Law and Low

04.縋れる夜があるならば ◇SIDE - JUSTIN FINCH-FLETCHLEY

 正直な話をすると、学生時代のジャスティンの好みは、スーザンのようにしっかりし過ぎた女子生徒ではなく、ふんわりとやわらかいハンナのような女の子だった。どうしてだか、ダンブルドアは監督生にハンナの方を選んだのだけれど(実際ジャスティンが思うところ、それは正解だったように思える。あの優しくて尊大なアーニーを横で支えることが出来るのは、スーザンではなくハンナの方だっただろう)、学年と寮が違えば間違いなく監督生候補のひとりだった。
 魔法省と死喰い人の全面抗争が始まった際、真っ先に殺されたのが彼女の叔母だったことを考えてみても、スーザンがハッフルパフ寮に組み分けされたのがどうにも不思議ではならない。いつだかテリー・ブートだか誰かがハーマイオニーに言った言葉と重なるが、どうしてレイブンクローに組み分けされなかったのか。
 まあ、彼女は学問は嫌いでは無さそうだが、どちらかというと座学よりも実習の方が向いているようだしね……魔法薬学の成績は散々な物だったし、闇の魔術に対する防衛術の方が得意だった。これも、彼女の叔母の血を引いていそうだ。
 とにかく、ジャスティンにとってスーザンは大切な仲間ではあったけれど、恋愛事の対象ではなく、だから例の夜については正直な話、彼にだって戸惑いはあったのだ。それを押し隠して、ジャスティンはスーザンの元へ通うのだけれど。






 定例になってきた魔法省での面会。背の低いテーブルを挟むようにしてソファに座った相手をジャスティンは窺った。何度か続けて訪ねてきた所為で、スーザンは少しご機嫌が斜めな様子であった。つん、と済ました様子で、しかしきちんと彼の分の珈琲を用意していた彼女は冷たい口調でジャスティンへ告げる。

「もう逃げないから、ここには来ないで」

 そう言った彼女からは、もう距離を置く様子は見えなかったけれど「それをどうして僕が信用すると思うんですか」と切り返すに留める。押して引いて、まるで男女の恋の駆け引きだ。ややこしいそれを、ジャスティンは嫌いではなかったけれど、やはりスーザン相手にこういうことをするのは何だか不思議な感覚だった。

「……仲間だから。それじゃあ、理由にならないの?」

 スーザンが少し疲れた風に言う。ジャスティンは不意打ちを食らったように思った。『仲間』だと言われてしまえば、彼には反論が出来ない。だって、ジャスティンがスーザンに求めているのは『仲間』であることだから。彼女がそれを口に出した。彼女は自分の発言で拘束された。なら、ジャスティンが渋る必要は何処にある?

「オーケイ。分かりました。それなら、良い喫茶店があります。次からはそこで会いましょうか」
「……それって、ザカリアスのお店じゃないよね」
「ああ、いいえ。違いますよ。マグルのお店です。少なくともあなたの知り合いはいないでしょう」
「それなら、よかった」

 仲間から逃げないと言った口で、何を言うのだと思ったジャスティンだったが、すぐあとの「私、まだあなた以外と会う勇気はないのよ」というスーザンの言葉が沸き上がりそうだった憤りを一瞬で消した。「だめね、人間関係に臆病になっていては」本当に意気消沈しているらしいスーザンには悪いが、特別扱いされているこの現状に喜びを覚えてしまう。それを隠して、にこりと微笑む。スーザンが、ジャスティンの内心に気が付いていないことを祈りながら、チェスの駒をひとつ進めるべく質問を繰り出す。

「ところで、何か僕に話したいことがあったんじゃあ、ないですか?」
「どうして?」
「僕が入ってきたとき、執務室内と廊下に目をやったでしょう? もしかして、人がいては話しづらい懸案があるんじゃないかと思って」
「さすがね。その通りなのよ」

 ため息をついたスーザンの降参したような声色。それに、ジャスティンは心を許されたかのように思った。一番近いのは僕なのではないか。そんな傲慢な感情が、ジャスティンの中で飛び交ったが「ウリエル先生に会ったの」スーザンの打ち明け話にたたき落とされる。あの悪魔のような男が、今度も彼女の悩みの種だとは。焚き付けたのは失敗だったのだろうか。けれど、でも。ジャスティンがああ言ったからこそスーザンはウリエルに会いにいったのだと考えれば、ジャスティンの影響力が証明されるではないか。悶々と考えに捕われそうになっていた彼だったが「魔法法執行部で悩んでること、相談しにいったのだけれど。何も、ヒントを貰えなかったのよ」スーザンが続けて言ったことに冷静さを取り戻す。

「そりゃあウリエル先生みたいな一応、恩師と呼べる人相手だけれど、外部に相談に行くって、ほら。あまり、外聞が良くないじゃない? それであまり人にも言えなくて」
「あんな方ですしね」
「ええ。ええ、そうなの」

 力を込めて、熱っぽく首肯したスーザンの様子をみている感じでは、どうやら直接彼に何かをされたというわけでは無さそうだ。何があったのか、彼につけられたはずの傷さえもどこかに消えているようだし、最悪の事態には至っていないようだ。けれども、彼がスーザンに頼られる存在だということ。それも他の仲間を差し置いて、そうだということが何とも面白くない事実だった。

「ねえ、ジャスティン。どうしてあなた、私をウリエル先生のところへやろうとしたの?」
「やろうとなんて、」
「したでしょう。ウリエル先生も心配してた、なぁんて言ったじゃないの。私、そうでなければあの人にもう一度会おうとなんて、思わなかったわ」

 恨みがましい口調だが、それがジャスティンの気持ちをいくらか回復させるのに役立った。少し冷めたぬるい珈琲を飲むと、ほんのりとした甘さが彼を落ち着かせる。
 彼女の問いに、答えられるわけがなかった。口からでまかせでも、彼の名を出したその理由を。彼の名が、彼女をこちらへ寄せるだなんて、本気で信じていたのだと。ウリエルという男は、ジャスティン達が誰一人彼女に関わりを持てなかったその最中で、スーザンの心に触れることの出来た人間だから。たとえ、彼女を深く傷つけたのだとしても。いや、だからこそ、スーザンが彼に会いにいかずに、僕らの元へと帰って来ると思ったのだ。

「スーザン」
「……なに?」
「あなたは、僕ら――僕やウリエル氏に何を望んでいるんですか」
「何って、何のこと?」
「そうやって隙を見せるのは……いいえ、止めにしましょう。僕も、冷静じゃないみたいだ。この件は、来週。そう、来週に話しましょう」
「ええ」

 少し不満が残るようだったが、話を打ち切ったジャスティンに反抗してまで何かこの話題で言いたいことがあるわけではないようだった。答えを得られなかったことにモヤモヤとした表情をしているが、ジャスティンの心の中だって同じくらいに曇っている。それが晴れることはないだろうが、ウリエル氏とスーザンの関わりだなんてものに気を乱されている状態では、この話題を続けられないと判断したのだ。それは正しかったと、ジャスティンはため息をつく。何たって、こんなにも心をかき乱されるのだ。

「ああ、そうだ。もうひとついい?」
「何ですか」
「ハーマイオニーとドラコ・マルフォイ、愛人関係だなんてデマを聞いたのだけれど、この噂、出回っているってことはないよね?」
「……初めて聞きましたが。どこでそんな?」
「……ウリエル先生」

 聞きたくもない名前がもう一度出て、顔をしかめる。だから言おうか迷ったのだといった顔でスーザンがため息をついた。

「たぶん、彼のでっちあげだと思いますけど、僕の方でも何か聞いたら連絡します」
「そうして。マルフォイの事情なんてどうでもいいのだけれど、同僚が関わるとそういうわけにもいかなくて。この場合、魔法省に多大な寄与をしているマルフォイよりも、彼女の方が不利でしょう?」
「先の大戦のことを考えると、そうでもないように思いますけどね」
「……ここだけの話、マルフォイはかなり年配の女性に人気なのよ。彼、キュートだから。だけれど反対に、ハーマイオニーは女性に嫌われるタイプでしょう?」

 言われてみれば、その通りだと思って首肯する。スーザンもそれに対して二度目のため息をついた。「だから、心配で」その口調は、学生時代、ハンナの心配をしていたスーザンにそっくりで目を見開いてしまった。そんなジャスティンの変化に気付くことなく、自分の頬に手を当てて彼女はハーマイオニーの危うい立ち位置を憂いている。

(ああ、なんだ。もう、彼女は新しい仲間を見付けたのか)

 僕だけだ。
 僕だけだ、未だに学生時代の学友達との縁を引き摺って、そうして過去にとらわれているのは。頭をガツンと打ち付けられたような衝撃が身体に走る。足早に帰ろうと思ったのに、きちんと立つこともままならない。ジャスティンがふらりと崩れてしまいそうになったのを、スーザンは慌てて小さなテーブルを越しに支えようとするが、支えきれない。テーブルを乗り越える彼女。魔法法執行部の、新しくはないが、クッションの心地よいソファに崩れ込むジャスティンと、スーザン。

「スーザン」

 何を言うかなんて考えてなかった。なのに、無意識に名前を読んでしまう。「スーザン」起き上がろうとする彼女を拘束するように引っ張れば小さな悲鳴が上がる。「スーザン。スーザン・ボーンズ」彼女は戸惑ったように、どうしたのよ、とジャスティンの表情を見ようとする。嫌だ。こんな情けない顔を見せるのは。無理な体勢なのは百も承知。身体が変に痛んでいるだろうことも想定の上で、ジャスティンはスーザンの身体を自分の方へ押さえ込んだ。

「スーザン、抱かせて」

 いつから、自分はセックスの形でしか、相手に弱みを見せることが出来なくなったのだろう。ジャスティンは自嘲する。もう、本当に見放されても仕方がないと彼は思った。なのに、スーザンはそれをしないのだ。くすりと笑った風に、彼女の身体が震えたのを感じる。「……いいよ」倒れ込んだまま抑えられているせいで、くぐもった声。少し低くて、なのにどこか幼い受け答えはあの頃のようだった。
 ジャスティンの情けない要求に、スーザンは学生時代の彼女のまま、肯定を示した。その事実が、彼をさらに追いつめるとは思わずに。