コビーというのは、私と同じガープ中将の部下である青年の名前だ。
ピンク色の髪が可愛らしい、注目株だったりする。
今はまだ私よりも階級は下だけど(なにしろ彼は雑用だ)、すぐに追いつかれてしまうだろう。
それくらい成長速度が早い。まさに高度経済成長期だ。や、経済は全然関係ないけど。
そのスピードの裏にはコビーとその相方ヘルメット……じゃなくてヘルメッポの夜な夜な行われる訓練があったりする。昼間もずっと訓練してるのに、夜もずっとだ。
ちゃんと寝てるのだろうかと不安になるくらいの雑用達の頑張りに触発されてか、今や兵士全体の士気も高揚している。
どこかの支部で彼らを拾ってガープ中将も、そりゃあもう大層喜んでいた。
元々お気に入りだったのに増して気に入られていることを妬んでいる人間も少々いるけど、それを表に出すほど馬鹿な人間は中将の部下にはいない。人望が成せる技だと私は密かに感心している。


そんなことを考えながら、報告書を提出してガープ中将の部屋て繋がる廊下の自室へ戻る道を歩いていると、当の本人の声が聞こえた。

さん!」
「コビーくん、どうしたの?」

ニコニコとした笑顔を浮かべ、こちらに駆け寄ってくる様はさながら犬のようだ。
尻尾を千切れんばかりに振っている幻覚が見える。
奇遇だなあ。まさか、ご本人がやってくるなんて。

さんが歩いているのが見えたので。さんこそどうしたんですか?」
「中将に報告に、ね」

ここで告白すると、私はコビーくんが好きだ。
しかし、私は彼の一番になれないことを知っているのだ。
別に彼に恋人がいるという意味ではない。むしろ、それならどんなによかっただろうか。
よりにもよって、彼が恋焦がれるように追いかけているのは海賊なのだ。海賊!
私は特別、海賊に恨みも憎しみもなかったけれど、コビーくんの笑顔(普段のではない、信頼と尊敬と友好と安心が入り交じった特別なものだ)を引き出せるのはあの海賊だけなんだて思うとはらわたが煮えくり返る。
同時にツキンと走る鈍い痛み。コビーくんは気付いていないのだろう。実は案外鋭いヘルメッポは知ってるかもしれないけど。
このままでいい。気付かないで。
私は心 中を悟られないように、人好きのする微笑みを浮かべる。海軍で働き始めて幾年か。表情を作るのが特技となってしまった。

「ね、それよりさ。コビーくん、麦わらに会ったそうじゃないの!」
「あ。そうなんですよ! ルフィさんってば、別れたときよりずっと強くなってて……格好良かったなあ」

痛みが侵蝕する。コビーくんはまるで気付いていない。
楽しそうに麦わらの話をする彼。
もっと。もっと、私に奴を憎ませて。嫉妬の感情で鬼に般若になれるように。

「そう。良かったね」
さんも会ったらきっと思いますって!」
「そうかなあ?」

絶対ないと思うけどね。
なんて思ってることなんて知りもしないコビーくんは、この海軍では稀なほどスレていない笑みを浮かべてうなずいた。

「じゃあ、そうならないように自制しとくよ。私、来週からスモーカー准将の管轄へ異動だからさ。うっかり惚れちゃったりしたら大変!」
「え……」

スモーカー准将が麦わらを追いかけているのは周知の事実だ。
そして、地位を得るため手柄を立てることを一番にしているのも。

「あ。いや、そうなんですか……気をつけてくださいね。こういうと失礼に当たるのかもしれませんが、さんが傷付くのは嫌ですから」

思いの他、心配されたようでドキッとする。
思い上がりもいいとこだ。彼は誰にでも優しいのに。
優しさは、時には鋭利な刃のように残酷なものになる。

「大丈夫だよ。ここしばらく実践から離れてたからコビーくんは知らないかもだけど私、元々はデスクワークより実戦派だし。スモーカー准将とは今でこそこんなに離れてるけど入隊は同じ、同期なんだよね。信頼してるし、私も鍛えたらなんとかなるでしょ」
「そう…ですか。それでも、寂しくなりますね」

寂しく思われるなら本望。
それは、私がコビーくんに与える影響が少しでもあったということだから。
社交辞令じゃなくて、本当にシュンとなっていてそれがうれしい。

「ま、麦わらに会ったらよろしく、じゃなくて『覚悟しとけ』って伝えといてね」
「嫌ですよ。ルフィさんとは僕が対決するんですから。さんこそ、スモーカー准将に伝えておいてくださいよ」
「あはは。自分で伝えなさい」

そう。それで、その帰りでも私に会いにきて。それが本音。
口に出さずに、心に秘めて私は笑う。
でも、話していれば話しているほど、コビーくんの眼中に私はいないのだと思うと、これ以上この場にいるのが耐えられなくなって、「仕事があるんだった」と告げて私はその場を去った。

さん! こちらに帰ってくるときは、連絡くださいね!」

コビーくんの追撃が私の背中に直に当たって、私は呻きたくなった。

(帰る場所は、もうここじゃないんだよ)

私が思っていることを知っているのだろうか。多分知らないのだろう。
きみが私の帰る場所に成ってくれるのなら、それは私の望むところなのに。
苦しくなって、涙が瞳にたまったのを感じたけれど、それは軍服の裾で脱ぐって反対の腕をひらり、と上げる。

「(……じゃあね、コビーくん)」

こんな気持ちなんて、消えてしまえばいいんだ。
ゆっくりと目を閉じて、まぶたの裏側に浮かぶ彼の笑顔を削除する。



次に目を開ければ、思い浮かぶのはかつて同期だった、強面の彼。

「スモーカー准将に、怒鳴られないといいなァ」




椿

首がもげる椿のように、

 
(この気持ちも消えてしまえばいいのに)




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