馴染みのない家屋に、だけれどどことなく既視感と懐かしさを感じる庭園。ここはわたしたちのいたところとは全然違うところなのだと、庭先を眺めながら畳に座り込む。わたしの主さまが呼び覚ました刀剣男子たちが、太陽の下で彼女と戯れているのを目にするとどうしようもなく心がざわつくので、視線を畳の上に戻した。散らばったおはじき。様々な色のガラスのおもちゃで遊ぶのを覚えたのは、ここに来てからだ。主さまを大事に思う彼女のハレムたちがこぞって教えたお遊びを、やさしいあの子がこっそりと教えてくれたのだ。
(いつも笑顔を絶やさずに、ほんとうにおやさしい子だもの)
 そんな彼女のやさしさと正しさに息苦しくなる。対するわたしの醜さを強調するようで、彼女に悪気はないのに責め立てたくなってしまうのだ。あの子が困ってしまうことなんて百も承知なうえ。
 先日の大掃除の折に粉々に砕け散った鉄扇の残骸を見つけてから、あの子はわたしを使うことをしなくなった。どんなにわたしが傷ついても、わたしの意志を尊重して、私を優先して使ってくれていたのに、血の通っていなさそうな爪先を紫にしたまま鉄くずを拾いながら、唇をわなわなと振るわせつつもそれでもはっきりと言い切ったのだ。「わたし、もうなまえのことは使わないわ」と。それ以来、この退屈な本丸に閉じ込められたまま。細かい柄の飛び散った小紋の着物の中で、わたしの足には見えない鎖が絡みついているのではないかと思うほど。
 わたしを愛してくれているからこそ、彼女はわたしを使わないのだと知っていても、それでもあの子は気付いているのかしらん。たたかわないわたしには、ここに存在している理由などないことを。あの子と一緒に戦えないことで、心がどんどん傷ついてしまっていることを。傷ついて鉄くずとなりはてたあの姿は、将来のわたしの姿なのだろうと静かに思う。
 おはじきを飛ばす元気もなくなり、畳の上で無作為に弾いてた手遊びを止める。このまま役目を終えたっていいのかもしれない。と、わたしが目をつむって横になろうとしたその時、「なまえちゃん」声が聞こえた。その声にはわたしはきっと一生抗えない。観念して振り返る。ずっとずっと一緒に生活していたのに、わたしなんかと違って政府からも、彼らからも特別視されるやさしくてかわいい女の子。わたしのだいじな女の子。審神者の力に目覚めた我が主さまがにこーっと笑いかけている。
なまえちゃん、大丈夫?」
「ええ。主さまは?」
「だから、その呼び方やめてよ。昔みたいに呼んでほしいのに」
「あの子たちが許さないでしょう?」
 私がいさめるように言っても、むぅっと頬を膨らませて主張する。苦笑いをしながら仕方がないでしょと言うが、あまり納得はできないようだ。それに加えて先ほど何かがあったのか、彼女が先ほどいた庭先からまだ移動していない刀剣男子達の方を珍しく不機嫌そうに見やった。どうしたの、と問うと「だって、あの子たちひどいんだよ」と言う。その声色が本当に珍しくて、私は少し驚いてしまった。
「どうしたの?」
なまえちゃんが、スパイなんじゃないかっていうの。今でこそ鉄扇として戦ってもらってたけど、もともとはわたしと一緒に学校行ってた一般人なんだよって言っても信じてくれないし、そもそもそれがおかしいんだっていうの」
「わからないことだってあるのよ」
「それにしたってひどいよ! なまえちゃんのことは、ずっと一緒にいた、わたしがいちばん知ってるのに!」
 自分のために怒ってくれているその表情は麻薬のように甘い。このままずっとわたしだけを想っていてほしいし、わたしのためだけに感情を揺らしてほしい。そんなことはあの庭先でこちらをにらみつけている彼らがいる限りありえないとわかっていつつも、願ってしまう。彼らを挑発するかのようにわたしは近くに足を崩して座ったこの子にもたれかかるように接触し、体重を掛ける。殺気だった気配がとっても心地よい。
(それに、ね……)
 それに加えて、本当はこの子だけが知らないことだってあるのだと、わたしにはわかっている。まあ、つまり、わたしはこの子と一緒に幼少期を過ごした記憶なんてどこかになくしてしまったし、白い靄で埋め尽くされている、わたしの記憶の始まりはそう遠くない過去に、わたしににっこりとわらいかけて「あなた、やっぱりとってもきれいね!」と言ってくれた主さまの笑顔なのである。
 その昔、この本丸に連れてこられる前に許されていた彼女への呼びかけ方なんて、疾うに白く塗りつぶされてしまい、わたしにはもうわかるはずもない。ただ、愛しているという言葉では陳腐な表現になってしまうと感じるほど、強く、狂おしく思うこの気持ちをどうにか昇華させたいので、嗚呼、どうか私の最期を戦場で迎えさせてほしい。


2017.02掲載。