She Sells Sea Shells by the Seashore 1
The shells she sells are surely seashells.
So if she sells shells on the seashore,
I'm sure she sells seashore shells.
あれから、数日が経った。
シークと名乗った青年は、少しばかり人間としてなにかが欠落しているような気がする。私だって、人のことは、あまり言えないけれど。
どこに所属しているのかは知らないけれど、その任務をしきりに気にしている。目を離した隙に家を飛び出してしまいそうだった。怪我の様子なんておかまい無しだ。私がこんなにも心配してるのに、それが珍しいことなんて初対面の彼はてんで分かっちゃいない。純粋に無理をして欲しくはないのだ。別に、任務を放棄しろとまでは言わないけれど、療養くらいーーこれが自分のエゴだと分かってはいる。
私はと言えば、もともと家に引きこもりがちだったのに、彼を匿うようになってから余計に家から出ない生活を送っている。怪我人なんて放っておけば良いのに、どうして彼に関わろうとしてしまうのだろう。別に、彼がどこでどう怪我しようと私には関係ないのに。何故。青年に余計な怪我をして欲しくないと考えているのだろう。
家からいつも以上に出歩かなくても、いつものことだと、他の人は放っておいてくれる。あまり長いことそうすると、兄貴分ぶっているクスリ屋が様子を見に来るんだけれど、たぶん今回はそれはない。だって、あの人、私の行動、なんだか把握しているみたいだから。
ちらり、と隣に腰掛けてパンを黙々と食している彼を見る。
(案外、彼の素性まで知っていたりして)
私にとって、彼が誰であろうとどうだっていいのだけれど。所詮、ゼルダ様への恩返しーーのうのうと生きている自分の罪滅ぼしとして助けただけだ。なのに、どうしてだろう。彼の隣はどうしようもなく居心地が良い。
ゼルダ様にどことなく似ているからだろうか。それとも、なにか別に、私自身は気が付いていない理由があるのか。
単純に、彼の雰囲気に惹き付けられているのだろうか。それはない。心の中で即否定する。一目惚れ、なんてことは私にはありえない、と思っているのだから。恋心なんて、欠落した私の心には正常に作用しないだろう。まともな恋なんて、とうに諦めている。ばかばかしい。
チラチラと盗み見ていたのに気が付いたのか、どこか思い悩む様子だった彼が私の様子をうかがうようにこちらに視線を向ける。パンをかじったまま、きょとりと首を傾げた。その様子には無理がない。
クスリ屋のクスリはすごいもので、この数日で重体だった彼の調子はほとんど回復しているらしい。
「どうしたの?」
私は自分の考えていたことは何も言わず、ここ最近ずっと考え込むような様子をしていた彼にそう尋ねた。少し驚いたようだったが、その表情もすぐに失せる。シークは躊躇いつつも切り出した。
「体調が完全に回復したら、無くなったものを探しにいこうと思ってたんだが……」
「なにか問題でもあったの?」
「……戻らない」
ぽつり、と言いにくそうに呟いて、そっと宙を見上げた。
少し普通よりも低めの天井しかないのに、遠い目で、なにかを切実に訴えているように。
「戻らないんだ、魔力が。いや、戻らないというよりも、封印されているというべきか」
ーー魔力。
その存在は知っているけれど、たしかに自分の中にも少しばかりは存在すると知っているけれども、どういうものかはほとんど分からない。村に住んでいる普通の人の中には、詳しい人もいないだろう。
(せめて、おじいさんが生きていたら)
あの人はそういうことに詳しかった。王家のことだとか、そういうことにも。
全く学のない私に常識を叩き込んでくれて、戦闘は出来ないまでも最低限身を守れるようにと、魔法の力も引き出してくれた。私に才能が無かったから、それは開花せずに終わったのだけれど。
どうしようもないことを考えても無駄だ、一旦思考を止めて、彼の方を見た。
「早くしないと、早くしないと勇者が神殿から出てきてしまう……」
表情は平静を装っていたけれど、歯を噛み締める様子から焦りが十二分に感じられる。
せっかく包帯を巻いている手のひらに爪が食い込んで、包帯もほつれていた。
おじいさんは、何を言っていただろうか。
私が酷く衰弱したとき、私はどうして貰っていただろうか。
ふと、思い出すことがある。ぼんやりと、神秘的なその光景を。墓地の一角から行くことの出来た、浮世離れしたその場所のことを。
「……妖精の泉」
私の呟きに彼はハッとしたようにこっちを見る。ぼんやりと曇っていた赤色は、そっと輝きを取り戻す。きらり、と煌めかせながら私を見た。
「今、なんて……」
「えっと、妖精の泉に普通の妖精よりずっと力を持った存在がいるって、おじいさんに聞いたことがあって。教えてもらった、墓地にある泉にはそんなひといなかったけど……」
「大妖精か!」
絶望に近い色が浮かんでいた瞳には、もうその色は無い。
すこしばかりの希望と、それでもダメかもしれないという不安が綯い交ぜになった不安定な感情があふれている。
私は彼のことばに頷いた。
「知ってるの?」
「ああ、知っている。ここから一番近いのは……デスマウンテンだろうか」
「そんな、魔力だけじゃなくって、体力も回復してないのに」
「それでも時間がない。少しでも魔力があればデスマウンテンなんて飛んでいけたけど、この場合は仕方が無いさ」
肩をすくめて立ち上がろうとするシークの方を掴んで止める。
鋭い目でこちらを射抜く彼に、実のところ少しだけ怯んだけれど、それを押さえつけた。
「ダメ、絶対。みすみす、死ににいかせるもんですか」
「ボクは死ねない。死なないさ、絶対」
「それだけで、信用出来る訳が無いじゃない」
私が言うと、そうか、と呟いて椅子にきちんと座り直して、食事を再開する。
諦めてくれたのかとホッとして、私も自分の分の朝食に目を向け直した。
それを考えておかなければならなかったのに、そこを怠った私が悪いのだと、気付かされたのは食料の買い出しから帰ってからだった。
お世辞にも大きいと言えない小屋の、小さな窓からカーテンがはためいているのが分かる。私はハッとして、家の中に飛び込んだ。想像通りというべきか、部屋の中はもぬけの殻。朝までいたはずの彼はいなかった。ベッドや部屋の中もお情け程度に整えられており、散歩というよりも、完全にここから出て行ってしまったのだろう。
悪い人ではなかったのだと思う。
怪我人が黙って出て行ったとしても、私には何の支障もない。ひとりになった隙に出て行ったわりに、部屋のものは荒らされていないし、何も取られてもいない。つまり私は、彼を見つける前の生活に戻ったということだ。
「……無駄に、なっちゃったな」
一人分にしては少し多い食料の入った紙袋を机の上において、私は椅子に腰掛けた。
なんだか、気が抜けてしまった。
ただの他人のはずなのに、ぽかりと心に穴が空いたような喪失感を抱く。まるで、ゼルダ様が失踪なさったときのようだ。
いつか彼女に貰ったロケットを握りしめる。
もう癖になってしまったその動作で、私はハッとした。
(そういえば……あの人、このロケットのことを知ってるみたいだった)
このまま行かせてしまっても良いのだろうか。いまならまだ分かる、彼の目的地が。それに、時間を計算しても、まださほど遠くまで行ってはいないだろう。
「行かなきゃ」
呆然と呟いた。
目を閉じると浮かんでくる、先ほどまでここにあった金髪。
ゼルダ様と無関係のはずが無いのだ、だって、だって、このロケットをあんなに愛おしげに撫でていたのだから。
まるで、あの夜、外に出ようと決意したときのようだった。
まだ昼間だけれど、外套を羽織って、あの時と同じように護身用にはすこし心許ない小刀を持って扉を開ける。
向かうは、デスマウンテンだ。
張り切ったはいいが、デスマウンテンへ続く街の出口へ辿り着かないうちに大声で呼び止められた。商店のあつまりを抜けようした辺りだ。声に心当たりはある、どうせ大した用事でもないのだろう。それにせっかく決心した行動を、止められてはかなわない。
「ラナちゃん!」
気が付かなかった振りをして、足早に進む。それなのに、後ろの気配が急速に近づいて来るのを感じた。走ってこられると、こちらに分はない。わかってはいつつも、私も走り出した。
「ラナちゃんってば! 聞こえてるんだろ、無視せんでくれよ」
だけど、やはりすぐに追いつかれ、肩をぐいっと引っ張られる。私は、観念してその男性を見た。なんというか、予想通りクスリ屋の兄ちゃんだ。
彼は、おじいさんが亡くなってから、いいやその時から顕著になったってだけで、それより前からずっと私のことを気にかけてくれている。
「どうも」
あえて素っ気なく、彼はそういうと困ったように眉を下げた。私もさすがに悪いなと思い、「どうしたの、追いかけてきて」と続ける。
こうしている間にも彼は遠ざかっているだろう。怪我がある程度治ったといえども、完全ではないはずなのに無茶しているのだ。早く追いつきたい。
気持ちが焦るあまりに、目の前の人をないがしろにしてしまう。
「呼び止めてすまんなあ、金髪の包帯クンを追いかけてるんだろ?」
「え?」
「違うんかい? ラナちゃんが、こっそり家に匿ってた青年だよ」
気付かれていたのかと驚いて言葉を失っていると、彼はウィンクしながら「他の人は知らないから安心しなよ」と言う。安心していいのかどうなのか計りかねている私に、「ほら、これ」そっと何かを差し出した。
この辺りでは余り見ない弦楽器だった。それにしてもデザインがすこし古めかしく、その物自体もずいぶんと使い込まれている。
風に靡いて顔に掛かった黒い髪の毛を払いながら、私は尋ねた。
「これは?」
「大工の連中が噂話してた日の朝、村の入り口で見つけたんよ。たぶん包帯クンのもの。無くちゃ困るんじゃないかな、どうせ吟遊詩人とか旅芸人とかじゃないの。そうじゃなくたってアンティークだし」
「吟遊詩人だと言ってたけど……ありがとう、渡しとく」
受け取ろうとしたら、彼はすっと手を引っ込めた。
ニヤニヤとした表情が浮かんでいて、なにやら嫌な予感が頭を駆ける。
「ラナちゃん、ひとつ謎掛けをしようか」
こういうときの彼の茶番に付き合っていると、ろくなことが無い。
顔を引きつらせ、私は黙ったまま。何も言わない。
年の差はそのまま、こういうときの経験値だ。ましてや彼の師匠であるクスリ屋のオババからしてとても変わっている人だし、あの店のお客さんも変わり者が多いときく。だいたい、彼の父親はあの、おじいさんだ。変わり者の筆頭ではないか。
村の隅っこに引きこもりがちな私なんかでは、相手にならないだろう。
私が反応する気がないのが通じたらしく、彼は肩を竦めた。
「なんや、つまんないな。ま、いっか」
それだけ言うともう一度、手に持っていた弦楽器を差し出す。私は今回は間違いなく受け取った。思っていたよりずっしりと重い。
間違っても落として壊さないように、しっかりと両手で持ち直した。
「考えとき、何にも知らないかわいいラナちゃん。あんたがなんであの変わり者のじいさんに預けられたのか。なんであんたみたいな『なんでもないガキ』が、そもそも王家の庇護を受けることが出来たのか。ゼルダ様の口添えがあったから、だけじゃ世の中回らないんだよ」
微笑を浮かべたまま放たれたその言葉は、ひどく冷たさを孕んでいた。何かを警告するように、この人はいつも私に絡んでくる。
何かを知っているのは確実だ、けれど私にそう告げた瞬間、へらりといつもの気の抜けたような表情に戻ってしまった彼にこれ以上何かを聞いても、おそらくは答えてくれないだろう。
無意識にペンダントを握りしめて、俯いて口を開かないように我慢した。
「ほら、早く行かないと追いつけないよ」
ポンッと背中を叩かれて、弾かれたように私は顔を上げる。
引き止めた本人が言えることだろうか。そう思ったけれど、反論している時間も惜しい。
「これ、ありがとうございました」
弦楽器を少しだけ掲げてそう言うと、彼は眩しそうに目を片目を閉じた。
良いってことよ、とだけ言って、彼も登山口からそう離れてはいない自分の勤め先に戻っていく。
数秒だけそれを見ていた私だったけれど、すぐに回れ右をした。
引き止められて時間をロスしてしまったけれど、これからが本番である。
あの夜のように息を止めて、涙型のロケットを握りしめて、私はこの村からデスマウンテンへ続く道へと着実に踏み出した。