お正月にアルバイトに入ってもらって以来、さんは僕の前から姿を消した。ああ、やっぱり無理矢理手伝わせちゃったのかな。さん、優しいからきっと困っている僕達を察して手伝いを申し出てくれたに違いない。
なんせ、今年の正月は未曾有の大混乱だったのだから。年末に番神社の方の神葬式をうち永室が取り仕切り、その後はいつものお正月。いつも巫女バイトさんたちを取り仕切ってくれるいとこの弥生さんも今回は息子さんのインフルエンザの対応に追われてこちらにはやって来れない。禰宜をしてくれてる叔父だって、自分のところで大忙しだし。だから、正直に言って、大学時代の四年間、巫女バイトの経験もあり、さらに後半二年はうちでお勤めしてくれた彼女の助力はありがたかったのだ。例え、大晦日、元旦、二日の合計三日間だけだったとしても。というよりそれ以上、強いるのは無理があるだろう。社会人一年目となったさんはきっと、お正月くらいゆっくり休みたかっただろうし、ああ申し訳ないことをしたな。こう考えると、本当は嫌だったんだろうと思えて仕方がない。嫌われちゃったのかな。なんて、思って悲しくなる。
今年のお正月バイトでさんを直接知った工君に泣きつけば、「恭太郎君が悪い」と言い切られてしまった。「何が悪かったのかな」「それは恭太郎君が直接聞きなよ」メールアドレスも変更したのか、考えたくないけど着信拒否をされたのかさんの元へきちんと届かないし、実は、住所も知らないのだ。電話も、メールと同じく通じない。「直接なんて……」工君にそういう事情を漏らせば「徹底してるね」と苦笑されてしまった。
後からうちへやってきて、僕達の惨状(苦笑する工君に泣きついてる僕)を見た孝仁くんは「どうしたんだ、恭太郎君」と真面目に心配されてしまう。
「恭太郎君は二兎追って一兎も得られなかったんだよ」
工君は訳知り顔でそう言った。どういうことだ、と返す孝仁くんに僕も合わせて聞き返してしまった。工君は少し呆れたようにため息をつく。これだから、恭太郎君は。と言われても仕方が無いじゃないか。どこか抜けていて、人の心情を汲み取るのが苦手ことは自覚している。
「こんな大忙しの神社を、お給料も無しでお手伝いしてくれるなんて、恭太郎君に気があるとしか思えないじゃない。なのに、恭太郎君ったら、美人シスターの真弓先生のことばっかり気にするし。あれじゃあ、さんも報われないよ」
え、なんで工君、さんのこと名前で呼んでるの。というより、さん、僕に気があるって? ただの友達――それも直接はあまり会うことのないメル友のような彼女の好意を考えたことも無かったのに。
普通、女の子と親しくなったら少し浮かれてしまうとかもあったけれど、さんの場合は、彼女があまりにも淡々としていて恋愛に興味が無さそうだったので、単純に女の子の友達が出来たと嬉しかったくらいだ。藤原君たちにそれを言ったら、やっぱり呆れられたけど。さんだって、きっと、年上の頼りない先輩くらいにしか思ってないだろう。友達くらいには思われてたと思っても、うぬぼれじゃないかな。そうでなければ、一昨年のあの時だって、きっとここまで弱音を吐きにこなかったはず――一度だけ見た、あの一滴だけの涙を思い出して、僕はちょっと狼狽えてしまった。(きれい、だったな)何がって雰囲気が。いつもはハッキリと言いたいことは言うし、外見の可愛らしさと相反してキツく思えてしまう彼女が触ったら壊れてしまいそうな儚い雰囲気を醸し出していたんだ。工君が陰鬱な美女を好きだっていう気持ちがちょっと分かってしまう、そんな空気を纏っていた。
「というか、今までそんな彼女のことを俺達に隠し通していたのが意外だよ、恭太郎君」
ちょっと恨めしそうな声を出して、孝仁君は僕をじとっと睨んだ。うっ、と後ろめたさに言葉が出ない。「か、隠してたわけじゃないよ。でも、わざわざ言うことじゃないでしょ」「でも、知ってたら、真弓先生のこと、焚き付けなかったのに。ねえ、孝仁君」「全くだ」ああ、工君と孝仁君が手を組んでしまってる。また工君が変なことを思い付かなければいいんだけど。工君の暴走は、僕達には止められないし、だいたい碌なことにならない。でも、そんな僕の不安は的中したようで工君は携帯電話を取り出して、にっこりと笑った。
「じゃ、僕、さんに理由を聞いてみるね」
「えっ」
「恭太郎君はどうやら教えてもらえなかったみたいだけど、僕の方にはちゃんと来たよ? メールアドレスの変更――というか、キャリア変更のお知らせ」
「ええっ」
これは、僕が避けられているのは確定じゃないですか。哀しみに涙が溢れそうだ。真弓先生にだって振られてしまったし――というよりも、真弓先生の場合は最初から僕は眼中に無かったのだ。お母さんのファンだったというだけで。これが、工君の言う、二兎追う者は一兎も得ずってことなのかな。やっぱり、僕はツイてない。
「さんとは、バイト代の代わりに甘味所巡りをしようってお話ししてたのに」
さんの就職先は二重就労は禁止らしく、お金を直接受け取るのは憚られると言っていたさんだったけれど、やはりせっかくのお休みをこんな形でふいにさせてしまうことには心苦しく思っていたのだ。だから、というかさんのお給金となる予算で、甘い物を食べにいく約束をしていたのだ。さんも甘いもの大好きみたいだったし。行きたいお店をピックアップしてたのにな。落ち込んでいたら、孝仁君は肩を叩く。「何、女の子なんて星の数程いるさ」「でも君たち、こんなお仕事だとあまり出逢いがないから切羽詰まってるんじゃなかったっけ」慰めの言葉を放った孝仁君も、携帯電話を弄りながらの工君の言葉に撃ち落とされた。僕も勿論例外ではない。
「でもさんが、工君の言うように本当に恭太郎君のことが好きだったとしたら、今回のはたしかにまずかったかもなあ」
「好意は絶対あるはずだよ。だって、そうでもなきゃこんなに忙しい神社のお正月にお手伝いに来ないでしょ。しかも、恭太郎くんのこと暗いって言ってた巫女さんたちに、『でもいい人ですよ』って言って回ってたし」
「あ、俺も聞いたよ。七緒から。『快活な方じゃないけど、相澤さんは相澤さんのままでいいんです』って恭太郎のくせに! って」
「えっ」
今さらそんな事実を知って、嬉しいやら悲しいやら。もう嫌われてしまっているのなら、そんな事実だって悲しいだけだ。
「だいたい、恭太郎君はさんのことどう思ってるんだ? 真弓先生の方が好きなのか」
「えっ」
「わー、恭太郎君、顔真っ赤! でも、恭太郎君が真弓先生のことが好きだっていうなら、さんに期待を持たせるのはかわいそうだよ」
ちらり、と携帯電話に目線を落とした工君は、何を思って言ってるんだろう。僕は、さんのこと、どう思ってるんだろう。さんのことを振り返って、思うのは、やはりあの日の涙で。でも、好きかと問われると、もうひとつ何かが足りないような気がするのだ。真弓先生のことも同じ。好いてもらえてるかも、という期待でドキドキはしたものの、個人に対する恋愛感情とは、すこし違う気がする。
そういうことを、ぼそぼそと漏らすと工君と孝仁君は顔を見合わせて、「ま、今はそういうことでいいかな」と工君は呟いた。どういうことだろう。疑問に思っているのを払拭するように、工君は僕に画面を見せる。
『あ、相澤さんにちゃんとメールアドレス届いてなかったんですね。申し訳ない。工さん、伝えておいてもらえますか? ああ、質問の方ですが、私、別に相澤さんのこと嫌ってないですよ。でも、ちょっと気持ちの整理がつくまでは会わないでおこうかなとは思ってます。また甘えちゃいそうだし。あ、でも、仕事が落ち着いたら、また一度奈良に遊びにいきますね』
「よかったね、恭太郎君。嫌われては無いみたいだよ」
「よかったな、恭太郎君」
工君と孝仁君が励ましてくれて、僕もようやくほっと一息が付けた感じだ。だけど、甘えてくれても良かったのにな。今、さんの近くには、彼女が甘えられる人はいるのだろうか。いたらいいんだけど。そう思って、でも、僕以外の誰かに甘えてるさんがいると考えたらちくり、とよくわからない痛みが走った。
「まあ、この分だと近いうちに会えるんじゃない?」
そうだね。と頷く。
よくわからない気持ちは、次に彼女に会うときまでに、整理しておこう。と、そう思ったけれど、結局曖昧なまま会うような気がしてならなかった。
恭太郎は社会人2年目(原作5巻軸)、ヒロインは社会人1年目。恭太郎君とお仲間たち。
お題は、nancy,i love you. さんよりお借りしました。
20140207 執筆