Law and Low

05.惜しみなく与えれば愛なのか ◇SIDE - SUSAN BONES

 自分の白い肌を打つシャワーの水に神経を走らせながら、スーザンは過去の言葉に意識を傾けていた。ハンナが何気なく言った言葉だ。

『スーザンったら、ほんとうジャスティンに弱いわよねぇ』

 その時は否定したけれど、今となっては否定の出来ない言葉だと思ってシャワーの流れの中にため息を零す。
 今、自分が暮らしているエドガー叔父のお屋敷に彼を連れてきてしまっては、これからする行為についての言い逃れはもう出来ない。前回のように酒に呑まれた、一夜の過ちではない。請われたとはいえ、スーザン自身の選んだ選択肢だった。
 嫡子ではないエドガーが自身で築いたお屋敷に、誰かを招くのは初めてだった。ハリー・ポッターが一度目に例のあの人を打ち破る前に、スーザンの物心つく前に亡くなってしまった叔父のお屋敷に、自分と家族以外の誰かがいるのはどうにも不思議な感覚である。エドガー亡き後は、アメリアが暮らしていたとけれど、彼女も独身だったなとスーザンは思った。

「言い訳はするつもりはないわ」

 だって、ジャスティンのためというわけじゃない。たしかに『抱かせて』と言われはした。どうしてだか弱ってる彼に覚えたのは同情だけれど、断れなかったわけじゃない。なのに受け入れたのは、自分の人肌恋しさ故だ。倫理的に考えて、何でもないときに彼を受け入れることには抵抗があった。ジャスティンは、旧友だから。友人だから。それに、ウリエルとの過ちを引き摺っている自分を直視するようでいやだった。でも、ジャスティンに抱かれている間は強がりをやめて、自分の弱さを真っ正面から見つめられる。弱いことは悪いことではないのだと、ジャスティンは認めてくれる気がして。彼自身が元気であったらそうではなかったかもしれない。だけれど、ジャスティンも弱っていた。お互いがお互いの傷を舐め合うのだ。そうだ、それの何処が悪い――誰にも咎められていないにもかかわらず、スーザンは心の中でそう叫んだ。
 悶々とした思考とともに、きゅっとシャワーを止める。顔を二、三度顔を振って、お湯を振り払った後、長い金髪をまとめて絞る。

「きっと、ジャスティンに弱いのではないのよ、ハンナ。私達は、もともと、よわいの」

 弱さを見せられるのが、他にいないだけ。
 それを認めて、スーザンは丁寧に身体を拭く。お気に入りのネグリジェを着て、ジャスティンの待つ客室へ向かった。








 客室の扉を開くと、ジャスティンは寝台に腰をかけて目を瞑っていた。身じろぎもせず、座っているものだから、一瞬眠っているのかと思ってしまったぐらいだ。「ジャスティン?」と名前を呼べば、彼はそっと目を開けて、スーザンの方を見た。ああ、スーザン。と彼は呟く。
 カッターシャツを乱雑に羽織って、二、三だけボタンを留めてるその姿が、いつもきちんと着込んでいる彼には珍しい姿だと思いながらスーザンは近付いた。瞳の奥に弱い熱を孕んでいる彼のその表情に、子宮がきゅっと収縮するのを感じる。彼女はジャスティンの左隣に腰掛けた。拳ひとつ分離れたそこからも感じる温度に緊張が高まる。

「本当に、情けないな。僕は」

 ジャスティンが震える声でそう零した。食えない調子でいつもスーザンの前に立っていた彼の、こんな弱さはあの夜以来のようだと思った。何が彼をここまで追いつめているのかスーザンには分からなかったけれど、抱いている気持ちは自分と同じのように思われた。
 彼女はそっとジャスティンにしなだれかかる。「情けないのは、私の方よ」楽な方向に流されている自覚はあった。人肌が恋しくて、ジャスティンに縋っているのだ。
 左腕をそっと抱きしめるスーザンを、彼は右手で引き寄せた。シャツ一枚越しに伝わるジャスティンの胸の温度。鼓動がどくん、どくんと溶け合って、さらに心臓の動きが加速した。「ジャスティン」無意味に呼んだ名前。ジャスティンもそれが分かっていたのか、掠れた声で「スーザン」と。じわり、と芯がほぐれて、何かが染み出した。

「もう、僕なんて、僕らなんて忘れてしまえばいいのに。どうして」
「……何を言ってるの、ジャスティン」

 本音が零れ出たに違いない。スーザンの頭上で発せられたその言葉は、ジャスティンの弱さの原因な気がして彼女はそっと問い直す。

「スーザン。君は僕から、これ以上なにを奪おうって言うんだ!」

 癇癪を起こしたように、ジャスティンはそのままスーザンを組み敷く。欲を求めているというよりも、おもちゃが手に入らない子どものようだと彼女は思った。乱暴な手付きなのに、不思議と恐怖を感じない。ジャスティンは彼女を押し倒したまま、無理に顔を近づける。お互いの息づかいさえも聞こえそうな距離。少しでも動けば唇が触れ合ってしまいそうな状態のまま、ジャスティンは彼女を見つめていた。散らばった金色の髪の毛をそっとひとまとめにしながら、彼は言う。

「僕はね、君が欲しいんですよ」
「……ジャスティン?」
「君が欲しいさ! アーニーだって、コムギだって、ハンナだって、ザカリアスだって欲しかった!! でも、彼らはもう、僕の物じゃないじゃないか。彼らは、もう、パートナーを見付けてる」
「ジャスティン、ジャスティン。あのね、」
「聞きたくない! 君とハーマイオニーの関係だって! 僕達が、昔のままでいられないことだって分かってる。分かってるんだ……でも、」

 最後は囁くように、耳元に寄せて弱々しく呟いた。性とは程遠い、癇癪に塗れた欲情の篭った言葉と空気が、耳に当たって染み込んだ。ジャスティンの気持ちが、わからないのではないのだ。

(私は、彼と違って求める前にすべてを手放そうとしたけれど)

 今、ジャスティンに抱きしめられたら、いろんなことが変わってしまうと思った。人肌ではなく、彼を求めてしまいそうだと思った。女と男なんて、そう始まるんでしょうね。と冷静な自分が脳内で囁いてスーザンはハッとする。彼の表情を見たい。でも、見てしまうと、どんな感情が生まれてくるかが分からない。彼女は彼の瞳の色を覗くことを諦め、そっと頬にほっそりとした指先を這わせた。

「ジャスティン。私だって、あなたが欲しかった」
「そういうこと言うと、勘違いするから。だから、やめたほうがいいですよ」

 そして優しく、あまく、彼女の名前を呼んで頬に手を置いた。頬骨、首筋、リンパの辺りに力を込めながら手を流す。鎖骨を幾度かさすったかと思えば、そこからさらに手は降りていく。ネグリジェの上から胸の谷間を通って、そして下から上へ、やわらかな胸をも見上げた。ひゃ、と漏らしそうになった声をぐっと堪える。感触を確かめるかのように何度か揉まれて、その後にネグリジェが捲し上げられる。殆ど透けているような布地のそれではあったが、これで身体の大部分を剥き出しにしてしまうとスーザンは焦った。ブラジャーはつけていなかった。ジャスティンの、男性ながらに細い指先が直接触れる。彼の身体はいつのまにか両足をこじあけて、足と足の間に置かれており、覆う物のほとんどない身体に、ジャスティンの肌が触れると発火したように熱かった。いつものようにきちんとシャツが止められていれば、このようなことがなかったものを。だけれど、この熱こそがスーザンの望んでいたもので、じわりじわり、身体の芯がほぐれていく。胸をやわやわと揉まれていただけでは物足りなかった。緩急つけて、つよく、よわく、突起を捻ったり潰されたりすると、徐々に自分の息づかいが荒くなっているのを感じた。スーザンが何かを言おうと口を開けば、そこに今まで彼女の胸を弄んでいた指を突っ込まれる。(口封じのつもりだろうか)抗議をしようと思ったが、目が合ったジャスティンのその瞳の奥にたしかな激情と、もうひとつ、なにか読めない感情の色を見付けて彼女はおとなしく彼の指をくわえた。フェラをするように、丁寧に舐める。

「勘違いしてしまえば、僕はきっと君を手放せなくなる。恋人には出来ないのに、君を束縛してしまいます。僕ら以外に心を許す君は、見たくないんです」

 ウリエル氏でさえも。とそう言ったジャスティンは、どこか愛おしそうに、そう、愛おしそうにスーザンを見ていた。どくり、と心臓が更に主張を始める。直接触れているジャスティンは、そのことに気が付いただろうか。

(……私こそ、勘違いするかと思ったわ)

 心臓が跳ねたのは間違いない。
 ひとりの男に、依存してしまえばどうなるか、わかってないとは言わせないわよ。と自分に言い聞かせねばならないこの状況を、まさかジャスティン相手に思うとは予想もしていなかったと、スーザンは驚いていた。だけれど、(なんだ)彼女は何処か腑に落ちたような心地に襲われていた。ジャスティンも、スーザンも、自分だけのものがほしいだけなのだ。どんなときにも、自分をわかってくれて、肯定してくれる弱くてあたたかい存在。なにもかも、欲しいものを与えてくれる、そんな存在。家族に、それを求めるわけにはいかないから。闇の帝王の支配により、殆ど壊滅状態にあるボーンズ家。死の充満した自宅では、甘えなんて許されなかった。自分のみは自分で守るように、と、自分の足で立つことを幼いうちから強制された。ジャスティンもそうだ。両親共にマグルで、進路のこと、魔法界での不安のこと、何も言えない。宿り木が、他にないから旧友のあのグループに、奇妙な固執の仕方を見せるのだ。納得してしまったら、がむしゃらに彼を感じたくなる。
 舌の動きが止まったのを知ったのだろう、ジャスティンが指を抜く。「何を考えているんですか」あなたのことよ、彼女は心の中だけで答えた。息は荒い。「今は、今だけは僕のことだけ考えて」あなたのことしか考えていないのよ。言葉に出さなければ、彼女の考えなんて伝わらない。

「ねえ、ジャスティン早く」
「……何をですか」
「ジャスティン、早く。ねえ、早く私をめちゃくちゃにしてよ」

 もういっそ、何も考えられないくらいに、弱さなんて認めなくて良くなるくらいに感じさせて欲しかった。もう、現実なんて直視したくなかった。弾かれたように彼女を見たジャスティンは、彼女の瞳の奥に確かな激情と、弱みと、何処までも快楽に堕ちた淫乱な女の欲情を見て取っただろう。予告なく指を突っ込まれた彼女のそこは、染み出した同情と独占欲で、はしたなく濡れている。そう思いながら、スーザンは自然と溢れてきていた涙を手の甲で拭った。