陽炎を掴む (-.
僕は男の子にしては小柄で、日に当たると肌が真っ赤になって焼けないタイプの病弱な子どもだった。それが原因で、近所のガキ大将のちょっかいの的になっていたのは否定し様の無い事実だ。
ヒトへの恐怖や嫌悪が増していくのに反比例して、動物達への好意は増していった。愛していると言っても過言ではない。喋ることが出来るばかりに嘘を吐き、人を傷つけ、そして心だってころころ変わる。そんな訳の分からない生物が嫌いだった。その点、動物達は慈しめば慈しんだ分、返してくれる。じいさまが魔法生物の関係ではとても知識のあるひとだったということも、僕のその傾向を冗長させた。ばあさまは笑いながら、そんな僕の頭を撫でてくれた。じいさまとばあさまの家が、僕の一番すきな場所だった。
それは、おとなになった今でも変わらない。
ホグワーツではない、もっと魔法生物の専門科目に特化した学校にも通ったし、そのあとの研究機関にだって顔を出した。じいさまの七光りだって言われることもしばしばだったけれど、好奇心さえ満たすことが出来たなら、僕はそれで構わなかった。僕のことをとやかく言うような人間に限って随分と才能のない哀れなひと達であったし、そもそもヒトの言うことなんてさして気に留めることはなかった。
ただ、研究機関にそのまま所属することがなかったのは、その場所はみんなが言う程素晴らしい場所ではなかったからだ。たしかに設備も整っているし、すばらしい研究所もあったけれど、僕の好奇心は満たされなかった。
僕は結局、だいすきなじいさまとばあさまの家に戻ってきていた。じいさまが昔、ぼくのためだけにしてくれたローカンとライサンダーのお話をねだるように、僕は研究の師としての彼の話をねだった。じいさまは悩んだ末に、フィールドワークについてくることを許可してくれた。それでも、弟子にはしてくれなかった。
突然訪れたそのときのことを、僕は鮮明に思い出せる。
家の前に現れた少女はどうしてか、じいさまに全身上から下までじろっと眺められたあと、細かい手続きも踏まずに、じいさまの弟子になった。弟子を取らない主義であるニュート・スキャマンダーの弟子。あの魔法大戦でハリー・ポッターの仲間として戦った少女。大人の女性に差し掛かりつつある、一番熟れておいしそうな年頃の少女のどこに、じいさまの琴線に触れるものがあったのだろうか。他の学者達や、記者が想像して噂をするようなそんな理由が、じいさまの感性を刺激するはずがない。僕は、それまでにも増してじいさまの所に通うようになった。そのときの僕の髪の色は、年老いて色素の抜けたじいさまの物と同じ、銀色掛かった白だった。
『あの娘は、才女だ』
短く、それだけを言ったじいさまは、詳しいことはなんにも教えてくれなかった。僕のじいさまなのに。どうして、あの子だけ。くすんだブロンドが憎たらしかった。僕は、ピカピカに輝く金色に髪を染め直した。
じいさまと少女のあとに引っ付いているうちに、じいさまがどうして彼女を弟子に取ったのか、実感することになる。
ほんとうに悔しかった。本当に悔しかったけれど、徐々に彼女を認めていく。嫉妬の感情よりも、好奇心が勝ったというべきか。それほど、彼女の才能は目を見張るものがあって、新種の魔法生物を見付けてはその生態系を解明していったのだ。
「ルーナくんは天才だよ」
くすんだブロンドは今や特別な輝きを放っていた。僕は髪の毛を薄いブロンドにしたけれど、彼女と同じ色にはならなかった。似ているけれど微妙に違うそれは僕に似合っていて、まあいっか。と妥協した。
僕の言葉に、ルーナくんはきょとんと動物のような銀色の瞳を僕に向ける。真っ直ぐに人を射抜く視線が僕をゾクゾクさせる。じいさまは、やっと気が付いたのかというようにニヤと笑って、僕を挑発する。僕は最高に楽しかった。
「言ったろう、彼女は才女だと。まあ、ロルフ、お前との相性もなかなか良いみたいで安心はした」
一応、じいさまは僕とルーナくんの仲を心配してくれていたようだ。じいさまが話してくれた大好きなお話の、ローカンとライサンダーのように、僕達は息がピッタリだった。僕とルーナくんの相性は最高だった。誰にも邪魔は出来ないと思った。こんな天才であるルーナくんを理解出来るのは僕だけだろうし、僕を理解出来るのは彼女だけだと思ったからだ。間違いなくそうだと確信していた。彼女に恋仲の人間がいるなんてことは、どうだってよかった。ヒトに興味はない。自由な羽根を愛する僕には関係がないし、ルーナくんだって分かってくれるとそう思っていた。
だから、あのミスター・マルフォイの屋敷でのあの会話では、正直凹んだ。人間によって何かを教えられるだなんて、不覚だった。ミスター・マルフォイに関しては、見直さなければいけないのかもしれない。それに、あのルーナくんにあそこまで言わせるミスター・サクライに関しても。
ミスター・サクライは、ルーナくんを凡人にしてしまうかもしれない。それをとても危惧している。ただ、それを乗り越えられないようじゃあ、ルーナくんは大成しないのだろう。退屈極まりない人の世で暮らせなさそうなじいさまにだって、ばあさまがいる。僕も、魔法生物の方にばかり向いていないで、じいさまにとってのばあさま、ルーナくんにとってのミスター・サクライのような人間を捜すべきかもしれないな。
よくよく考えれば、ヒトだって生き物だ。感情の動きはやっぱり理解出来ないし、人付き合いも得意ではないけれど、観察してみるのも悪くないかもしれない。僕よりもミスター・マルフォイが知ったような口をきいたのが気に食わないという訳では、けしてない。
ああ、でも、ルーナくんを逃がしてしまえば、ばあさまは悲しむだろうな。ばあさま、ルーナくんのことを結構気に入っていたようだったし、僕とルーナくんが一緒にいればうれしそうだったから。
ま、いいか。しばらくは、観察という名目のもと、ルーナくんとミスター・サクライに付きまとってみよう。あ、ついでにミスター・マルフォイのところも。ああ、ミスター・マルフォイが心底いやな顔をするの、見るの結構楽しみだなあ。なんて。
ひとの感情の動きなんて掴めない。当然、真似なんて出来やしない。ただ、陽炎を掴もうとするように、ルーナくんの幻影のあとを追ってみるのも悪くないかと思っただけだ。別に、僕より先にだいじなものを見付けているルーナくんを羨んでいるわけじゃあ、けしてないよ。