長い金色の髪の毛をまとめて、キャスケットのなかに入れる。
つばで目元が隠れて、いい感じにお忍びスタイルだ。
また、ちょっと男の子っぽくも見えなくもないカジュアルなスタイルで、久しぶりのその感覚に少し懐かしくなった。
久しぶり、といってもその身分からして《わたし》はやったことがないとは思うんだけれど。
その上、シークも今までみたいな燕尾服でも一度だけ見た民族衣装でもない、ハイリアの庶民の格好をしている。
初めて降りる城下町にということに、少しドキドキする。
貴族達のお屋敷が集まっている場所は、城下町から少し離れたところにあるのだから。
それに加え、シークとデートしてるみたいでなんとも言えない恥ずかしさを一瞬だけ感じた。
ふと、目の端に映ったお店。引きつけられるように、そちらへ行きたい気持ちになる。何か、私を呼んでいるような気がする。

「すごく活気がある街! ね、あの店って何売ってるとこ?」
「あそこはボムチュウボーリングだよ。ボムチュウってわかるかい?」

興奮して目や耳をいろんなところに向けながら、大きく首を振ると隣のシークは答えた。

「ネズミの形をしたバクダンだ。やってみたい?」
「もちろん!」

とてつもなく輝いた笑みを向けると、戸惑ったように彼は苦笑する。
そしてようやく私は、はしゃぎすぎたと我に返るのだった。

02

Sunny Tuesday



「うわっ、すっごいムズカしいんだね」
「うーん…初めてにしては上手な方じゃないかな」

余裕綽々と言うシークは、先ほどから一発命中だ。かといって、コツを教えてくれる訳でもない。
こういうのは経験と勘だからね、と涼しげな表情で言う。
それに煽られて、今度こそとボムチュウを手に取るも、やっぱり障害物にぶつかってご破算か、全然違うところに走って行くかだ。
先ほどから景品として現れるお面、あれがすごく気になるのに。純粋に楽しんでいる面もあるけれど、なんでか私の元に来たがっている気がするのだ。

「…なんか、ムカつく」
「あはは。ハイラル王家の執事たるもの、」
「それ以上言ったら晒す」
「何を!!?」

さあね、と笑って言うと、シークは一気に疲れた顔をした。
にしても、こんなに楽しいのは久しぶりだ。

「やっぱり、取れないかな……欲しいのがあるんだけど、景品を狙うどころか、一度もクリア出来ないし」

景品はゲームごとに変わる形式で、せっかく欲しいものに当たったとしても、私の腕では手に入れることなんて出来ないだろう。
せっかくだけど諦めようか、なんて思っていたらシークが驚いた顔をした。

「なんだ、欲しいものがあったんだ。どれ?」
「どれでしょう?」

悩んだ末に、シークは店員さんに言ってもう一度、ゲーム用のボムチュウを手にした。
ちらり、と表示された景品を目にして頷く。
つられるように、私も確認して「あ…」思わず声を漏らした。
心無しかつり上げられた唇、確実に失敗しないと言う自信があるみたいに微笑んだ。




数分後、シークはその自信に相応しく、今までで最高のスコアを掲げた。

「やっぱ、ムカつくんだけど」
「そんなこと言ったらあげないよ」
「ちょ、ごめんなさいシーク様!」

過去最速スピードで頭を下げると、シークはふっと笑った。
その微笑みに、心外なことながら見蕩れているうちにシークはポンっと、ソレ――不思議な仮面を私に押し付けた。
何故なのか理屈ではわからないところで、すごくすごく欲しいと思ったものだ。私の力になってくれると、何処か深いところで確信していた。

「くれるの?」
「そのために取ったんだからね」
「わーすっごい、シーク格好良い! 惚れそうだよ!」

茶化すように言ったら、すこしだけ不機嫌そうに眉を寄せたので、ちゃんと「ありがとう」とお礼を言った。
すると、照れたように顔を背ける。

「どういたしまして」

そのあと、何かに気がついたように顔を上げて、「ちょっと待ってて」と何処かへ走り去ってしまった。
どうしたんだろう、と思いつつボーッと立っているのも何だったので、近くのベンチに腰掛けた。

「お待たせ、
「いや、別に構わないけど……それ、買ってきてくれたの?」

シークの両手にはダブルのイタリアンジェラート…いや、ここではイタリアなんて無いだろうからハイリアンジェラートだろうか。無理矢理すぎるネーミングに、自分で笑える。
そして、ふと思う。

(なんかデートみたいじゃないか、これ)

どこか既視感を感じるこの状況に、なんとなく嬉しくなった。
ただ、相手はシークみたいな人じゃなくて、もっと、こう……。
そこで、表現に詰まった。説明出来ないというよりも、思い出せない。
もやもやした感は否めないけど、最近はこういうことも多いので仕方がなく思考を切り替えてシークを見た。

「姫が好きだったのを思い出して、つい……も好きだったりしない?」

姫。ゼルダ姫と彼の関係は何なんだろう。ふと疑問に思う。
そして、その問いの答えも『正』なものだから、なんとなく気分が悪くなった。

「どうだろうね……」

先ほどまで、盛り上がっていた気分がしょんぼりと沈んでしまった。
それをシークに悟られないよう笑顔を作る。

「それって、何味?」
「こっちはチーズとキャラメル、こっちはストロベリーとバニラ」

シークは、前者は自身の右手を後者は左手を動かして示し、どっちが良いかと問う。

「そっち頂戴」

私から見て左側を、つまりチーズとキャラメルの方を指差して言うと、シークは珍しそうな顔をした。

「女の子って、苺が好きなんだと思ってた」
「そりゃ、好きな子もたくさんいると思うよ」

私も嫌いじゃないし、と付け加えてペロリとジェラートを舐めた。
キャラメルがいい感じ、チーズの方はどうだろう。

「ん、美味しい」

ペロペロと舐めながら、食べ進める。
シークは私よりも早くに食べ終わったらしく、こちらを見ていた。
コーンまで食べ終えると、ゴミ箱のなかにナプキンとコーンを包んでいた紙をシュートする。
噴水の傍まで歩いて行って、私とシークは腰掛けた。
沈黙がすこしだけ続いて、それを破ったのは私だった。

「楽しかったよ。でも、今日が終わったら、私はちゃんと立場をわきまえる。皮肉、だな……今まで執事とはいえ、使用人だったあなたの方が私よりも事実立場が上なのだから」
「……でも、僕はきみに仕えるのは、思ったよりも楽しかったよ」
「そう言ってくれると、若干救われる」

微笑みを無理に作って、私はどうしようかと思案する。
絆されて、なにもかもを言いたくなる。
日は徐々に落ちてきて、心が寂しくなるようなトワイライト。

「私は……私はきっと、=ジャックなんかじゃないんだよ」

きっと、ではなく違うと言い切れるのだ。
……最近はその確信さえも危うくて、不安になるのは事実だけど。
私の自己同一性を証明出来るのは、この世界に置いて自分だけ、それがこれほどまでに不安と恐怖を煽るなんて、身体も心も《私》であるときには思ってもみなかった。

「私は、この世界から、この光の世界から逃げたい」

シークは無言だ。これ以上言いたくない。
言いたくないのに、言葉が溢れ出そうでぐっと堪える。
ああ、なんでだろうか。
彼と居ると、平常心を保つのが難しくなる。
どうしてだか、いつもいつも取り乱してしまう。

「影に逃げるかい? ……それならそれで、僕たちシーカー族は歓迎するよ」

詩を詠むような滑らかさで言葉を紡ぐ。
すっと心に溶けて、消えて行った。
そういう意味で言った訳じゃないけれども、歓迎が感じ取れるその内容は、弱っている心には効き過ぎた。
しかし、恐怖が勝る。
私の特殊性が露見してしまえば、捨てられるのではないか。もしくは、迫害されるのではないか。
ほんの僅かでも疑いを持っている限り、私はシークやゼルダ様へは寄り添えない。
形だけ近くにいることが許されたとしても、本当の意味でそうだとは限らないのだから。

「好意は嬉しいよ。でもねシークの傍に逃げれば、いつかきっと、私はあなた達を裏切る。いいえ…きっとじゃなくて、必ず」
「そんなことは……」

戸惑ったようなシークだけれど、『そんなことは無い』と言い切ることは、当然ながら出来なかった。
なにせ、シークは私の気持ちも考えも、どういう思想の持ち主なのかも知らないのだから。

「とりあえずは、記憶を取り戻したい」

私じゃなくて、《彼女》のもの。
そうして、完全に《彼女》に《この身体》を還す。
形代にあるべき魂が戻ったのなら、私は自然と自分に戻っているはずだ。
そのために、とりあえずは《彼女》の軌跡を辿ろうと思う。
この先の方向性は決まっているけれども、明確に説明出来ないのは少々心苦しいが仕方がない。
再三言うけれども、彼らを信頼しきれない私は、裏切るように逃亡するしかないのだ。
私の言葉で、記憶喪失だったと思い起こしたらしいシークは何とも言えないような表情をしてポツリと謝罪の意を述べた。
楽しかった、はしゃいでいた空気は、気まずい沈黙に代わり、それは城へ帰り着くまで続いた。
久しぶりに身体を動かした私は疲れていたらしく、そのことについてとやかく悩む前に眠りに落ちていた。
不思議な邂逅に繋がっていたなんて、露程も思わずに。