朝食の席で、お父様に「あとで部屋に来るように」と呼び出される。
どうしてここじゃダメなの!? と、1人の時では考えられないくらいに物わかりの悪いダメなお嬢様を演じてみたけれど、静かに諭されてしまった。
ああ、こういう話のときって、だいたい碌な事が無いんだ。
内容は知っているのか、と思いちらりとシークの方を見たけれども、彼は眉ひとつ動かさなかった。

「気難しいんだから」

むぅっと膨れて、一流コックがイチから作ったコーンスープを口に流し込む。
スープを掬うときは手前から奥に向かって。
自分では慣れないそのテーブルマナーがなんだか気恥ずかしいと思いつつも、それが当たり前だと思う《わたし》がいた。

私が満足そうに食事を続けるのを見て、目元を和らげるお父様。
シークとお父様の間に漂っていた、どこかしらピリピリした空気が少しだけ拡散した様な気がする。
当然ながら、私はそれに気がつかないフリ。
まるで自分の事しか考えていないように、もくもくと食事を口に運んだ。



旋風は始まりを告げる



「なあに、お父様」

きょとん、と首を傾げる。
元の世界の顔も名前も思い出せない友人が、もし私のこんな姿を見たらどう思うだろうか。
おそらく、大爆笑なんだろうな。
そう思って、自分でもたいそう滑稽だと思った。
そんな内心を全く知らないお父様は机の奥、ふかふかの椅子に座って腕を組んでいる。

。次の週末、縁談の話がある」
「嫌よ」

そう言わないでくれ、とお父様が縋るように私を見た。
こんな彼の様子を見たのは、《わたし》の記憶の中にも無い。
そんなに必死になる相手とは、どんな人物なのだろうか。
好奇心が沸いたが、そんな事にかまけてそのまま話がズルズルと進んでしまったら目も当てられない。
同情心に流されずに、もう一度「嫌よ」と繰り返した。

「どんなに良いお話なのかなんて、わたしには関係ないもの。なんで、お父様はそんなに必死なの?」

きょとん、とした様子でお父様が答えにくい事を抉るように無邪気に聞いた。
案の定、言葉に詰まった様子で視線を空中に彷徨わせて、ついには扉の方で停止した。
その奥には、シークが話が終わるまで待機している事を私たちはふたりとも知っている。

「お願いだから、お前には良い家の嫁になって欲しいんだ」

切羽詰まった囁き声。
何事か、と心配してしまうが、詳しい話を聞かない限りそれは賢くない。
話を促すように真面目な顔でお父様を見るけれど、お父様はなにも口を開かない。
こうなったら、折れるまで食いついてやると密かに対抗心を燃やした。

「でもねぇ、お父様。わたし、恋愛結婚に憧れてるの」

娘が我が侭なことを言えば言う程可愛がる父親は、こういえば嫌でも納得せざるを得ないだろう。
娘を家から出すのは本意ではないと思っているはずなのだから。

「そういえば……私が嫁に行ってしまったら、この家はどうなってしまうの?」

良く良く考えたら、私はこの家で唯一の子供なのだ。
それを嫁に出すとは、どういう魂胆なんだろう。
お父様は、わたしがそんな事を聞くとは思わなかったのか、酷く驚いたように固まった後、何事も無かったかのように机上の書類を手に取った。

「養子でも何でも取ることは出来る。別に新しく子供を作っても良い。それに、血筋なんて途絶えてしまった方が良い。だがお前は……いや、何でも無い。縁談を受ける気がないのなら、もう下がりなさい。今日もいろいろと稽古があるのだろう?」

お父様は自己完結した様子で、仕事に入ってしまった。
血筋は途絶えてしまった方が良いなんて、家を大切にしているお父様らしからぬお言葉だ。
でも結局、気になることはいくつかあれど、何の情報も引き出せなかったなあ。
なんて思いながら、すごすごとお父様の部屋から退散した。









部屋を出て、ドアのすぐ近くにいたシークを見て、私はふと思い立つ。
そうだ、この人なら。そう思ったときには、もう既に口は動いていた。

「ねぇ。ちょっと、今日の稽古を取り止めてくれないかしら。聞きたいことがあるの」

訝しく思いはしたのだろうが、私の真剣な表情を見て何かを言いたげに隠されていない方の右目をを細めた。

「わかりました」

シークは、執事の必需品である懐中時計で時間を確認した後「では、部屋でおまちください。お嬢様」と言って、廊下の先に消えて行った。
こういう展開にしてしまって良かったのだろうか。
ぐるぐると不安が渦巻くけれども、一度起こしてしまったアクションは取り消せない。
いつもより、ゆっくりな足取りで私は私室へ向かった。




ベッドに腰掛けて、足をぶらぶらとしているとノックが聞こえ、返事も待たずにドアが開いた。
執事というものは、もともと部屋に入るときにいちいちノックなんてものをしなくていい立場なのだ。
使用人なのにも関わらず、専属の使用人が存在したり屋敷の中でもかなり身分が高い存在である。
普通なら、お父様の秘書みたいな仕事も引き受けるのだが、お父様とシークの折り合いがよろしくないので、そこまでの世話は焼いていないようだけれど。

「適当に腰掛けて」
「お気遣い感謝します」

私の言葉に平坦な声で礼を言ったシークは、私が座っているベッドから一番遠い椅子に腰掛けた。
私はと言えば視線を空中で彷徨わせて、くるくると自分の髪の毛を弄ぶ。
何処まで言っていいものか、私は迷った。
自分が呼び出したのにも関わらず、どうにも彼とふたりの空間が落ち着かない。
もしかしたら、お父様もそうなのかもしれない。
彼の事が嫌いなのではなくて、彼といると落ち着かなくなるだけ。
そう思うとなんだかおかしくて、顔が緩んだ。

「どうかしたのですか」
「いいえ、なんにも。あなたとふたりっきりなのが嬉しかったのよ」

ああ、いや、一人でニヤけているのはさすがに気持ちが悪かったか。
うやむやにするために、思ってもいないことをしゃあしゃあ言い、私はシークに向き直る。
シークは私が彼と二人きりを喜ぶ様な可愛い性格をしていない、なんてことは知っているので不審気に眉をひそめた。

「いいわ、本当のことを言う。ねぇ、あなたは何のためにこの屋敷にやってきたの?」

目つきが変わった……ような気がした。
というのも、すぐに目を伏せてしまいその上、私も彼と目線が交差することを好ましく思っていなかったのだから、表情を読み取れる訳が無いのだけれど。
相変わらず、ずっと自分の髪の毛を触っていると、ぽつりと部屋の端から声が聞こえた。
弾かれるようにして顔を上げ、シークを見る。
彼の方も今までに無い程、真剣なまなざしで私を見ているようだから、私は戸惑った。

「…僕が答えたなら、キミ……あなたも僕の質問に答えますか?」

際どい所を突いてくるものだと内心、顰め顔を作った。
どう答えようか迷って、窓の方に目をやった。
小鳥が窓際、ガラスの向こう側にちょこんと止まり、数秒の後再び飛び立った。
外は馬鹿みたいに晴れやかな青空で、それに毒気を抜かれた私は小さくため息を吐きながらシークに向き直った。

「もちろん、モノによる。何が知りたいのかしら?」

挑戦的に告げて、足を組み替える。
ひらりと少しだけめくれる裾も計算尽くだが悲しいかな、シークは少しも取り乱した様子は見せない。
そういえば、男の癖にあそこまでメイド達の誘惑に靡かない使用人は初めて見たかもしれない。
仕事人間、その言葉が相応しいと思った。

「……質問は、何故僕がこの屋敷に来たかだったか」
「ええ」

話をそらされたが、それに対して噛み付く事もしないで冷静に返事をする。
こういう駆け引きはなんだか遠い昔にしたことがある気がする、と懐かしくなったが記憶に無い。
《わたし》の記憶ではないのだろう、と一人で小さく納得した。
そんなことを私が考えている間にも、シークはなんと答えようか難しい顔をしていた。

「答えられないのなら、答えなくても良くてよ」

あまりにも長い間沈黙が続くものだから、私は思わずそう言っていた。
それに対して頷かれたら困っていたのだけれど、彼は「いや…」と否定の返事を呟くのみだった。

「……そうだな。おそらく、お嬢様が想像している通りで間違いない」

全面的に私を肯定。そして、しっかりと私を見据えた。
どうもこの視線が苦手だ。
けれども、ここで視線を外したら負ける様な気がしてならないので、見つめ返す。
紅い瞳が鈍い光を放ちながらも私を貫く。
心まですっかりレントゲンのように見透かされているのではないかと思った。

「僕は、御領主を……いや、ジャック公を監視するために派遣された」

罪を告白するように重々しく告げて、シークはまたしても目を伏せた。
先に視線を外したのは私ではなくてシークだのに、何故だか私が負けた様な気持ちに陥った。
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