twinkle twinkle little star 1

Twinkle, twinkle, little star, How I wonder what you are!
Up above the world so high, Like a diamond in the sky.
Twinkle, twinkle, little star, How I wonder what you are!

 私の人生のはじまりと言えば、八歳のある冬の終わりの日であった。
 八歳というのも私を預かってくれた人がおそらくそれくらいだろうとしてくれただけ。それ以前のことなど、藻屑のようなものだ。気が付いたときには私はだだっ広い平野のど真ん中にぽつんと取り残されていたのだった。申し訳程度の布切れを身にまとい、寒さでガチガチと歯を鳴らしながらひたすらに自分の身体を抱きしめていた。捨てられたのだろうと、私を拾った老人は後に淡々と教えてくれた。
 その時の扱い故か、それともそうではないのか。何かから逃げてきたときに負ったのか、それは全く何も覚えていなかったのだけれど、身体には切り傷擦り傷打撲、言い表せないほどの無数の傷痕があって、しばらくの間、身体をさする度に痛んだのを覚えている。
 闇に溶け込みそうな真っ黒な髪の毛。それもあちこちいろんなところに引っかかったりしたせいだろう、長さが不揃いでみっともない。

 正確な時刻などわかりはしなかったが、太陽はそろそろと傾き始めており、本能で危険を察知していたということだけは深く心に残っている。財産など何も無かった。唯一、出自の証明になりそうな物は、身につけていた襤褸に刺繍された紋章だけ。
 どれほどの間、平原をさまよっていたのか私にはわからない。冷えきった身体は、いつの間にか沈んでいた太陽のせい、その行方をくらますのに費やした時間を示している。

 ここで死ぬのだろうか、そう思った。
 それでも良いかもしれない、そう思ったのはたしかなことである。きらきらといくつもの星の光が私を指していた。月は出ていない、頼りになる夜の明かりもなく、周囲はあまり見えていなかった。
 四肢の力は抜け、バタリと崩れ落ちて、瞼が下がって、それで私が最後に目に入ったのは金色の髪。月は出ていないのに、どこからか太い光の筋がその金糸を煌めかしたように思う。
 声変わりをしてない男の子か、それとも女の子か、どちらにせよ子どもの声で、でもひどく威厳のある口調が耳に入った気がした。











 何度も何度も繰り返し見るあのときの夢は、今でも私の心を痛めつける。すでに嘘か真かもわからない。ただあの映像が脳裏をよぎるたび、自分の身をわきまえろと、酷く脅迫されているような重苦しい気持ちが沸き起こる。あの人との、身分の差を、わざわざ自分で再確認する必要は無いだろう。
 気分の悪さを解放すべく、今は自分しか住んでいないこの家の窓を開け放すと、涼しい風が部屋の中で好き勝手に暴れていった。
 あの日と同じ、気持ち悪いくらいまでに輝く星空。新月なのか、月が出ていないせいで、余計に明るさを主張している所まで、あの日と同じである。
 唐突にあの人に拾われた、あの場所まで行きたくなった。治安の悪いこの世の中だ、こんな深夜に外に出るのは良くないだろうと、私だって分かっている。
 でも今は九年前に拾われたあのときに出現していたような、タチの悪い魔物は村の中には出てこない。追いはぎや幽霊《ポゥ》に気をつけさえしたら、あるいは、自分だけでも辿り着けるかもしれない。

 思い立ったら、いてもたってもいられなくなって、先ほど開けたばかりの窓を勢い良く閉じる。そのせいで、この家の古い壁はミシリと音を鳴らした。外灯なんてありはしないから、外は真っ暗だ。そのおかげで内側の光がガラスに遮られて鏡のような役割を担っている。暗闇さえもしのぐような、自分のあかい瞳が映し出され、私は思わず、刹那だけ目を閉じた。この色が好きではなかった。呪われたその瞳が、私を異質なものだと印象づけるのだから。それは間違っていないのだから余計に好きにはなれない。
 首を思い切り横に振って脳内からその感情を追い出す。窓際から離れ部屋を横切ると、クローゼットの中から防具になりさえしないような気休めの上着を掘り出してきては着込む。同じく、武器にするには心許ないナイフを手に取り、玄関のドアを開ける。いつもいつも身につけているのは、あの人から貰った、古美金の雫の形をしたロケット。それを一度だけぎゅっと握りしめた。
 そして、深呼吸してから息を止め、そのまま一歩踏み出した。最初の記憶のあの日から、夜は余り得意ではない。


 息を止めて、一歩踏み出してしまえば、案外平気だった。今まで何故こんなにも怖がっていたのだろうかと疑問になるくらいである。この九年、臆病風に吹かれていたせいで、夜に一人で屋外に出たのは初めてだ。
 魔王ガノンドロフの手に落ちてしまったハイラル城やその城下町と違って、このカカリコ村は随分と安全だ。この村は元々シーカー族の集落があったと聞く。そこを解放し、提供してくれたという、シーカー族最後の生き残り。そのインパ様は、七年前、ゼルダ様を守るために城下町を飛び出して以来、その消息が不明ではある。だが、きっと彼女の加護、それから彼女のご先祖様の加護がカカリコ村にはあるんではないかと、私は密かに疑っていた。
 夜だからだろうか、こんな時代にも関わらず妙に澄んだ空気を醸し出す村の冷たい空気を大きく吸い込んで、肺の中をそっと満たして冷やす。
 私の住んでいる小屋はカカリコ村のはずれにあった。一番近い家には、コッコを愛でるお姉さんやその家族が住んでいて、私がカカリコ村にやってきたときから、かわいがってもらっている。しかしこのような真夜中では、当然その家の明かりも消えていて、この世界には自分しかいないような錯覚に陥りそうになった。
 井戸の前を通り、坂道を下って、ハイラル平原へと続く村の入り口へ向かう。前方、村の入り口の、門の向こう側に人影のようなものがあることにふと気がついた。人の形をしているように見える。人並みよりも少々悪い視力では、その人物の細かな姿までは確認出来ないが。

(もしかしたら、魔物かもしれない……)

 実際、黒い魔物が出現するという噂もあるのだ。リーデッド達も、城下町には住み着いている。
 魔物であれば、こんな頼りない装備の自分が敵う訳が無い。絶望した気持ちで足を止め、このまま引き返すべきかどうか考えた。このまま引き返した所で、見過ごしてもらえるのか。それすら危ういこの状況で。
 やはり夜に村の外に出るのはどうかしていたに違いない。そのような結論に至り後ろ髪を引かれるような気持ちで家へ帰ろうと決めたそのとき、前方のその影はグラっと崩れ落ちた。星の光が反射したのか、その人物の髪の毛がきらりと金色に煌めいて、思わず息を飲む。

(あの人、もしかして……!!)

 焦がれたあの人と、記憶の中にあるあの人のものと、同じ髪の毛の色だった。金色の、その髪色に心を奪われて、何も考えることが出来ずに私は走り出す。

「ゼルダ様……ッ!」

 自分を助けてくれた、その人の名前を叫びながら魔物の罠かもしれない、そんな疑いも忘れて、ただひたすら走る。
 その人がどうしてここにいるのか、簡単な疑問すら浮かばない。私はゼルダ様に会うために、その人に恩返しをするために今まで生きてきたのだから。



 辿り着いた先。倒れているその人を見て、呆然としながらため息をつく。髪色は見間違えても仕方が無いくらいに、記憶の中にあるあの人と同じだ。目は瞑っているから彼女と同じかは分からない。
 けれどそんなことが些細な問題で、彼女とは違うと言い切れるだけの決定的なものあった。性別だ。もしも、今があのときと同じように子どもの時分だったら、分からなかったかもしれない。しかしこのひとは間違っても女性だなんて言えないほど奇麗に筋肉のついた、引き締まった体つきをしている。いくら細身とはいえ、青年としか呼びようがなかった。

「ゼルダ様じゃ、なかった……」

 そりゃそうだよね、なんて自分を納得させるように独り言を言う。ここまで来てしまったなら仕方が無い。やりきれない思いをかかえたまま、腹をくくってその人の面倒を見ることにした。自分を助けてくれた、ゼルダ様のように。

(それに、もしも彼が噂の魔物だとして、私が死んだり傷ついても、困るひとなどいないのだから)

 もしかしたら、身寄りが無い故の寂しさだったのかもしれない。誰でもいいから、ひとりではいたくなかったのかも。
 そんなことを考えながら、そっと手を伸ばす。生きているのか確認すべく首の脈を計るために触れた肌の感触が、ひとと関わることを思い出させてくれて、なんだかとても切なくなった。
 どくんどくん、とたしかに脈打っているその血液が、生きていることの証明だ。彼の首から手放したくなくなった。けれど処置をするためには一旦家に運ばなければ。女子どもならまだしも、こんな大きな青年、私一人では運べない。出来ることなら、彼を起こして、支えながらでも自分で歩いてもらわなくては。
 揺り起こすために一旦離したその手を追うように、手首を掴まれた。パチリ、と今まで倒れていたのが嘘のように、瞼が開く。あかい瞳だった。ルビーのように輝く紅が新居抜かれて、ハッと息をのむ。自分と同じ呪われたその色を、なぜ彼が。動揺して手がふるえるのを、そっと拳を握ることで納めようとした。吐き出した呼吸、未だに小刻みに揺れている。それを、手首をつかんでいる彼がわからないはずはないだろう。否、本当に彼が限界であるならば、もしかしたら。

「ゼルダの知り合いか」

 高めの声質だったが、意識的にか無意識にか、低い声でそう尋ねられた。
 罠だったのかもしれない、そこで初めて肝が冷えた。ふるふる、と首を振ることできず、絞り出した声はなんとも心とも無いもので、きちんとした文章にすらなっていない。

「あのっ、人がいて、それで、倒れたから、えっと……大丈夫かなって、思って……」

 あまりの脈絡のなさに、恥ずかしくて声がしぼむ。しかし、それで通じたのか、それとも何かに気が付いたのか、その青年は目を見開いて、「そうか」と呟いた。
 なにが『そう』なのか、全く分からなかったが私はこくこくと頷く。それしか出来なかった。青年を見つめていると、彼は身じろぎをした。それで傷口がうずいたのか、うめき声が漏れていて、私は我に返った。その姿は痛々しく、このままではいけないという思いが強まった。
 私は、とっさに問いかけていた。

「あの、家に、私の家に来ますか?」

 もっと言い方があるだろう、と言った後に後悔した。けれど、青年は気にしていない様子で、「そうさせてもらえると助かる」と言って立ち上がろうとする。ふらつくその肩を支えようと、私が彼の腰の辺りに手を当てて、手を自分の方に回しそうと試みる。それで私の行動に気が付いたのだろう、彼は弱々しく微笑み、小さな声でお礼を言った。


 その表情に、胸がとくんと高鳴った。
 いったい何を。私には、心に決めた彼女がいるじゃないか。

 彼女のために、人生を使うと決めたのだから、それ以外の他の人に心を動かされるつもりは、ない。

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