(なんでこんなことになっているのだろう……)

私が冷静にそう思うも、答えてくれる人はいない。

そこは、ハイラル城のとある中庭で、目の前にはハイラルの最大権力者であるゼルダ姫。
《この娘》と非常に良く似た顔つきで、やっぱり親戚なのかと疑わせる。
というよりも実際、遠縁の親戚だという話だ。
そして、彼女の斜め後ろには、あのシークが控えている。
彼の衣装はどうしてか再び黒の燕尾服に戻っており私にとって馴染みはあるけれど、あの民族衣装姿を見た後だと彼にとってはあまり馴染んでいないと思う。
オープンカフェのようなテーブルに椅子。そこに腰掛けて、ゼルダ姫は微笑んでいる。
私も促されるままに席へ着いたが、あまりにも場違いすぎる。

「あの…」
「なんですか、様」
「その、私のことは呼び捨ててください、ゼルダ様」

恐縮しきって言うとゼルダ姫は、ふふっと笑い声を漏らした。
シークはといえば、呆れたようにため息をついている。
私が不思議そうに見ているのを感じてか、ゼルダ様はくすくすと笑いながら説明する。

「いえ…ジャック家では、ハイラル本家を敬うように教育はしていないだろうにと思って……」

これくらい普通ではないのか。もっと無礼な態度をとっても良いのか。ハイラルは絶対王政なのではないのか。
疑問に思って視線を向ける。私としては、これでさえ不敬罪とかにならないだろうかと思うのだが。
私が元々居た現代では、お姫様なんていなかったし、関わる偉い人と言ってもせいぜい校長先生くらいで、こんなに緊張することは無かった。
こんなとき、《わたし》ならどうしていたのだろうか、と考えて心の中で愕然とする。
記憶が、徐々に戻ってきている。
つまり、《わたし》の記憶の侵食が止まり、逆に私自身の自己が戻ってきている。
一見非常に喜ばしいことだけれど、これはどういうことなのだろうか。
こっちの生活での常識など、何もない状態で放り出されると私は生きていけない。
何かボロが出た時の私の扱いがどうなるのかは、解らない。
《わたし》の記憶と《私》の記憶が混同して、どっちがどっちが判別付きにくいのもかなり辛い状況だ。

それに、もしも《私》の自己が《この身体》に染み付いて離れなくなってしまったら、それこそ現代に戻るのは絶望的ではないか。
そう思って泣きたくなったが、平静を装って目の前の二人を見た。


01

Blue Monday



「ゼルダ様……私を、わたしをどうするおつもりですか?」

意識して、《あの娘》に似せようと奮闘するも、やっぱり無理があるのだろう。
大体、シークは私の二面性を知っているのだから、意味がない。
けれど、意識することさえしないと、《わたし》は何処かに消えてしまいそうで。
必死に《彼女》の人格に、執着する自分が馬鹿らしかった。

「そうね、事情はリンクが帰ってから聞くことにしますわ。シーク、彼はあと一週間くらいで帰って来るのでしたよね?」
「そのことは、ゼルダの方がよく把握してると思うけど」

念を押すゼルダ様と、対等に口をきくシーク。
フランの言っていた王家直系の者というのは、あながち間違いではないのかもしれない。
ゼルダ様の台詞の内容によると、一週間は何も聞かない。
何かを聞かれては困る私は、それまでに逃げなければいけないと強く思った。
王宮の中を把握出来ていない私には、短すぎるタイムリミット。
それでも、逃げ切らなければいけない。
どういう扱いをされるのか、解らないのだから。

どうやら、ナサニエル=エースの件で危機管理能力が過剰に働くようになったらしい。
しかし、それくらいがちょうど良いのかもしれない。
この世界で、私は異端なのだから。

ナサニエル=エースが私を狙った理由は、たぶん、おそらく、私の正体を何かしらで知ったからなのだろうと思う。
それか、彼自身が、私を呼び出したのか。これは、無理矢理過ぎるだろうか。
なんにせよ、正体を知られたくはない。

「……やりにくいだろう、そんなに恐縮しきっていたら。屋敷に居たときの様に振る舞って構わないんだよ、お嬢様」
「なら、お嬢様なんて呼ばないで。私は、お嬢様なんかじゃないから」

(そもそも、屋敷に居たときの私も《私》じゃないのに)

思わず零れた言葉にシークは訝しく思ったようで、眉を寄せた。
少し張りつめた空気が漂っているのを、ぶち壊すようにゼルダ姫は微笑んだ。

「シークがそんなに打ち解けるなんて、珍しいわね」
「そ、んな訳…無い。打ち解けてなんか……」
「無い訳では無いでしょう?」

シークの反論に、ニッコリと笑ってダメ押しの様にゼルダ様は聞き返した。
う…、と言葉に詰まった様子のシークに、私はちょっとだけ驚く。
人間なのだから動揺することこそあれど、あのシークがここまでしてやられている姿を見るのは、なんだか不思議な気分だ。
屋敷に居るときは王宮所属の監視者であり、ある意味で絶対的な存在だったからだ。

「なら、シーク。あなたがを部屋に案内して、このハイラル城のことを紹介してあげてください。彼女も、元々知り合いであるあなたとの方が気が楽でしょうから」
「御意に」

大げさな程に膝をついて一礼したシークだったが、その動作は少しもわざとらしくなくて様になっていた。
その後、立ち上がって私を中庭から外に案内しようとする。
そこへゼルダ様から声がかかった。

「それから、シーク…」

思いのほか、厳しい声色で背中が冷えた。
身体が震えて、進もうとしていた足が地面に吸い付けられる。
シークも多少、緊張した雰囲気で振り向いた。

「力のトライフォースの在処が分かりました。リンクが帰って来次第、捜索に向かわせる。……あなたも動くと思います。その時、を守る役目をあの方に任すつもりだから、連絡を入れておいて」
「わかりました。…姫様」

つい、口が滑ったかの様に零れ落ちた呼称。
私は眉をピクリと動かして、けれども何事もなかったかの様に表情を装った。
行くよ、と小さく声をかけたシークに私は付いて行く。
ふと、ゼルダ様の声とシークの声が良く似ていることに気がついた。






廊下を無言のまま、すり抜けて行く。
なんとなく気まずく感じて、私は話題を捜す。

「あ、あの、あなたの代わりにあの方ってどんな方ですか?」
「そのときになったら解るさ。彼は……少々、説明が難しいヒトだから」

なんとも曖昧な返事。
表情をちらりと窺うが特に不機嫌な様子でもなく、本当に説明が難しいだけなのだろうと判断した。
相変わらず、隠されている左側の瞳が目に付く。
気になったが、これに関しては何も言わない。
聞いてはいけないような気がしたのだ。

「ここがの部屋だよ」

部屋の中に案内されて見回すと、そこは見たことがあった。
私が、王宮で初めて目が覚めたときに――つまり、中庭に行く前に――いた部屋である。
大きなところは変わった様子はなく、絵画等ものそのままだ。
ただし、そんなに長くはないであろうゼルダ姫との謁見――ティーブレイクの間にベッドメイクは終わらせていたらしい。シーツがいやに綺麗で皺一つなく、使うのが躊躇われる。

「必要な物があったら言って欲しい。性別の差があるから、僕に言いにくいことだったらゼルダでも、その辺で仕事をしている使用人達でもいい」
「ありがとう」

お礼を言って、窓際に近寄る。
見下ろして考える。3階くらいの高さだろうか。
下の方には堀の水が見えて涼しげである。

「あっちが、城下町だ。行ってみたい?」

窓の外を指差して、シークは尋ねる。
城下町自体は知っていても、ほとんど屋敷から出ることはなかったので、興味があって頷いた。
そもそも、ここにいても他にやることないし。

「じゃあ、明日行くことにしよう。今日はもう寝た方が良い。いろいろあって、疲れているだろうから。シャワーも彼女と会う前にもう済ませただろう?」
「まって!」

諭すように言って、そのまま出て行こうとするシークを呼び止める。
不思議そうに首を傾げて言葉を促され、私は続けた。

「あの…、休むんだったら、動きやすい服がいいんだけど」

今は屋敷に居たときと同様に、基本的にドレスの様なものである。
普通パーティで着たり、ナサニエル=エースとの縁談の時に着ていたりしたような豪華絢爛さではないにしろ、動きやすいとはお世辞にも言えない。
パジャマを出せとは言わないけれど、もう少し簡易な服装が良い。
それが解ったのか、シークは2度ほど頷いた。

「わかった。ゼルダに借りてくるよ」

よりにもよって、女王様にお借りするのですか。
あまりの常識外れに愕然として、その場に立ちすくんだ。
呼び止めようにも、既にもうその場にはシークは居ない。

(はあ……)

心の中でため息を零して、この先の自分を思いやった。