「--というのが、あの事件の真相よ」
満足頂けて? と首を傾ければ、目の前の顔だけ男は大袈裟に礼をし、とても参考になったと身振り手振りでこちらへ伝えてくる。冒険作家だなんて言いながら、彼の服は質の良いブランド物のシャツにスラックス、それに少なくとも趣味の悪いライラック色のローブはシルクで織られている。とても冒険するための服装とは思えない。
彼の自伝の内容なんて、本当にあったことだと信じてる人間はどのくらいいるのかしら。ここに来たのも本を書くための取材だと言い、だがそれでもこんな辺境まで話を聞きに来るんだから、並大抵の決意では無いのだろうということは認めてあげるべきかしらん。
私がこの地で魔法生物を抑え被害を最小限に止めるようになってから、早数年。彼がここに来たのは、マグルの間では伝説とはまではいかなくても、この国特有の七不思議の一つとでも捉えられている噂話を何処からか聞きつけたからだ。魔法省がいくら隠したってやはり漏れ出るものはあるもので、大陸ほどの広い面積を持たないブリテン島では不思議な被害の密度が高く、マグルの間で世界でも有数の「妖精の国」と認識されているのを知らないのは当の魔法族だけなのか何だかおかしい。
狭い小屋の中、申し訳程度に用意してあった何もない客間の中心部、飾り気もない白く塗装されただけの丸いテーブルに肘をついて彼はこちらを見る。サファイアのような目の奥には私に何かを訴えかけるでもなく、彼の考えを読み取れない。別にそれは私を欺く為でもなく、恐らく本当に何も考えてないのだ。意味もなく視線を部屋中に巡らせて、興味を引くものが何もなかったのか彼は再びこちらを見る。
「あなたは不思議ですね。とても力があって美しい。その気になれば富も名声も思うがままなのに、こんな田舎の片隅で、しかもマグルの子ども向けの童話を書いて暮らしてるだなんて!」
「お褒めの言葉として受け取っとくわ、サー・ロックハート」
客人用と共に自分用にも用意した珈琲に口をつけて、彼の方を流し目で見る。端正な顔立ちの、それもとても白い色の肌にはニキビのひとつもなく、艶とともに健全な赤みがさしていてとても快活そうに見える。人からどう見られるのか意識をして整えられたブロンドの髪が顔に落ちてきたのを態とらしく掻き上げて、ロックハートは私を真似するように珈琲に手を伸ばす。ミルクと砂糖がたっぷり入れられたそれは、彼が意外と甘党なのかもしれないと示していて、こういうところも茶の間のレディやミセス達の心をくすぐるのだろう。彼がホワイトで飲むのは、そう考えると意外性はないのかもしれない。私はブラックの方が好きだけれど。何にせよ、女でも珈琲を嗜めるなんて、私は良い時代に生まれたわ。
私が彼に夢中にならないのが気に入らないのか、甘い声で私の名を呼ぶ。視線を珈琲から自分に引き寄せたところで、いやらしさのないとても綺麗な輝きを持つ青い瞳でこちらを見据え「それにしたって、助かりました。次の本もきっとご好評を頂けるでしょう」ばかばかしいほど爽やかな笑み、計算し尽くしていると容易に想像のつく角度で、白い歯がきらりと光る。うっとりと見つめそうになるのはもはや女の性(さが)なのか。仕方がない、美しさには罪はないのだから。
「えぇ、次の【貴方の自伝】も、それはもう大層な人気になるのでしょうね」
私の嫌味に流石に一瞬彼の笑みは引きつったが、すぐに持ち直す。
「気付いていながら取材を受けたので?」
「辺境には辺境のネットワークがあるのよね。貴方から連絡を頂いて、すぐに調べたわ」
貴方から取材を受けた人達が皆どういう状況に置かれているのか、知らないとでも思って? 私が表情を変えずに囁くように言うと、明らかに彼の顔色は変わった。もたもたと杖を取り出そうとする動作に、私は素早く無言のまま杖を振る。在学中は優秀だったと聞くのに、偏った考え方で随分と能力と才能の無駄遣いをしていること。無言詠唱で威力が落ちているにも関わらず、あっさりと杖は吹き飛ばされ、彼自身は椅子から落ちて床に転がっている。何もない部屋だからこそ動きを封じるのではなく、武装解除するに留めてやったのだ。格の差を感じ取れないこの男は、真に無能なのだろう。それとも、今まではこれで上手くいったのか。各地でそれぞれの功績を挙げた、英雄たちを相手取って。それはいくら能無し相手とはいえ油断し過ぎだろう。彼らには同情出来ない。
ならば何故、私が彼を受け入れて噂の真相を語ったのか。説明をするべく、居住まいを正すため座り直す。無様に転がり落ちている彼は、何が起きたのかあまり理解出来ていない様子で、ぽかんと間抜け面でこちらを見ている。
「貴方もお分かりの通り、私は富や名声やらには興味がなくてよ。それに貴方が私の記憶を奪い、抑止力を無くせばあの子は暴走するわ」
「何が言いたいんです?」
「察しが悪い方ね、サー・ロックハート。この地を救った手柄を差し上げるって言ってるのよ」
一から十まで言葉にしないと分からない、究極に空気の読めない男に苛立って思わず剣呑な目で彼を見てしまう。杖を持たない無防備な彼は、へらっと笑うことしか出来ないらしく、より一層軽薄に見えた。週間魔女のチャーミングスマイル賞を取るだけあって、それでも魅力的に見えるのが更に腹立たしい。
「それで何のメリットがあるので?」
「一つだけ条件があるの。貴方が、あの子を殺したことにして」
白い塗料で塗り潰された部屋の壁。そこに一つだけある窓から外を見る。彼もつられて視線を向ければ、ドラゴン程の大きな魔法生物が無邪気に飛び回ってるのが分かるだろう。
「あれはまさか」
「そのまさかよ。私があの子を力付くで抑え付けたのではないの。あの子が私に懐いてくれたのよ」
だから私の記憶を奪って貴方の功績として出版しても、その後の保証は何もないわよ。まあ、マーリン勲章勲三等の栄誉を賜るサー・ロックハートがそんなことするはずなかったわね。なんて白々しく言うと、彼はさっと目を逸らした。と思えばすぐにこちらを向いて、にこっと笑う。図々しい人だ。
「では望むのはお互い様ということで、貴女の願いは私が叶えましょう」
自分の立場を分かってないようだから少し痛め付けて思い知らせてやろうかと思ったけれど、究極に空気の読めない残念な男にそれを求めても、徒労に終わるだけな気がして「よろしくね」と弱々しく首肯するに留めた。彼がどれだけ法螺を吹こうと構わない。私とあの子が穏やかに暮らせるのなら、それで良い。
2018.03掲載。リハビリ3作目。