閉め切った扉の向こう

4. 無責任なことばの代償

 翌年のホグワーツは狂気染みていた。特別、ダンブルドアが好きだった訳ではないけれど、スネイプの管理下にあるホグワーツは、闇の魔法の温床だった訳で。

(こんなことなら、ミシェルをこちらに呼び寄せるのではなかった)

 そう思っても仕方が無いだろう。だがしかし、僕が彼女を守らなきゃ。そうでなきゃ、一体誰が彼女を守るというのだ。僕の、大切な。そうでなきゃ、アルバート氏に顔向けが出来ない。痛いのは嫌だった、けれど彼女に杖を向けることなんてもっと嫌だったから、ロングボトムに倣って拒否をして、罰則を受けたこともある。その度に、ミシェルは心配そうに僕を見るので、もっと、何かいい方法を考えなければいけない。命は取られない、はずだ。多少の痛みなら、クィディッチをやってたおかげで慣れているのだし。

 過激な罰則のせいで、ずきずきと痛む左手。それよりも、先ほど熱く主張したガリオン金貨が気にかかる。DA集会の呼び出しだった。主宰のポッターやグレンジャー達がいなくなって、それでネビル主導であの集会は行われている。DA集会は19時に行われるらしい。もうすぐだ、行かなければ。ミシェルの心配もはらしてあげたかったけれど、それよりも会議に出なければ。僕は、そう求められている存在でもないから、自分から参加しなければきっと誰も内容を教えてくれはしないだろう。他人任せにはできない、特に、僕は彼女を守らなければいけないのだから。





 僕が必要の部屋に入ると、中にいたジャスティンが僕に気が付いて「ザカリアス! やっときた、待ってたんだよ」と手招きをする。首を傾げながら部屋の中央部に向かうと、同寮の仲間達が取り囲んでいたその隙間から、見覚えのあるシルエットが見えた。

「ミシェル」

 思わず名前を呼ぶ、スーザンに頭を撫でられながら俯いていた彼女はバッと顔を上げた。

「ザカリアスくん」

 彼女も思わずといった様子だった。涙の潤んでいる表情で名前を呼ばれて僕はどうして良いかわからなくなった。喉がからからに乾いていくのを感じる。「ここで何を、一体どうしたんだ?」掠れた声で尋ねると、彼女はそろり、と窺うようにとなりにいたスーザンを見上げる。

「スリザリン生に取り囲まれていた所を見付けてね、連れてきちゃったの」
「そ、そうなの。ザックくん。あのね、だいじょうぶだよ、私は」

 ワンテンポ遅れてスーザンの言葉を肯定し、心配そうに見やっていただろう僕の顔を見てミシェルは元気をアピールした。
 僕は複雑だった。どうしてか、こうなる気がしていたのだ。ミシェルは、ただ守られるだけの存在じゃなくなる、と。さながら子離れ出来ない親だ。こんなところ、ベックに見られたら、なんて言われるか。ああ、考えるだけでも恐ろしい。

「ここがなにをするところか、もう聞かされた?」

 ミシェルはこくり、と頷いた。スーザンが心配そうな顔で僕とミシェルを見比べる。ジャスティンも「ザカリアス」と諌めるように僕を呼んだ。僕は、何が言いたいのか、分からなくなっていた。ただ、いつものように、口が勝手に、脳の関知しないところで勝手に動くだけだ。

「どうしたい?」
「あ、あの、私も、」
「ここじゃ誰も守ってやくれないよ」

 彼女の言葉を遮るように、僕はそう言った。どこかで聞いた言葉だと思った。どうして彼女を守りたいひとはみんな、こうやって彼女を囲い込むような言い方をするのだろう。守られているだけの少女であって欲しいと思うのだろう。自分を含めて、そう思う。ミシェルがよわい娘だからだ。ミシェル・アルバートには、弱い人間であって欲しいのだ、ぼくらは。
 ミシェルは、ぐっとなにかを堪えるような表情をした。涙かもしれない、それとももっと別のものかもしれない。

「ねぇ、ミシェル、」
「そのくらいにしとけよ、ザキ。彼女の気持ちもわかってやれよ」

 同寮のコムギもそうやって割って入ってくる。わかってる、彼女の気持ちだって分かってる。守られるだけしかで出来ないことが、彼女の引け目になってることも。魔法を学びたいっていう気持ちも、一人前に早くなりたいってことも。もっと、対等の、一人前の人間としてみてもらいたいって気持ちだって分かってる。僕だってわかってんのに、間に割り込んでくるこの男が昔から気に喰わない。正論だから尚更なのだ。わかってる、コムギが僕に言うことはだいたい正しい。
 ぎり、と奥歯を噛み締めたとき、なにかを決意した表情でミシェルは言った。

「ザックくん。私、試したいの」
「なにを?」
「あのね、ザックくん。私ね、守られてるだけじゃ、いやなの」

 そんなこと言ったって、守られるしかないだろう。まだ一年生なのだ、そんな気持ちだけで、どうにかなる問題じゃない。

(だけどーー)

 いざとなった時、逃げ出せるかどうかはここでの経験も、もしかしたらプラスに働くのかもしれない。そう思って、そっとため息を逃がした。
 そっと一歩、二歩、彼女に近づく。彼女を取り囲んでた人たちが割れ、座り込んで未だ落ち着かせるようにスーザンに頭を撫でられているミシェルの前にそっとしゃがみ込んだ。視線を合わせる。彼女は、ひっと息を吸い込んで、緊張した面持ちで僕を見つめた。

「だったら、ミシェル。僕は守ってあげない」
「そ、それでもいい」

 突き放されたような気がした。他の奴らに取られてしまったような気がした、そんな子どもっぽい独占欲の現れで突き放してしまったことへの後悔は先に立たず。ああ、なんてこと。こんなこと言っても、今更、僕は彼女を無視することなんて出来ないのに。でも、先に僕の手の中から逃げ出したのはミシェル、君だよ。僕は、守ってはあげない。












 * * *










 本当は分かっていた。ザックくんが、私がここで、DAとかっていう集会のメンバーに加わることを反対するってことくらい。だってそうだもの、ザックくんは私を守るって、おとうさんに宣言しちゃったから。危険なことに参加して欲しくないってことくらい、私にもわかる。
 だけど、やられっぱなしじゃくやしい。ほんとはね、怖いんだよ。でも、黙ってるだけじゃ伝わらないって、受け身でばっかりいて、頭の中でぐるぐるぐるぐる考えてるだけじゃダメだって、ザックくんに教わったから。

 今じゃ、反省しているの。表面上だけ見て、勝手にザックくんを怖い人って決めつけて、あんなにやさしいひとを遠ざけていたんだってこと。だから、今度は分かった上で、ザックくんがやさしいひとだって分かってて、遠ざけた。
 甘やかされてばっかりじゃ、私はダメになっちゃうから。私は、もう、だめになっちゃってるから。
 スーザンにそう言えば、「馬鹿ね。考え過ぎなの、シェリーは」と言って笑った。考え過ぎかな。そうなのかな。でも、せめて自分一人守れるくらいにはなりたいでしょ。ジャスティンは苦笑したまま、そっと私に視線を合わせて「シェリーの気持ちは分かりますよ。でも、彼の気持ちも考えてあげてください」って丁寧な口調で私を諌めた。

 気付いてる、気付いてるよ、ジャスティン。だって、「守ってあげない」ってくり返して呟いたザックくん、泣きそうだったもん。私がそうさせてるのだと、気付かない訳がない。ごめんね、と謝りたかったけど、原因の自分が軽々しく謝れなかった。だから、引っ込みがつかなくなって、結局私達、お互い微妙に避け始めていた。

「ザックくん、私のこと、どうでもよくなっちゃったかな」

 守られるだけじゃなくって、彼の後ろに居るだけじゃなくって、胸を張って彼の隣に立ちたかっただけなのにな。それが、ジャスティンとスーザンには聞こえていたようで、二人はなんでか目を丸くさせたあと、ちょっとだけ見つめあって、それでにこっと笑った。

「大丈夫、彼は分かってない振りをしてるだけだから」
「そうですよ。ザカリアスは、ちょっと物わかりの悪い振りをするのが好きなんです」

 なんか、スーザンもジャスティンも生暖かい目で、何かを見守るように私を見て来る者だから、ちょっと居心地が悪くなった。それでも、悪い気はしなかった。ベッキーみたいな、おねえちゃんとか、おにいちゃんとかが増えた気分で、少し嬉しかった。

「ベッキーみたいなおねえちゃんと、おにいちゃんは初めてだな」
「あれ、ザカリアスは違うの」

 スーザンがからかうような口調で尋ねてくる。少し考えた。でも、やっぱりおにいちゃんではないかなあ、ずっと怖かったし、おにいちゃんのように慕う期間は無かった気がする。だからかな、いまでもそうやって思えないのは。そう漏らすと、スーザンはおもしろそうにクスクスと笑いを零した。ジャスティンはちょっと困ったような顔。でも、実際問題、あまり困っているようには見えない。

「じゃあ、シェリーにとって、ザカリアスって、どんな存在ですか?」

 ジャスティンが遠慮するように告げたその質問に、私はなんて答えればいいか、わからなかった。