「爆豪くんはさ、何のために強くなりたいの?」
 中学を卒業するとき、気になっていながらもずっと遠巻きに見ていた彼に、思い切って尋ねたのはとても良く覚えている。
 せっかく彼が私を認識して何か返事をしてくれたのに、私はすっかりその答えを忘れてしまっていた。
 
 *
 
 突然だけど私は今、爆豪の家にいる。
 中学時代あんないじめまがいのことをやっていた爆豪は、有言実行とばかりにヒーローランキングを駆け上がっていき、若手ヒーローの三つ巴でナンバーワンヒーローを競い合っている。まあ、いくら肉体が衰えてきたとはいえエンデヴァーの老獪な判断力に、ヒヨッコどもが及ばないのは当然と言えよう。何にせよ、野心家なのは良いことだ。その内、本当に高額納税者ランキングにも名を連ねるだろう。いや、もう連ねてるのかもしれないけど、わざわざ調べるまでこいつに興味ない。いやーしかし、緑谷くんもね。凄いよね、尊敬する。
 まあ、そんなこんなで顔が売れてしまったがばかりに、外で会うのはあんまりよろしくないということになり、今年の反省会は爆豪の家で執り行うことになった。参加者は私と爆豪のふたりだけ。中学卒業の時からこの三月に昨年度の報告と、この先一年の抱負をだべりながら宣言する無駄な会だ。こんな二十代も後半に差し掛かりつつあるまで、十年間も続くとは私も爆豪と思ってなかったよね……。
 自分ん家にするかって申し出たのは爆豪の方。少し逡巡したけど、そろそろ私だって結婚も考えなきゃいけない歳だし、向こうもそうだろうし、いつまでこんな関係続けられるかわからない。だから了承したのだとコンビニで買ってきた大量の酒を広げながら私が告げた途端、奴は眉間にこれでもかというほど皺を寄せて私を見ていた。そのまま酒を飲み始めてもう1時間近く経つのにまだ緩まない。せっかく楽しみにしてたのに、何を怒っていることやら。
 そう思いながら奴の部屋を物珍しく眺めた。爆豪の家に来るのはこれが初めてだ。彼が高校卒業から働いて(ヒーロー活動をして)いて、私がまだ社外人数年目だってことを鑑みたとしても、この部屋は十分に豪華だった。今の部屋は一人暮らしには十分過ぎる広めの1K。食洗機もドラム式洗濯機も完備だ。部屋の広さの割に荷物は少なく、流石にそんなことはないはずだが、私の部屋よりも倍近く感じた。部屋の片隅にはセミダブルのベッドが置いてあって、サイズがまたやらしいなと勝手に思った(思ったのがバレたら爆破されるだろう)。セミダブルって、ゆったり寝たい大人一人用のサイズだから、爆豪ほど筋肉のついた体格の良い男の家にあっても全くおかしくないし、何よりそういうことする時は広い空間があればあるだけやりやすい。これがねー、ダブルだとまた女の影がちらついて良くないんだよな、
 まあ、またこの家も引っ越すとかってさっき言ってたけどな。リビングと寝室を分けたいらしい。生活空間と寝る場所が別なのは落ち着かないんだそうだ。
 それより、奴が怒ってる理由はなんなのか、いい加減教えて欲しくて飲み干したチューハイのアルミ缶を片手で潰してテーブルに置く。このテーブルもシンプルながらセンスが良くて、あーむかつく!「で、何がそんなに腹立たしいわけ?」私の問いに負けてたまるかと言わんばかりにテーブルの向こう岸でストロングゼロを一気飲みした爆豪は「男の家にノコノコついてきてんじゃねぇぞ、てめぇはビッチか」「爆豪が俺ん家来るかって言ったからじゃん。んー、それにビッチはちょっと否定できないかも」間髪入れずに、へらっと笑いながら返事をしたら、奴は唖然とした顔をした。
「いやいやいや、誤解されたらごめんって、引かないで。あんたには手を出さないからさ」
「……よく、男とそういうことしてんのか?」
「んー、好きな男とね。それが何人いたって、別に良くない?」
 私はみんな好きなんだよ、と言い訳のように慌てて言う。普段なら、別になんて思われたって構わないし、そもそも家に来るかって言われてもそういうことになってもいいかなって思う男の家にしか行かない「ていうか、男の家に足踏みいれたの私、初めてかも分からん」「は?」「だっていつもホテルだったし」「あ、そう」爆豪だって機嫌を損ねなきゃ大人しいし(その不機嫌ポイントが多いから問題なんだけど)、大勢でいる時と緑谷くんにさえ気を付ければ普通の友人関係でいられる。
 なのにこんな素っ気ない爆豪って初めてで妙な焦燥感に襲われる。爆豪は貞操観念が案外しっかりしてそうだったから、あえて自分からこういう話を振ったことはなかったけれど、私、自分がどんな人間でも爆豪なら受け入れてくれるっていうか、そこまで興味持たれてないと思ってた。こういう反応されるってどこかで予想していたのかもしれない。軽蔑されたかもしれないという悲しみと、興味を持たれているかもしれないと感動とが綯い交ぜになる。酒によって高揚した気持ちとともに、体をくねらせてると、ぼそぼそと何かを問う。少し顔を赤くしてるのがかわいらしく思えてなんだか意外だった。ヴィラン面してる癖に、女に関しては意外とウブなんだと知ったのに、からかう気も失せた。
「何のために、セックスするかって? そりゃあ、気持ちいいからでしょ」
 私ってば、ホラ、博愛主義者なのよ。と本当の博愛主義者が聞けば、ガンジーも助走をつけて殴ってきそうなことを平然と述べて、新しくほろよいを開ける。もうちょっと強いのでもいける気がしたけど、一旦クールダウンしようと思って。こうやって爆豪と話すのは年イチのスペシャル特番みたいなもので、早々にダウンしてしまうのはもったいないといつも思う。
「気持ち良ければ、誰でもいいのかよ」
「それは私、男性諸君にこそ聞きたいと思ってた。男の人の方が無差別じゃなくて?私は何度も言うけど、好きな人とじゃないと嫌だよ」
「てめぇは好きな人の範囲が広過ぎんだわ」
 空になったストロングゼロの缶を握り潰した爆豪は立ち上がってテーブルの向かい側、つまり私側にある冷蔵庫へ向かい、氷とサングリアを取り出して自分のグラスに注ぐ。おいおい、まだガッツリ飲む気か。これそれなりに量あるけど。
「明日一応オフらしいけど、大丈夫なの?」
「てめぇが俺の心配すんじゃねぇ」
 まあ、足取りも悪くなかったし、こいつ私と違って元々酒は弱くないし大丈夫なのだろう。とは思いつつも釘は刺しておく。「私、介抱はするよりされる側だし、なにより私、これでもキミと話すの楽しみにしてたんだから早々に潰れないでよ」「ハッ、上等だ」爆豪は先程までの定位置に戻るのが面倒だったらしくもうちょっとそっち寄れと私を押してくる。まあ、間違いなく酔ってるな、こいつも私も。なんて思いながらも、要求通りに少しズレて奴の座るスペースを作ってやった。
 カラン、紫色の液体の中で輝く氷は宝石のようで綺麗だし、グラスと当たって響く音は涼しげだ。季節的には春も手前、暖かい気候になりつつもまだまだ冷えるこの昨今だが、アルコールの回った身体は暑く、涼しげな音は心地よい。
「てめぇはよ、恋愛脳」
「出た、爆豪のセンスのないあだ名付け」
「茶化すんじゃねぇ」
 まるでチンピラが絡むように爆豪は私の肩に手を回す。この距離の詰め方、まさかお酒で理性飛んだ?と思って奴の顔を見たけれど、思ったよりも顔が近くて驚いてしまった。瞬間、反射的に身を引くも肩に置かれた手がそれを許さない。鍛え上げられた筋肉の前では、私の微々たる抵抗なんて、全く作用しない。見るたびに綺麗だなあと思うツンツンの薄い金髪は、風呂上がりで乾いておらず重力に負けて顔に掛かるほんの少ししか見えないのが、距離感のおかしさを物語っている。「ばくご、」更に距離を詰められて額と額がかつんとぶつかる。私にダメージを負わせる気なら、もっと勢いよく当てれば良いのに、体温を測られる子供のようで恥ずかしい。
「熱いな」
 同じことを思ったのが、そんなことを言った爆豪を殴ってやりたかったのに、私の体は動かない。「抵抗しないのか」私が快楽に弱く、抵抗なんて出来ないことを分かっていながら、愉悦混じりに言う爆豪に男を感じた。そして、今まで、この十年間全くそれを見せなかった彼を尊敬する。
「おい、恋愛脳。俺はてめぇを抱くには失格か」
「分かってる癖に。ずっと私が味見したがってたって」
 我慢してたのにさ、なんてとぼけて言う。私は情欲の色を瞳から隠したつもりはなかったし、中学時代から洞察力の優れていたこの男のことだから、知っていたはずだ。なのに手を出さなかったのは酒の席の話だから。見た目よりもずっと真摯で真面目な男は据え膳に手を出さずに、私のことを考えてくれてたってわけ。
「私、爆豪のこと好きだよ。でも、爆豪ってその他大勢になるの嫌がるじゃん」
 たくさんの恋人のうちの一人にはなりたくないんじゃないの?と分かりきったことを、この貞操観念しっかりしてそうな男に言えば、分かってんじゃねぇのと肩に回していない方の手で首を掴まれる。ちなみに額はまだごっつんこしたままで、下手に目を開くと、爆豪の整った顔立ちと綺麗な赤い瞳の奥に蠢いている何かを見てしまいそうだから瞑ったままにしていた。
(このまま爆破されたら死ぬな)
 この男の手で殺されるならそれも本望かもしれないと、うっとり思うがそんなこと、絶対にしないだろう。戦うのは好きでも、無抵抗の女を殺す趣味は爆豪にはない。この十年でそれくらいの信頼はしてしまっているのが、どうも癪だった。
「余所事考えてんじゃねぇよ」
「ごめんって、それで?」
「てめぇ、結婚考えてるっつってただろうが」
 少し考えて、ここへ来てすぐのことを思い出した。ああ、確かに言った。いつまでこんなこと続けてられるかわからないよねって。思い当たってちょっと吹き出してしまう。私が何気なく言った一言が彼をそんなに不機嫌にさせてただなんて。あといい加減、解放してもらえないかな。爆豪ったら目つきは悪いが顔は良いし、鍛えてるから身体つきもえろいので、こう、密着してるとムラってくるというか……。
「結婚なんて可能性の話だよ。キミと違ってまだ大学出てすぐなわけだしさ、そっちの方が早いんじゃないの?」
「ふざけんじゃねぇぞ、とぼけてんのか」
「へっ」
「俺をてめぇの一番にしろって言ってんだわ」
 肩を掴んでいた手は背中にするすると降りていく、首に添えられていた方はそのまま上がって顎に掛かる。思わず見開いた目。少し爆豪の顔が離れていって、視界に光が入りまぶしさを感じたのもつかの間「目ェそのまま閉じとけよ、アホ」再度近づいて来たと思ったら、先ほどの額と違って唇同士がくっついた。酔った頭の中はぐちゃぐちゃだ。あ、わたし、これ、なんていう行為か知ってるー。幼子の声で私が言うけれどどうでも良い(なにこれ、超気持ちいい)爆豪の唇は全然カサついてなくてやわらかい。当てるだけだったのが徐々に深まっていき、気がついたら相手の唇も舌も食べつくすように貪っていた。身体中の力は抜けて、いつのまにか爆豪に支えられている。私が蕩けきったのを見越したように、彼は私から少しだけ距離をとった。
 目を開けるとニヤリと笑った爆豪の顔が見える。いつも以上に意地悪で、いつも以上に格好良く見えるのがずるい。私か彼のものかわからない唾液が唇いっぱいについていて、グロスのようにテカテカしているのを、彼はペロリと舌で舐めとった。
「結婚しろ」
 これからは俺だけにしとけ、なんていう爆豪にノーを突き付けられる女がいるなら、是非とも見てみたい。少なくとも私はあっさりと陥落した。


2018.03掲載。