お嬢様の調子が悪い、と屋敷内に伝わったらしい。
普段なら部屋に近寄りもしないメイドが先ほどから私の自室へ何度もやってくる。
ノックをした時点で、用件を聞いて必要が無さそうだったら引き返させる。
こんな我が侭なお嬢様のお相手をするよりも、もっと有益な仕事がたくさんあるだろう。お父様に雇われているメイドは皆、出来が良いのだから。
「お嬢様。フランでございます」
フランというのは、普段から私に目をかけてくれるメイドである。
使用人の中でも、お嬢様の身の回りの世話を出来る立場に昇格したのはお嬢様が私になった後、つまりおよそ二ヶ月前の事であり、そのことは私にとって都合が良かったのでよく仕事を言いつけていた。
今では、ほとんど私専属と言っても良い程だ。
それに、公爵であるジャック家に仕えるメイドというものは普通、ある程度の家柄の家の娘だったりするのだが、フランは完全に庶民出身だ。そこが、気を使わなくて良くて楽だったりもする。
どうやらゲルド族の血が交じっているらしく、肌の色が一般的なハイリア人と少し違ってそれがとても彼女に合っている。
「みんな心配しております。お嬢様、どうか看病させてくださいませ」
「いらないんだもの。……あ、なら、」
「何かアタシが出来ることがあるのなら、なんなりとお申し付けください!」
小さく用件を思い出すと、それを感じ取ったフランは勢い良く言う。
少しだけ悩んだ後、頼む事に決めた。
「あの若い執事を連れてきて欲しいの」
「シーク様のことですか?」
固有名詞を出されたので肯定したら、なんだか気まずい沈黙が返ってきた。
暫く間を置いて、フランは言葉を発する。
「お嬢様は……シーク様の事を、その…好いているのですか?」
若い女の子はどうしてこういう話が好きなのだろうか、と私は一人嘆息した。
ああ、いや。
すぐに、その考えを否定する。
もしかしたら、お父様の差し金なのかもしれない。
そんなことが思い浮かんだとしても、私が返す言葉は決まっている。
「フランと同じくらいにはね」
つまるところ、結局は使用人ということだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
私の考えを読み取ったのか、フランは「そうですか」と扉の向こう側で小さく呟いた。
「お嬢様。僭越ながら、ひとつだけ忠告です。貴女とシーク様は結ばれません。お嬢様は傍系王族。直系王族との折り合いが悪いのは承知の事でしょう? お嬢様なら解ってると思いますけど」
「え……?」
混乱に突き落とす一言を告げた後、「シーク様を呼んで参ります」と言ってフランは扉の前から遠ざかって行った。
段葛
「あなた、本当は私よりも身分が高いらしいじゃないの」
「…ですが、ここでは私の方が召使いです」
肯定はしなかったが、否定もしなかった。
その様子に、私は先ほどのフランの言葉が真実だということを直感する。
「それなら、命令だわ。この部屋では、あなたは私と対等になさい」
予想していたように、けれどもやっぱり戸惑ってシークは視線をさまよわせた。
じれったくなって、睨むようにしてシークを見る。
そのはっきりしない態度の癖に引き立っている端整な顔へ一、二発拳をぶち込んでやりたくなる私は、やっぱりお嬢様なんて柄じゃないんだろう。
それでも、今はお嬢様だ。賢く駆け引きを行わねばならない。
私は既に一度、彼との勝負に負けているのだから、慎重に言葉を選ばなくてはならない。
もうボロは出せないのだ。
「それとも何? 私が、誰かに似ててやりにくいかしら?」
さりげなく気にしていないように聞こえるよう心がけて言った。
彼が動揺した場合、してやったり、という表情を見せないようにと思って後ろの窓の方を見る。
そのせいで彼の表情は読めなかったが、それでも思いにも寄らない言葉だったせいかシークが揺れるのを感じた。
ゆっくりシークの方へ目を戻すと、なにかを言いあぐねている様子だった。
二人して無言を貫く。部屋の外、開け放した窓から風と共に鳥がさえずるのが聞こえた。
先にその状況に耐え切れなくなったのはシークだった。
「キミは、ゼルダを知っているのか?」
「へぇ…私はゼルダ様とそっくりなの?」
聞き返した途端、シークはしまったという表情になった。
ポイントワン。どうやら、私はシークのみぞおちに一発入れられたようだ。
警戒心を強めたシークにこのままだとこれ以上の攻撃は入らないと思い、引き下がる事にする。
何事も無かったかの様に、肩を竦めた。
「私は残念ながら、ゼルダ様のお顔を拝見した事は無くて。……ほら、この家には直系王族の資料は全くないのよ」
直系と傍系の折り合いの悪さは本当らしい。
シークはそれで納得したらしく、頷いた。
「姫様とお嬢様はそっくりだ。血は繋がっているとはいえ、ここまで色濃くハイラル王族が優性に現れるのは珍しい」
目指しく饒舌な彼。もしかしたら、彼にとってゼルダ様はブロックワードだったのかもしれない。
とはいえ、私はシークの姫様呼びに違和感を感じざるを得なかった。
先ほどの呼び捨てもかなり不思議な事だが、何故シークはゼルダ様を姫様と呼ぶのだろうか。
ゼルダ様が正式に王座を継いで、王女となったのはもう1年前だと聞く。
……ああ、これも一年前。
鍵は全て一年前なのだろうか。
一年前、何が起こったのか。
私は何故か、一年前の事件の真相を知らなければならない様な気がした。
もしかしたら、私がこの世界でこのお嬢様に憑衣してしまったことに、何か関係があるのかもしれない。
「そうなの…。よく解らないけれど、光栄だわ。ゼルダ様と似ているなんて。噂では絶世の美女なのでしょう?」
「僕はキミだって充分美人だと思う。姫様に似ていないところだって」
少し驚いた。私を疑っているはずのシークが外見だけと言えども、《わたし》を褒めたのだ。
普通は社交辞令か油断させるための口車なのかと疑うところだが、シークはうっかり口が滑ったとでもいう様子だった。
これで演技だったのなら、私は彼に敵わない。
まあ尤も、この容姿は私の容姿ではなく、他人のものなので褒められたところでそこまで嬉しくはないのだけれど。
「それより、キミは直系王族の姫様に敵対心を持っていないのか?」
ああ、《私自身》のこととは、それが知りたかったのか。
すとんと腑に落ちた。
もちろん、それだけではないのだろうけれど、彼が最も確認したかったのは私がゼルダ様に反抗する可能性だと思う。
シークの心を縛っていて、シークが真に仕えている相手はハイラル王国でも王宮でもない。彼女自身だ。
「ええ。会った事も無い人間だもの。それに、敵対心や劣等感を持つ様な人間なら、もっと上手く立ち回るわ。私はそんな人間だもの」
納得したのか、シークの私を見る視線が若干和らいだ気がする。
それを良い事に、私はなおも仕掛ける。
「そういえば、一年前の例の事件って……犠牲になった人、私とも関係があるの?」
尋ねると、シークは私をそっと心配したように見る。
ここまで来たら十分な進歩だろう。私にも、勝算はある。
「……教えて欲しいのよ。もしかしたら、欠けている私の記憶と何か関係があるのかもしれない」
「御領主から、記憶障害だとは聞いていないけど」
それはそうだろう。欠けている記憶と言うものは何も無いのだから。
あえて言うとすれば、それは私が体験していないのだから当然だ。
最近はじわじわと浸すように、《彼女》の記憶が増えているとはいえ。
「当然よ。私がバレないように振る舞っているんだもの。私の態度をおかしいと思っている人間は居るだろうけど…そうね、三ヶ月くらい前から」
その類の噂を小耳に挟んだ事があったのだろうか、シークは疑いを緩めたようだ。
今の私に対するシークの信頼は、少しでも疑心をもたれていたらいつかはそこから剥がれていくようなメッキ加工の信頼だけれど、それでも良い。
壊れるまでに、少しでも情報を得る。
そして、それまでにここからオサラバ出来たら一番なのだ。
そう思って、私はバレないようにクスリと笑った。