記憶の法律

Cast:D.Malfoy, H.Granger

 学生時代には一生、足を踏み入れることのないと思っていたお屋敷にいるという事実に、ハーマイオニー・グレンジャーは目眩がする思いであった。ウィルトシャーの大金持ち。魔法省から見たらかなり上位の顧客と呼んでも良いこの屋敷の主は、ホグワーツ時代に散々やりあった相手だったからだ。
 それだけでハーマイオニーの自宅ほどもある玄関ホールで、ようこそ、と出迎えてくれてるのがその相手だなんて、どう考えたら良いのだろうか。こんなにも生活が違うんであれば、そりゃあ学生時代の彼は私みたいな平民をバカにするわけね。なんて思ったハーマイオニーは自分の戸惑いをため息に変えて、彼に気付かれないようにそっと漏らした。

「お出迎えありがとう、マルフォイ」
「僕は多忙な身であるのでね、君の滞在中、ずっと屋敷にいられるか分からない。だから最初の挨拶くらいは、と思ってね」
「ええ。迷惑は掛けないから、安心して不在にしてくれていいのよ。ああ、そうだわ。今回は書庫の貸し出しと、ゲストルームの提供をありがとう。必要な資料が見つかっても、見つからなくても約束の期日で出て行くし、あなたの必要な便宜も図ることを約束するわ」
「今は必要なことなんてないけれど。戦後処理部の役人に聞けば分かると思うけど、全てを提出したから、今の僕は非常にクリーンな状態さ」

 学生時代の関係を揶揄しているのだろうか。半ば自嘲した調子で言ったドラコ・マルフォイは、それだけを言うと肩をすくめた。決して良いと言えなかった学生時代の記憶が、彼と対峙していると鮮明に蘇ってくる。三年生のとき、むしゃくしゃしていたのも相俟って顔面にストレートパンチを食らわせたのを思い出して、ハーマイオニーは思わず彼の青白い頬に手を伸ばしていた。ぎょっとしたように身を引くマルフォイ。ハーマイオニーもハッと我に返って「ごめんなさい」と素早く詫びを入れて手を引っ込めた。その時、玄関ホールから続く大階段の上の方から声が響く。

「あなた。誰か、いらっしゃったの?」

 天井の高いそこはか細い女性の声も容赦なく反響させる。細くて消えてしまいそうだが、矜持の高そうな声はどことなく、彼の母親を思い起こさせる。

「アステリア。言っておいただろう、魔法省から役人が書庫の利用に来ると」
「あら。そうでしたわね、ごめんなさい。だって、まさかこんなに歳若い女性だと思わなかったから……」

 階段の手すりからこちらを覗き込む彼女が、マルフォイの言葉にすこしシュンとしたのをハーマイオニーは見た。学生時代の脊髄反射だろう、彼女を庇いたくなったが、そんな立場でも状況でもあるまい。持ち前のおせっかいをグッと押さえ込んでハーマイオニーはマルフォイへ視線を向ける。その間にもゆっくりと、二人のいる位置まで降りてきていたその女性は手入れのされているだろう美しくて長い髪の毛をきらきらとたなびかせ、ハーマイオニーに向かって「ごきげんよう」と挨拶した。

「あまり良く知らないだろう。アステリア、この女性がグレンジャーさんだ。学生時代から優秀で、今は魔法法執行部の部長に目をかけられているエリート候補だ」
「まあ!」
「学生時代にも目立っていたから、お前は知っているかもしれないが」

 わざとらしいアステリアの驚きに、ハーマイオニ―は「まあ!」と言いたいのはこちらの台詞だと心の中で反論した。この男が、自分を褒めるなんて。これも学生時代には考えられなかったことだ。
 何だかむずがゆくてハーマイオニーは「こちらの女性は?」とマルフォイに紹介を促す。アステリアの正体なんぞ、聡明なハーマイオニーには検討がついていたが、彼に褒められたという事実から一刻も早く話題転換したかったのだ。

「ああ、グレンジャーは初めてかもしれないな。こちらはアステリア、妻だ。同学年にダフネ・グリーングラスという女がいたのは覚えているか?」
「ええ。OWL試験の――たしか呪文学で一緒でしたもの」
「良く覚えているな。そう、彼女の妹だ」

 にっこりと笑ったアステリアに、ハーマイオニーは会釈で返す。アステリアはかわいらしい笑顔浮かべながらも、ハーマイオニ―を頭のてっぺんから足の先まで見て、そうして頷いた。

「心配していましたが、この方なら私ゲストルームに御呼びしても構いませんわ。パンジー様なら……ええ、そうね。私もあの人にお会いしたいけれど、この家であなたと共に生活するのは反対しましたけれど」
「だから言っただろう。グレンジャーとは何もないと」
「だって、遠縁の親戚からわざわざ連絡が入ったんですのよ? あなたに愛人がいるって」
「それはあいつのでまかせだって言ってるだろう」

 少し疲れた様子のマルフォイ。奥方だとはいえ、彼がこんな会話をしているのが信じられなくてハーマイオニーは言葉をなくした。彼の奥方は、ハーマイオニーに女性的魅力を認めなかったのか、ここへ滞在することに渋らなかった。それは、彼女が貶されているという事実にもなり得るが、ただ素直に安堵をしてしまうくらいには、学生時代に想像出来なかったマルフォイの姿を思って驚いていた。
 やがて、「私はこれくらいで。グレンジャーさんはぜひ、くつろいでいってくださいね」と言ってアステリアが去っていき、ようやくハーマイオニーは現実に戻って来ることが出来たのだった。

「……なによ、あれ」
「だから言っただろう。嫁だ」
「……あなた、パーキンソンとは別れたの?」
「仕方がないだろう。親が決めた婚姻だ」
「つらくないの?」

 思わず囁くようになってしまったのは、仕方がない。マルフォイは数秒黙った後、「最終的に、決めたのは僕だ」と言った。むっつりと黙り込んでしまいそうなのが良くないと思って、ハーマイオニーは慌てて話題を転換する。

「あなた、本当に変わったと思うわ。昔なら、私をあんな風に紹介しなかったでしょう? 穢れた血だとかって言って」
「慣れ合う気はないが、恩義は返す主義だ」

 それ以上は言わずに、彼は「書庫はこちらだ。ついでに君の滞在中の部屋も案内しよう」と言って歩き出してしまった。相変わらず、自分勝手なんだから。ハーマイオニーはそう思うが、彼の足取りは彼の長い足から考えるととてもゆっくりだった。彼女が知らなかっただけで、もしかして女性との接し方は彼のご両親にきちんと教育されていたのかもしれないと、これまた学生時代では知り得なかったことにひとつ、気が付いてハーマイオニーは彼に気が付かれないようにくすり、と笑いを零した。なんだかおかしかった。


憶の法律

月恋世界観で、ドラコとハーマイオニーとアステリアの話
英国では大きなお屋敷は観光名所になっているとか
13.12.06執筆