月に恋する

05.どうか女神様、

 休暇明けになって、友人達との再会もそこそこに談話室を飛び出した。
 アー……休暇中の食事は散々だったぜ? なんせ、教授達とおんなじテーブル囲まなきゃいけない上に、生徒はグリフィンドールのお騒がせ三人組(しかもハリー、ロンとハーマイオニーは喧嘩中らしく、空気は最悪だ)の他に三人の生徒しかいない。
 スネイプはハッフルパフのことを良く思っていないだろうし、マクゴナガルは厳格。ダンブルドアの全てを見透かすような青い瞳はちょっと苦手だし、フィルチなんて論外だ。救いは、(俺は取ってもらっていないから良く知らないが、ザキに言わせたら『サイアクもいいとこ』らしい)占い学のトレローニーが、クリスマス当日だけしかやってこなかったことだろうか。毎日十三人がどうのとか、何人で食事を囲んだらとか、正直面倒だったし。
 あ、それから、ダンブルドアにルーナからのプレゼントを褒められて、自分が作った訳じゃないにしろ、むしろルーナからの贈り物だからこそ嬉しくなったのは内緒の話だ。

 寮から出て来たのはいいけれど、そういえば俺、レイブンクローの談話室とか知らないや。
 どうしよう、大広間の方に行ったら誰かレイブンクロー生がいるだろうか。
 でも、ルーナはレイブンクロー生の間ではあんまし良く思われていないみたいだし、百歩譲ってそれはいいとしても、俺の目の前で彼女のことを侮辱されたらちょっと冷静で居られる自信、無いんだよなァ……。
 ったく。あんなかわいい子、捕まえて何がルーニーだよ。
 くるくると回り続けるコルクの梟に落ち着くように命令する。こいつ賢いんだよな、まるでうちのロイヤーみたいだ。

「な、お前さ、ルーナの居場所とか、分かったりしないよな……」

 ほとんど独り言としてコルクの梟に聞くと、すぅっと先へ進みだす。

「え、わかんの?」

 答えるように、先導するそれを追いかけていくと見つけたのは、数週間会わなかっただけなのに、なんかやたらと久しぶりに感じるくすんだブロンド。
 見つけた瞬間、どくんと心臓が変な方向に跳ねた。

(やばいって……俺、ルーナを前にすると、なんかおかしくなるんだけど)

 こう、なんていうんだろ。例えて言うなら、友達も居ないホグワーツへ放り込まれた一昨年の入学式とか、初めて同室のアーニーに声を掛けた瞬間とか、授業で自信の無い答えを発表しなきゃいけないときとか、そういった類いの緊張と酷似している。
 ただ、それよりも度合いが高くて、一瞬じゃなくて常に張っているというだけだ。

「ルーナ!」

 向こうへ向かって歩いている彼女の背中へ声をかけると、ルーナはゆっくりとした動作で振り返った。
 ふわん、とした何処か夢見心地な雰囲気は、休暇を明けても変わらなかったようだ。
 相変わらずな雰囲気に、ホッと安心する。

「あのさ、コレ、サンキュな」
「あんたもありがとね」

 俺がくるくると飛んでいるコルクの梟を指差しながら笑いかけると、ルーナも耳のところに挟んでいた羽根ペンを持ってひらひらとする。
 嬉しそうにニッコリと笑ってくれた。喜んでくれたようで良かった。
 その上、この前俺があげた梟のブローチをローブに付けてくれてる。

(うわ…、嬉しいんだけど)

 顔がニヤけて無いだろうか、意識をして努めてクールな表情を作りながら指摘する。

「それも、付けてくれてるんだな。サンキュ」
「お気に入りなんだもン」

 きょろっと瞳を動かしながらのその台詞に、思わず抱きしめたくなった。
 けど、今ここでそんなことをしたらただの変態だ。
 どうしようか迷って、動いてしまった手をルーナの頭に持っていった。
 びくり、と反応する。それを不安に思って、俺はおずおずと聞く。声が思わず震えてしまいそうだ。

「なあ……俺に、頭を撫でられるの、嫌か?」
「ううん。嫌じゃない…。むしろ好きだけど、それってこども扱いだよね」

 それがちょっと不満だと零すルーナ。なんだ、この可愛い生き物。
 こども扱いなんて、全然してないのにな。

「別にこども扱いも変わり者扱いも慣れてるし、いいんだけど、コムギにされるのはなんか嫌」

 特別扱い。
 その響きは、なんと甘美な物か!
 ニィッと笑って、こども扱いなんかじゃない、と否定するがそれでも不満なようだ。

「たしかにルーナ以外にはこんなことしないよ。でも、それはルーナが年下だからじゃなくて、相手がルーナだからってこと、覚えておいてよ」

 そう言うと、ルーナは今まで少し膨れていた頬を元に戻して(膨れているルーナもすごく可愛かったけどな)、穏やかそうになった。
 ちょっとだけ、顔が赤いのは見間違いじゃないと良い。
 なんたって、俺の表情と声は優しげだって、評判だ。女性受けも悪くはないとアーニーが言っていたし。あれが冗談じゃないことを願うぜ。

「休暇中の宿題、まだ終わってないから帰るね」

 パタパタと掛けていくその姿。照れているように見えて嬉しくなる。
 なんて、可愛いんだろ。
 みんなルーナのあんな一面を知らないなんて、可哀想だなァ……。
 にやけながら、俺も寮への道を歩いた。
 だけどどうか、俺以外には彼女のたまんなく可愛い面なんて、気付かれていないことを切に願うぜ。





 ◇     ◆     ◇






 この一年間、世間を騒がせ学校にも警戒体制を敷かせていたシリウス・ブラックが逮捕された。のは、ほんの一時の話だったらしい。
 どうやら、スネイプが捕まえたけれど、魔法省の奴らの不手際かなんかで、逃げられたんだそうだ。
 マルフォイとハリー達が騒いでいた、ヒッポグリフだってどうやら処刑当日に逃げられたらしい。その処刑日っつーのがブラックの逃げた日と一緒だって言う物だからお笑い草だ。
 魔法大臣のファッジはその処刑の為にわざわざホグワーツに来たって言うし(どうせ、マルフォイの父親が根回ししたんだろ。ご苦労なことで)、ブラックが逃げられたことといい、ファッジの奴の運勢がどん底だったんじゃねぇか?
 トレローニー先生にでも、話聞いてみればいいんじゃないかと思うのは俺だけか。なんて、冗談をアーニーに言おうと思ったけれど、そういえばアイツは先に帰寮したんだっけか。
 だいたい、ここは図書館だ。あんまりお喋りするようなら、マダム・ピンスに追い出されちまう。
 ていうか、そろそろ良い時間だな。だいたいレポートに必要な資料もかき集められたし(マグル学のバーベッジ教授はレポートをやたら出してくる。授業は楽しいんだが、これはいただけない)、そう思って、立ち上がる。
 出て行くときにマダム・ピンスの前を通れば、ハゲタカのような鋭い目でジロッと見られた。
 そんなお熱い視線をくれたって、俺は応えられねぇぞ! なんたって、今の俺はルーナ一筋……って、ああああああ! 認めちまった。アーニー達には否定してたのに。いいさ、開き直ってやる。
 俺は、ルーナが好きだ!!

 じゃなくて、実際問題マダム・ピンスが見つめていたのは俺のことじゃなくて、ルーナに貰ったコルクの梟のことだけど。
 半年も経てば、魔法が切れて来たのか最近はヨロヨロとしているそれが、彼女にとっては目障りで仕方が無いらしい。けれど、大きな音を立てる訳でもなくむやみやたらと飛び回る訳でもないから、注意はされない。ま、俺の宝物に、ケチは付けられないってことだ。



 図書館を出てからしばらく、ルーナとバッタリすれ違った。
 大広間から図書館に繋がるこの道は、ルーナとの遭遇率が高くて好きだ。
 彼女もこの一年で、だいぶ俺に慣れてくれたらしく出会えば挨拶をしてくれる。それが、俺にたまらなく幸福を感じさせるんだ。
 一年前には他人だったのに。だけど、こうやって距離が縮まれば縮まる程、新たな欲求が芽生えてくる。喋れるだけで幸福、なんてそれこそ詭弁だ。

「なんか、難しいこと考えてるんだね。だって、表情が歪んでるもン」
「まァね。それより、ルーナはどうしたんだ? また一人で図書室?」
「ウン」

 声が震えないように、気をつけながらルーナに聞く。肯定の返事が返って来たら「そうか」と軽く頷いた。
 こうやって、ルーナの影に男がチラついていないことを確認しては、ホッと安心する。なんて、俺は安い人間なんだろう。
 ああ、彼女のことを閉じ込めてしまいたい。物理的に、というよりもだ。俺の腕の中に、彼女の小さい身体ならすっぽりと収まりそうな気がするんだよね。
 そんなことをしたら、驚くだろうか。驚くだろうな、下手したら口も聞いてもらえなくなるかもしれない。

コムギはもう帰りなんだよね。悩んでることも頑張って。応援してるよ、あたし。じゃあね」
「待って、ルーナ」

 そう言って、するりと俺から向きを変えて図書室へ向かおうとする彼女。
 なんにも考えられないまま、呼び止めた。

(今、言ってしまいたい)

 どくん、どくん。心臓が変な方向に飛び跳ねるのは彼女の前では仕様だとしても、こうも激しく、口からうっかり飛び出そうになるまでには、普通はならない。
 そんな状況から解放されたい。それは、気持ちを告げるなんてことを考えなければ、すぐにでも収まるのだろう。
 だけど、自分の気持ちを、自分の考えていることを知って欲しくて、我慢が出来なくて、ルーナが愛しくて、どうにかなりそうだった。

 彼女のデフォルトであるびっくりした顔で、そっとこちらを覗き込んでくる。
 身長差の問題というのは大きな物で、見上げるような体制は上目遣いを作り出した。
 完全にノックアウトしてしまったのは、仕方が無かったのかもしれない。
 理性は吹き飛んで、余計なことを一つも考えずに彼女の大きくてくりくりとした銀色の瞳だけを見つめながら、俺はとうとうそのワードを口に乗せる。






「ルーナ、好きだ」