私がアルバイトしているバー併設のレストランには、何人か常連さんがいる。
「こんばんは?」
「いらっしゃいませ、どうぞどうぞ」
夜二十一時を回った頃からこうやって徐々にお客さんは増えてくるが、この時間になるとバー利用の方が増えてくるので、アルバイトの身としては少し楽になる。バーカウンターの一番端。いつもの席に座ってもらい、言われずともジントニックを準備してすぐに出す。大抵のお客さんは、一杯目は迷わないようにコレってものを決めているし、特にお得意の常連さんは聞かなくても準備してくれた方が嬉しいっていうから、お冷やを出すのと同じ感覚で出しちゃう。今さっき来店したばかりの常連さんはシュワっと弾けるライム入りのお酒で喉を潤しながら、ニコッと笑顔を向けてきて「綾子ちゃん、一杯どう?」って言うものだからもちろんこちらも満面の笑みを返して「えー、ほんとですか?頂いちゃっていいかなー、それならミドリいっちゃっていい?」カウンターの奥を見る。想像通り、店長はしかめっ面のまま棚からミドリと私好みの組み合わせを心得たようにいくつか取り出して、ステアした。
「綾子、手前これコスト高いのわかってて頼んだだろ」
「店長、ありがと!で、森さんは次、何がいい?」
「中原クンが飲みたいのでいいよ、ワイン」
なんていつも定番の会話をし、お礼をしながら乾杯をする。こうやってお客さんからいただけるお酒は遠慮なくグイッと飲み干すのだけれど、別にここはガールズバーじゃないのでどれだけ皆さんが飲んでくれようが一円たりとも私の時給には上乗せされない。でも、ま、財布に入らなくたって元々大好きなお酒がタダで飲めるのだから私的には満足。店長の人望か、お客さんの層は悪くないし、大学生にしては良い経験させてもらってるって思ってる。
しあわせを噛み締めながら、そろそろかなあ、と六席あるカウンターの入り口から二番の席に座っている人を見る。この人も常連さんだ。きっと私とそんなに年齢は変わらないだろう、と公式プロフィールを見る限り勝手にそう思ってるのだが、お酒の飲める年齢のはずなのになんとなく男の子っていうか、男子っていうかそんな印象を受ける彼。なんていうか、その、常連の割に飲み慣れてない感が満載過ぎて、これも毎回とっても心配になる。今日も紫色の不思議な髪型をしたこの人はオープンしてすぐ、つまりもう二時間近く、ひとりハイペースで飲み続けていて、こちらから話しかけるような雰囲気じゃなかった。つまり、とってもやさぐれていたわけで、
「チクショー!どうしてオイラはモテないんだ!!!」
(ほらきた)
ダンっとカウンターを叩くのは営業妨害だからやめてほしい。
卒業後は就職してしまうため大学進学率の良くない雄英高校ヒーロー科、《あの》伝説の1―A卒の他メンバーに漏れずサイドキックとして日々、敵(ヴィラン)と戦っているはずの彼は寂しい夜にうちによって行ってくれる。歩合制の公務員だから、高卒四年目にしては、まあまあそれなりのお給料もらってるみたいでうちの支払いを渋るような様子を見せたことは一度もない。
「はい、峰田くん、お水」
涙なのか鼻水なのかなんなのかよくわからない液体をダラダラと流していた彼は自分の手拭きで顔を拭うと、彼は涙ながらのくぐもった声でお礼を言った。
「もうオイラの女神は綾子ちゃんだけだよぉ?」
「私のヒーローは一人だけだけどね」
縋り付くような声にぴしゃりと言って「だからちゃんとお水飲みなよ」と続ける。ヒーロー・GRAPE JUICEはきっと物忘れが激しいし、ドエムなのだと、思ってる。初見ではインタビューで言ってた彼の好みに合わせてふわふわ女子を気取って柔らかく話してみたけど、全然反応は芳しくなかった。むしろ今みたいに適当にあしらっている方が照れずにちゃんと会話してくれる。童貞か。や、たぶん、きっと、そうだと思うけど。
本当は彼がここの常連だって聞いて真っ先にバイト先を決めたし、勤め始めてもう2年近くになる。大学ももうすぐ卒業なのだ。そうなればもう彼とこんなに気安く話すことなんてなくなるだろう。目立つ個性のない人間の初任給なんて高が知れているのだ。当面は生活でいっぱいいっぱいに違いない。
あーあ。私はなんだって覚えてるのに。初対面の時、まだ緊張してドキドキとあなたのファンなんですって告げた時の何か信じられないものを見たようなそんな表情も、もっと前私がまだ高校生だった時偶然が重なったのか何度となく道端で助けてくれた時のあの真剣な顔だって、忘れられない。今ではどのお酒の時にどういうおつまみが欲しいかも気がついちゃうし、峰田実のことなら些細なことでも気がついて、忘れない自分が、ひとり空回っていて実に馬鹿馬鹿しい。
「ヒーローと言えばこないだ、派手にやってたよねぇ。ほら、エンデヴァーのとこの」
「二世があれだと父親としては鼻が高いでしょうね」
私たちの話し声が聞こえていたのだろう。常連さんが店長さんとヒーローの話を始めたのが聞こえて、目の前の彼の肩が震えた。あー、彼、顔立ちは王子様を彷彿とさせる正統派な端正さだし、言動もクールな割に一言一言が超イケメン、かと思えばインタビュー時に時折飛び出すどこか抜けた発言に母性本能がくすぐられると、女性人気ほんと半端ないもんな。下は幼稚園児から上はおばあちゃんまで女子票総なめ状態。性欲の権化とも名高いGRAPE JUICEとはまるで違って。
「綾子ちゃんもあいつのこと好きなの?」
「ま、嫌いと言えば嘘になるけど。格好良いよね、彼」
さらりとそう答えると、峰田はまた全身を震わせる。地雷、踏んだな。と冷静に思ったのもつかの間「チクショーー!!!これだから、顔の良い奴は!!!!」予想通り大きな声で叫んで(営業妨害だからやめてくんないかな)店長と顔を見合わせて苦笑いする。すみません、今回は私のミスです。
「綾子、綾子ちゃん、オイラのフォロワーだって言ってただろーーー!裏切り者ーー!」
「はいはい。童貞捨ててから出直して」
「……どうせ童貞だけど、」
(やっぱりか)
「道端に捨てるくらいなら、オイラ、リトルミネタのハジメテを、フォロワー第1号の綾子ちゃんに捧げたい!オイラもオイラのリトルミネタもいつでもスタンドアップしてるぜぇ!」
「きゅん」
「!」
「なんていうと思ったか!もう少し女の口説き文句をミッドナイトにでも教わってきなさい!」
思わず手が出てしまい、何処とは言わないが殴ってしまったあと、店長!私、ヴァージンメアリィが飲みたいです!会計はこの女好きにツケといて!と、叫ぶようにして頼むと「はいはいトマトジュースな。グレープジュースとノンアルでお揃いでいいじゃねぇか」「あー!ネタバラシしないでくださいよ、せっかく格好つけたのに!」「お子ちゃまなんだよ、手前ら二人とも」店長に揶揄われながら、不覚にも血の巡りの良くなった顔がばれないように、カウンターの奥の方へ引っ込んで峰田から距離を置く。暗いから、きっと大丈夫だと思うけど。ヴァージンメアリィのヴァージンに過剰反応してるし。ほんとやになっちゃう。
「青春だねぇ…」
カウンターの一番奥の席、今度はウィスキーを頼んでいたらしくまん丸な氷をカランと揺らしながら、目の前にいた常連さんが私と峰田を見ながら言う。店長が私用に出してくれたトマトジュースも常連さんのウィスキーのように大きい口の低めのグラスの中、純度の高い透明な四角い氷が二、三個とともに揺れている。「顔赤いよ」常連さんの微笑ましそうな表情と共に投げられた言葉、思わず?に片手を当てる。氷の入ったグラスに触れたせいなのかとても熱い、「頂きます」いや、クールぶっててもやっぱり困った時にいつも私を助けてくれるヒーローに言われると、あんな最低な口説き文句にもならないお誘いでさえ、きゅんと照れてしまうものなのだ。我ながらちょろいもんです。『オイラが自分で自信を持てるヒーローになったらもう一回聞かせて』私は律儀に待ってるんだから、だから、私はもうあんたのファンだなんて、フォロワーだなんてあの時から一言だって口にしないで我慢してるんだ。そろそろ待ちきれないから、だから、おねがい、
『トップスピードで来て』
2018.02掲載。お題お借りしました。⇒人魚と柩様。
轟くん書くつもりが、いつのまにか峰田書いてた(謎)
2018.10少し改定。