「きっと、大丈夫だよ」
 だからね、そうしよ? ってテーブルを挟んで、向かい合って座っている彼の大きな両手を、私の小さな手で可能な限り包み込んで、そうして囁いた。これで落ちない男なんていないのに、目の前のシリウス・ブラックはまるで気にしてなんかくれない。既婚者のマダム達ですらちょっとした火遊びをしたくなるほど整った顔立ち、その中でも一際目立つ、二対の宝石は意思強く燃えていたが、私が伸ばした手を見て、不愉快そうに眉をひそめた。少しくらい、私を気にしてくれても良いのに。こんなにかわいぃくしているんだから。ま、彼が女の見てくれに関心が無いことくらい、今までの流れからわかりきっていたんだけど、それでもちょっと味気ない気持ちにはなる訳で。意趣返しのようにかわいらしい衣服、打算まみれの純粋そうな表情(かお)。彼がこういったいかにも可愛こぶりっこした女が嫌いなのをわかっていて、わたしはやめる気がないのだ。
 シリウスは私のとる行動、態度すべてが気に入らないようで今日もその端正どころでは言い表せない、うつくしい顔をしかめながら「……大丈夫にいつも信憑性がないんだよ」なんて呟いて、私の手を振り払った。強い力ではなかったがその反動で髪がさらりと揺れた。髪が揺れるだけですら天使の奏でるような音が鳴りそうなひと、なんてのんきに思いながら、視線は私の手を拒否をした彼の手を追う。見た目はすべすべしていて触り心地の良さそうなきめの細かい肌だが、よく見ると少しささくれ立っているし、実際触れてみるとごつごつと冷たい。やはり男性だ。そう思い知らされる手に、もう少しだけでも触れていたかったのは事実なんだけどね。と思うけど、その気持ちはわざとらしいかわいい笑顔に包み込んで、心の奥底へ沈めておく。私と彼は、ただのパートナーなのだ。闇の陣営との戦いのため、騎士団の決定に従っているだけ。だからシリウスはこうやって私を触れられる位置に置いている。そうでなければ、リリー以外の女なんて。そう思っているに違いない。言い聞かせるたびにしくりと傷口という傷口が沁み入る気持ちになるけれど、それは決して彼に悟られてはいけないのだ。ま、人の感情の機敏に疎いシリウス・ブラックが気付くはずが無いのだけれど。
「ね、しよ?」
 私が再度そう言えば、シリウスはしぶしぶ頷いた。「今度という今度は、独断専行は許さないからな」「難しい言葉を知っているのね」「お前、俺を馬鹿にしてるだろう」慣れたやり取りを行いながらも立ち上がる。ふわりとスカートが舞い、私が磨きをかけてうつくしいラインを作り上げた足が見えているだろうにも関わらず、そちらにちらりとも気を取られない。そこまで私を女として意識してくれない彼が渋々とは言え頷いたのは、いい加減彼も私の実力をわかって来ているからだと思いたい。そうでなければ、正義感の強い彼のことですもの。パートナーを囮にするなんて作戦に乗ってくれないに違いない。意外と思われることがあるが、基本的に彼は女性には親切だ。それこそ息をするように、丁寧に扱う。自分に好意を寄せる女性がしつこくつきまとってくるのには非情なほど冷たいけれど、誰それが自分を好きだというなら、にやっと笑ってうれしがるし、想いを告げられたなら丁重にお断りのお返事をする。そんな彼が私を囮に使うことにしぶしぶとはいえ同意したのは、ぶりぶりとした私が嫌いだからだとは思いたくない。
 それに、彼が独断専行は許さない、だなんて珍しい単語を使ってまで私をいさめたのは、私がいつも無茶な計画を立てて、無茶な行動をするからだろう。仲間の危険を憂いてくれる優しさが、彼にはあるのだ。私からするといつも成功見込みがあって行うこと。彼の実力が確かだから。状況に応じて臨機応援に対応できる能力も持っているから、私はあえて作戦のすべてを話さずに行動するときもある。彼は優秀だが、隠し事は出来ないから。それも良いところではあるんだけど。だから何度怒られても、気に食わないって表情をされても改めることはないだろう。
「今回だけは勝手に無茶するのはやめろよ」
「わかった、約束する」
「本当だな?」
 守る気のない約束を交わすのは、何度目だろう。彼の念押しにふわりとかわいらしい笑顔を向ける。これが私の役目だもの。かわいらしく無力な女を装って、相手の油断を誘う。そこで多少の無茶をすればいい。多少不安定だけれど、シリウス・ブラックと絶妙のコンビって、騎士団内でも最近は話題だ。誰もが認める美男子の彼と、かわいらしく着飾った私と、お似合いのカップルだなんて言う人もいる。残酷だ。
 どうせ私は彼の帰る場所になんてなれない。こうして必死に死に物狂いで隣に立てる権利に執着している、いじらしい女の惨めさなんて、まさか彼が知る必要はない。あなたのためだけに、爪の先までつやつやに磨いている私の気持ちに少しでいいから気付いてよ、なんて傲慢な思いはこれっぽっちも抱いていないわ。
 女として見られなくても、パートナーとして認められてることに、これでも満足しているの。満足しなきゃいけないの。


2015.12掲載。
3つの恋のお題ったー使用。
Sirius Blackへの3つの恋のお題:だから、しよ?/きっと大丈夫だよ/交わした約束