海賊の討伐からマリンフォードに帰ってきた。
久しぶりの大地に、足下がおぼつかない。なんせ、船の上はゆらゆらと揺れているのだから。
ふらり、と足を踏み外しそうになったところを、背後からやってきたスモーカーが支えてくれた。
「大丈夫か?」
「ええ。ありがとう」
引っ付いているせいで、お礼を言いながら見上げたら思いのほか顔が近かった。少々動揺したが、表情には出さない。
それでも、彼にはお見通しなんだろう。既にふらついてはいないのに、まるでエスコートをするように腰元へ手を置いた。
口元をつり上げて笑みを作ったスモーカー。……こいつ、いつか絶対セクハラで訴えられるぞ。
硬派で格好良いと評判で、セクハラなんてイメージがないスモーカーがセクハラで訴えられたら、私はしばらく笑ってやる。こう思ってる時点で私自身が訴えるなんて発想は無かった事に気付いて、おかしくなった。
(……少なからずスモーカーに好意を抱いているからかしら)
スモーカーに触れられるのは、別に嫌じゃないんだもの。
それに、身体の関係を持っているにも関わらずセクハラと主張するなんて、訴えた方が恥さらしだ。
別に、今は任務中じゃないし。
「さん」
「なあに、たしぎさん?」
後ろから慌てて走りよってきた、たしぎ少尉に振り返り様に微笑む。
しかし、転けなかったなんてたしぎさんにしては珍しい。
ちらりとスモーカーを見て言いにくそうにしたので、私はくすっと笑った。
「スモーカーがいては言いにくいことみたいじゃない。席を外すくらいの気配りは無いの?」
「残念だな。あいにく、気が利かないんだ」
顔をしかめた後、私がいつも言っている言葉で返してきた。
嫌みのつもりだろうか。それなら、なかなかのセンスだと思う。
「いつもの店で待っててよ。ちゃんと行くから。一回家に帰って、シャワー浴びてから着替えたいし」
今、着ているのは支給された軍服。その胸元を引っ張って、説明したら心得たように頷いた。
そして、背を向けてひらひらと手を振りながら歩き出す。
「ああしてると格好良いよね、准将」
「え……あ、はい。そうですね」
たしぎさんは、複雑そうに微笑んだ。
今すぐ、少なくともこの港にいる間には彼女は話を切り出さないだろう。
そう思って、歩き出しながら隣にいるたしぎさんを見た。何も言わずに動いたから、慌てて駆けてくる。
「言い出しにくい話なんでしょ? うちにおいで。たしぎさん」
複雑そうな表情のまま、神妙に頷く。
どんな話だと思いながら、それはおくびにも出さないで笑みを作った。
「散らかっててごめんねー。しばらく家に帰ってなくて……」
「い、いえ。突然、押し掛けてしまってすみません」
部屋の中。座布団を渡して適当な場所に座ってもらう。
私はこの間ガープ中将に頂いた蕎麦茶とやらを入れてから、ちゃぶ台に置いた。
たしぎさんに勧めると「ありがとうございます」とお礼を頂いた。
別に気にしなくてもいいのに。口に合うかどうか分からないし。
「それで、何のお話?」
「あ、あの、ガープ中将からさんに伝言を預かってるんです」
カサカサと胸ポケットから取り出したメモへ目を通すたしぎさんをよそに、私は不思議に思った。
スモーカーを通さずに、伝言だなんて。
私的な事なら、別に直接電伝虫に掛けてくれれば良いのに。
それに、今更だけれど、たしぎさんはなんで私に対して敬語を使うのだろうか。確かに入隊は私の方がずいぶんと先だけれど、今現在の地位は完全にたしぎさんの方が上なのに。
「スモーカーさんを通したら、どうせそこで握りつぶされるだろうってことで、私に回ってきたんです」
そう前置きをして、神妙に話し始める。
「さん。ガープ隊に戻るつもりはありませんか?」
「……それは、私がここにいたら邪魔だということ?」
「そんなことはありません! ただ、さんはこちらよりガープ中将の元の方が良いんじゃないですか?」
思わず黙り込んでしまう。
たしかに、隊としてはガープ中将の下の方が居心地は良かった。
まだここでは馴染めていないし、私とスモーカーの関係からどうしても目が痛い。
だけど、私が決めてここにきたんだから悔いは無い。今更戻るつもりも、無い。
「子電伝虫を預かってるんです。私はここで失礼しますが、結果を決めたときには私にお伝えください」
お茶、美味しかったです。ありがとう。と笑ったたしぎさんはすごくかわいらしかった。
何も言えないでいると、たしぎさんははっきりと口に出した。
「私はさんのこと、大好きです。だから私情を挟むなら、戻ってほしくないです」
お邪魔しました。と部屋を出て行った彼女を、私は言葉を失ったまま呆然と見送った。
「……驚いた。あんな率直に好意を告げられたのは初めてだわ…」
それが恋情では無いにしても、嬉しいのは事実だ。むしろ、恋や愛なんかよりも嬉しいかもしれない。後々、そうやって告げるとたしぎさんは苦笑しながら『そんなことを言うと、スモーカーさんやコビーくんに怒られちゃいます』と微笑んでいた。
隊服のまま子電伝虫でガープ中将へ掛ける。直接中将が出るとは思っていなかったが、海軍剣士と名高いボガートさんがでると思っていたから、ヘルメッポが出たときには驚いた。
「あれ、ヘルメッポ。いつの間に昇格したの?」
「バーカ。、おまえ。中将は席を外してんだよ。で、俺が番をしてたってわけだ。ひぇっひぇっひぇ」
「切るよ」
私が受話器を顔から離すと、大きな声で「ちょ、お前待てよ!」と叫ばれたので、仕方がなく戻す。
大きくため息をついたから、電話先のヘルメッポにも届いただろう。
「何? 私はそっちの隊へ戻るつもりは無いよ」
「わかってら。コビーから逃げてるんだろ? それとも、そっちの准将さんに靡いたのか?」
とがめている口調に、どうしようもなく苛立った。
私とスモーカーのことは噂になっているにしても、ヘルメッポに何かを言われる筋合いは無い。私がガープ隊にいるときに、何の協力もしなかったどころか知らない振りをしていたのだから、今だってそのままにしとくのがスジってもんでしょう?
別に協力をしてくれなかったことに怒っている訳じゃない。ただ、なんで今更何かを言われなきゃならない?
「俺は、お前よりもコビーに近い。だからお前じゃなくてコビーの力になるって決めているんだ」
「そう……。で?」
「ああ。今からコビーに変わるな」
「は? ちょっと待ちなさ」
私が抗議を言い終わる前に、向こうで人が動いた気配がした。
と、同時に懐かしい声。
「えっと、あー……さんですか?」
「コビーくん?」
「あ、はい! ガープ中将に無理を言って、」「あ、馬鹿コビー!」
通話先はまあ、予告通りコビーくん。
でも、どうやら彼が零した所によると、ガープ中将に無理を言って私との通話の機会を得たらしい。
「え、で、でも、たしぎ少尉に伺ってないんですか?」
「何を?」
「スモーカー准将を挟まなかった理由。たしぎ少尉も消極的みたいでしたし、てっきり」
そして、言い出しにくそうにしていたワケがなんとなくわかった。
私を追い出すみたいな形にしたくはなかったし、尊敬する上司であるスモーカーを抜かして自分が勝手に動いているなんてバレたくなかったんだ。まあ、相手は(名目上だけだとしても)中将なんだから、地位の問題的にも従わざるを得なかったのだろうけど。
「それで、コビーくんは私に何のお話が?」
「その前に聞きたいんですけど、さんはスモーカー准将とお付き合いなされているのですか?」
真剣な声色で、どきりとした。
だって、仮にも相手はずっと片思いをしていた人。今は他の男に引きつけられているとはいえ、やっぱり気持ちが綺麗さっぱりなくなってはいない。
きっと私の噂を聞いて気になっただけだろうけど。相変わらず、気持ちを揺すぶるのが上手い子だ。
どう答えようか、迷って私は否と返事をする。
「違うよ? 私とスモーカーは、まあ……仕事終わりにお酒を飲んだりする、いわゆるイイ関係ってところかな?」
身も蓋もない言い方をしてしまうと、いわゆるセフレだけど。
コビーくんにとって、私はナチュラルで素敵な先輩だったと思うから(だってそう思われるように情報操作やら態度やら、頑張って作ったもの)、そんなワードは口に出さない。
私はセクシー系には程遠いって自覚しているし。
「そうなんですか……あ、あの、さん。やっぱり、こちらに『帰って』きてはくれませんか?」
至極真剣な口調のままコビーくんは聞いてくる。続けて、『僕にはさんが必要なんです』とも。
(ほんと……揺さぶるのが上手い子だ)
なんとも言えなくなって、否定もできなくて、肯定もできなくて、「考えさせて」という曖昧な返事を突き返す。
子電伝虫の受話器を置いた後、混乱した頭を鎮めるために浴室へよたよたと向かい、冷水を浴びた。
全ての熱を持っていかれた気はしたが、混乱は治まらない。
だって、きっと、コビーくんが私に求めているのは良い先輩だろうし、私がスモーカーに惹かれていることだって間違いない。
「早く、行かなきゃ……」
スモーカーがいつもの店いつもの場所で私を待っている事を思い出し、浴室から出て、私服を着込む。
こんな気持ちを抱えたまま彼に会うことを思うと、気分は憂鬱であった。