Law and Low

02.そしてフェードアウト ◇SIDE - JUSTIN FINCH-FLETCHLEY

 幼い頃のアルバムを整理していて気が付いたのは、あの頃のジャスティンの隣には必ず幼馴染みの女の子がいたということだ。気が付いたというよりも、思い出したという方が近いかもしれない。こんな子もいたなあ、なんて妙に感慨深く思って眺めていた。この子の名前なんだっけ、ほら。と、一瞬思い出せなくて、濃いブラウンの髪をさらさらと風になびかせている少女の写真をぼんやりと眺めていたジャスティンの背後から、彼の母が顔を覗かせる。 「あら、ジーナちゃんじゃない。そういえば、この間聞いたのだけれど、今、お兄様がケンブリッジに行ったんですって」  そうそう、ジーナと言うんだった。声にも出さずに内心で頷いていたら、何処で聞いてきたのか彼の母は情報を付け加える。こういった情報網ってどこがどうなっているのか、彼は昔から疑問だったが不覚は尋ねないことにしている。ただ、母の言葉でジャスティンが入学するはずだったイートン校に、彼よりも先に入学していた彼女の兄がいたことを思い出して「へぇ」と軽い驚きの相槌が出た。  ケンブリッジに入学したのか。なんとなくだけれど、意外だった。あの頃、幼馴染みの彼女はオックスフォードの方が好きそうで、ジャスティンに対してもことあるごとに「オックスフォードへ入学してね」って言っていたのだから。お兄さんは、ケンブリッジか。思わず口に出してそう言っていたらしい。ジャスティンの母は彼の言葉を拾い上げて、頷く。 「そうよ、優秀よねぇ。もしかしたら、ジャスティ。あなたも通ってたかもしれないのに」  保守的なところのある彼女は、せっかくジャスティンがイートン校への入学が決まっていたにも関わらず、ホグワーツを選んでしまったことに対して未だに思うところがあるらしい。ジャスティンの意志を尊重はしているし、決して責めているわけではないのだけれど、こうやって言葉の端々に滲み出て来る時がある。ジャスティンとしては、学生時代はそれがすごく嫌だと思っていたけど、今となっては少し悪いことをしたかなと思わないでもない。  ただ、彼はホグワーツを選択したことを後悔してはいないのだ。何度同じ選択をすることになっても、イートン校ではなくホグワーツを選ぶだろう。それで、あの幼馴染みと疎遠になったことを思っても、選択肢は変わらない。 「ジーナは? ジーナは何をやってるの?」 「なんだったかしら。ナニーだったか、小学校の先生だったか……子どもが関わるお仕事だったのは確かなんだけれど。ジャスティ、久々に会いにいってみたら?」  どう考えても今更だろう。  疎遠になってしまうことに対して、少し寂しく思っていたのは間違いがない。彼女だけじゃない。他のマグルの友達に対しても、そうだ。全寮制の魔法学校へ通っていれば、マグルの同年代での流行りも分からないし、何を勉強しているかすら言えないのだから、自然と距離が出来てしまうのは仕方がなかった。だけど、その距離を少しでも縮めようとしなかったのは、学生時代の彼の怠慢だ。それをどうして今更――ジャスティンは笑顔の下にその思いを隠して、母に笑いかけた。 「まあ、そのうちね」  今なら、会ったとしても彼らに話せることが増えたのだし、偶然に会えるのならば、それはそれでまんざらでもない心持ちではあった。           *  仕事で遅くなる、と言うとそれが本当か嘘かはともかく、母が嬉しそうな顔をして心配をあまりしなくなるので(マグルの間でも政府関係のお仕事はわりと好感を持たれるものだ)、良く使う口実だった。ホグワーツを卒業して、今までの分を取り戻すかのようにジャスティンは実家に身を寄せていた訳だけれども、そろそろ一人暮らしを初めても良いかもしれないと思い始めている。ただこうやって両親と暮らしているのは、ホグワーツ七年目がとても凄惨な状況だったことを後から知らせたせいで、不安に思っている両親に対する罪滅ぼしという意味もある。  魔法のことなんて何も分からないのに、知らないところで危険な目にあっていた。心配性の母だけでなく、父までも不安にさせてしまったことへはジャスティンも悪いと思っているのだ。  だからこうして、職場も表向きはマグルでも通用する英国政府関係を選んだ。イートン校へ息子をやれなかった母の気持ちや、父の外聞を汲んだということもあるけれど。  仕事で遅くなるのが口実だと言ったように、今日のジャスティンは決して仕事が長引いたわけではなかった。昔馴染みの女友達に会いにいってきたのだ。  昔馴染みの彼女――スーザン・ボーンズは卒業後、ジャスティン達とは違い、高等教育機関へ進学した。彼女自身が『研究所』と呼んでいるそこで同級生よりも二年多く学生をしていた。彼女はあの魔法戦争で、ジャスティン達の誰よりも身内を失った。だけれど、ハンナのように中途退学するでもなく、食いしばった唇から血が流れても、泣き言を言わずに荒れ果てたホグワーツで一年を過ごした。金色の髪の毛を三つ編みに括って、良く似た二人だとセットにされていた彼女達が、性質を見るとこうも違うのだと思い知らされた出来事だった。  その所為もあるのだろう、彼女達はゆっくりと距離を広げて、しまいにはスーザン自身がホグワーツでの友人達と孤立してしまっていたのだ。気付かれないように、ゆっくり、ゆっくりとしたその変化。さすがスーザン・ボーンズだと言うべきか。ジャスティンは、沢山いる友人達の中でも、彼女をより買っていた。  このままではいけない。  そう思ったのは、きっとマグルの友人達と疎遠になった経験故。  放っておけば、スーザンは過去の友人のひとりになってしまって、もう二度と気軽に、あの頃のように話したりはできなくなるだろう。彼女から歩み寄ってくれれば。そう思いもしたけれど、ジャスティンの期待とは裏腹に、距離は離れていくばかりだった。  行動を起こすことを躊躇っているうちに、キッカケが掴めなくなる。スーザンが望んでいるのなら、むしろ干渉はしない方がいいんじゃないか。他のみんなも動けずにいたところだったから、余計に彼女の隙をついて取り入ることが出来たのは奇跡に近かった。  ハンナの結婚。喜びの狭間に沸いて出てくる、『友人を取られたような気持ち』はなんと表現したら良いのだろう。みんなニコニコ笑っていたけれどスーザンも、ジャスティンと同じ想いを抱いていたに違いない。いつのまにネビルと、って。ハンナの一番は、今はネビルなのかって。  学生時代、祝いつつもコムギに対して抱いていたその気持ちがハンナとネビルに対しても沸いて出てしまう。しかも、コムギはその感情を僕らから引き摺り出すのが上手かったけれど、人が良いハンナじゃあそうはいかない。こんな感情を抱いてしまう自分が、やたらと醜く思う。あのときハンナを救えたのは『僕ら』じゃなかったっていう引け目もきっとあるに違いない。  アーニーはこんなこと思ってない。彼は、ハンナとネビルが婚約を発表した、その時に想いを昇華させているはずだ。コムギだって、彼はジャスティン達と違い、恋人がいる。友人とは違う存在が出来ることで、この仲間の輪が壊れるわけがないだなんて当たり前のことを、当然のように知っているはずだ。  この微妙なわだかまりを共有出来るのは、ジャスティンとスーザン。二人しかいなかった。言葉で表現しにくい微妙な気持ちが解け合ったのを、確認し合うように身体を求めた。どちらからだったか、そんなことも覚えていない。  段階を踏むことなんて、必要なかった。ジャスティンにも隙があったから、彼女は自分の弱いところを晒すことが出来たのだろう。 『もう、何も失いたくないの』  何度目かの絶頂へ達するとき、嬌声や嗚咽混じりにスーザンが零したその言葉はこの先一生、忘れないだろう。 (僕は、僕らは君を失いたくないってこと、わかってるのだろうか)  失うことばかりを恐れて、彼女は僕らから何を奪っているのか気付いていないに違いない。ジャスティンは多少の苛立ちを覚えて、遠慮しないことに決めた。  今更――彼女はそう言ったけれども、今更なんてことがあるわけない。今はまだ、間に合う。ハッフルパフは心優しい穏やかな気性の人間が多いけれど、こういうだいじなところでは引いてやるもんか。その決意を違えないように、ジャスティンはスーザンの元へ足しげく通う。  もしも、彼女をこちら側に引き戻せるのならば――『僕ら』以外の名前を出すことにだって、もう躊躇しない。