閉め切った扉の向こう

2. かくれんぼをしよう

 わたしのとてもだいすきなおねえちゃんは、かわいくて、美人で、あかるくて、勉強もできて、すごくあこがれなの。

 って、おとうさんに言ったら、軽く笑われてわたしはむすってしてしまった。
 おとうさんはどっちかというと、ザックくんに肩入れしたがるから、わたしはそういうとこあんまりすきじゃない。

 なんていうか、ザックくんは、ちょっとこわい、のだ。
 べつに悪い人じゃないっていうのはわかってるつもりだし、傷つけるためにわざときついことばを言うんじゃないっていうのもわかってるんだけど。
 でも、それでも隠すことなく率直に放たれたことばはこわいし、それがほんとうのことだったりすると、何にも言えなくなる。
 ザックくんも、たぶんだけど、とろとろしているわたしのこと、あんまりすきじゃなさそうだし。

「ザックは、シェリーのこと、きちんとだいすきだと思うけどなあ」

 ほら。おとうさんは、またザックくんを庇う。
 ザックくんの目をみたらわかる。あんなにまっすぐに、こころのなかまで見抜かれそうなほどの視線を、おとうさんは向けられたことがないのだ。

 そんな思いでモヤモヤしていると、来客を知らせるベルが鳴った。
 いやなタイミング。だって、この時期。夏休みにやってくるお客さんっていえば、あのふたりしかいない。

 どうか、ザックくんはこないでください!


 わたしのお祈りもどこへやら、今日のお客さんはザックくんだけだった。
 かみさまなんて信じない!!!
 わたしが心の中で唱えて、絶望していると、おとうさんがくすりと笑った。おとうさんはほんとう、よくわらうな。おとうさんに案内されてリビングへやってきたザックくんは、わたしの顔を見て複雑な表情をしている。
 感情が顔に出やすいって言われるから、もしかしたらそのせいかもしれない。でも、ああ、でもどうしよう。それならまたザックくんにいやな思いを……。またなにか言われるかもしれないって思ってたせいで、「ミシェル」名前を呼ばれて瞬間、ビクって肩を振るわせてしまった。
 ため息。そして、鋭い視線でわたしを射抜く。

「ご、ごめん」
「なんで謝るのさ。ほら、行くよ」
「えっ。えぇっ?」

 私がぽかんとしながら、おとうさんを見ると、おとうさんはにこやかな表情。胸の位置で小刻みに右手を振っている。

「いってらっしゃい、ふたりとも。夕飯までには帰っておいで」

 えっ、えええっ!! 夕飯までって、えっ、まだ午前中だし、って、なんで、ザックくんとふたり??? というか、うん、ええええ!!どうしよう、どうしよう。どうしよう!!

 戸惑っている間に玄関から追い出されてしまう。どこに行くのかも、何しにいくのかも聞かされてないし、わたし、いつものパッチワークのワンピースなんだけど、この格好でも大丈夫かな……お気に入りだからよごしたくない。

「いくよ、ほら」

 ぼーっと突っ立っているわたしの戸惑いを察してか否か、ザックくんはちいさく舌打ちをしながら、私の右手首を掴もうとした。
 突然のことにおどろいて、慌てて払ってしまう。ひゅっと息を吸い込む音。いま、ぜったい傷つけた。こわくて顔が見れなくて、俯いて足下をじっと見つめてしまう。ザックくんの影がうごいた、今まで長く長く伸びていたそれは、すっと折り畳まれる。


「ねえ、ミシェル」

 そういえば、ザックくんは、去年の夏休みの一番最初のとき。わたしが、名前を呼ばれてびくってなってから、わたしのことをシェリーって呼ばなくなったことに、いまさらだけど唐突に気が付いた。
 距離ができたみたいで、さみしくおもう、けどそんなこと、わたしがおもっちゃいけないのだ。

「ミシェル、僕のこと怖がってるだろ」

 だって、ほら。こんなこと、言わせちゃった。なんかなきたくなって、目がうるうるしてきた。
 でも、ここで泣いたら、きっとまた、ザックくんいやなきもちになる。泣いて済むと思ってんの、とかっていわれそう。
 ううん、それよりも、こんなことを考えちゃうわたしがいやだ。だって、ザックくんにいやな思いさせてるの、わたしなのに。

 ぐっ、と決心して、私は顔を上げた。いつもは見上げていたザックくんの顔が目の前にあってびっくりした。去年くらいになって、身長がぐんと伸びてずっと男の子らしくなったザックくんの顔を、こんな間近で見るのは、もしかしたら初めてかも知れない。
 思いのほか、ベッキーと似てて、なんか勝手に親近感を覚える。
 あ、まつげながいんだ。新発見をして、得した気分になる。

「ほんと、きみをみてると、いらいらする」

 突然、ザックくんは表情を歪めて、そう言った。
 またわたし、なんかやっちゃったのかな。哀しくなって、じわっと涙が目の縁にたまる。ほんとやだ、こうやってすぐになきそうになっちゃうところ。

「ほら、また表情が変わって。なんか考えてんのはわかるけど、何考えてんのかわかんなくて、いらいらする。べつに、嫌われたい訳じゃないのに」

 さいご、ぼそっと言ったことば、きちんと聞き取れなかった。もしかしたら、幻聴かもしれない。わたしは、きらってなんか……。でも、苦手な気持ちを持ってるのは間違いじゃなくって、もしかしたらわたしはザックくんを捉え違いしてるのかもしれない。けど、でも、そうやっていわれるの、こわいんだもん。
 でも、でもでも。そうやって、わたしがずっと殻に閉じこもってるから、ザックくんもいらいらするのかな。
 おとうさんと、ベッキー以外の人には、あんまりことばがうまく浮かばなくって、何か言おうと思って、言えなくて、「えっ」とかしか出てこなくなっちゃうから。それだから、とろくてどんくさいわたしのこと、いらいらするのは当然だよね。

「ごめんね、ザックくん」
「ほら、またきみが謝る」

 ザックくんは姿勢を元に戻す。……あきれられ、ちゃったのかな。
 それは、なんかやっぱり、やだ。
 じわりじわり、こみ上げてくる熱いものを、歯の奥を食いしばってぐっと我慢する。呆れられたく、ないんだもん。



「ザックくん!!」

 涙を零さないように、瞬きしないように気をつけながら、私はザックくんの長袖のカッターシャツの袖をそっと握った。

「ザックくん、わたし、ザックくんのこと嫌いじゃないよ」
「僕はきらいだよ」
「えっ」
「僕は、僕のこと、嫌いだよ。だって、いつも誰かを傷つけてばっかりだ」

 そんなこと言っても、私はどうしていいかわからないから、目を瞬かせるしかない。そうしてたら、反動で、涙がぽろりと零れてしまった。ああ、さっきまでずっと気をつけていたのに。
 ザックくんは、それをみて、ぎょっとしたように私を見た。

「なんで、きみが泣くんだよ。ほんと、意味が分からない」
「ち、ちがうの、これはね、あの……」
「悪かったって。そんなにいやなら無理しなくていいよ、帰れよ」

 ザックくんは頑にそう言い始めたから、わたしはどうしていいかわからなくなる。でも、こんな玄関先で中途半端に帰ってしまうのはおとうさんにいいわけできないし。
 なにより、逃げたみたいで、それも、やだ。

「帰らないよ! だってせっかくだもん」

 そうやっていったら、ザックくんは呆れたみたいにため息をつく。
 今日はずっと呆れさせてばっかりだ。ほんとうに、わたしはもう……。
 ごめんなさい、って言いそうになって、それでさっきザックくんがいやな顔を顔をしたのを思い出して、何も言えずにいる。すると、彼は、もう一度だけため息をついて家の横に立てかけてあった箒を手に取った。

「これ……」
「僕の箒。きみ、空飛んだこと無いんだろ。それでも魔女? 魔法使いの子どもに生まれたのに勿体ない」
「え、でも」
「僕のこと、信用出来ない?」

 不機嫌さが増した気がする。ぶっきらぼうにそう言われて、わたしはどうしていいかわからない。だって、信用出来ないわけじゃないけど、こわいものは、こわいし。

「ごめん。こんな言い方だからダメだって姉貴に言われたんだけど。僕はこれでも箒に自信があるんだよ、ミシェル」









 * * *










 多少、強引だったことは否めない。
 ミシェルが僕に拒否感とまではいかないまでも、恐怖心を抱いていたのは間違いないのだから。
 それでも、僕は彼女に見て欲しかった。空の上から眺める景色、というものを。

 ミシェルの父親は良い人だけれども、箒の才能は無い。これは、僕の母親と同じだ。きょうだい揃ってなのだから、おそらくは血筋の影響だろう。
 こればっかりは、僕は父親のクィディッチの才能をすこしでも受け継いでて良かった。ちなみに、ベックは僕とは違って母親似だ。もちろん箒も上手くはない。
 だから、ミシェルの父親に、彼女を乗せて飛んでくれないかと言われたときは、何が何でも空を体験させてやると思ったのだ。箒に関しては、自信がある。僕はこれでもクィディッチの代表選手なのだから。
 ハッフルパフ寮ではセドリックのことを言及することを、みんなは無意識に避けている。当然だ。あんな危ない試験、受ける気はあまりなかった彼の背中を押したのは他ならぬ僕らなのだから。セドリックが選ばれて、本当に嬉しかった。それは間違いない。けれど、けれど、まさかあんな事態になるなんて、思ってもいなかったのだ。
 そこで柄にも無く落ち込んでいた時の、シェリーの、いや、ミシェルのあの拒絶。完全に追い打ちだ。勝ち誇った表情の姉がなんと憎たらしいと思ったことか。






 自分よりもずいぶんとちいさな少女を、自分の腰に抱きつかせて、僕は慣れたように大地を蹴った。
 ゆるりと浮かび上がる。自分一人で飛ぶときよりかはいくらか低空で、しかもゆっくりだ。とは言っても、自分一人でもあまりスピードを出すことは無いのだが。(もちろん、試合のときは別だけれども)

「すごい! すごいね、ザックくん!!」

 風の音が途切れたときに、聞こえてくる少女の声。かつてないほど、うわずっていて興奮しているのが伝わってくる。
 こういうとき、彼女の目はキラキラ輝いているのだろうか。覗き込めないのが惜しいと、思わず思ってしまう。
 ひとしきり、すごい! と叫び終わった後、ミシェルは黙り込んでしまった。
 飽きたのだろうか、と思って「もう降りる?」と尋ねれば、僕に密着した彼女が首をゆるゆると横に振っているのが感じられた。ばかだなあ、伝わらないぞ、と言ってやろうかと思ったけれど、そこで踏みとどまることの出来た自分に拍手喝采したい。

 すこし高度を上げる。
 先ほどよりも高く、すこしばかり空気が薄い。僕にとっては慣れたものだけれど、ミシェルはヒッと息を飲んだので、やってしまったかと思ってすこし後悔する。高度を下げようかと思ったけれど、ミシェルが抱きつく力をすこしだけ強めたので、それをやめた。怖がっているのかもしれない、けれどこんな役得味わわずにはいられようか。
 どうせ、地上に降りたらいつも通りだ。けれど、今この瞬間だけは、あの姉貴にも勝っている。

「ザックくん!」

 こんなにエネルギーに満ちた声色で、彼女に名前を呼ばれたことはあっただろうか。(いや、ない)
 びくっと身体を震わせてしまいそうになり、そうはならないようにと、僕は必死で堪えた。何を言われるんだろうかと多少身構えて、僕は無言で続きを促す。

「ごめんなさい、ザックくん」
「だからなんで謝るの。なんなの、口癖なの?」

 しかも、謝っている割りにはやけに明るい声色だったことが気に入らない。
 いや、しかし、今までのように泣きそうになりながら必死で震える声を絞り出した、みたいな様子よりかは随分マシだろうかと、思い直す。冷たい口調になってしまったこともすこし後悔した。その所為でしょげてしまったのか、ミシェルは僕の身体を掴む手を若干緩める。

(ーーあっ、ぶなっ!)

 驚いて、思わず僕の腰に置いてある彼女の手の上に、自分の手のひらを重ねてしまう。今度は彼女が驚いたらしく、「えっ」とお得意の戸惑い声を発していた。

「ちゃんと、掴んでおきなよ」
「あ、ありがとう……あとね、ごめんね、ちがうの。わたし……あの、こわいって思ってたから」
「もういいよ。僕もーーかった」

 きちんと言葉にできないけれど、性格上はっきりと謝るのは僕には向いていないと思った。それに、もっと良いかは無かったのか、我ながら許しがたい。これだから、レベッカと違って僕は人付き合いが酷く希薄になってしまうのだと知っているけれど、未だに直せない。
 今回みたいに、ことばを放ってから後悔することばかりだ。あまりよく考えずに話す癖をいい加減なんとかしたいと思っているのだが。
 けれど、それを許すように、ミシェルが僕を掴む力をきゅっと強めた物だから、なんだか救われた気分になった。

 僕も、ミシェルも、お互いに口下手なのだろう。ことばなんかよりももっと伝われば良いと思って、もう一度、僕は手を彼女の柔らかくてふにふにとした手の甲に重ねた。