不思議な夢を見たような気がした。
内容は全く覚えていなくて、もやもやとしたものを感じていたけれども、思い出せないので仕方無く、朝食を食べるために着替えて大広間へ向かった。
朝食は、ゼルダ様とシークと私の三人で食べることになっている。
決めたのは当然と言うかなんというかゼルダ様である。
最初に食べ終わるのはシークで、最後が私。
二番目に食べ終わったゼルダ様は何が楽しいのかわからないが、にこにこと微笑みになってお話しになる。
それにシークが相槌を打つか、私が頷くか。
どちらにせよ、具体的な話をしているのはゼルダ様だけだった。
「あの方に、連絡はつきましたか。シーク」
シークは頷いた。
一番始めに食べ終わっている彼は、少しだけ考えたあと言葉を紡ぐ。
「彼は、相変わらずハイリア湖畔周辺に棲んでいたから、すぐに見つかったよ。依頼の件も、『快く』頷いてくれた」
含んだような言葉に邪推をするが、その内容もわかっているらしいゼルダ様はクスリと笑いを零した。
「シーク、また何かで言い包めたんじゃなくて? ふふ、お変わりがない様で、安心しましたわ」
「いや、そんなことはないよ。……ただ、心配なのは彼女に、に興味があると言ったことだ。もしかしたら、勇者が帰ってくるのを待たずに接触があるかもしれない」
チラリと私を見て顔を顰めながらもはっきり告げたその台詞には、確かに私も訝しく思った。
しかし、理性でそう思うだけで、感情の方はついていかない。
なぜだか、その彼を信じられるような気持ちがしていたのだ。
それが罠なのか、どうなのか、私にはわかりかねるけれど。
「でもあの方が、今現在、闇に染まっているという情報はありません。信用出来ます。何より、リンクがそう言うんですもの。魔王軍からの接触もありませんし、エース家からも同様です」
魔王、それにエース家。気になるワードにピクリと耳が動く。
黙々と食事していた手を止めて、私はシークとゼルダ様を見た。
「もし何か、あの方が企んでいるのなら、私がを守ります。……いつも守られてばかりとはいえ、私にはトライフォースの、女神ネールの加護がありますし、ね?」
ね、と可愛らしく首を傾げられても、何とも言えないのは私もシークも同じだった。
私自身、彼女に守られる程の価値があると思っていないし、シークにしてみれば最も大切なその御身に何かあったなら、それだけで気絶するのではないのだろうか。
しかし、彼女は考えを変える様子もなく、私とシークは揃ってため息を付いた。
03
Rainy Wednesday
食事の後、席を外してくれないかと言うゼルダ様のご要望にシークが応えたことで、大広間には私とゼルダ様が残されている。
定位置である長テーブルの特等席ーー通称お誕生日席に腰掛けたゼルダ様、そのテーブルのサイド、角から一つ席を空けて座った私。
通常ならシークが私の向かいに座っているが、先ほど言ったようにシークはここにいない。
かしこまって何の話だろうか、と私は内心警戒心を強めるが、ゼルダ様は物ともせず可愛らしくて純粋な微笑みを浮かべるだけだ。
先ほど朝食を食べたばかりだというのに、ゼルダ様は使用人にスイーツを持って来させている。
コルセットで締め付けられているはずなのに、よくそんなに入るものだ。
しかも、すっとしていて細い、それなのに出るところは出ている羨ましい程プロポーションの取れた身体。思わず嫉妬してしまいそうだ。
じっと見つめていた所為なのか、きょとんと首を傾げてゼルダ様は私を見た。
「どうしたのですか?」
「……あの、何かお話があったのでは、」
それはこっちの台詞だ。内心でぼやく。
質問を質問で返すのはいささか礼儀に反するだろうと、言葉を考えながら発するが、上手く思い浮かばなくて途切れさせる。
「ええ…。でも、さんがご気分を悪くなるような内容です」
「それでも、聞かなければいけないことなのでしょう?」
ひくっと顔を引きつらせながらも、私はゼルダ様に続きを促す。
私が気分を悪くするような内容といえば、いくつも心当たりがあるーー例えば、《わたし》が《私》であるということを勘付いた、とか。
どんなことを言われても、誤摩化せられるように私は覚悟を決めた。
「ジャック家のこと、それからナサニエル=エースとジャック家の使用人フランのことなんです」
言い方に違和感を感じた。
言いにくそうだというのは、初めから切り出さなかったゼルダ様のご様子から当然だと言えるだろうが、あの言い方ではナサニエル=エースとフランを一つ括りにしているように感じられないか。
「それでも、聞かなければならないことなのでしょう?」
意志を以てそういうと、ゼルダ様は多少哀れむように私を見たあと、コクリと頷いた。
私はゼルダ様の変化には気がつかなかった振りをして、彼女の瞳を見つめる。
《わたし》と彼女の相違点、《わたし》の翡翠色の瞳とは違ったその双蒼に引き込まれそうになる。
彼女は「ええ」と哀しそうに空気を震わせた。
いかにもな演出だと思ったが、すぐにそれを撤回する。
(ああ、この人は本気で私に同情しているのだ……)
疾しく感じることなんて、普段の私だったら何も無いはずなのに、彼女の純粋さに当てられたのか非常に後ろめたくなる。
《私》の事情を隠していることも、王宮から逃げ出そうとしていることも、信用していないことも、全部。
自分は決して持っていない、穢れの無い無垢な白さに心が揺れた。
彼女が私を騙している、なんてことは有り得ないのかもしれない。
もしも《私》の真実を知っても、受け入れて庇護してくれるのかもしれない。
どうしてその身分でありながらそうで在れるのか、それほどの清らかさだった。
「記憶障害だとシークに聞いたのですが、ジャック家の事情はご存知ですか?」
丁寧な口調で、窺うように私に尋ねる。首をそっと横に振った。
私が知っていることなんて、殆ど無いに等しい。
あそこで暮らしていたとはいえ、お父様に全て管理され習い事漬けの毎日に、自由時間はほとんどテラスか自室で過ごさなければならなかったのだから。
私が《わたし》と違うということを気付かれないために、使用人達との会話にも気を使わなくてはならなかった。
そうなれば、自然と会話量も減っていくのは誰にだってわかるだろう。
つまり、私は《わたし》の記憶として知識はあれども、それを体験していないのだから経験値不足だったのだ。
その不足した経験値は、《わたし》の記憶というドーピングが無くなりつつある瞬間ーーつまり今、響いてくる。
「ジャック家がハイラル王室の血筋を引いているという噂は、紛れも無く事実です。問題は、そこではありません」
言葉を切って、ゼルダ様は私の目をまっすぐと見た。
覚悟を決めるように、私はごくりとつばを飲み込む。
「問題は、鬼神の血筋を引いているという伝説があるということです」
鬼神ーー何処かで聞いたことがあるような気もするけれど、それは無いだろう。
ハイラルでいう神とは、女神達のことだ。
ディン、ネール、フロルーーハイラルを想像した三柱の女神の他に、ハイラルに干渉する神はいないはずだ。
怪訝な表情をしていたのか、ゼルダ様は補足を加える。
「鬼神とはハイラル王室の禁書にのみ登場していた神のことだったんですがーーある人物が別次元でその存在を確認しています」
「……鬼神。べ…つ、次元……?」
ひゅっと、息を呑んだ。
《別次元》と、ゼルダ様はそう言わなかったか。
(それじゃあ、私の身元だって、案外簡単にバレてしまうのかもしれない)
身体がガタガタと震える。
動揺は隠し切れず、おそらく見ていられないような蒼白な顔をしているだろう。
その様子に、ゼルダ様は慌てた。慌てて、大声でシークを呼び、駆け寄ってくる。
「そうです。別次元です。でも、そんな異世界なんて滅多なことでは迷い込んだりはしませんよ。鬼神自身も、狙っては来ないはずです」
そんなことは今、問題ではない。
鬼神に狙われる。生け贄にされるという不安を真っ先に抱くということは、それは私が、が、紛れも無く《わたし》自身であった時に初めて発生することだ。
私は、彼らが別次元の、異次元の存在を知っている、認識しているということ、それ自体に恐れを抱いている。
「……違います。違うんです」
「え?」
か細い否定は、おそらく聞こえなかったであろう。
聞き返すゼルダ様、その顔を最後に見やってから、私の意識はブラックアウト。