自分が死喰い人に相応しい加虐趣味の持ち主なのだと彼が思い知ったのは、ホグワーツ最終学年のアレクト・カローによるマグル学においてだった。それまでは同学年で抜きん出たカリスマ性と実行力を持つマルフォイ家の御曹司とは違い、思想は持っていても積極的にマグルを排除しようとは思っていなかったのに、マグルの鞭を持たされ、マグル生まれの下級生やスネイプ校長の思想に逆らう生徒達に実技演習をするように強要された時から、何かが自分の中で切り替わったのを確信している。マグル式の拷問なんて興味無いと嘯く口は大嘘吐きで、畏怖の目を向けられるとぞくぞく、と今までに感じたことのない感情が背筋を走る。当たって見るまでは効果の分からない魔法の閃光とは違い、向けられた瞬間に痛みを想像出来てしまうマグルの暴力は、むしろ残虐だと考えて、それが好いのだと思ってしまった自分を恥じた。
カローはそんなノットを見て年老いて失敗続きの鈍臭い父とは違い骨のある教え子だと思ったらしいが、彼は別に褒められるためにやっているのではなかった。やれと言われたからやるだけ、そんな誤魔化しは他の誰かに通用しても自分自身は決して騙されてくれないことに苛立った。まともな神経ではないと薄々気が付いていたものだから、同寮生からは賞賛されることが面倒なことこの上なかった。いつからか、なるべく見咎められないように感情を押し殺して、下級生に暴力を振るう自分がいた。淡々と行っていたそれは、むしろ異様な光景だったと後から聞いて知った。
『お前には才能がある』
父親から何度も聞かされた言葉。
知っていた。自分がその辺の同級生よりも少しばかり頭の回転が速いことも。知っていた、相手を傷付けることに何の抵抗もないばかりか、怯えを含んだ視線が快いことも。思えば、ノットが最初に手酷く傷付けたのは幼馴染でもある女の子だった。あの時のことはきっと一生忘れることはないし、あの日からパーキンソンは彼を避けるようになった。
必修科目となったマグル学においてアレクト・カローは手ぬるいものから一歩間違えれば死に至るものまで様々な拷問をノットに命じたが、彼女の一番のお気に入りはやはり鞭打ちだった。感情のない瞳、スナップのきいた手首、素早く振るわれる鞭に、赤く残る痕。それらの全てがお気に召したらしく、良く彼を指名した。言われた通り、望まれるままに振るっていたのだが、いつからだろう、恐怖以外の色が自分に向けられるようになったのは。ノットを刺すような視線に誘われるようにあげた視界で見つけたのは、争いや暴力に一見無関係に見える女だった。向けられているのは間違いなく畏怖だけれど、それだけではない。何かを求めているような――こんな自分に何かを望むだって? 有り得ないと思うとともに、湧き上がるものがあった。あの女を傷付けたら、どれだけ気持ち良いのか。鳩尾のあたりで飛び跳ねる感情がある、ぞくぞくっと今までにないほどの快感が背筋を走る。気持ちを落ち着かせるために振るった手首には思ったより力が入り過ぎたらしく、目の前の下級生は今まで以上に無様に叫び、カローを喜ばせる結果に終わった。
あの女を見つけたのは、本当に偶然だった。幼い頃に酷く傷付けた彼女をアイスクリームパーラーで見つけて、声を掛けるか逡巡した。パーキンソンの相手次第では気付かなかったことにして過ぎ去ってやろう。礼儀としては挨拶をするべきなのだけれど、彼女の方はきっと自分に声を掛けられることを望んでいないと分かっていて、それでも対話を少しでも望んでしまったのは、今の環境故だろう。卒業して数少ない友人の縁も切れた。友情なんて自分には必要ないものだとノットは思っていたけれど、第二次魔法大戦のさなか、上手いこと寝返ったマルフォイ家と違い戦犯として服役中の父を持ち、実家の何もかもを差し押さえられた上に味方の一人もいない状況に未だ年若いノットは弱っていた。その上元々、家の格として土地持ちのマルフォイは不労取得で生きていけるのだ。同じフランス系純血でも土地を持っているか否かは大きくて、ノットは例えたった一人、自分自身で労働し食い扶持を稼がなければならない。
パーキンソンの向かいに座っていた女は、彼女の相手としては意外な連れだった。というのも寮も違い、在学中も親しくしていた覚えのない――むしろ会えば喧嘩というにはもう少し穏やかでない言い合いを交わしていた仲だった――同学年の女だった。人の顔を覚えるのが苦手な彼がどうしてすぐに女を思い出せたのか、ノットは恥じる思いで否定をする。あの時の視線が忘れられなかったからだなんて、どの口で言えるものか! これは肯定の裏返しだということに気付かない振りをして、思わずノットは近くの店に飛び込んで彼女たちから姿を隠した。けれどその前にパーキンソンに見咎められる。気付かれた、何故か冷や汗をかきそうな奇妙な緊張に襲われるも、そっと商品の陳列する窓際から彼女たちの様子を伺う。パーキンソンは彼よりも緊張した面持ちで、目の前の女に何かを言い、足早に立ち去った。握りしめた拳は、震えが全身に及ばないようにするためだろう。同寮生として、彼女は七年生の時、彼の暴力を間近で見続けたひとりだ。周囲に合わせて面白がるようにしていたけれど昔の彼女への仕打ちを重ねると、他人事でいられなくともおかしくない。
少し不思議そうにしながら、立ち去ったパーキンソンの後姿を見つめてほっとした表情になる女。立ち上がって、彼女は自分の用事を済ますために何件か店に立ち寄る。気付かれないように尾行しながら、ここでも自分の才能を思い知った。戦時中に未だ子どもで本当に良かった。沢山の戦果を上げていたことは容易に想像がつく。 それはきっと、取り返しのつかないことでもあるのだ――。
偶然を装って、女の隣に座る。カウンターに置いたジントニックは飲み慣れた酒ではないけれど、もやもやした思いを掻き消すのに丁度良い。「恋なんて、ばかばかしいわ」と言い放たれた彼女の言葉には、心底同意する。パーキンソンが言うような、それともロマンス小説に有り勝ちな美しい恋物語は、自らの血を繋ぐ務めに反抗しているに過ぎない。結婚とは家と家とを結びつけ、自らの子孫に先祖代々、連綿と受け継がれてきたものを手渡す手段だ。魔法使いの血は代が下るにつれて徐々に薄まっている、それが自分たちの行使できる魔法の質に影響しているのは多くの研究家たちが発表している通りだ。稀にマグルから才能のある人間――認めるのは癪だが、同学年で言うならグレンジャーのような人間だ――が現れたとしても、血を薄める原因となるならば、受け入れるべきではない。
義務を放棄して、恋だ愛だなんて空想世界(ファンタジー)に溺れ死ぬくらいなら、魔法族なんて滅んでしまったほうが幾らか『まし』である――なんて、そこまで過激なことは、ノットといえども未だ口に出したことはない。けれどもその考え方は幼少期から矯正されておらず、今でも彼の生き方の指針になっているはずなのに、彼女から発される欲情の匂いは如何にも頭をおかしくさせる。震えるのを必死で抑えるために握りしめられた拳に手を重ねると、途端に身を固くして何かが暴かれるのに怯えている。傷付けられるのを待っているような、無垢で真っ白い頬に片手を当てる。全て目の前に曝け出させて、この白い肌の上にどす黒い赤紫の痕を残すことが出来たなら、どんなに気持ち良いのだろう!
運命は掴みに行くものだと、在学中の彼女は公言していた。声に乗せた彼女の名前は、熱で簡単に溶ける。これを運命にしても許されるのか。彼女と違って運命なんて信じたことは今まで一度もなかったけれど、人生は一度や二度の過ちでは簡単に壊れたりしないことは経験則で知っている。
自分はもうとっくに狂ってしまっているのだ。先の大戦の影響を受けるまでもなく、受け継いできた血が既に狂気に満ちていたに違いない。恐怖に震えながらも、何かを欲しているこの女の血はきっと、蜜より甘い。
2018.03掲載。「認めたくない女の話」のつづき。