月に恋する

00.Prologue

 列車特有の揺れにほんの少しだけ酔った。
 久し振りのホグワーツが楽しみで、昨日眠れなかったのもあるかもしれない。
 しかし……まったく、嫌な空模様だ。
 雨が降っている訳でも無いのに、何故だか薄暗い。
 思いの外、勢い良く風が入り込んで来て、俺はたじろいだ。
 外の様子では木の枝々が激しくはためいてはいたけれども、それほど強くはないように見えたのに。
 おそらく、この列車のスピードが問題でもあるのだろう。
 コンパートメントに同席していた少女の雑誌が風に影響され、彼女は不快感を示すように顔を少しだけしかめた。
 背中辺りまであるくすんだブロンドの髪の毛も、顔に張り付いている。

「今月号、何が載ってる?」

 ごめんね、と謝りながら少女に話しかける。
 彼女が持つ雑誌ザ・クィブラーの愛読者は、この学年には少ない。
 少し変わった企画がよく載っていておもしろいのに。
 そう思うが、やっぱり流行りのファッション誌だとかスポーツ誌、あるいは日刊予言者新聞などに読者が流れるからだろう。
 まあそういう訳で、珍しい仲間を見つけてしまい、思わず声をかけてしまっていた。

「【ブラックの隠れた性癖~犯罪の裏にある知られざる共通点】がメイン記事だよ」
「へぇえ……じゃあ、キミのイチオシは?」

 あまり興味が無さそうに、少女は雑誌に顔を向けたまま表紙にも掲載されているトップ記事を読み上げた。
 少なからず少女に興味が沸いていた俺は、彼女の嗜好を聞き出そうと質問を続けた。

「先月からの続き、しわしわ角のスノーカック」
「を発見する方法、か?」

 言葉の先を奪うように俺が尋ねると、少女はそこで初めて顔を上げた。
 くりくりとした銀色の瞳が光る。
 ビックリしたような顔で驚かせたかと思ったが、どうやらそれは彼女のデフォルトらしい。

「あんたも読んでるの?」
「まァね。お金があれば買ってる。あ、俺はコムギサクライ。今年、ハッフルパフ3年生だ。で、こっちのワシミミズクが相棒のロイヤー」

 自己紹介をして隣の席に置いてあった鳥かごの中にいるフクロイヤーを指差してそう告げると、少女は再びパチクリと瞬きをして口を開いた。

「ルーナ・ラブグッドだよ。レイブンクローの2年生」

 俺よりひとつ下なのにも関わらず、瞳から感じ取れる聡明さ。
 良い出会いをした、と俺は笑みを深めた。





 ◇     ◆     ◇





 少女ルーナとは学校についた時点で別れた。特別親しくなったとは言えないけど、これから話しかけるには十分な交友関係を築けたと思う。
 相手が普通の少女だったら、途中の吸魂鬼騒ぎでもっとお近づきになれたのかもしれないけれど、彼女は不幸にもというべきか、幸いというべきかほとんど言うほど動じてはいなかった。
 もちろん平然としていた訳ではない。だが、泣き出して取り乱すなんて言うことは無かったということだ。たぶん。
 それでも、ルーナから俺に対する嫌悪感というものは感じない。
 ニヤけそうになる顔を引き締めて、俺は辺りを見回した。
 俺達の乗った馬車は比較的前方を走っていたので、早めに到着した。

「探したよ、コムギ。まったく、何処にいたんだい? コンパートメントでみんな待ってたんだぞ」
「久し振りだな、アーニー。ちょっと良い出会いをしてさ。魅力的な女の子と友好を深めてたんだよ」

 後ろから肩を叩いて声をかけてきたのは、同寮の友人アーニー・マクミランだ。
 成績優秀だが、もったいぶったしゃべり方が少しばかりうざ……いや、何でも無い。

「おい、抜け駆けか。ずるいぞ」
「出会いの女神様が俺に微笑んだってだけだろ?」
「ははっ、違いない。アーニー、あきらめろって」

 俺の台詞に笑いながら、もう一人友人が横入りしてきた。
 友人ジャスティン・フィンチ・フレッチリーは成績は俺と同じくらい、まあ普通だが穏やかな性格だ。
 ただ、去年の秘密の部屋騒動で、その内気さが増したようにも思うけど、それも仕方が無いのだろう。俺だって、巨大な蛇(聞くところによるとバジリスクと言うらしい)がこっちをじっと見つめてきたら、おそらくびっくりして動けなくなると思う
 って、まあ……ジャスティンの場合、比喩じゃなく石になって固まった訳だが。

「ま、ハンナとスーザンも待ってるし詳しい話はあとで聞くにして、行こうか」
「ああ」
「そうだな」

 ジャスティンがそう切り上げて、俺とアーニーは頷いた。
 久々に戻ってきた大広間は相変わらず広く、天井がまるで無いように魔法が掛けられているためか、非常に開放感に満ちあふれた。

(今年もはじまりか……)

 心の中でそっとつぶやいた。。
 席に座って、校長の諸注意(今年はブラックの件があるからいつもよりも少々長い)を聞き流しながら、俺はレイブンクローの席へと目を走らせた。
 ホグワーツ特急の中で言葉を交わしたルーナは、興味が無さそうにぼーっとシャンデリアを見つめていて、それが面白くてクスリと思わず笑いをこぼした。