ライ麦畑で恋をした

そのに

『身内へのお披露目式だからドレスコードの指定は無いけれど、それなりの服できた方がきみが安心するだろうね』

 アーニーのそのセリフを受けて、わたしは手持ちのそこそこ上等な服をベッドに並べて唸っている。
 こないだ友人、というか先輩の結婚式で着たドレスか。入社式のときとかに着たような、かっちりとしたフォーマルローブか。いいや、これはちょっと硬すぎる。
 変にオシャレし過ぎたら浮くだろうしアーニーに張り切ってるとか思われるだろう。それは嫌だ。かと言ってラフすぎると、わたしが落ち着かないんだろうなあ。
 招待状があるくらいだ、たぶんほんとそれなりのレストランなんだろうな。やっぱりさっき見てたドレスにしよう。身につける小物とかをラフにしたら、なんとかなるだろう。で、髪の毛はコテでちょっと巻こうかな。くるくるって……




 ……なんて。
 衣装に悩んでいたあの時間が懐かしく感じる。
 待ち合わせは色気もなんにもない。漏れ鍋だった。

 結局、髪の毛は自分でやらずに散髪がてら美容師さんにやってもらった。
 いい感じだな我ながら、と思いながらいつもの席に着席。カウンターが見えるあの席だ。けれど、そちらに視線を向けて、なんとなく違和感を覚えた。
 あれれ?

 なんていうか、うん。あれだあれ、看板娘のミス・アボットがいない。
 そういえば今日の集まりも身内のってアーニーが言ってたから、彼女も招待客なのかな、と思い当たる。気持ちは急に無性にドキドキし始めていた。
 どうしようかと思ったけれど、ドリンクを飲んで待つことにする。このあとレストランに行くのだと分かっているのだからわざわざお腹を膨らませることはないわけで。
 トニックにしようかと思ったけれど炭酸は避けるべきかと考えて、結局定番のオレンジジュースにした。
 ジュースを飲みながら、持ってきた本を読む。本当は片付けなきゃいけない書類とか、明後日までに読まなきゃいけない資料とか(さすがに明日までのものはもう片してきた)、沢山あるんだけれどここに来て仕事ってなんか無粋な気がしてやめた。
 それに、最近は忙しくてまともに本を読む時間もあまりなかったから、購読している本も雑誌も積み上げられてるだけになっちゃってるし、良い機会でしょと。
 物語は未だ序盤、興味を引くっちゃ引くけれど、盛り上がりに欠けるから少々眠くなる。

 一時間ほど経ったあたりだろうか、ちらりと時計を見ると良い時間になっていた。ん、そろそろかな、と顔を上げる。
 無意識にカウンターの方へ目がいって、今日はいない看板娘を目で捜している自分がいることに気が付いた。特別美人という訳でもない。どちらかといえばふっくらしていて、けれど太っている人にありがちな、目が肉で細まって怖いということは決してない。人当たりも良く、気も使える。ただ、すこしだけ精神的に弱いんだっていうはなしを、ウィーズリーの末息子から聞いたことがあるくらいで。

(魅力的な、女の子なんだろうなあ)

 アーニーの連れがわたしだということは、つまり当然だけどアーニーの連れはアボットさんじゃないわけで。アボットさんじゃないってことは、アボットさんには誰か誘った人がおそらくいるってことで。
 女性同士ということもありえなくはないだろうが、こういう場って基本的にカップル(恋人同士というよりも男女の連れという意味合いの方が大きいけれど)が一単位になる気がする。
 それならば、やってくるのはあのホグワーツの薬草学教授だろうか。確かに惹かれる理由もわからなくない。ポッターのように悪目立ちをしていた訳でもなく――いや、低学年のときは落ちこぼれとして目立ってたとはいえ、才能がなかったんじゃなくて神経が細かった、萎縮してしまって才能を充分に発揮出来てなかったってことだということが判明したし。
 根っこの所がやさし過ぎるという意味でもアボットさんとはお似合いだろうし、今や教授だもんな。スネイプに鍛えられて、本来の芯の強さだって充分に引き出せてるし。

(アーニーは、どういう気持ちなんだろ)

 想像したけれど全く思い浮かばない。
 気持ちを切り替えて本に意識を戻そうと思ったけど、なんかもうそう言う気分じゃなくてぱたんと閉じた。
 オレンジジュースにささっているストローくわえてぶくぶくながら周囲を見回す。

 ああ、煙草がすいたいな。口が寂しい。
 けれどこの格好で、しかもこれからレストランに行くのに、と思ってやっぱりやめる。そもそも、今日は持ってない。
 アーニーまだかな、とかこんな奥まった席に座ったのは失敗だったかなとか、急に不安になったりしながらきょろきょろしていたら、声をかけられた。職場の先輩だ。

「あれ、エイミー。そんなお洒落してデートでも?」
「えっ、あ、先輩! こ、これはデートじゃなくって、あの、」
「デートですよ、先輩。少なくとも僕の方はそのつもりだったんですけどね」

 その先輩の後ろからやってきたのは、当然といえば当然アーニーで。
 でも、このタイミングの悪さを呪わずにいられない。冗談ってわかってるけれど、先輩があんなことばを言ったときにやってきたのはずるい。
 受け答えはやっぱりといえば手慣れてるアーニーのこと。さらりと流すようなそのことばに、先輩がふっと微笑んで、わたしは赤面するタイミングを失ってしまった。けど、相当恥ずかしい。
 そんなことを軽々と言うから、わたしは在学時代の片想いの甘酸っぱいきもちの残り香を思い出してしまった。転んだときに助けてもらったとか、泣いてたときに黙ってハンカチを差し出してくれたとか、図書館で困ってたときに手助けをしてくれたとか、そういう些細なことだけで心を奪ってしまう彼がちょっぴりにくいこともあったけど。

「ま、お前ら仲が悪いのかと思ってたからちょっと安心したわ。楽しんでこいよ、おデート」
「ありがとう、ございます」
「先輩に言われるまでもなく、僕はきちんとエスコートしますけれどね。楽しめるように」

 心配、掛けてたんだなって思ったら、ちょっとだけ先輩に対して申し訳ない気持ちに鳴った。
 けれど、それ以上に、アーニーが戯れだとはいえデートだということを認めてくれたことが嬉しくて。心躍る気持ちを隠して、ふわりと微笑んだ。先輩は、そんな私の頭をぽんぽんって軽くたたく。いつもなら髪の毛をくしゃくしゃにするのに、今日は整えてきた髪型に配慮してくれたんだと思うと、やっぱりこの人がフリーなのは解せないなって思った。
 そのせいで、アーニーがちらりとカウンターの方をみて何かを考えた様子をしたのには気付けなかった。










 * * * 
















 レストランはダイアゴン横町のすこし奥まった所にあった。
 けれど、ほかの通りではなく、ダイアゴン横町に店を構えているんだからすごいなと思う。結構ここ、地価高いと思うんだけれど。
 さほど大きくないレストランの机は一カ所に固められて、立食パーティのような形になっている。向かい合わせでアーニーと二人だったら直会話にも困っていただろうし、正直な所ホッとした。

「本日はお越し頂いてありがとうございます、なんて身内しかいないのにこんな挨拶必要ないよな」
「よっ、ザキかっこいい!」
「あとで発言権はやるから、すこしは黙ってることは出来ないのか、コムギ

 懐かしいな。わたしが遠巻きで眺めていた光景が目の前にある。
 ホストであるザカリアス・スミスは良い評判を聞くことがあまりない人間だけれど、ただ不器用な人間なのだろう。ミスター・の茶々に対して絶対零度の返答をしてはいたものの、その声色には照れが含まれていてなんだか好ましささえ感じられた。
 サクライくんは当時から付き合っているミス・ラブグッドと一緒に来ていて、ああやっぱりこの二人はお似合いだなって思った。ラブグッドさんはある意味で有名なのだから、ホグワーツに所属していてこの二人を知らない人はいなかっただろう。かのドラコ・マルフォイと同じくらいには知られているだろうから。

「そうだよ、コムギ。あのしゃべりたがりのアーニーでさえ黙ってるんだから」

 さりげない毒を混ぜて注意するのはジャスティン・フィンチ-フィレッチーだ。一見穏やかそうに見えるけれど、すこしミーハーで、人が言うことを躊躇することをさらりというタイプの人間だと見た。彼らの中だったら決して主張が強い方ではないけれど、きっとこのグループをまとめるのにひっそりと尽力している、縁の下の力持ちタイプなのだろう。
 しかし、そんな彼のことばに納得がいかなかったのは、わたしの連れであるアーニーである。まあ、当然だろう。
 不満そうに目を光らせ、反論した。

「失敬だな、僕だって場をわきまえるさ。それより、ザカリアス。君は話を続けなくてもいいのかい?」
「ようやく僕の所にマイクが戻ってきたけれど。僕からはみんな楽しんでくれとしか言えないな、こういう場は苦手なんだよ……。あと共同経営者の姉さんは私情で欠席をしています。代理として従妹が来ているけれど……絶対手を出すなよ。僕からは以上」

 纏っているスーツのアクセントポイントであるネクタイをきゅっと締め直すスミスくんが視線を向けた先、特別席みたいな所にちょこんと控えめに腰掛けている少女がいた。ふわりとしたドレスに身を包んで、なんとも可愛らしい。ああ、たしかにこれはちょっと特殊な性癖のお兄さんからしたら、たまらないだろうなと思った。
 アーニーをちらりと見ると、スミスくんの従妹猫かわいがりは今に始まったことじゃないみたいで、完全に呆れた様子であった。
 それでひとまず解散、立食パーティ開始になるのかと思いきや、スミスくんは話を続ける。

「僕からは以上なんだけど、この機会でハンナが話があるみたいで、みんな聞いてやってくれ」

 スミスくんのことばに、わたしはハッとして隣に立っているアーニーを見てしまった。彼は知っているのだろう、話の内容を。
 そっ、と目を伏せるように数秒閉じて、ちらりとミス・ハンナ・アボットを見る。何かを堪えるように、二、三度手を握ったりひらいたりを繰り返してから、私に視線を向ける。
 目が合う。刺すようなそれが、徐々に和らいだ。

「いいよ、気を使わなくて。知っているんだろう」

 彼が私に言って、私はなんていいかわからなくなる。
 何を言っても傷つけてしまうのだとわかっていて、それでも傷つけるのはいやだっていう傲慢さからだった。
 アーニーに気を取られていて、彼女のことばの始まりを聞き逃してしまった。

「……えーと、単刀直入に言うとね、」

 そこで一旦、切った。
 アボットさんはちらりと、隣のパートナーを見つめて、見つめ合って、数秒間アイコンタクトを交わしたかと思うと、思い切ったように言った。
 在学中とは違い解き放たれて、ふわふわとウェーブをする彼女の長い金髪がゆれる。

「ネビルと、結婚することになりました」

「おめでとう、ハンナ!」とアボットさんに飛びつくように抱きしめた、彼女の親友のミス・ボーンズ。金髪の髪の毛は相変わらず一本の三つ編みで、けれども在学中より凄く長い。
 くんとラブグッドさんは何やら独特できらびやかな装飾を杖の先から出しているし、他の人たちもみんなお祝いモードだった。
 笑顔は装っているけれど、本当は泣きそうな雰囲気を纏っているアーニー・マクミランとは、みんながみんな正反対だった。
 このテーブルから離れた所、黒髪を短く切りそろえているものの襟足の残るサクライくん。気が付くと、癖なのだろう、自分の髪の毛を弄びながらこちらを見ていた。色素が薄い故の焦げ茶色の瞳をきょろりとこちらに向けて、心配そうにアーニーを。