少しの、いいや多大な私情と共に移転希望をガープ中将に出した私は、同期で、だが私よりもかなりの出世をしたスモーカー准将の下につくことになった。
とはいえども、私達の同期で私くらいの位に居座っているのは私くらいのものだし、だいたいは彼と同じかもっと上、その他はもう海賊との乱闘で殉職してしまったか止めたかどっちがだ。
「おい、」
「なんですか、スモーカー准将」
廊下で声をかけられて、私がそう呼ぶと彼は眉を寄せる。
口にくわえた葉巻を指に挟んで口から話すと、大きくため息をついた。
瞬間、白煙がぶわりと周囲に蔓延し、独特の匂いが鼻孔をくすぐる。人によるだろうけれど、私は彼の葉巻の匂いが嫌いではなかった。
「その准将って言うのを止めろ。昔通り呼べば良い」
それは上司命令ですか、と聞くと偉そうに頷くので、私も小さくため息をこぼした。
なんたってこの人はいつもこんなに偉そうなんだろう。ああ、昔はともかく今は実際に偉いんだっけ。
「スモーカーくん、なんですか」
「“くん”はいらねぇ。お前、今夜開いてるか?」
「はいはい。あー、今夜? 何にも無いよ。知ってるでしょ、独り身なの」
彼に“くん”を付けて呼んだのは、軍学校のときにヒナの真似をした一回きりだ。ヒナに言われても顔をしかめるだけだった彼は、私がそう呼ぶ大声を出して怒鳴ったのだ。
あのときは驚いた。おまけに、大声を出して迷惑だと、教官にも叱られた覚えがある。
それはそうとして、夜の話題?
この間、酒に呑まれてコビーという少年のことを愚痴った覚えがあるから、約束なんて出来るはずも無いって知っているはずだ。
酔ったときのことを忘れられればいいのに、私はあいにく全て記憶に残っているタイプの人間なのだ。
あの場でしゃべったことの数々を思い出すと、羞恥で顔が赤らみそうだ。
なんてことを無節操に口にしてしまったんだ。
まあ、その場にいたのがスモーカーだけでよかったと思う。
彼は口が堅いし、人の嫌がることをわざわざする人間ではない。
「じゃあ、前と同じ酒場の同じ席でどうだ?」
「了解です、准将」
ふざけて敬礼をしながらそう言うと、スモーカーは再び盛大に顔をしかめて私の頭を殴った。
こういう時は煙にならないんだから、嫌になっちゃう。自然系《ロギア》ってこれだから反則だ。
目で抗議をすると、鼻で笑われた。
しかし最近、スモーカーはよく眠れていないようだし、なんだか心配事でもあるのだろうか顔色も悪い。
私が付き合うくらいでどうにかなるとは思っていないけれど、お酒の力を借りてすこしでも気を紛らわせられたらいいと思った。
その日の仕事が終わり、珍しく残業も無く定時に上がることが出来た。
私はスモーカーの下で働いているとはいえど、直接彼から仕事をもらうという訳ではないので(だいたいは私と同じ階級の人が貰ってきてくれるし、秘書みたいな役割はたしぎさんが兼任している)彼の仕事状況はわからない。
それでも、准将ともなれば私ごときよりもきっと多いだろうし、酒場へも私が先につくと思っていた。
だがしかし、蓋を開けてみると一転。スモーカーはもう既に来ていてカウンター席に腰掛けているものだから、私はびっくりしてしまった。
顔なじみとなってしまったマスターに会釈をして挨拶をすると、一直線へスモーカーのもとへと向かう。
「お待たせ。早かったのね」
「大きな締め切りは昨日だ。今日はそれほど忙しくなかった」
言われればそうだ。今日からまた違う種類の書類が回ってきていた気がする。
ということは、スモーカーが気を揉む原因は仕事のことだったのだろうか。
彼はそんなに器用じゃないから、テーブルワークは苦手なんだろう。
「お前はどうした?」
「これでも定時に上がってきたのよ。女の支度には時間が掛かるの」
「違いない。……だが、俺ごときの為に時間をかけてくれるとは光栄なこった」
唇をつり上げて面白そうに言うものだから、私はむっとしてしまった。
マスターを呼びつけて、スモーカーと同じ酒を頼む。
手渡されたそれを、一気に飲み干した。
「おかわり」
あきれた視線を送ってくる隣の男に顔を向ける。
あー……無駄にフェロモンがでてるんだよなあ、この人。
わりと上半身は半裸だし、それでもやらしさは感じない。でも、有り余っているほどの色香は消えない。
思わず手が伸びて首筋をなでる。
「……なにすんだ」
むすっとして抗議をしているところは、なんだか可愛いと思う。
彼のことを何も知らなくて、私が普通の女だったらここは怖がってしまうところだろう。
スモーカーが凄むのは、迫力があるから。
「今日、ピンクのガキが来たぞ」
「ああ、コビーくん? 私には会いにきてくれないなんて、薄情な子ね」
悲しくなったが、それも仕方が無いことだろう。
今となっては、私と彼は無関係だ。
気持ちを隠してお酒を口に運んでたら、スモーカーは言いづらそうに口を開く。
「お前は、あのガキのことをまだ好いているのか?」
「ご想像にお任せします。それに、むやみやたらと女性にそんな話を振るのはセクハラですよ、准将」
わざと階級を主張すると、スモーカーは「前はお前が振ってきたんだがな」といけしゃあしゃあと言う。
なんて憎たらしい。
「仕事の話だ」
「無粋ね」
前置きをしたスモーカーに、私はため息を吐きながら返す。
それにあまり気はしていないようで、というよりも至極真剣な顔をしていて私は戸惑った。
その一方でどこか納得してしまう。だから、そんなにお酒が進んでいなかったのね、と。
「色の任務がお前に持ちかけられている」
「ふぅん。それで?」
「俺は反対だ」
(言うと思った……)
色の任務とは、いわゆる色仕掛けで敵に迫って情報を得たり、捕らえる足掛けになったりする任務だ。
スモーカーは反対するはずだ。なんでかって、スモーカーは所詮私のことなんて女としてみていないと思ってるし。
お前じゃ男は靡かないと言われているようで、傷ついた。きっと、コビーくんのこともあるからだろう。
そろそろ全て昇華されたと思ったけれど、まだのようだ。
早く終わって、次の恋を見つけられたら良いのに。
「言っとくけどね、私は結構得意よ。スモーカーが私を抱けないからって、他の男がみんなそうだとは思わないで」
「そうは言ってないだろうが」
「じゃあ、あなた。私を抱けるの?」
くすり、と笑いながら言うと、スモーカーは大きくため息をついた。
もしかして遊びすぎただろうか。なんだか、心底あきれられている気がする。
撤回をしようと口を開くが、声を出すのはスモーカーの方が早かった。
「当たり前だろうが」
「へ? うそ」
「好きな女に勃たない男がどこにいる?」
(ちょっと待って! いま、こいつなんと言った?)
そろそろ思考回路をショートさせてもいいだろうか。
どさくさにまぎれて、なんかとんでもないことを聞いた気がする。
そっとスモーカーの表情を窺うと、それでも顔色一つ変えない平静さが見えて今のは聞き間違いかと安心をしそうになる。
もういちど、そっと顔をうつむけて冷静さを取り戻そうとする。
「聞き間違いでも、夢でもない。現実だ。どんなつもりでお前をこの隊《うち》に呼んだと思ってるんだ」
「あ、そう……」
私の思考を読み取ったのではないかというないすタイミングで追い討ちをかける。
別に男に告白されるのは初めてではないはずなのに。
顔が火照る。
なんで、こんな処女みたいな反応をしてるんだ、私。
「なんなら、夜明けにコーヒーでも淹れてやってもいいが」
「スモーカーにしては洒落てるね。あなた自身が淹れてくれるのなら、考えてあげてもいいわ」
頬が赤らんでいるのを見て取ったのだろう、からかうように告げられたその言葉にはじかれるようにして私は顔を上げた。
売り言葉に買い言葉、私が告げた瞬間、既に後悔をしているとスモーカーは面白そうに笑った。
「いくらでも淹れてやるよ」
それでも、私はこの人に堕ちるのかもしれない。
どっちでもいい。最終的に気持ちがどう転ぼうとも、私自身ではなんとも出来ないのだ。
多少感じるコビーくんへの罪悪感だが、本来そんな関係でもない彼にそんなものを抱いてもコビーくんの方が迷惑だろう。
言い訳だけ探して、私はこれからの行為を正当化した。