恋とか愛とか、
食べたらなくなっちゃえばいいのに

やあ。また会ったね、こんにちは。まずは、前回までの婚活事情を説明しましょう。
ご存じ私、七篠由芽子は先日、両親が気を利かせて勝手に申し込んだ『ハイスペ男性×良個性女性』パーティに参加した。
趣味コンやら『年上男性×年下女性』っていう従来からあるイベントも勿論続いているけれど、やはりハイスペック男性と良個性女性は人気が高い。ハイスペックとはパーティや各主催会社によって定義変わるけれど概ねは、一に高収入、二に将来性、三に安定性の三要素、通称KSAである。個性が普及して以来、今の世の中では身長とか学歴とかあまり気にされなくなってきているのだ。Mt.レディなんか良い例じゃない、あんなに大きくなられちゃ高身長の男性も形無しだし、皆の憧れである有名ヒーロー達は大学に進まずに社会に出る方がダントツで多い。こういうハイスペックな男性はパーティの参加時か事前に源泉徴収票あるいは、所属事務所や会社の在籍証明の提出が必要だったりする。
ちなみに、高収入だけで絞らず、将来性・安定性が重要視されるのは高収入だけで絞ると中年男性以降しかほぼほぼ来ないためね。マッチング会社が埋めたい枠(つまりこういうところに出てくる女性からの要望(ニーズ))とは一致しない。そうなるとそもそも枠が埋まらないばかりか、それなりの女性しか来なくなってしまうので、若くして稼ぎの良い『ハイスペック』と呼ぶにふさわしい男性も来なくなる。歩合制の公務員であるヒーローは活躍の度合いに比例して国から報酬が出るので、若くても高収入になりやすいのは周知の事実。そうじゃない企業はやっぱり若手のうちはいろんなお勉強や先輩からのOJT(研修)を卒業してようやく自分で契約が出せるほどの人間に成長していくから歩合制の営業だとしても若いうちからの高収入にはなりにくいの。たまに若手実業家が来るけれど、会社を立ち上げる際に融資を受けている場合が多いし、会社の収入イコール自分の資産ってわけじゃないから人気もあんまり高くない。先行きも分からないしね。
私達女性陣が良個性系パーティに参加する際には役所に提出した個性届けによる個性記載事項証明書(戸籍抄本にも載っているけれど、そこまでする人はいないかな)をコピーでも良いので提出することを求められる。少なくない数の個人情報を管理してもらう必要があるから、婚活にしろ恋活にしろ、きちんとした評判の良い主催会社のイベントに参加することをお勧めするわ。そうね、例えば私がよく出席しているところなんかはうちの親の会社の傘下だからそんなに悪いことはしてないと思うの。はいはい、ステマステマ。
そんな偉そうに分析まがいのことが出来るってことは、それほどにはハイスペ婚活に参加してるってことで、正直飽き飽きしてきたのは事実。結構メンツも似通ってきたりするしね。家が家だし、親が親だから、そんなのばっかり申し込まれるんだけど、やっぱり普通に恋に落ちて、私のことを大切に思ってくれる人と普通の結婚をしたいなあ、なんて思っていたその日のパーティだった。
踊らない『仮面舞踏会』イベント。踊らないのは現代人に舞踏会用のダンスの教養がないことがほとんどだから。当然だよね。主催会社がパーティの枠を埋めるため、コンセプトを取り入れたまま趣旨が外れるのはよくあることだ。仮装パーティじゃだめだったのか。『ハイスペ×良個性』は定番でも、顔を隠して仮装してのパーティは新鮮で、心が乗らないふりをしながらも本当はちょっと楽しみだった。前半部分、一対一での持ち時間五分の自己紹介パートはまあまあ楽しめたと自分でも思う。いいな、と思った人もいた。これは、ほんとのこと。
なのに、後半部分、大広間に移動しての立食形式パートになってから様子が変わったのよ。今回のメインディッシュともいえる超イケメンハイスペ男(仮面を被ってウィッグをしていても隠せないオーラが彼にはあった)とちょっとイザコザがあったと思ったのに、なんとあろうことか、彼とマッチングをしてしまったの。
ああ、神よ、間違いだと言ってくれ。思いは空しく、会が終わったあと彼に連れられて入ったカフェに腰を落ち着け、初デートに誘われた。イケメンの請うような視線に思いがけなく心が躍るのを感じていたのに、なんと提案されたのは彼の母親の見舞いだった。ジーザス! 私達、未だ会話すら、殆どしていないのに、親御さんの見舞いイベントなんてレベル高過ぎ。
かくして、私は怒りのまま退散したのだった――



プライベートを仕事に持ち込むのは、まだまだ社会人として未熟な証である。
って、そんなこと言ったって、社会人云年目の私ですら切り離すことが出来ないのだから、新人の子が出来なくって当然だよね。仕方がないわ、人間だもの。なぁんて。ある種自分を正当化して、ため息を吐く。今日、営業巡回がなくってよかった。まあ、お客さんの前に行ったらそれなりの態度取れるんだけど。私の個性は、猫かぶりです(これも嘘である)。
うちの会社はいわゆる大企業と呼ばれる、従業人数が千人を超えるサポート用品会社である。大きく分けて総務・経理・営業等どこの会社でもあるごく一般的な基幹部署と、開発、それから工場と三つの区域に分かれており、私はその中でも営業一課に所属している。うちは個人(コンシューマー)向け用品を展開していないので、法人営業のみになるのだけれど、一課と二課の違いは、ヒーロー事務所向けかそうでないかの違いである。大手であるうちの製品は全国区で普及しているけれど、全国すべての事務所に営業が一人一人回れるわけじゃない。事務所を立ち上げていなかったり、所属していなかったりするヒーローもいる。だから一部の優良取引先相手へはこちらが出向いて直販し、それ以外は間に別の卸業者が入っている。この形式をとっているのはうちの会社だけじゃない。
新人の大半はまず第二課に配属される。もちろん例外はあるけれど二課がたたき台の役割を持ち、一般法人(つまり卸業者への営業)でそれなりの業績を得られたものだけが一課への異動を認められる――とはいえこの業界、競合他社も多くサポート用品なんて当然ヒーローにしか殆ど需要がないわけなので、二課は二課なりの難しさがあることは周知の事実。だから私達一課の人間も二課の人間を軽んじることは有り得ないし、むしろ二課での営業成績トップ者達はあえて一課へ異動されない。彼らもそれを望んでいる節がある。一課では控えめに言ってまあそこそこの業績を保っている私が今、二課へ戻されたとしても彼らほどの成績は残せないだろう。
で、事務員は今の時代ほとんど社外委託(アウトソーシング)していて、社外流出しちゃやばそうな資料以外のデータ整理はほとんどハケンさんにお願いしている。世の中にはいろんな個性が溢れかえっていて、ハケンさんはそういうちょっとした個性を活かした作業で本当に素早く仕事を片付けてくれるので、ありがたい。おかげで以前よりも個性が『日常化』した超常以降の方が事務系ハケンさんの地位は向上したとか。個性の発生でIT業界の成長が緩やかになった、というのも原因の一つだけど。

本日は外回りもなく、社内での仕事を持て余した私は開発課へ向かった。開発課に所属する職員たちは想像通りだと思うが、気難しく自己中心的な態度がとても目立つので、ここに近寄る一般社員はあまりいない。私がハイスペ婚活において男性たちの態度に耐えられるのは、恐らくこういったうちの開発課の面々と日常的に接しているからだろうなあ。うれしくない。遠い目をしながら、エスカレーターを降りて目の前にある扉の前でセキュリティカードをスキャン。スライド式の曇りガラスの扉が自動的に開く。
部屋はうちの会社の中で工場の次に広い。ここで各自割り当てられた大きな作業台に向かって作業をする。小学校の図工室とか理科室を思い出してほしい。あんな感じだ。社内ではそそっかしいランキング上位にあげられる私だけど、ここで何かに躓いてドミノ倒しになったりでもしたら、シャレにならない。足元にも前方にも頭上にも気を付けながら(たまに上から何かがぶら下がっていることがある。この間それに強く打ち付けて危うく脳震盪を起こすところだった)ゆっくりと歩く。ここで作業をしている職員たちは私が入ってきたことに全く意識を向けない。ほんと他人に興味のない人たちだな。敵の襲撃にあったら、すぐ死ぬんじゃないか。なんて思いながら、目的の人物がいるところへ向かう。伸ばしっぱなしの桃色の髪を邪魔にならないように後ろで一つのお団子状に纏めた白衣の人物は、私が隣の椅子に座ったことでようやく人が来たことに気が付いたらしく「ああ、ちょっと待ってくださいね、あぁッ、ベイビーがいま、とっても良いところなんです」私の方を一目見ることすらなく早口で言いきって、それからこちらに意識を向けることはなかった。
営業は通常、いろんな開発者の商品をクライアントの事情に合わせてご紹介する。だけど私だけは例外で、我が社の未来を担っていく期待の星(ホープ)であるこの女、発目(はつめ)明(めい)の担当を任されている。この開発中毒女(ワーカーホリック)は気難しい職員たちの中でもトップクラスの扱いにくさで、それでも良品をつくるものだから会社としてはこの金の卵をうまいこと調理していかなければならないと燃えていた――そんな折に『自社商品研究と市場調査を徹底的に行う』という私の営業スタイルをどこからか聞きつけられて、そのままここ数年、彼女の専属営業としてヒーロー事務所の間を走り回っている。
発目(高卒の彼女の方が先輩なので、最初は敬称付きで呼んでいたが、年齢もそう変わらない上なんとなくばかばかしくなってやめた)は新しいベイビーへの作業(新商品開発)がひと段落着いたらしく、大きな作業台に向かっていた身体を、回るタイプの安っぽい椅子ごとくるりとこちらに向けた。
「なんだ、ベイビーたちのマネージャーじゃないですか! 今日はいったい? クライアントから新しい要望でも?」
「特にそういうのじゃないんだけどね、開発はどうかなって」
「最っ高に決まっているじゃないですか。もう私、この会社に入れて、ドッ可愛いぃベイビー達をたくさん生み出せて、とっても幸せです!」
「それは良かったね……」
相変わらずのテンションに少し引き気味に答えれば、ゴーグルを上げた発目の眼の奥がきゅっと締まった。発目の個性は知っているし、この状況とは全く関係ない上に害はないと分かってはいても、心の内を見透かされるような視線には少しぞわぞわした。彼女はそのまま私の顔色を見つめて「なんだ、おかしいのはマネージャーじゃないですか。私のベイビー達を任せるんだからシャキッとしてくださいな」なんて言って、珍しいことにマグカップにポットからお茶を入れて私に渡してくれた。ちなみにこれが破格の対応だというのは、発目が私にお茶を出してくれるのが二回目だということが物語っているとは思わない? 正直言って、私は驚いた。
「噂になっていますけど、こないだの婚活で何かあったんです?」
「発目、噂とか気にしないひとかと思ってた」
「興味ないですけど、やっぱり最新の情報は武器ですから!」
ニコニコというよりもにたにた笑いながら、自分の分のお茶をずずっと啜った発目に、ぽつりぽつりとこの間の顛末を話す。私個人に関心がなく干渉しようとしない発目には何となく話しやすくて、すらすらと言葉が滑り出したのは否めない。発目は私の話を聞いて「稀に見るクズですね」「いや、ハイスペ婚活のパーティではこの程度の人結構いるよ。大体、この部屋にいる人たちだってみんな腹に一物抱えてるじゃん、そんな感じ」「世の中って……」コミュニケーションに重度の欠陥がありそうなマザコン野郎の話含め、婚活というものに対して明らかに引いていた。彼女こそ婚活とは縁遠い人間だろう。かわいいから、作ろうと思えばすぐに彼氏もできそうだけど、如何せん彼女は自分の『ベイビー』に夢中だからな……。
「で、連絡先交換せずに帰ってきたのは良いんだけど、相手さ、ヒーローなの」
「ハイスペクズ率高そうですもんね、ヒーロー男性って」
「発目、結構言いたい放題言うね」
「ま、私もあの雄英出身なので、いろいろ見てきましたから」
「それで、来週アポ取ってんのよ。その人の所属事務所に」
「なるほど。それで落ち込んでるんですね、いいじゃないですか。あなたに夢中なのを利用して、ベイビー達の魅力を存分に語ってきてください。そうすればあなたへの興味もなくなるかもしれませんよ」
あなたは私が唯一認める、私のベイビー達を預けるに値する人間ですからね、とにんまりした表情。自信を持った発目の笑顔に何を悩んでいるのかばかばかしくなった。まったく、彼女と話しているといつもそうだ。大抵のことが大ごとだと思えなくなる。しかも私は基本的にちょろい人間なので、誰にもなつかない人間から自分の腕を買われて全幅の信頼を置かれると、弱いのだ。七篠由芽子、雑念に振り回されず発目明のドッ可愛いベイビー達を今回もばっちり売り込んでまいります!
まあ、問題が何にも解決してないことには、目を瞑っておこう……。



さて、と。少し発目と話しすぎちゃったかな……。自分の悩みに付き合わせ、発目の仕事の邪魔をしちゃって申し訳がない。キリも良いところなので、皆さんにそろそろ次回のお話をしましょうか。
なんだかんだと発目には慰められて気を取り戻したとは言いつつも、柄にもなく緊張しながら某ヒーロー事務所へ向かう私、七篠由芽子。彼はいつものように不在でほっとした。和やかな空気のまま備品交換やら新商品の売り込みやらをすることが出来、つつがなく営業訪問は終了した。発目の一番新しい商品(ベイビー)には特に自信があったが、紹介するのはここが初めてだったのだ。反応は上々だったので安心した。何事も掴みは肝心。次の事務所でも、きっとご契約がもらえるだろう。ニマニマしながら事務所を後にして、このまま次の営業先へ行くか、一旦会社へ帰るか考えていると、とん、と肩を叩かれた。振り返ってぱっと目に入るのは鮮やかな赤と白のぱっくりと半分で分かれたロックな髪色。もたもたしていて、しくじったなと思いながら、猫ちゃんたちを緊急召還して余所行きの表情で、にっこりと微笑んだ。それでもやはり目の前の男は私の笑顔になんて絆されません、とでも言いたげな澄ました表情をしている。これ、とっても気分を害するのよね。本日はそれでも少々のこわばりが見受けられるけど、それは気のせいかもしれない。私は努めて冷たい声を出した。
「あら、ごきげんよう、轟さん。何かございまして?」
「手は、右手は大丈夫なのか?」
念のためまだ包帯を巻いているが、元々そんなに大きな怪我でもない。でも包帯を巻いていると、重たい荷物を持たされるとかそういう煩わしい業務が減るのでそのままにしているのだ。通常運転とはまだいかないから、変に傷が開いても困るし。それに「左利きなので、業務に支障はありませんわ」私が包帯を巻いたままの手を、ご心配には及びませんとばかりにヒラヒラとする。無表情は変わらないままだったが、それでも筋肉の緊張が多少ほぐれたようだったので、思った以上にこの間のことを引き摺っていたのかもしない。私と一緒で。ちなみに轟さんによって私の化け猫ちゃんたちは前回すでに退治されていたが、まだそれを続けているのは、一種の嫌味である。
偶然会っただけで、これ以上は私からは話すことないな、思ったよりも普通だったな、と安堵しながら「それでは」と立ち去ろうとする。しかし轟さんの方はまだ何かあるようで、逡巡(しゅんじゅん)してから「ちょっと待って欲しい。話がある」と真顔のまま告げられた。これは、もしかして、真剣な表情のつもりなのかもしれない。とそろそろ私はわかってきた。如何しようかな、左手首の内側に向いている、マークジェイコブスの時計の文字盤を見て、少々考える振りをする。答えは最初から決まっていた。
「すこしなら、良いわよ」
「わかった。良かったら、お茶を出そう」
先ほど出てきたばかりの事務所に、今度はここの看板ヒーローを伴って逆戻り。好奇の目で見られていることを自覚しながら、応接室へ案内される。ちょっと、さっきまで私が商談してたところよりもなんか立派な部屋じゃない。密室だし。さて、これからどうなっちゃうのかしら。帰ったら、まずは私の数少ない友人たちに、相談でもしてみようかしら。

次回、『七篠由芽子、轟さんに再度デートに誘われる』
来週もおたのしみにね!