轟視点:
泣かせてやろうか、と思ったんだ
高校の同期は国立最高峰の雄英高校ヒーロー科といえども通常なら経験しない危険な事件を一緒に乗り越えたせいか、陳腐な言い方をすると、とても仲が良い。同窓会と言えるほどのものではなくても、集まれる連中で集まって飲み会をする、なんてこともザラにあった。
今日も発端こそはその類の飲み会だったが、当時副委員長だった八百万(やおよろず)百(もも)が「実はみなさんにお話したいことがありますの」と意味深なことをSNSのグループメッセージで投稿したものだから、お祭り好きの上鳴や芦戸のあたりが「じゃあさ、せっかくだから今回はちゃんとまじで同窓会にしね?」なんて騒ぎ出して、結果いつもの大衆居酒屋ではなくそれなりの店にきちんと予約を入れて会を催すことになった。「なんだか大げさになってしまって申し訳ございません」と恐縮していた八百万だったが、騒ぎたいだけのこいつらには渡りに船だったのだろう。貧乏くじを引いたのは飯田か。いい加減なことが許せない彼は、全員へ参加不参加を問う往復はがきを送って取り纏めをしたらしい。まじめだ。
「ヤオモモー、なんで彼氏連れてこなかったのー?」
「いきなりだと、ご迷惑になるかと思って……」
「そんなことないよ、婚約だよ! 大事件じゃん」
「写真は? 写真、あるんでしょ?」
女子(と呼ぶと失礼になる年齢になったかもしれないが、俺らにとってはいつまでたってもこいつらは女子だ)がきゃっきゃと八百万を問い詰めていた。恥ずかしがりながらの八百万の返答に耐えきれなくなった、堪え性のない芦戸や葉隠が「えーい」八百万を拘束してスマートフォンを奪う。「あ、いけません!」と叫ぶ八百万に容赦ないな。女は怖い。スマートフォンなんて個人情報の塊だろうに、えげつない。なんて思いながら俺も興味がないことはなかったので、隣で起きている小さな戦争の被害を避けつつ、酒を飲みながらスマートフォンに映し出される写真を覗く。噂の婚約者とやらが映ってる写真を開くと、「これでしょー、これ!」女子たちの甲高い声に八百万は諦めたように頷いた。八百万と婚約者と思しき男、それからもう一人小柄な女が映っている。この女を俺はどこかで見たことがあった。
「えーヤオモモにしてはちょっと意外な感じー」
「この女性は?」
「幼馴染なの……私と彼を取り持ってくれた人よ」
「へぇ、ヤオモモの幼馴染っぽい! お嬢様みたい」
「見た目より活発な方なんですけれどね。
由芽子さんが言ってくれたの。減点方式で結婚相手を探すとろくなことがないよ、どんどん良いとこ見つけて加点しなきゃって」
へぇぇ、なんて頷いてるのは女子の中でも未婚の奴らだ。もう俺達も良い歳なので男女どちらにも結婚している奴らはちらほら出てきている。男連中の中ではあの爆豪が一番最初だったっていうのにはクラス中が驚いたが――その時のことを思い出して無意識に奴の方を見てしまったのは失敗だった。「あァ?」とガラの悪い目で睨みつけられてたので、面倒なことにならないように視線を逸らす。それにしても、八百万の幼馴染か――どこで見かけたんだろうか。
*
ヒーローとして活動する以上、言うまでもないが自分の事務所のサイドキックのほか、他事務所のヒーローとも共闘しなければならない。今回の事件に関しても一対一で戦えば俺の敵ではなかったが、人質を取られている以上、いろんな状況を加味するとあまり騒ぎを大きくするべきじゃなさそうだ。どうしようかと周囲を見回すと、うちの事務所のほかに駆け付けてきたヒーローがいた。どこか見たことのある優男である。金髪で青いタレ目、記憶を刺激するのは高校時代。
「……よりにもよって君と一緒か。エンデヴァーの息子なのに、僕が到着する前に何とかすることはできなかったのかい? それとも、強個性に依存して、策の方はまだまだ大雑把なんて情けないこと、言わないよね」
ああ、この話し方で思い出した。隣のクラスにいた妙にうちのクラスに突っかかってきたやつ。名前は思い出せないがどういう戦法で、どういう個性だったか思い出せればそれでいい。状況共有をして作戦を立てる。敵を倒すだけなら俺一人でも全く無問題だが、今回に関してはこいつが来てくれたお陰でより穏便に事件が解決しそうだ。
「ふぅん。今回は僕に花を持たせてくれるってわけね」
つまらなそうに言って敵の立てこもる建物に侵入する。その直前「後でちょっと話があるから、昼食一緒にどうかな?」野郎に誘われたところで何にも嬉しくないけれど、奴の目が真剣だったので「ああ」と頷いて任務に関係のない余計なことは脳みそから捨て去った。
俺としては別に長く話すつもりもなかったので、適当な蕎麦屋を見つけて入った。誘ってきたあいつは意義がありそうだったけれど、食事の希望なんざ聞く気もなく、メニューと共に出された茶を飲む。俺の方はメニューを見ずとも注文は決まっているので何を頼もうか悩んでる目の前の男を黙ったまま見つめた。
在学中こそ機会があるたびに何かと突っかかってきた男だけれど、それ以後は今日のように共闘することはあれど、そこまで深く何かを話したことはない。男の用件が見当もつかなくて訝しむ。だいたい、確かにA組を毛嫌いこそしていたけれど、奴が一番目の敵にしていたのは爆豪で、俺じゃない。メニューが決まったのか割烹姿のおばちゃんを呼んでそれぞれの注文を伝えたら、相手は居住まいを正した。つられて俺も座りなおす。
「僕のこと覚えてる?」
「ファントムシーフだろ、知ってる」
「じゃなくて、名前。物間寧人っていうんだけど、やっぱりそこまで僕に関心ないよね」
図星だったけれど努めて表情を変えないようにして「わざわざ引き留めて、何の用だ?」と本題に入る。「ほんと遊びがないよね、君は」つまらなそうに言うけれど、別に俺はお前と友達ごっこなんかしたくねぇ。
「婚活、始めたの?」
「っ!?」
単刀直入に切り出された予想外の言葉に驚いてしまう。高校の奴らにもほとんど言っていないし、相談した奴らが漏らしたとも思えない。親が勝手に申し込んだパーティに一度行っただけなのに、なぜこいつがその情報を掴んでいるんだ? テレビやネットにも掲載されなかったはず……。「はは、本当だったんだ」なぜか楽しそうに言う物間だったけれど、目が笑っていない。何が奴の気に障ったのか、全くわからなかった。
「聞いたよ、大型地雷持ちの君は婚活に向いてないのにね。イタリアンに、水族館。もう母親への挨拶も済ませたって」
「……
由芽子さんと知り合いか」
そこまで聞いて、俺にはいつもあまり関心のなさそうにしているこいつが、わざわざ俺に声を掛けてきた理由が分かった。
由芽子さんのためだ。もし彼女との仲が未だ進んでいない状況だったら、もっとあからさまに牽制してきたであろう。
「知ってる? 君たちが水族館に行った日、僕たちお昼にデートしてたんだ」
俺が動揺しているのを分かっていながら、いやらしく笑う物間は学生時代と変わっていなかった。ねちねちと相手の精神をえぐることが好きなのだろう。悪趣味だ。
由芽子さんも大概趣味が悪いから、その点で意気投合してもおかしくない。いやな納得をしてしまった。
物間は何を考えているのか分からない、青いタレ目で俺を見る。むしろ、まるで俺の真意を探るように。妬ましさとか、熱い気持ちは彼の瞳の奥からは感じ取れなかったけれど、どこか狂気染みた眼光が俺を揺さぶった。
「ねぇ、軽い気持ちなら別れてくれない?
七篠のことは、僕が先に唾(ツバ)つけてたんだよ」
*
その日、ヒーローの出動要請があった事件を終えて事務所に帰ると、ちょうど小柄な女が事務所から飛び出てくるところだった。どこかで見た顔だな、と思ったが思い出せない。まだ距離のあるところにいた俺には気付かないまま、女は走り去っていく。
今の世の中、様々な個性があれども女の体格で持つには少し大きすぎるんではないかというアタッシュケースを右に抱え、左手で時計を確認する。「やばっ」離れた位置にいても聞こえるくらいの音量で叫んだのだ、相当時間が押してるのだろう。わるかったな。対応したスタッフには時間を気にするように言っておかないといけないかもしれない。そう考えながら女を見ていると、よたりとふらついた。どうやらパワー系の個性ではなかったらしい。やはり彼女が持つには少し重いのではないかと思いながら、事務所へ帰った。
「あ、お帰りなさい」
「今、誰か出ていったようだが?」
「サポート用品会社の、営業さんですよ。ほかの方も来てくれるんだけどね、
由芽子さんが持ってくるのはまた天才肌の開発者が作った物ばかりで、ついこっちも夢中になってしまうんですよね。笑顔もかわいいですし」
「夢中になるのは良いが、彼女にも次の予定があるだろ」
少しは落ち着け。それだけ言うと出迎えてくれたスタッフに背を向ける。汗と砂埃を流したい。今日の敵は少し暴れ過ぎだ。落ち着け。俺の言葉になんて耳も貸さないであろう敵に何度そう言おうと思ったか。
彼女もそうだ。仕事に必死なのはいいが、すこし落ち着いた方が良い。シャワー室へ入り、ヒーロースーツを脱いで蛇口を捻る。高い位置から勢いよく温水が流れ出す。汚れと共に疲れも流れていってくれる気がした。まずは頭の砂埃をぬるめのお湯で流しながら、先ほど転びそうになっていた彼女のことを考える。やっぱり、どこかで見たような――
「あ、八百万の」
思い出した。
由芽子さん、と呼ばれていた彼女はきっと、八百万の婚約者と三人で映っていた、彼女の幼馴染とかいう奴だ。
俺が初めて彼女のことを認識したのは、きっとこの時だった。
次に彼女と会ったのは、親父が無理やり申し込んだ婚活パーティの時だった。確かにそろそろ結婚を意識せざるを得ない年齢ではあったし、既に同級生の連中にも既に結婚している奴らはいたが、そこまで親父の言いなりになるつもりはない。最近は減っていた親子喧嘩――これを俺達が真剣に(ガチで)やると町が一つ簡単に消し飛ぶから主に口喧嘩だが――姉さんの「お母さんも、焦凍の結婚のこと気にしてたし、行くだけ行ってみれば?」の一言で、結局俺が折れることになった。
『ハイスペック男性×良個性女性』だなんてこのイベント、イカれたセンスをしてやがる、と偶然飲みに行くことになった緑谷と飯田に愚痴れば、二人は顔を見合わせる。食べていた焼き鳥の串を置いて飯田はまじめな顔をして言う。
「合理的な婚活イベントであるとは言えるんじゃないか」
「麗日さんも言ってたよ。これ、女性からもすごい人気なんだって」
相手の個性に拘る連中も、稼ぎの良い男にぶら下がりたいだけの女もごめんだ。親父のことを思い出して苛々しているのを見て、緑谷は早口で告げる。
「でもこれって結構そういう名ばかりなだけで、それよりかはむしろお相手の異性との相性を見るためのイベントに近いっていうか、たぶん、轟君が想像してる個性婚とはちょっと違うと思うよ」
「『強個性』ではなく『良個性』だしな、女性の参加条件も少し緩いんだろう。必ずしも戦闘やヒーロー活動に役立つとは限らないだろう」
「そうだな……緑谷、それにしても詳しくないか?」
二人の説得で少しは行く気になった俺が気になることを聞いてみると、緑谷はぶつぶつとやはり早口で何か言い訳をしている。苦心して聞き取れば、峰田や上鳴に一度連れていかれたことがあるそうだ。道理で。
結論から言うと参加したのは正解だったが、彼女を口説き落とすには失敗した。何が気に障ったのか全く分からねぇ。お手上げだ。ここまで来ると偶然では済まされない何か、奇妙な巡り合わせがあるのではないかと勘違いをしてしまったが、俺が勝手に意識していただけで、向こうからすると初対面の男だということを失念していたからかもしれない。
当日会場まで向かう途中に敵と遭遇して応戦していたら遅れちまった。主催会社の人はちょうど一対一の自己紹介部分である前半部が終わったので、パーティ形式の後半部からの参加はどうですかと勧めてきた。本来、こういったパーティだとそのどちらか一方だけが多いと緑谷から聞いたが、今回のパーティには主催側も非常に気合いが入ってるんだなと思ったのもつかの間。着替えてください、と渡された衣装に固まった。学生時代に、何だったかイベントで着させられた衣装だ。しかも丁寧に今のサイズに直されている。お姉さまからお預かりしておりましたよ、と言われれば、姉が隠れてサイズ直しする姿を思い浮かべつつ、茫然としながら着替えるしかなくて、仕上げに薄茶っぽい色の鬘と仮面をつけて会場に出る。……そこは日本ではなかった。絢爛豪華な衣装に身を包んだ男女が歓談している。
……これは、こすぷれ、という奴か? いや、会議が躍るほうか、なんて働かない頭で考えながら会場を一周ぐるりと見ると、対岸になんとなく既視感のある小柄な女が見えた。壁際で一人、グラスを傾けている。
「あの、あの人は――」
「あー、
七篠さんですかね。ええ、確かにあなたと最初にお話しするのに、適切かもしれません」
その日、そのあとのことは、正直あんまり覚えていない。
*
「遊びのつもりはねぇ」
「そうだね。口で言うだけなら、いくらでも言えるよね、轟」
引くつもりがない俺は物間に強い口調で言い切った。だが、それを受け流すように奴はわらった。いやなわらいだった。まるで俺よりも彼女のことを知っているとでも言いたげな。それが事実なのかもしれないのが余計に焦りと苛立ちに拍車を掛けた。注文したものが運ばれてきたのにもお互い目もくれず、威嚇の視線を絡め合う。俺が頼んだのは冷たい蕎麦だからまだ良いが、お前、早く食べないとうどん伸びるぞ。と思ったが非常に腹が立っていたので言わなかった。
「
七篠の婚約者だった人のこと、聞いてないでしょ。それで結婚、決めていいの?」
「……お前は聞いたのか」
「調べたんだよ、ヒーロー活動に情報戦は欠かせないだろ?」
気になる女のこと、本人から聞き出さずに調べるだなんて、だからお前、モテないんだよ。と思ったが、これも言わなかった。調べなくたって、聞かなくたって、彼女が何を恐れているのかを考えれば、多少は想像付く。言いたくなったら言えばいいし、無理に知るつもりは俺にはない。
*
何故俺が、
七篠由芽子に惹かれていたのか、正直言ってわからない。最初は必死に頑張る姿が好ましいと思った、また誰かの手を傷付けてしまったのが後ろめたかった。けれど、いつしかそれらは建前となり、いつの間にか彼女自身への興味が勝っていた。
俺と彼女の真剣交際の決定打となった、あの夜。こんなに痛ましい女を一人にさせたくないと思ってしまったのは間違いない。食事の前、月明かりに照らされながら街路で話した彼女はまだ固く、こちらの気持ちを受け取るまいという姿勢が見て取れた。なのに食事を挟み、アルコールで抑圧していた気持ちが緩んだのか、少しずつ素の姿が出てきたのがただただ嬉しかった。
『
七篠由芽子という女を、一番大事にしたいと思っている』
夜の水族館に向かったころには、お世辞にも良く知っているとは言えない隣の女性への、この気持ちはもう隠しきれないものになっていた。彼女に対して無責任な立場のまま、終わらせたくなかった。街路で一度告げたにも関わらず、真剣に受け取られずに流されてしまったこの激情ともいえる思いが腹の奥底で未だ暴れている。これを彼女に押し付けることだけは避けなければならないという理性はかろうじて働いていた。やがて酒が抜けてきて頭が冷えたのか、先ほどまでの彼女の底抜けた明るさが静まってきていることに気付き、俺は柄にもなく緊張した。流されてここへ来たことも、もしかしたら後悔しているのかもしれない。
彼女が何を考えているのか、わからない。無性に吐き出させたい。そうでなければ、きっとまた上手に隠してしまう。そんなことばかり上達して、お前はどうしたいんだ! そんな八つ当たりも含まれていたかもしれない。静かな空間。出口付近で人も少なく、大きな水槽のある大部屋で、俺はとうとう彼女を捕まえた。
甘ったれたことをいう子どもみたいなこの女を、彼女の望むそのままに甘やかしてしまいたかった。どろどろに甘やかして、もう一人で立てないようにしてしまうのはすごく甘美で、しかも簡単に思えた。だけれど、瞬きの刹那に親父が過ぎる。一人で立てないようにして生まれるのは、第二のお母さんだ。どうしたいかが言えないだけの、とても弱い、けれど俺なんかじゃ敵わないほど大人な彼女を潰してしまいたくない。
しゃんとしろ。喉の奥が掠れてしまいそうな思いで告げた。俺の腕の中で、泣きそうになりながら「私だけを大事にしてください」小さな声だけど、心の叫びに何かが張り裂けそうになる。できないと告げることがつらかった。彼女の望みなんてわかっていたのに、言わせたのに、叶えられない自分が口惜しくて、彼女を閉じ込めた腕から解放する。
「だけど、あんたを……あなたを一番に大事にしてみてぇとは思ってる」
けれど嘘を吐くことだけは、絶対にしたくなくて、自分の中の誠意を寄せ集めて告げる。ああ、これ、さっきも言った言葉じゃねぇか。自分が情けなく感じながら彼女を見る。きっとまた、まともに受け取ってもらえないかもしれない――そう思ったのに、彼女は縋る様に俺を見て「……ほんと?」きっとこのように泣くのも、このように甘えるのも初めてなのかもしれないと思わせるような、揺れる目つきだった。
*
「思ったんだ。俺は彼女を泣かせてやりてぇって」
「ふぅん」
具体的な説明をこいつにしてやるつもりは毛頭なかった。必要以上に語るまいとしながら言い放った非情にも聞こえるこの言葉をどう思ったのか、俺には分からない。
ただ、物間は俺の言葉を聞いて、何かを納得したのかしなかったのか分からないが、それ以後、俺に何を言うでもなく、きれいに箸を割って温かいうどんを食べ始めた。「うわっ、結構伸びてる」嫌そうに言う物間に、何かすっきりしたものを感じながら、俺も箸を割った。うまく真っ二つに割れずに顔をしかめると、今度は物間が笑った。物間が何を考えて俺に突っかかったのか知らねぇが、分かったことが一つある。俺はこいつが好きになれない。たぶん、向こうだって同じだろう。