うららかな日差しがマリンフォードに降り注いでいる。
海兵の島とはいえ、全員が全員海兵だという訳ではなく、ここに住んでいる本部の軍人のための店やらなんやらが、たくさんある。
そこの人間と、まあ……俗な言い方をすると『出来ちゃって』いる人間もたくさんいる訳で、こうした任務の無い日にはそこら中でいちゃいちゃいちゃいちゃと……いや、別に妬んでいる訳じゃないわよ?
そんな中、私は数少ない私物を全部まとめてトランクに入れた後、ぽつん……と、噴水に腰掛ける私。

(はあ……どうしよう)

予想はつくかもしれないが、言ってしまうと借りていたマンションの一室を追い出されたのだ。なんというか改装する、らしい。
部屋に執着が無く、最近はほとんど帰っていなかったとはいえ、しかも任務でほとんどマリンフォードにいることがないとはいえ、「はい、そうですか」と家を失うわけにはいかない。
結構渋ったのだけれど、もう決定事項らしく業者とも相談しているので何とも出来ないと言われてしまえば、そこで契約破棄しろ! だなんて、私には言えない。……その業者さんが世界政府御用達、というか上層部と癒着していると噂のところだったし、厄介な事になっても困るって言うのが本音だけど。
もともと私物はあんまり持っていなかったし、布団やらなんやらもその部屋に備え付けられていたものだったから、冗談じゃなくトランク一つで収まったしまった。

「ねえ、そこのお嬢ちゃん。家出でもしたの? それとも、彼氏と喧嘩?」

海軍にもタチの悪い奴というのは存在して、稀にいる一般人の家出少女へ売春行為を持ちかける例があるということを知っていたし、スモーカーからも聞いていた。
だから、この台詞は驚くべき事じゃない。けれど私は今、猛烈に感動していた。

「お嬢ちゃんって私の事を言っているのかしら?」

今は別に如何にも大人っぽい格好じゃないとはいえ、私はもう三十前。お嬢さんとは、どうやっても呼べないような年齢である。
そんな私にも、リップサービスなのか、うつむいていて顔があんまり見えなかったからか、『お嬢さん』と呼んだ彼は私の反応にぎょっとして固まった。どうやら、後者なようだ。

「げ……白猟の、」
「私は、別にスモーカーの持ち物じゃないわよ」

つん、として言えば、彼はビビったように慌てて逃げ出した。
たしかに賢い選択と言えばそうだが、なんとも腰抜けだ。ああいう奴に限って、本当にね。だいたい、私の方が階級が上じゃないの。
だいたい、『白猟の、』って失礼ね。なんで、私の顔を見てスモーカーを思い出すのよ。と言ったところで、思い浮かぶ。

「そうだわ! スモーカーのところに押し掛けちゃえばいいのよ」

いっつも任務で一緒だし、もう半分くらい同棲しているようなものじゃない……って、それを言えばたしぎさんやら他の人ともなんだけれど。
駄目元でとりあえず行ってみよう。なんだかんだ言って、懐に入っている人間に甘い彼の事だ。押して押して押しまくれば、受け入れてくれるだろう。
断られたなら、そのときはしばらくホテルを借りるか、たしぎさんの所へ押し掛けるか。それか、ヘルメッポのところへ行っても良い。あいつなら、ネタもいくつか握っているし、どうあっても『間違い』は起きないだろうし。いざとなれば、権力振りかざすことも可能だ。
なんてことを考えながら、慣れた足取りで彼の家への道のりを歩む。










「という訳で、しばらく泊めて」
「帰れ」

あれま。予想と違う。相変わらず上半身裸で二本ほど葉巻を銜えており、呆れた顔をしてバタンと扉を閉じた。
スモーカーの自宅は一軒家で、そこは海軍の将校達がたくさん住んでいる住宅街だ。
話もまともに聞かないで、扉を閉じたスモーカーにちょっとだけ、むかっときた私は復讐と言わんばかりに「酷い! 私のことは遊びだったのね!」と叫んだ。
ぎょっとしたように再び扉を開けたスモーカーは、「わかったから入れ」と招き入れてくれた。
こうなればこっちのものだ。勝手知ったる他人の家。

「だいたい、『という訳で』の意味がわからねぇ」
「私の住んでいる部屋、改装するらしくて追い出されたのよ」

さらり、とそう言って、「だから泊めて」ともう一度交渉する。
スモーカーは深くため息をついて、私を見た。

。お前、意味分かって言ってるのか?」
「……え?」
「お前がここに住むのは構わないが、俺はここに他の誰かに惚れてる女は住まわせたくねぇ。もし俺を都合の良い男だと思ってるなら、とっとと帰れ」

……ふと、あることを思った。私は、なんでスモーカーを選んだのだろう。
先ほど考えたヘルメッポみたく、間違いが起こらないなんて全く思っていない。むしろ、『間違いが起こる』以外に有り得ないチョイスなのに、もしもスモーカーの家に身を置いたなら、コビーくんとどうにかなることなんて絶望的なのに。

(たぶん、私はもう……)

ふと、答えが出てきそうになって、なぜだか怖くなった。
今までの自分を全否定するようで怖かったのかもしれない。
私の表情が強張ったのを勘違いしたのか、スモーカーはそっと私の頭を撫でた。

「悪い……そんな顔をさせるつもりは無かった。、俺はただ、」
「違うの。スモーカー」

そっとスモーカーの顔を見上げると、不思議そうな顔をしていた。
笑いたかったけど、たぶん上手く行かなかったと思う。
その証拠に、スモーカーはひとつも怒らなかった。ただただ、無理矢理優しい表情を作っていた。

「ごめんね、スモーカー。私、あなたに甘えてた。その報いかな。私はもう、自分の気持ちが分からない……コビーくんを好きだとも、もう思えないのかもしれない」

支離滅裂で、何を言っているのか自分でもわからなかった。
だけど、言わずにはいられなかった。
いずれにしても、こんな中途半端な気持ちでこんな私を好いてくれている人を利用しようだなんて、最低だった。スモーカーが気付かせてくれて、よかった……。仮眠所の空き室かホテルでも探して、しばらくそこで寝泊まりしよう。それで、適当な住居を探そう。いざとなれば、軍支給の社宅でも構わない。
よろよろと立ち上がって、スモーカーの家を出ようとする。すると、抵抗がある。手首を掴まれていた。

「……まずお前は、そんなことを言われれば男が期待するってことを学ぶべきだ」
「え……?」

気がつけば抱き寄せられていて、私は戸惑った。
強引なのに、それでいて優しい彼に触れれば、離れられなくなりそうだ。
いつのまにか私の心の中に侵入して、気付かないうちに柔く緩く蹂躙しているんだから。ずるいひと。

「そりゃあ、俺にも見込みはあるってことだろう?」

見込みがあるどころか、傾いているのにね。
だけど、そんなの悔しいじゃない。だからまだ告げてあげない。

「それは、あなたのこれから次第じゃないかしら?」

これで私の気持ちも薄らとでも、察したのかしら。
フンッと笑った彼は少し満足そうで、どうやらここに住む事を許してくれたようだ。スモーカーと同居することが妙に嬉しく思うなんて、私も随分と彼に堕ちたものだ。
目を閉じたら、いつも瞼の裏に浮かんでいたコビーくんは、今はもう出てこなくて、代わりに浮かぶのは――――




椿

泥沼に嵌る花弁

 
(深みに沈めば、もう浮かべやしない)




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