シリウスと氷砂糖


《あの冬はただ青に染まる》

 このお正月で見慣れた四条の商店街。早めに上がれた今日は何か実家におみやげでも買っておこうかと、ふらふらと土産屋を梯子していたら、スーツの青年たちとばったり鉢会った。お店から出るときにぶつかりそうになって、「すみません」と謝ろうと相手の顔を見れば、知った顔。「あっ」と思わず声を上げる。つられてこちらを見たその人は私を見て首を傾げている。

「あ、相澤さん……と、学生さんのみなさん」
「あ、えーと……」

 私の言葉で、お正月アルバイトの人間だと気がついた相澤さんは、申し訳なさそうにこちらを見た。巫女ご奉仕のアルバイトは百三十人近くいる。覚えてなくて仕方がないだろう。ましてや、私は今、赤い袴を脱いでいるのだから。「二受けのですよ。」二受けとは第二授与所である。私がお勤めさせていただいている神社はお正月の参拝客が大幅に増えるので(他の神社でもそうだと思うが)、おまもりや縁起物を受けるための授与所が全部で四つに拡張するのだ。その中でも第二授与所の担当でしたよ、同じ場所の担当だった相澤さんにはお世話になったんですよ、と示す為に、苦笑しながらそうやって言えば、「あっ」と何かに気がついたように口を開き、「相澤恭太郎です」と彼はどこか緊張した面もちでそう言った。

「そういえば、学生さんは今日で終わりでしたっけ」
「はい、ウチは今日で終わりです。もう一つのほうは、もう少し長くみたいですけど」
「お疲れさまでした。寂しくなりますね」
「ええ。えっと……さんは?」
「私はあと数日です」

 いくつか言葉を交わした後、彼の同級生たちを待たせてしまっていることに気がついた。「ごめんなさい、引き留めてしまって。明日から学校なんでしたっけ」
「え、あ、はい……」弱々しくそう頷いた相澤さん。お仲間さんはそんな彼をおもしろそうに見やって「ふーん」それから私を見る。

「連絡先でも交換しとけば」

 一受けで片っ端からかわいい巫女バイトの女の子に声をかけていたと噂のプレイボーイくんが無責任にそう言う。「ふ、藤原君!」「だって、チャンスだろ。相澤、女の子にとことん縁ないんだし」「だからといって」そんな掛け合いが始まったと思いきや、もうひとりののほほんとした感じの同級生が藤原さんに賛同する。

「そうや、相澤君。何かの縁やで。交換しとき」
「交換しましょうか。赤外線出来ます?」
「はい、大丈夫です」
「なら、私送信しますね」

 まあ、交換したところで使うことはないんだろうなあ、と思いながらもこんな縁は二度とないだろう。そう割り切って赤外線で通信する。にやにやと笑っている藤原さんの思うようなことにはならないだろうけど。

「あ、届いた」
「じゃ、今度私がもらいます」
「送りました」
「はい、ちゃんと届きました。伊勢に行くことがあったら連絡しますね」
「えっ」

 私の言葉に疑問を浮かべている相澤さん。あれ、変なこと言ったかな。そう思って、お連れ様のお二人を見やる。

「たしか、みなさんの大学、伊勢の近くでしたよね?」

 相澤さんがそう言ってたような気がして、でもあまり自信がなかったから首を傾げたら「間違ってへんよ」とえーと、名前の知らない穏やかそうな方の方が肯定してくれた。

「それか奈良だな。こいつん実家、奈良の神社だから」
「えっ、あ、神社の息子さんなんですか」
「そ、俺ら全員そう」
「へえ……じゃなくて、みなさん帰らなきゃ! お正月はお疲れさまでした! ゆっくり休んでくださいね」
「明日学校だけどな」

 藤原さんのことばに青くなるみんな。大丈夫かな、この人たち。なんて心配しながらも、我々一行は駅に向かい、京阪特急に乗り込んだ。お正月期間よりかはだいぶ人が減ったといえども、込み合う時間帯。揺られながらも、電車は進む。相澤さんは別れる前にと、「あの、さん」私を呼んだ。別に話題もないけどな。なんて思いながら彼を見据えた。なんとなく陰気な感じがあるけど、黙ってたらしゅっとしててきれいな雰囲気の人なのにな。

「何ですか。というか、別に敬語じゃなくてかまいませんよ。どうせ私の方が年下なんですし」
「え、あ、そうなんだ。じゃなくて、あの、また連絡してもいいですか?」
「もちろん。是非連絡してください。甘味処でも行きましょう」
「えっ!」

 不思議そうな顔と嬉しそうな顔を綯い交ぜにしたおもしろい表情で、私を見る。期待のこもったまなざしに、なんとなく答えなくてはいけないような気さえする。犬になつかれたような気分だと思った。

「相澤さん、甘いもの、好きでしょう?」
「う、あ、はい……好きです」
「それなら行きましょう」

 にっこりと笑うと、相澤さんは顔を少し赤くしてこくりと頷いた。ほんと、この人って今時珍しいくらいに女の子に慣れてないよなあ。いい人なんだけど、ちょっと心配になるね。なんてよけいなお世話なことを考えながら、何かを言おうとしたけれど、そこで車内アナウンスが流れた。「まもなく丹波橋」のその声を聞きながら、「それじゃ、また、いつかどこかで」と言った。電車の扉が開く。降りる人々に流され、藤原さんたちに引っ張られながらも振り向いて、「どこかで!」と手を振りながら返してくれた相澤さん。うん、いい人なんだけどなあ。もう、二度と会うことはないんだろうな、と思ってしまう自分がどうしようもなく擦れているような気分になりつつも、鞄から音楽プレーヤーを取り出して、イヤホンを耳につっこんだ。













 * * *











 それが、半年以上前の話である。
 そのときに交換したメールアドレスが私の携帯電話をならすことなど、ついぞなかったし、私もすっかり忘れていたのである。それをなぜ急に思い出したかと言えば、そう、私は久しぶりに四条まで出てきたのだ。いや、四条まで出てくることはままあれど、こうしてお正月のご奉仕先までやってくることは珍しい。普段、洋服を探すにしても日用品を買い足すにしても、阪急河原町駅の周辺でうろうろしていれば事足りるからだ。どうして急に、と言われたら、まあ、気分転換と言うほかにない。七月の祇園祭りではすごい人だったのだろうが、それも落ち着いた八月の今、閑散としているとは言わずとも境内に人はそれほど多くもなかった。雲ひとつない真っ青な空は張り切りすぎた太陽が自分の領有権を激しく叫んでいた。
 よく言われることだが京都は盆地で、夏は暑く冬は寒い。籠もった熱が出ていかないのだろう、くらくらとしながら汗を拭った。こんなことなら、ここまでくる前にキャラメルフラペチーノでも買うんだった。そう思いながら、授与所の手前、自動ドアに入って社務所前を突っ切る。受付には誰もいなかった。事務のお姉さまがいたら挨拶をしようと思ったのにな、なんて思う。社務所の奥に、神社の喫茶店があるのを私は知っていた。
 席について、出されたお冷やを飲みながらようやく一息をついた。つめたい厄除けぜんざいを頼んで、ほうっと携帯を取り出した。もう半年以上も前になる、あの予想以上に騒々しいアルバイトを思い出して、懐かしくなった。相澤さん、どうしているかな。一番親しくさせていただいていた学生さんの名前を覚えている自分に驚きながら、ケータイのアドレス欄を操る。ああ、結局、一度もやりとりすること無かったなあ、と連絡先を交換したときにも思ったことを頭の中で繰り返しながら、白紙のメールページを開いた。

『お久しぶりです。お正月の巫女アルバイト、二受けのです。覚えていますか。いまお正月の神社にお参りに来ていて、懐かしくなってメールしちゃいました。相澤さんは、お元気ですか?』

 こんな感じのメールを何度か消して、書き直して、結局似たり寄ったりの内容しか書けなくて、もうやけになってそのまま送った。別に返信は期待していない。もう二度と会うこともないだろう人だ、心証なんて気にしてもしょうがないだろう。メールが無事に送信されたときにちょうど注文していたぜんざいが運ばれてきて、私はそれきり相澤さんのことを考えるのをやめたーー

 ーーはずだった。
 返ってこないだろう。むしろ、宛先不明で返ってくるかもしれないと思っていたメールだったが、ぜんざいを口に運び始めてたった三分後に携帯電話がぶるぶると震えて自己主張をする。メルマガかなにかだろうと思ってなにも期待せずに二つ折りを片手で開く。お行儀の悪いことにスプーンは口にくわえたままだったのが良くなかった。相澤さんからのメールだと気がついて、思わず落としてしまうところだった。

『相澤恭太郎です。元気です。あの、僕も今、祇園にいるんです』

 えっとお……これはどういう状況だろう?
 これは、控えめに誘われているんだろうか。それとも、私と同じような日記もどきの報告メールなのだろうか。私は一人だから、もし会えるようなら、会いたい、かもしれない。会いたい? 会いたいのか? 正直なところ、自分の気持ちもよくわからなかったが、メールの返信をすることにした。

『私、今日は一人なんです。もし相澤さんの都合がつくなら、前に言っていた甘味屋さんにでもどうです?』
『僕もちょうど母のお使いが終わったところで……今どこですか?』
『社務所奥の喫茶で厄除けぜんざい食べてます』
『それなら僕、迎えに行きます』
『じゃあ、待ってます』

 やってきたところで、すぐにわかるかちょっと怪しいなあとか思いながらも、社務所の方から若い男の人が入ってきたらきっとそれが相澤さんだろう。うんうん、とうなずきながらぜんざいを食べた。
 最後の一口を口に含んで、さて、これからどうしようかなと頭の中でお店のピックアップにしているうちに、パタパタと足音が聞こえた。

さん!」
「あ、相澤さん?」
「ごめんなさい、お待たせしました」

 走ってきたのか。ポロシャツにジーパンというラフな格好をしている相澤さんは、呼吸を整えつつ私の方に近づいてくる。
 遠目から見たらしゅっとしているようなのに、どことなくなよっと頼りない体型は相変わらず。それでも、なにを考えているのかよくわからない死んだ瞳さえなければ、それなりに見れるのになあと失礼なことは脳内に押さえ込んで、にっこりと笑った。

「抜けませんね」
「えっ?」
「敬語。無理しなくてもいいですけど」

 敬語をやめろとか、名前呼びがどうだとか、結構気にする人も多いみたいだけど、別にかまわないんじゃないかなあと思うのである。ただ、その指摘にわたわたとする相澤さんが年上なのにやっぱりかわいらしい男の人だなって思ってしまっておもしろい。

「私、おいしいお茶屋さん、知ってるんです。ちょっと離れますけど、いいですか?」
「あ、はい……じゃなくて、うん。大丈夫」

 いや、この人ほんとに甘いもの好きなんだなあとわかって、なんだか笑えた。ここへ来たのは私を覚えてたからというよりも、甘いものが食べたかったからに違いない。そう確信をしつつ、立ち上がって喫茶を出る。すれ違いざまに神社の人に挨拶しつつ、受付を覗くと先ほどはいなかった事務のお姉さんが座っていて、あっと気がついた。

「あれっ、相澤くんと……」
「あっ、です」
「ああ、そうそう。さん。二人そろってどうしたの? デート?」
「あはは、違いますよ。たまたま近くに来たので、お参りしておこうかなって」
「僕も、母の遣いで近くまで来たので……」

 私たちの説明に納得した様子もなく、私たちを見比べてお姉さんは、にやにやと笑む。かわいらしい人なのに、どうしてこういう笑い方をするとみんな同じように見えるのだろう。不思議だ。「この後はどうするの?」という問いに「お茶屋さんに行って甘味でもって思ってます」と正直に返したら、笑みをまた深くする。

「デートじゃない。たのしんできてね。相澤くん、さん」

 デートじゃないんだけどなあ。まあ、誤解されたところで問題ないし、よけいな反論もせずに曖昧にほほえんでごまかした。ちらり、と相澤さんを見たら、彼は顔を真っ赤にして「そ、そんなこと!」とかって両手を前に出して否定をしているが全く相手にされていない。ああ、難儀なひとだなあ。と、同時にやっぱり女慣れしてないな。思わずくすり、と笑いがこぼれるのも仕方がないことかな。

「デートってことにしときましょうよ。ほら、相澤さん」

 誘うように手を差し出したら、耳まで真っ赤にしながら、平常はどこを見ているのかわからないくらいにぼんやりとした目を大きく開いた。ど、どうしよう。そんな風に自分の手を不自然に宙に浮かせて私の手と顔を交互に見る。そんな様子におもしろくなって、受付の事務のお姉さんと顔を見合わせて、吹き出した。それにもっと恥ずかしそうにして、覚悟を決めたように相澤さんは男の人の割に繊細でほっそりとした、けれどところどころ豆もある指先を、遠慮がちに私の手に重ねた。社務所の入り口から覗き見える空は、雲ひとつない、真夏の色のままで少しげんなりした。




あとがき

恭太郎くんは大学二回生。実習での神社派遣。ヒロインは京都の大学に通う一回生。
お題は、is さんよりお借りしました。

20140129 執筆