月に恋する

03.ミネルバの梟

 結局購入したのは、シルバーのブローチだった。ふくろう型で、聡明な彼女にはぴったりだと思ったからだ。
 もしかしたらルーナの持ち物に比べれれば一般的で、ノーマル過ぎるかもしれないと思ったが、一つくらい持っていたらそれはそれで便利だろう。
 魔法省の国際協力部に勤めている父さんの話を盗み聞きしたところ、もしかしたら来年度ダンスパーティーみたいなものがあるかもしれないってことだし。

 さて。これをどうやって渡そうか。
 とりあえず、ひと月ほど前のあのときにハンナが提案してくれたように、ワシミミズクのロイヤーで手紙でも出してみようか。
 いや、それは唐突すぎるだろうか。
 とりあえず、寮にある部屋に引っ込んで(ちなみに、この寝室は地下トンネルで談話室からつながっており、ちょっと隠れ家みたいで楽しい。俺の部屋は4人部屋で、俺とアーニーとジャスティンとザカリアスだ)、寝台横のテーブルでレターセットを前に書いていた。
 とりあえず形に出来て身体を伸ばしていると、いつ部屋に戻ってきたのか「ああ、書けたのかい。コムギh」アーニーがひょいと覗き込んだ。そして、今まで書いていたその紙を取る。

「なになに……『Dear, ルーナ。こんにちは、コムギサクライです。こうして唐突に手紙を受け取って、さぞ戸惑いの事と思います……』えーと、」
「バッ、 この野郎。それ以上見るな! 読むな! むしろ、寄るな返せ!!!」

 俺がそう言うと、ニヤニヤと笑ってアーニーは手紙を返してくれる。
 あー、もうちくしょう!
 こういった慣れないことをするから、こうなるんだ!

コムギ、顔真っ赤だぞ。何かあったのか?」

 不思議そうな顔で、部屋へ戻ってきたジャスティンとザカリアスが俺を見ていて、なんでか無駄に恥ずかしくなる。
 俺はそれ以上この場にとどまりたくなくて、立ち上がった。

「手紙! 出してくる!!」

 爆発するような笑い声が、背後のアーニーから聞こえて純粋にむかついた。
 いいぜ、笑っていれば。
 お前がハンナに片思いしてるんだって俺、知ってんだからな!!
 いつか思いっきりからかってやるぞ。





 ◇     ◆     ◇





 ロイヤーに手紙を頼むために、ふくろう小屋までやってきた。
 寄って来た彼の羽を梳くように撫でてやると、気持ち良さそうに鳴き声を上げる。
 ふくろう用の餌を与えて、小包を手渡す。手紙として丸めた羊皮紙も紐で括りつけた。

「頼むよ、ロイヤー」

 すると、任せとけと言わんばかりにもう一度鳴き声を上げる。
 大丈夫。信用してるさ。相棒。
 こいつがどのふくろうよりも賢いことなんて、俺が一番知っている。
 親ばか? なんとでも言っていればいいさ。事実は外野が何を喚こうが変わらない。
 飛び立っていくロイヤーの姿を見届けて、さてそろそろ俺も寮に帰ろうか。日も暮れて来たし、変にフィルチに見つかったら難癖をつけられかねない。
 そう思ったちょうどそのとき、ロイヤーが帰って来た。

「ん? お前、ちょっと早くないか……って、まだ渡してないじゃんか」

 どうしたんだよ、いったい。
 こんなこと今までに無かったから、戸惑いを隠せずに居ると向こうの方から人影が見えて、納得した。

「お前、相変わらず賢いな。ルーナがこっち来ると知って、引き返して来たのか」

(だけど、ちょっと俺の気持ちも汲んで欲しかったなァ……)

 だって、恥ずかしいじゃないか。女の子にプレゼント渡すなんて。
 そ、そりゃ、ルーナは俺のことなんとも思ってないだろうしィ?
 俺だって、アーニーに言ったようにルーナと特別な関係なんて……望んで、望んでなんかないんだからな! って、これじゃあツンデレじゃんか。ツンデレはザキの専売特許だよ。つーか俺、落ち着け!!

「あ、コムギ

 そんな間にも、ルーナは近寄って来て、なんの気負いも無さそうに声を掛けて来た。
 嬉しいけどさ……この間の微妙な反応、忘れた訳じゃない。
 あんなことで少々躊躇いを覚えてしまうなんて、天下のコムギサクライの名が泣くぜ……! って、別にそんな浮き世で名が売れている好色家ではないんだけどさ。マジで俺、さっきから動揺し過ぎ。

「ったく、かっこわりぃな。俺」
「そう? コムギは十分格好良いと思うよ」

 思わず漏れた独り言にルーナがそうやって返すものだから、ギョッとして彼女の顔を見てしまった。
 まあ、当たり前だというべきか、冷静に考えればルーナのことだからそうだと分かるはずなんだけど、真顔だった。
 顔が真っ赤になったのを自覚する。その上で、「サンキュ…」と微笑むしか出来なかった。本当にかっこわるいな。
 だけど、それのせいか分からないけど、ルーナがちょっと頬を赤く染めて、ふぃっと顔を背けた。

(やべ……かわいい、)

 けど、それをここで言ってしまったら、彼女は戸惑って逃げてしまうかもしれない。
 それが嫌で誤摩化すように、ロイヤーから小包を返してもらって彼女に手渡す。

「はい、あげるよ。こないだ初めてのホグズミード休暇でさ、ルーナに似合いそうだなって思ったから。本当はロイヤー、あーコイツのことな、に頼もうかと思ったんだけど、ちょうど会ったから手渡しってことで」
「……あたしに?」
「ルーナ以外に誰が居る?」
「…………ふくろう、とか?」
「おいおい」

 デフォルトのびっくりしたような顔のまんまだろうけど、さすがにこれは冗談だと判断できたぜ? 動揺してたかって、さすがにそこまで真面目に受けとらねぇって。

「でも、だって……」
「いいから、受け取っとけって」

 押し付けて、にっこりと笑った。アーニーが見たら、「また悪いこと考えてるんじゃないだろうな」とかって言われるんだろうな。
 まったく、俺みたいな善良な奴を捕まえて何を言うんだか……。
 それはともかく、今の俺はちょっくら冷静じゃないって分かっているから、立ち去ろうと決意する。

「まあ、気に入ったら使ってよ。気に入らなかったらゴミ箱にでも、タンスの奥にでも。そんな高いもんじゃないから売っても大した金にならねぇだろうし、あー誰かにあげんのとか、俺に返すのとかは止めてくれ。凹むから」
「ううん、大事にさせてもらう。何でも無い日に誰かからプレゼント貰うの、初めてで嬉しいもン」

 ……ルーナは素でこういうこと言うからタチがわりぃんだよな。うっかり勘違いしかねない。
 これ以上、格好悪いとこは見せられないと、「じゃあ、お礼に今度、何かに付き合ってよ」とちゃっかり約束だけ取り付けて、慌ててその場から逃げ去った。