ベッドに背中を預けて二人並んでいた、私の隣にいた彼がうとうとし始めたのはこの映画が丁度半分を過ぎた辺りだった。最近、レポートやプレゼン続きで忙しそうだったし、無理せずに寝ても良いのよ。そう告げるつもりで彼の手の上にそっと手を重ねた。なのに、意味は伝わらなかったようで「ごめん」と言って透は、しょぼしょぼとした目を私とは反対側の左手で擦った。「ベッドに行く?」なんて誘ったら、顔を真っ赤っかにして怒るからかわいらしい。私はもうとっくに彼に身体を許す覚悟は出来ているし、この家にお邪魔する時は、いつだって上下セットの下着を着ている――なんてことを透は知らなくていい。一度一線を越えてしまえば、なし崩しにこういったホットミルクのような甘さの時間はうしなわれてしまうのだろうし、そう急ぐことでもないと思うのだから。なんてことを考えている間に、一度覚醒したように見えた彼がまたうとうとし始めた。
この映画、あと三十分以上は残っているよなあ、なんて時計をちらりと見て思う。そのまま寝てしまっていいのに。今度は余計な行動はとらない。五分もしないうちに彼は、かくん、かくんと船を漕ぎ出した。徐々に頭がこちらに寄ってきて、そして私の肩にもたれ掛かる。これが電車の中で知らない中年男性にやられた朝にはその日一日中ブルーだし、帰りだったら帰りだったで疲れてるからイライラするもんだけれど、可愛らしい年下の彼にされる分なら大歓迎である。こてん、と私も甘えるように頭を寄せる。軽くぶつかり合って、その衝撃で透は少しうなる。起こしちゃったかしら。なんて、思ったけどそんな心配は無用だったみたい。ただし、少し身じろぎしたかと思いきやそのまま彼の頭は私の身体を滑るようにして落ちた。俗にいう、膝枕の姿勢だ。なんか、ちょっとだけ感動して彼の顔を眺めていた。
「かわいいなあ」
いつもはむっつりと寄っている眉がリラックスした状態でかわいらしい。お兄さんのものと良く似て見えるふわふわくるくるの髪の毛は、しかしお兄さんと違って真っ黒。ふわふわなのに少し重ための黒が彼を決して軽く見せないし、そのふわふわさが固いだけに見せない。群を抜いて美人というわけではないけれど、ある程度整ったいわゆる『雰囲気イケメン』な彼。強い眼光が閉じられた瞼に覆い隠されていたら、やっぱりかわいいとしか言いようがない。本人、年下であることを気にしてるみたいだから絶対に言わないけど。
ベストポジションで彼を観察していると、トントンとノックがなった。「透、、入るよ」幼馴染みであり透のお兄さんでもある工くんの声が、透の部屋のドアのところから聞こえてくる。「いいけど、お静かに」と私が返事をすると、ドアがかちゃりと開く。
「あれまあ」
「良く寝ているでしょう? 最近、疲れてたみたいだから」
「どの学校もレポートの季節だよね」
「うん、そう」
私が頷くと、工くんの方も遠い目をする。院生の彼は、ずっとずっとレポートやら論文やらに追われているのだろう。にしても。
「で。どうしたの、何か用事?」
「いや、特に意味はないんだけど。透がに手を出せなくて悶々としてる顔を見ようかなあって」
「最中だったらどうする気よ」
「透はそんなことしないって。真面目な子だからね」
本当にね。家族がいる家で、そんなことはしないだろう。普通の家庭ならまだしも、お父さんが牧師だしね。透は真面目だから、本当に籍を入れるまでは手を出してこないかもしれない。……少なくとも、工くんが入って来れるようなそんな状態で私に手を出したりは、きっとしない。
「と、いうか。真面目な子だってわかってるんなら、もうちょっと加減してあげなさいよ。いたずら」
「やだなあ。真面目な子だから、からかったら面白いんじゃない」
「からかったらっていうか、工くんは面白いことを求めてるだけだよね」
「あ、バレた?」
にこにこと、一見邪気のない笑顔を振りまいている工くんだけど、そのくせ面白いことを思い付いたら平気で私達を振り回すのだ。工くんが高校へ入学して以来、被害者は専ら私から友人さんたちに変わったんだけど。でも、巻き込まれるのには、残念ながら慣れてしまってる。「あーあ、つまんないな。透が寝てるんじゃあ」勝手に透のベッドに侵入して、ごろごろと転がっている工くんから、そんなつぶやきが聞こえて私は思わずため息をついた。だから誤解が解けた今となっても、透が工くんを避けようとするんだというのに。こんな兄を持って難儀なことよのぅ。なんて思いながら、透の髪の毛に手を通した。ふと流しっぱなしの画面を見れば、エンドロールが流れていた。それを尻目に、手櫛でそのふわふわとした、線の細い髪の毛を何度か梳いてやる。工くんが入ってきたときから寄っていた眉が、どことなく緩む。眠っているはずの透が、それでも力を抜いたのをなんとなくだけれど、確かに感じた。
透くんが喋らない小話。
お題は、as far as I know さんよりお借りしました。
20140202 執筆