。
 だから、あんぐりと口を開けて、ロルフ・スキャマンダーを見るしか出来なかったんだ。そうすると、俺に反論の意志がないと取ったのか、あいつはそっと針金のように長い身体を折り曲げるようにして、膝をつく。ルーナくん、どこか甘ったるく、聞いていて不愉快な気持ちになる声色でルーナを呼んで、細目をちょっとだけ開く。すみれ色の瞳をしているのだと、俺は初めて気が付いた。

「ルーナくん、きみは断らないよね?」
「あたしは断るよ、ロルフ」

 疑いをひとつも抱かないスキャマンダーの確認に、ルーナがはっきりとそう言って、俺は安堵を隠し切れなかった。大きく吐いた息、マルフォイがなんとも言えない表情でこちらを見ているのを感じる。
 スキャマンダーはルーナの返事に驚きを隠せないように、眉を吊り上げて「どうしてだい?」と聞く。批難がましいその調子に、本当に納得がいっていないのだと分かる。

「スキャマンダー先生の下で勉強し始めて、コムギにはたくさん心配を掛けてるんだもン。あたし、コムギにこれ以上、我慢して欲しくない」
「ルーナくん、彼が勝手にそうしているだけだ。それに、きみの行動を拘束するような人間は、きみにふさわしくないね」
コムギがあたしのやりたいことを阻害したことなんて、一度もないよ。それに、あたしだってコムギと一緒にいたいんだ」

 ロルフ・スキャマンダ―は、ルーナの言葉に心底驚いたようだった。正直、俺だって驚いた。ルーナは感情を照れから隠すような人間ではなかったけれど――でも、ここでそんなにはっきり彼女の気持ちを聞くことが出来るとは思っていなかったからだ。彼女は隠さない代わりに、必要だと思わなければ口にはしない。唇に乗せたことばは、思っていることそのままで、とてもおもい。
 どうして、というスキャマンダ―の掠れた声が静かな応接間に響き渡った。俺は勿論のこと、この屋敷の主であるマルフォイも今や遠慮をしたように息を殺していた。ルーナだけはいつもの自然体で、のびのびとした口調で、俺にとっては泣きそうなほど嬉しい言葉をこれといった意識もせずに放つ。

「だって、あたしもコムギのことが、だいじだから。いつだって誠実で、あたしのことをたいせつにしてくれたコムギのこと困らせたくなんてないんだもン」

 疑いようもないほどに、真っ直ぐだった。激情している訳でも、おどおどとしている訳でもない。堂々としたいつものルーナが、当たり前のことを言うようにスキャマンダーにそう言うのを、俺はどういう態度で見守るのが正解だったのだろう。わからない。この場に三人だけだったら、俺は本当に困ってしまったに違いない。
 うれしくて、しあわせで、固まってしまっている自分に加え、呆然としているスキャマンダー。びっくりしたような目をきょろりと動かして、それでもスキャマンダーの反応を見守ろうとしているルーナ。不自然な状況のなか、大きくため息をついたのは、巻き込まれただけのマルフォイだった。

「スキャマンダー。そろそろ、諦めたらどうだ。きみの運命の相手はそこのラブグッドじゃなかったんだ」
「そ、そんなはずはない! だって、僕達の相性は最高のはずだ。それは、じいさまもばあさまも知っている! それにあの子みたいなひとは、そうはいないよ。僕以外に手綱を握れるものか!」
「ルーナはきみの思い通りにならないし、きみが愛してやまない魔法生物とは違う」

 意外な助け舟に驚きながらも、スキャマンダーの納得のいかない言葉に俺は反論する。思う所があったのか、マルフォイは何も言わずに頷いた。ルーナは目をぱちくりさせただけ。
 動揺しているスキャマンダーに、静かな声でマルフォイは続ける。

「人との縁は相性だけじゃないんだ、スキャマンダー。様々な状況と環境が、左右する。出逢い方やタイミングさえ違ったなら、あるいはきみは彼女に、より近づけたかもしれない。ただ、きみが出逢ったそのときには、もうラブグッドにはサクライがいて、きみは受け入れられなかった。それだけだ」
「……」
「礼を言わせてもらうよ。ようやく、僕も受け入れることが出来そうだ。縁の合った女の子を――アステリアを、僕は大切にする」

 決意を俺らに、というよりかは自分に言い聞かせるようだった。マルフォイはつきものが落ちたような表情をしていて、どこか満足げだった。俺はこいつを見直さなければならないようだ。学生時代から誇り高く高慢な表情か、さもなければピリピリと苛立った表情しか見ることが少なかったその青白い肌には、朱がさしていて珍しい。
 一方のスキャマンダーは、既にルーナの前にひざまずいていたのを更に崩して、その場にぺたりと座り込んでしまっていた。おとなしく肩に乗っていた二羽のワシミミズクが滑稽だったが、そろそろ飽きたのか、二羽は応接室に飛び立った。自分のワシミミズクよりも、俺のワシミミズクが部屋を荒らさないかが心配な様で、マルフォイはちらりと俺を見て、そして飛んでいるロイヤーに目をやった。そんなに不安がらなくても大丈夫だぜ。あいつは賢いから。

「ごめんな、スキャマンダー。俺、ルーナだけは譲れないんだ」
「そう謝ってくれないで欲しいな。余計に傷が……いや、ミスター・サクライに何を言われたとしても堪えやしないが、本人からこうもはっきりと言われてはね……ルーナくんは、僕にとってはとても特別なヒトであったから」
「あたしにとってもロルフは特別だよ。代えられない仕事仲間だもン」

 おい、ルーナ。それは、今のそいつにとっちゃトドメもいいところだ。俺がこの状況でそう言われたら凹むっつーか、もう、それはもう沈むだろう。だけれど、やっぱ俺にはコイツの思考回路、理解できねぇ! スキャマンダーはルーナの言葉に弱々しく、微笑んだあと、「そうだよね」と何かを考え――瞳に輝きを取り戻した。

「別に僕は、ルーナくんと交尾が出来なくても構わないんだよ。そうだ、大切なのは僕と同等に会話の出来るヒトがいるということだ。何も早まる必要はない」
「ス、スキャマンダー?」
「ああ、楽しみだなあ。次のフィールドワークでは、どんな発見が出来るのだろう! ルーナくんの感性には目を見張るものがあるからね。明日ではないにしろ、近々またじいさまから連絡が行くと思うよ! 僕もきちんと取りかかれるように準備を――ああ、その前にスニジェットの件をなんとかしなくては。それでは、今度は本当に抜けさせてもらうよ。ああ、ミスター・マルフォイ、きみのことばのおかげで吹っ切れたし……ミスター・サクライは安心しすぎないように。僕がルーナくんをあきらめたわけじゃないからね」

 そうして、スキャマンダ―は俊敏な動作で立ち上がると、ルーナにウィンク。その後、部屋の片隅に止まってこちらを伺っていた二羽のワシミミズクにブンブンと両手を振って、出て行った。俺ら、というか俺とマルフォイは唖然としちまって、別れの挨拶も何も出来なかったんだけど、ルーナは慣れたように「またね」と言い、それに同調するようにロイヤーたちもホーと鳴いて、奴を見送った。