戦略的活動を咎められる理由
なんてないの

さて、『今回予告』を始めるよ!
私、七篠由芽子は今流行りの『ハイスペ男性×良個性女性』限定婚活パーティで見事マッチングした轟さんと、散々なやりとりの後マッチングしたにもかかわらず、連絡先交換もせずに帰ってきちゃったの。
ところが彼は私の取引先の事務所の人間で、営業帰りにばったり遭遇。これは運命!? なんて当然思わずに、できることなら逃げ出したかったんだけど、そうもいかず……結局私は彼の顔の良さに絆されて応接室でちょっとした会話をすることになったんだ。
前回の謝罪と、それからもう一度だけチャンスが欲しいって改めてデートに誘われちゃった。三百六十度どこから見ても地雷案件のハイスペック美男子(イケメン)と、私、デートに繰り出してしまっては、きゃっ、これからどうなっちゃうの~~?



予告とは裏腹に、私のテンションは地を這っていた。
前回の仮装パーティの準備を手伝ってくれたヤオちゃんに事の顛末を説明しないわけにもいかず、轟さんとかくかくしかじかな経緯でマッチングしてしまったこと、さらに拗れていること、なのにデートを仕切り直しすることになったこと、全て吐き出させられ、私はげっそりしている。
代わりにヤオちゃんは「まあぁあ!」と赤く上気したツヤツヤの?に両手を当てて、たのしそうに私を見た。個性でも使って私の精気を全て吸い取りでもしたのかというくらい私と対照的だなあ。と、私が考えていることなんて気付きもせずに「由芽子さんったら、いつの間にそんなことに」学生時代からのチャームポイントであるポニーテールをやめ、ストレートに伸ばした長く艶やかな黒髪をすとんと下ろしてる姿は以前にも増して大人っぽく見えた。真剣に相手を見据える鋭い視線、聞くところによると高校時代の友人に『発育の暴力』と称されたと噂のぼんきゅっぼんな体型は相変わらずで、彼女のことをよく知らない人間は色っぽくクールな女性だと外見から判断するだろう。所属事務所もそのつもりで売り出していくようだ。それが良いと私も思う。そのうちに世間の流れを見ながら、ヤオちゃんのちょっと天然な部分を出していけば、ほら、きっと一粒で二度おいしい。現実逃避をしている私に構わずヤオちゃんは自分のペースで「轟さん、格好良くてお強い上に、誠実でお優しいでしょう?」と問いかけた。いや、全然そんな印象ありませんでしたけど。なんて思いながら「そんなこともあったかもしれない」と適当なことを言った。イケメンなのは間違いないけれど、それ以外の印象は正直そんなに良くない。
「轟さんには、こう、きゅんっと来ませんでしたの?」
「だから、私ほとんど話してないんだよ」
「でも、ほら、先日事務所の応接室で、お話しされたって……」
「それはだから、こないだの謝罪だってば」
「だけど今度、お出かけなさるんでしょう?」
ヤオちゃんはどうしたってこんなに私と轟さんをくっつけたがるのだと少し辟易(へきえき)したが、これは学生時代のコイバナの延長線上にあるものだと気が付いた。ヤオちゃんにとって、私は昔から知る仲であるし、轟さんは元クラスメイトだ。高校のクラスメイトなんて卒業しちゃえばもう関わり合いになることなんてないと思っていたけれど、ヒーロー科はいろいろと事件もあったし、そもそもの授業の難易度も高かったので、仲間同士の結束力が強くなったらしい。羨ましいことだ。ヤオちゃんしかり、各校からトップクラスばかり集められ、今までに経験したこともない挫折を何度も味わい、辛酸を舐めてきたことだろう。いや、これは全然羨ましくないけど。お嬢様校で腹の探り合いをしていた私の学生生活とは、本当に大違いだ。今でも時々、メンバー同士で飲みに行ってると聞くものだから、仲が良いのだなあ。これが青春というものなのか? 私、高校の時の友人って数えるほどしか連絡とってないけど。
とはいえいくらヤオちゃんの高校時代に思いを馳せたところで、私が彼女の期待に添えるかというとまた話は別で、「頑張って、仲良くなってくださいね」なんて言うヤオちゃんに「まあ、その時次第かなあ」と曖昧に濁すに留めた。彼女の仲間とも呼べる人物を捕まえてさ、コミュ力不足でマザコンだし、ハイスペックだけど条件良くないとは、流石の私にも言えなかったんだよね……。
それでも私が改めて彼と出掛けることに了承したのはきっと初対面の時には見えなかった誠実さが、私の心を動かしたからだということは否定できない。学生時代からプロヒーロー並みの戦闘能力の実力があったからか知らないけれど、「お強い」と称したヤオちゃんには悪いんだけれども、私には彼が強いようにはどうしても見えなかった、というのも理由の一つだ。むしろそれが彼の美しさを強調するとも、彼女には言えない。
心が危うく脆い、何処か陰のありそうな男はどうしてこうも魅力的に見えるのだろう。手を伸ばしてしまえば地獄だとわかっているのに、女は惹かれずにはいられないのだ――



ところで『恋愛と結婚』って必要な要素が全く違うのに、それを繋げて考えるのは随分と非効率だと思わない? 私はずっと昔からそう考えている。
恋愛に必要なのは、ジェットコースターのように目まぐるしい展開と、呼吸困難に陥りそうなくらいの胸の高鳴り(人はそれをときめきと呼ぶ)、それから他人の話を聞き入れないほどの思い込みだ。対して人が結婚に望むのは『生活力』だ。『生活力』なんて強調して言ってしまうと人によって定義は異なってくるに違いないが、大抵はこの人と一緒に生活をすれば生活の質が上がるのかとか、無事に子どもを産み落としそして育んでいけるのかとか、長い間相手と生活を共にする際のメリットを想像するだろう。だからいつの時代もハイスペックは世の女性の憧れだし、個性が『超常』から『日常』に代わってからは個性(それ)が重視されるようになったのだ。ただし、どんなに心ときめくハイスペック男性相手でも、一緒にいる空間が不愉快ならば、その関係は成立しない。
閑話休題。『嗜好品(おかし)と食事(ごはん)』くらい『恋愛と結婚』なんて必要な要素が違うのに、嗚呼、どうしてこれが結びついてしまっているのだろう――
「要するに、なんだかんだぐちぐち言いながら、君は現実逃避をしたいってことだ。良いよね、引く手あまたな美人は選ぶ立場だからそういうことが言えるんだよ。おまけに個性も良い。ねぇ、僕で手を打っておいたらどうだい、君のところの開発課に人ひとり背負っても重さを感じないようにするバックパックでも作るように頼んでさあ。そうしたら僕がずぅっと君を背負ってあげるよ。死ぬまでね」
「それ私が戦闘に連れまわされて、打ちどころが悪かったら死ぬやつ!」
「守る気はあるよ、一応ね」
「信じらんないよ、ファントムシーフ!」
「今日はオフなんだから、ヒーロー名で呼ばないでくれる?」
「あ、ごめん」
まあ元A組の奴らと違ってそこまで注目されてないけどさあ、奴らデビューも華々しかったし。なんて卑屈なことをぶつぶつと言うA組コンプレックス野郎(いい加減、学生時代のことは水に流したらいいのにとは思っても言わない)は、物間(ものま)寧人(ねいと)という男だ。
妬ましいほどさらっさらな金髪、母性本能をくすぐるやさしげなたれ目は青く、そこそこ整った顔立ちとメディア露出時の物腰の柔らかい受け答え、そして天下の雄英ヒーロー科出身ということで、三大注目株ほどではないけれどそれなりに人気はあるみたい。女性人気は例の氷と炎を操るイケメンヒーローが票の多数を確保している現状ではあるが、好みは人それぞれ。もちろん、全員ではない。『ファントムシーフ』は、その他大勢と推しが被るのが嫌な女性たちの受け皿になっており、同担拒否の気があるコアな女性にカルト的な人気がある。親切丁寧なのに裏表のありそうな言葉だったり、メディアに露出する時は間違いなく笑顔なのに目が笑っていなかったり、いつもは穏やかに接するはずの女性ファンへの突然の塩対応だったりが逆に人気を高めるというのだから、私には分からない世界だ。
数々のヒーロー事務所に営業を掛け、数々の人気ヒーロー達と対話する機会がある私だけれど、勤務時間外(オフ)で会うような仲になったのはこの寧人くんだけだ。最初は勤務時間外(オフ)とはいえ、彼の個性に対応する特別仕様のサポートグッズについての相談のために、夕食兼ねて個室のあるヒーロー御用達のお店へ行ったのが始まりだっけ。あちらもこちらも守秘義務というか、あまり外部に漏らしたくない情報はたくさんあるし、だけれどお互いの都合を合わせるのが勤務時間ではなかなか難しかったという事情がある。そのうちに、どちらからかともなくプライベートの相談事ともいえない些細な愚痴をこぼしあうようになって、今では友人と言っても差し支えない関係になったかな、と勝手に思っている。本人に言えば否定されるだろうけれど。友情の片思いも悲しいものですよ。ま、寧人くん、なんだかんだ付き合いは良いので、悲観してないけど。
「で、そろそろ誰かと付き合い始めたの? ヒーロー間でも噂になってるけど。年収高い順につまみ食いする女が婚活パーティに現れては消えていくって」
「やだ。なにその妖怪みたいな扱い」
「妖怪・つまみ食い女」
「口裂け女みたいに言わないで」
私が嫌そうに否定をすると、寧人くんは食べていたパフェを吹き出しそうになって噎(む)せる。ざまあ、ざまあ。なんて思うが、ほんとこの人、性格悪いよなあ、と改めてしみじみと思う。私も同じくらい性格が悪いから、逆に安心するんだけど。でも、まあ、いつもは感情のない死んだ魚の目をしているのに、人を罵ったり嫌味を言ったりするときだけ、生き生きするの、ほんと良くないと思う。
「次はどのパーティに出るわけ?」
「それ聞いて、どうするの?」
「僕も参加してみようかな、と思って」
今度は私が飲んでいたアールグレイを吹き出すところだった。『アールグレイにはミルクかレモンか』というのは界隈の人たちの中では非常に難しい問題だが、特にこだわりのない今日の私はストレートで飲んでいたので、都合が良かった。気管に入り込みそうだった液体にぐっと耐え忍ぶ。吹き出してしまったときミルク入りであればより無様なことになっただろうし、ベルガモットで既に柑橘の香り付けをしてある紅茶にレモンを入れていたら、今よりも鼻の奥がきついことになっていただろう。
しかし物間寧人と、婚活パーティ。しっくりくる組み合わせのようなそうでないような。彼はわざわざ男性の方が参加費の高く、ギラギラした目つきの女性しかいないパーティに参加して女漁りをするよりも、そこらで手ごろな女性を捕まえて自分好みに洗脳しそうなイメージが――脳内で良くないことを考えているのがばれたのか、とてもたのしそうな感情を乗せている視線と絡んでしまったので、そっと目線を外して個室内を見回す。ここもヒーロー御用達っていうだけあってセキュリティも万全だし、個室内に飾ってある絵画も上質だよね。部屋の広さ自体は大衆チェーンの個室居酒屋程度なのに、雰囲気が全然違う――
「こんな状況で現実逃避なんて、ほんとかわいいよね、七篠って」
「そう思うなら、ここの会計持ってくださーい」
「そうやって男を手玉に取ってキープするんだ?」
にっこりと笑って言い返すと、逆にやり込められた。キープとまでは思ってなかったけれど、本当に相手が見つけられなかった場合、寧人くんと結婚してもそれはそれで楽しそうかなと思っていた私は、図星を突かれたようにぎくりとした。「その計算された笑みも、本当はわかりやすい中身も、全部全部かわいいよ、七篠」口説き文句のようなのに、呆れを含んだ声色だったから、なんだか力が抜けた。
「正直、七篠と結婚しても良いかなと僕も思うよ。七篠と僕の個性の相性も良さそうだし、子どもに引き継がれた時も面白そうだし――でもさ、そうじゃなくって、君、今日、意図的に避けてる話題、あるでしょ?」
あっけらかんと、寧人くんは彼にとっても私はキープですと断言した上で確信をついた。私、ヒーローは結婚対象としては減点だなって思うのに、マスターキー使って勝手に心の鍵開けて人の部屋(テリトリー内)に土足で入り込んできてお節介する感じ、嫌いじゃないんだ。ヤオちゃんがそうだからかもしれない。
「……実は、こないだマッチングした相手と、ちょっとこじれてまして」
「何、ストーカーでもされてるの? それこそ早く言いなよ」
「いや、そうじゃないんだけど……その人ヒーローでさ、超ハイスペだし家柄良いんだけれど、ヒーローだしそもそも地雷案件で」
「だったら断ればいいでしょ。地雷案件はお断りって、」
「だって、だって! それを差し引いても、超超、超が付くほどスーパーイケメンだったんだもの!」
言葉を遮ってまで叫んだからか、私のイケメン好きを知ってる寧人くんでさえ流石に引いたようで、「あ、ああ、そう」とぽつりと零した。
「恋人にするなら、本当、もってこいのハイスペイケメンだよ。空気読めないけど」
「それでさっきの嗜好品(おかし)の話になるわけ?」
「ぶっちゃけ、寧人くんはきっと良い食事(パートナー)になると思うの。ヒーローだけど、性格ねじ曲がってるけど、なんだかんだ付き合い良いし、雰囲気イケメンだし」
「雰囲気で悪かったね」
「悪いとは言ってないじゃん」
「ヒーローっていうからには、僕の知ってるやつなんだろうね、その相手」
誰? と付き合いで聞いてくれてる感じの寧人くんだけど、正直言いたくないなあ。無いと思うけど、相手から名誉棄損で訴えられても嫌だし、何よりこのA組コンプレックス野郎がド派手な反応するに決まってる。ちらりと上目遣いで彼を見た。私の婚活模様にもあまり興味もなさそうだし、この手には慣れてしまったのか私がかわいいと言われ慣れている必殺技も通じないようで、夢中でパフェの残りを食べていた。パフェって食べるのに時間掛け過ぎると、アイスつかってなくてもクリームが溶けてくるんだよね。わかる。心の中で同調しつつ、私はか細い声を出した。
「言っても怒らない?」
「なんで僕が怒るの? 僕は君のただの友人で、キープ扱いされてるけど、そこまで過干渉なつもりはないよ。それとも、怒ってほしいっていうのが君の希望ならそうしてあげるのも、やぶさかではないけど」
「あのねぇ、轟さんっていうの、その人」
「……赤と白の髪の?」
「半冷半燃(はんれいはんねん)、氷と炎使いの」
「それは、やめたほうが良いね。七篠、それなら僕と結婚しよう」
「プロポーズ?」
「まあ、そうなるね。A組に負けるくらいなら、僕にしといてよ」
「……あんたも大概クズ野郎だわ」
思わず発目が言っていたことを思い出してしまって、低い声で言いつつ、頭を抱える。どっちもクズならどちらが私にとって都合の良いクズなのか、考える必要があるなあ。逃避だと分かってるけど。まだまだほかのパーティやら結婚相談所と契約して新たな出会いを探しても良いはずなのに、無意識に二択に絞ってしまっている時点で私の気持ちは定まりつつあったのかもしれない。就活もそうだったけれど、婚活も疲れるのだ。もう、ゴールしちゃっていいかな、私……。と思いつつ、腕時計を見てふらふらと立ち上がる。
「それじゃあ、私、そろそろ行くわね。次の約束があるの」
「だから今日は紅茶だけだったんだ。やっぱり持てる女は違うなあ。地位も金も良い個性も持ってて、男からもモテるんだから」
「君のほうが良い個性でしょ」
「そりゃあ、勿論」
さっき言った通りここの会計は持つよ、なんて言ってくれた寧人くんに「ありがと」と片目をつぶってお礼を言えば、フンと照れ隠しに不機嫌そうな表情をして「さっさと行きなよ、次のデート」なんて、ありゃりゃいつもよりお洒落してきたからデートってばれちゃったか。別に隠すことでもないので「行ってきまーす」と手をひらひらさせて個室を出る。会計は残された方がまとめて払うっていうのはいつものことなので、店員さんにも引き留められずにそのまま店を出た。



喫茶室を出ると日は落ち始めていた。涼しいというには少し風が冷たく、首に引っ掛けていたストールを上半身に巻き付ける。待ち合わせの場所まで、カツカツとヒールの音を鳴らしながら、私はあの日、轟さんと応接室で向かい合った時のことを反芻(はんすう)する。仕事で使っている武装用のハイヒールよりかは低めだから足はそこまでつらくないけれど、なんとなく気持ちが重いのは確かだった。

あの日、轟さんに呼び止められて通された応接室は、そこまで広くないけれどきちんとしたつくりの部屋になっていて、なんとなく学校の校長室の隣にあった来客用の応接室を思い出した。重厚な机に革張りのソファ。扉から奥の上座へ案内されてお言葉に甘えて席へ掛ける。自分の隣には大事な商売道具であり、発目明(ビジネスパートナー)のベイビー達を入れた鞄を横に置く。背後には大きな窓があったし、ちょうど夕方で西日だったけれどウッドブラインドのカーテンのおかげで眩しくもない。それは私が窓に背中を向けて座っていたからかもしれない。
向かいのソファに腰掛けた轟さんはなにか眩しいものでも見るように私を見て(それは実際に眩しかったのかもしれないけれど)、そのまま無言を貫いた。誘ったにも関わらず、何も話さず沈黙が場を支配するというのは、正直減点対象になるのだが、この場は婚活イベントでも見合いでも、それこそデートでもなんでもない。それに轟さんの様子はただクールさを装いたいからではなさそうで、自分が何から話せばよいのか言いあぐねている様子だったから、私は水を差さず黙って見守った。
春先でまだ冷える日もある時期だから、事務員さんは先ほど私が営業訪問に伺った時と同じように温かいお茶を出してくれ、それがさっきと違いほうじ茶だったから私はちょっとうれしくなった。お茶は何でも好きだけれど、ほうじ茶が特に好きだなあ。事務員さんが部屋から下がり、私が温かいお茶に心癒されていると、轟さんはようやく、ぽつりとぽつりと、言葉を紡ぎ始めた。
「まずは、この間は、すまなかった」
「……お互い様だと思いますけど」
私が彼によって傷付けられた矜持と同じくらい、私は彼のことを無下に扱った。こうも、あっさり謝られてしまうと、私が謝罪しないのもなんとなく居心地が悪い。それでも素直になれず、せいぜいヤオちゃんリスペクトのお嬢様口調を少し崩す程度に留まった。
そのことを気にした風もなく轟さんは、お茶を口に運ぶ私の包帯ぐるぐる巻きの右手を見て、宙に視線を彷徨わせる。私の手が傷ついたこと、これはあの時私が興奮しすぎたからで、直接の原因は彼にはないにもかかわらず、彼の心の方がよっぽど傷付いたみたいに痛々しいものを見るような目で様子を伺っているのが、なんだかおかしくて笑ってしまった。
「轟さんって、イケメンの割に手慣れてないんだ」
どこか心外だとでも言いたげに、轟さんは目を吊り上げる。顔立ちの整った人が少しでも凄むと迫力があるからやめてほしい、切実に。でも、轟さんは別に本気で怒ったわけではなく図星を刺されたかのようにすぐに視線を机に落とし、テレビとかネットでよく見る無表情(デフォルト)に戻した。
「女は大切にしてぇ、と思ってたのに、上手くいかないことばかりだ」
「どうしてあのパーティに?」
「いい歳だし、高校の奴らも結婚する奴増えてきたし、それに親も望んでる」
ヤオちゃんも婚約って言ってたしなあ。今日もつけてる婚活リップをなぞる様に自分の左手の人差し指を唇に乗せた。その指の動きに誘われるように、左右の色が違う轟さんの両目が私の唇に向かう。ぺろり、わざと官能的に見えるように舌を出して下品に指先を舐めたら、轟さんは眉を寄せた。
彼の家庭事情は詳しくないけれど、エンデヴァーとその息子の仲が表面上、それほど良くないというのは業界では有名な話だ。きっと結婚を推奨したなり、孫が見たいなりって言ったのは彼の大事な母親なんだろうなあと思いながらも、口には出さない。親を大事にするのは良いことだけれど、母親を第一に扱う人間と付き合うと、自分のほうが浮気相手のような気持ちになるのだからやってられないのよ。二番目っていうのは、真っ先に『仕分け』されてしまう運命なのです。
かくいう私も轟さんと同じような理由で婚活の戦場を駆け巡っているのだから、人のことは言えないんだけれどね。
「まだあなたがどういう人間か、俺には分からない。それが分かる程、あなたと話す機会も得られなかった」
「それは……、ごめんなさい」
あの時、彼は彼なりに緊張していたのかもしれない。だけれど、あんな扱いを受けて怒らない女もいないと思うのだ――自分を正当化しながらも、話す機会を与えなかったのは私で、それは責められてもおかしくないのかもしれない。謝罪する義理は、ないけれど。同じことを轟さんも自覚しているのか、首をゆるゆると横に振って「違うんだ」と私を責めているのではないと否定する。
「もう一度、機会が欲しい。あなたがどんなひとなのか。俺はもうずっと前から、あなたのことが気になって仕方がない」

彼の強い眼光に気圧されたあの時のことを思い出して、勢いよく頬に熱がこもった。全身を駆け巡る体温が急に上昇した気がする。私はとうとう体温を自在に操る個性を手に入れたのかもしれない、なんて思いながらもう包帯の必要なくなった右手でぱたぱたと首元を扇ぎ、目の前の時計台を見た。お出かけ(デート)の約束をした目的の人物は既にいる。
どうして、私はこんなに浮かれているのだろう。今日の自分の格好を見る。少しいつもより気合の入ったメイクに、手持ちで一番お気に入りのワンピース。勝負下着までつけてきてしまったし、髪も通常より時間をかけて巻いた。ハイスペックだけど、地雷だらけのイケメンのためでは絶対に、絶対にあり得ない。別にフラグを立てたつもりはないの。ほんのひと時のオアソビのつもりなんだから。