twinkle twinkle little star 2
Up above the world so high, Like a diamond in the sky.
Twinkle, twinkle, little star, How I wonder what you are!
すぐに人を呼べる程度には、部屋は片付いていた。
ベッドはどうしようかと一瞬だけ頭を悩ませたが、すぐに解決する。拾って育ててくれていたひとが使っていた物がある。あれを使ったら良い。独りになってしまったことを認めたくなくて、そのままにしていたものだ。数年前になくなって、本当はもっと早く処理をすべきだったのに。
初老と呼ぶには申し訳ないくらいの、若々しい人だった。私を孫のように(時には厳しく)かわいがってくれたあの人を、私もおじいさんと呼んで慕っていた。ゼルダ様以外に、唯一私の心に生きているひと。
フラフラした足取りの彼をようやくのことでベッドまで導く頃には、二人とも息が上がっていた。かろうじて聞き取れる程度の小さな声で再びお礼を言われた気がしたが、私も正直、体力の限界である。途切れ途切れのかすれた声で、短く問いかける。
「怪我はどう?」
もしも傷が膿んでるならば、先にやっておかないと大変なことになるだろう。水分不足も結構な命取りになる。
私もベッドに倒れ込みたい所だったけれども、拾ったのは私なのだから、無責任に面倒を見ずに放り出すなんてそんなことは出来ない。犬とかコッコとか、ペットのことじゃないんだからって言われそうなことを考えながら、彼の様子を確認する。
気を使っているのか、「大丈夫だ、」と言った彼の目をじっと見つめていたら、居心地が悪そうに視線をそらした。大丈夫ではないことくらい、私にもわかる。もう一度、同じ問いを投げかけた。
「怪我は?」
「…っ! だいじょう、痛っ……!」
顔を覗き込むようにして尋ねたら、予想以上に顔が近づいたことに驚いたのか、彼は身体をぴくりと大げさに跳ねさせる。その反動でどこかしらが痛んだようで声を上げた。
彼の身体は包帯だらけだけど、それは治療の後じゃなくてファッションか、それともーーどちらにしたって、その怪我に適切な処理が行われているとは思えない。明日まで待てばクスリ屋へ即効性の薬を調達しに行くことも可能だが、こんな夜更けでは治療のためにどこかへ行くことなどできやしない。
私がやるしか仕方が無い。ため息を押し殺して、彼の瞳を見つめた。紅いそれに、吸い込まれそうになるけれど、気を確かに保って。
「何処が怪我しているの?」
ベッドに横になっている彼にそう問いかけると、誤摩化そうとして相変わらず大丈夫だと言うけれども、一瞬だけ右の脇腹を手が滑ったのを私は見逃さなかった。意地悪するつもりではない。だが、確認のためにそこに手を置く。ただ触れただけなのに、彼は大げさに顔をしかめ、声を堪えるように歯を食いしばる。
応急手当てをするため、服を脱ぐようにと促す。羞恥心はないようだったが、やはり多少の警戒はしているらしい。渋っていた彼だったが、私が「痛むんでしょ?」と言って、もう一度そこに手を当てようとすると、私の手を掴んで止める。自分の腹を守るように反対の手を動かし、「分かった」と観念したように頷いた。
身体のラインが浮き出るほどにぴったりとした、その青い民族衣装や包帯を脱いでもらうのは、想像よりも随分と骨の折れる作業だった。所々、いろんな箇所が痛むのか知らないけれど、手が止まっている。
私にも手伝えることがあったら良かったのだけど、こればっかりは仕方が無い。時折、衣装や包帯をそっと引っ張ってあげたり、あとは桶に水を汲んできてタオルを濡らしておいてあげることくらいだった。
衣装を引っ張る際、うっかり肌に触れてしまうと、息を飲むように彼の行動が一瞬だけ止まる。神様に愛されているんじゃないかと錯覚するほど、美しい作りの青年が、まさか女性に慣れていないなんてことは有り得ないだろうに。
悪戯心が刺激されて、腰の辺りに軽くスッと指を走らせる。すると、電撃が走ったかのように身体を跳ねさせ、「ウワッ」と声を上げるものだから、なんだか可哀想になる。これ以上、怪我人で遊ぶのはやめてあげることにした。
彼が衣装を脱ぎ終わって、かろうじて下着だけを付けている状態になった。初対面の女に、ほとんど裸体の状態を晒し続けることに抵抗があるのは当然だろう。少しの間、黙考していたものの、彼はベッドにあった掛け布団を被ろうとする。私は、その手を止めた。
私だって、何も思わない訳ではないのだ。年頃の男性の裸身をみることに対して。
こんなにうつくしい彼ではなく、他の男性ならもっとなにも思わなかったかもしれない。否、逆かもしれない。
どちらにせよ、この怪我をしている男の身体は傷だらけなのにも関わらず、いやになるほど綺麗だった。肌の艶や透き通り具合は思わず手を滑らせたくなるほどで、男の人だとは思えない。
なのに、しっかりと鍛えられた筋肉質な体つきが、ひどく彼の性別を主張している。その、彫刻のような体躯に、美しく整った顔立ち。極めつけは滅多にお目にかかることの出来ない、あかい瞳。あのときに焼き付けられたその赤と、とても似ていてーー
(それでも、やっぱり私の思い描いていたゼルダ様に似てる気がする……)
理性がぐらつく前にーー初対面の男に私の思い出話なんて始めてしまう前にーー本来の用件を忘れてはいけない。
「治療しなきゃ、でしょ?」
「ああ、」
下半身は大丈夫か、と思い直して、ブランケットをそこまで掛けてあげる。
少なくとも、一番傷が酷そうな脇腹のところーー先ほど手を置いたところーーの治療だけは、今晩中にやってしまわなければならない。
とは言っても、私に治療の心得はないから、出来ることは応急処置くらい。クスリ屋で売られているオババのクスリはあまり日持ちがしないから常備していないし、家にあるのも消毒液と包帯くらいな物だ。外に出ない私は、治療道具を必要としていなかったから。
先ほど、彼が青い民族衣装を脱いでいる間に用意していた濡れタオルで、丁寧に傷まわりを拭いていった。よっぽど痛いのだろう、当たり前だ。けれど声を押し殺していて、彼の痛みに気が付くのが遅くなってしまった。とても我慢強い男なのか、これくらいのことは日常茶飯事なのか。
とにかく、申し訳なく思ったが、我慢するために奥歯を噛んで、割れてしまってはとんでもない。そう思って、素早く口の中にタオルを一枚突っ込んだ。
最初は抵抗しようとしていたが私の意図に気が付いて、おとなしくなる。そして、私が傷の処置を始めると聞こえる篭った呻き声。
消毒液を掛ける頃には、呻き声なのか叫び声なのか、なんだかよくわからなくなっていて、聞いている私も気が狂いそうだった。
(慣れないことをすると、本当に……)
この小屋があるのが、村の外れで本当に良かった。もし中心部であったなら、誰かがこの声を聞きつけていたかもしれない。
応急処置も終わり、ぐったりする彼を見下ろしながらそう思った。
息の上がってる彼のベッドの横にそっと私がいつも使っていたサイドテーブルを設置する。そこにグラスと水差しを持ってくる。グラスに少しだけ水を移して、体力を使い尽くした怪我人に差し出した。
「すまない」
少しだけ顔を持ち上げて、ちょびちょびと飲んでいる姿は何とも言えない光景だった。
それがなんだかおもしろくて、じっと見つめていると、ふぃっと視線を外される。人間に免疫が無いような、そんな仕草にいろんなものをくすぐられる。もし私に年の近い家族というものがあったなら、こんな感じなのかもしれない。戯言だ。分かっていても考えざるを得ない。もしくは、ゼルダ様が近くにいたら、こんな姿を見ることが出来たのかもしれないと。
少し顔が赤いような気がして、ふと思った。これだけの怪我を負って、何があったかしらないけれど、あんな寒そうな衣装でうろついて、風邪を引いていないなんてことがあるのだろうか。
そっと手を伸ばして彼の額にあてると、彼はびくっとしながら目を瞑った。振り払われるかと思ったけれど、抵抗しそうだった手はぴくりと動いたかと思うと、空中で動きは停止した。
それを良いことに、私の手のひらは無事に目的を達成する。じんわりと伝わる熱。計ってみるまでもない。私は呆れた声を上げる。
「やっぱり」
熱が無い訳が無いと思ったのだ、もう一度タオルを濡らして、彼の頭に置く。
普通の子どもならば、当たり前にしてもらっていたかもしれないそれ。なのに、彼は戸惑ったように額にあてられたタオルにそっと触れた。
「ボクに、僕を見て、こんなことをしてくれたのは、」
その続きは音にならなかった。疲れきっていたのだろう。まるでそっと息を引き取るかのように、自然と瞼が落ち、眠りにつく。ゆっくりと上下している胸元と、耳を澄ませば聞こえてくる呼吸の音。それに安心する。
肩まで布団を引き上げてやって、彼の側から離れようとする。そのとき、彼の口が動いたように見えた。
私の願望なのか、見間違いなのか、単純な思い込みなのか。
『ゼルダ』と、そう動いていた気がする。