訣別の手引き


 夫婦の真似事でもしようかと持ちかけたのは、のほうだった。彼女は長く交際したマグル貴族の長男坊に、《身分違い》を理由にして振られたばかりだったし、かといってここぞとばかりに、七年前、卒業と同時に捨てた《実家》を頼る程愚かでもなかった。学生時代の伝手を辿って魔法省からの依頼を受け、死喰い人として捕まったとある純血家の監視もとい立て直しをすることになった彼女は、気に喰わないことに義理の両親や義弟と似ている温和そうな表情をにこにこと更に緩ませて、向かいに座っているセオドール・ノットの方へ身を乗り出した。

「悪い条件じゃないはずよ。役人がここぞとばかりに介入して来るわけでもない――あなたの家の担当となったあのお役人様はどうしてだか私を『信用』してくれているのだし」

 どうしてだか――その理由を一番良く知るのは自身であったが、気が付かない振りをしながら癖の強い赤色の髪の毛を指先で弄んだ。髪の毛だけが義理の家族と決定的に違う点であり、下品な色合いだと言い捨ててしまえる程度には、気に入らないものだった。

「……悪い条件じゃあないというのは、卒業したばかりの僕だって分かります」
「それなら黙って頷いておけばいいものを。何、それともあなた、結婚に夢でもあったわけ。違うわよね、義弟が手紙で話してくれたわよ。魔法薬学の授業で、『愛』を馬鹿にして笑ってたって」
「……」
「それとも。気にしてるのは歳かしら。あなたのたしかに、私の義弟と同い年ってことは、七も離れているものね」

 のツン、とお高く止まったような言いざまに、セオドールは顔をしかめる。元来、彼の好みは聡明で物静かな女性であった。それも、何を考えているのかよくわからない美人の同級生ダフネ・グリーングラスではなく、そのおとなしい妹アステリアのような。とは言いつつも、のように高飛車な女に振り回されるのも、苦手ではない。自分からは相手に近寄っていこうとしないセオドールとは相性は悪くないに違いない、自身もそう思っているのか、口を閉じようとはしなかった。

「あのね、黙っていてもどうしようもないのよ。早く決めてもらわないと困るわ。どうするの。私と結婚して妻という名の『監視』を得るか、私を拒んでお偉くて高慢なお役人様からの『ご指導』を享受するのか」
「あなたは、」
「……?」
「俺と結婚して、あなたは何を得るんですか」

 セオドール・ノットの冷静な一言を前に、はしばし固まってしまった。成人しているとはいえ、まだ十代の子どもだと侮っていたことを恥じて、白い頬を紅潮させる。丁寧なのは変わらない。スラングも使っていない。だけれど、先ほどよりかはどことなく近付いた口調に、は何かを許されたのだと悟った。
 誤摩化すのは誠実じゃない。《実家》に対して不誠実を重ねてきた彼女は、そんなことを思って言葉を探す。空中を見れば答えが書いてあるのだとでも言うのだろうか。文字を追うように視線をさまよわせた後、彼を見る。今まではそのような顔だと思いつつも、きちんと認識出来ていなかったのだろう、そのつり上がった目に宿る、意志の強そうな光にハッと息を呑んだ。濃い色の髪の毛は短く切られているが、前髪だけは長めで、時折つり目に掛かっては鬱陶しそうに払われる。父親によく似た骨張った頬。痩せぎすなせいで、余計に目立っているのだろうが、はそれも嫌いではない。と、そこまで考えてハッと我に返る。(何を冷静に彼の顔を観察しているのだ)自分が探さなければいけなかったのは、彼への返答だというのに。慌てて内心を取り繕って、「そうね……」と呟く。

「第一に、マクミランの姓を捨てられるわ」
「それが重要なことだとでも?」
「ええ。私、あの家から出たかったの。ずっと」

 の言葉に、セオドールは目を瞬かせた。想定の範囲外も良いところだったのだろう。はそんな彼の様子を見て、それも当然のことだろうとため息を零した。セオドールはバカにされたと感じたのか、むっとしたように眉を寄せる。は、彼の表情の変化など些細なことだとでも言うように紅茶に口をつける。紅茶はもう冷めていた。すこし不愉快になるも、ノットの家にはしもべ妖精ももういない。

「あなた、もしかして知らなかった? 私、貰われ子なの。ああ、でも心配しないで。父はマクミラン家の人間だし、そのお相手――あなたたち風に言うなら血を裏切る女も、元々は純血よ」
「どういうことだ?」
「あの女はね、結婚している身であるのにマグルと慣れ合って、結局修羅場を演じて死んだそうよ――私がこんなにも義理の家族に似ていなければ、父が本当に『父』であったかも疑わしい」

 ふっくらとした頬を指先で撫でた時の表情は嫌悪感に満ちあふれていて、なのに色香が周囲に満ちる。「売女の肚から生まれた自分をね、心底厭わしく思うわ」くるくると、癖のある赤い髪の先をほっそりとした指で弄ぶのは、もう癖になっているらしい。

「わかりました。わかりました、結婚しましょう」
「二度も頷かなくていいのに。にしても、急に了承したのは……同情した?」
「……いいえ」
「同情でもいいのに。決まったのなら、そうね。契約をしましょう。婚姻は登記で良い?」
「ええ。構いませんよ」

 頷いたセオドールの真面目な表情を見るにつけて、旦那として悪くない相手だとは確信した。願わくば、あのマグルのお坊ちゃんのように第一印象との乖離がないことを。自分の見る目がないことは、とっくに自覚しているのだから余計に。
 これから自分が暮らすことになる屋敷の居間。ぐるりと見回して、冷めきった紅茶を飲んだ。(まず最初の目標は、しもべ妖精がやってくるような屋敷にすることね)造り自体は悪くないのに、この辛気くさいのが頂けないわ、と脳内で呟いた。彼女が何を思っているのか、知らないノット家の新米当主は表情を変えないまま。

20140128 掲載

お題は、as far as I know 様よりお借りしました。