She Sells Sea Shells by the Seashore 2

She sells sea shells by the seashore.
The shells she sells are surely seashells.
So if she sells shells on the seashore,
I'm sure she sells seashore shells.

 カカリコ村から出たのは正直な所、ハイラル城がゲルドの首領ーー今となっては魔王となったガノンドロフの手に落ちて以来、初めてだった。
 私が村の外に出る必要性は今まで無かったし、出た所で危険なだけだった。

 テクタイトと呼ばれる蟹科の魔物が登山道には沢山いて、戦うこともまともに出来ない私は息を止めて駆け抜けることで交わすことしか出来なかった。せめて盾があれば別だったのかもしれないけれど。でも、きっと、力の無い私じゃ、あまり意味は無かっただろうな。
 危険な世の中とはいっても、今の所は村の中には魔物が入ってこなかったから、私みたいな小娘が魔物と戦う必要性なんてなかったのだ。

 中腹まで辿り着かないうちに私はへとへとになっていて、自分の体力の無さを呪った。
 けれど、休憩している暇などない。彼がいまどこまで行ってるかもわからないし、ここでぼんやりしていると、それこそアカテクタイトにやられてしまう。

「噂のように、岩が転がってきていないだけよかった」

 こんな自分じゃどうにもならないから引き返すべきかと何度も思った。
 だけど、自分のいまの体力では引き返すこともままならない。
 それに。

「これ、渡さないと……」

 持っていた弦楽器をチラリと眺めてそう呟く。
 村で待っていたって、彼が帰ってくるとは到底思えない。任務があると、そう言っていたのだから。
 私の所でぬくぬくとはしていられないだろう、こうやって私のいない間に家を抜け出すくらいだもの。





 そうやって、別のことに思考を持っていかれていたのが悪かったに違いない。身を守る術をもっていない私は、一瞬でも気を緩めるべきではなかったのに。

 目の前に迫っていたテクタイトが私を見つけた。すごい勢いで飛び跳ねて、こちらに降りてくる。山道を走り抜ける元気はもう余り無かったし、それよりも不意打ちに驚いて身体が固まってしまった。

(動け動け動け!!)

 そうやって心の中で唱えても、なんの助けにもならない。
 ただ眼前に迫り来る恐怖が、短いカウントダウンを始めるだけだ。

「動いてよ!!」

 私の叫び声をあざ笑うかのように、命令を聞いてくれない自分の身体。
 ずるりと抜けた力、その場でぺたんと腰が落ちる。

 絶望に近い何かを味わった。


 もうダメかもしれないと覚悟して、せめてこの預かり物だけは守りきらなきゃと腹に抱え込んだ。
恐怖から頭を手で守る。いくら小さく丸くなっても、一旦狙いを定められてしまえば、それから逃げられる訳が無いのに。

 走馬灯なんて浮かぶ暇もなかった、ギラギラと照らしている太陽の光が、飛び上がった魔物によって遮られたことを背中で感じる。

 もうダメだ、もうダメだ。息を止めて、ぎゅっと例のロケットを手のひらの中で強く握りしめた。

 とたんに聞こえる魔物の悲鳴。
 何処から漏れてるのかもわからない気味の悪いそれに、背筋がゾクリとした。顔を上げる勇気がなかった。
 どうしよう、と心の中で呟いて身体を震わせていると、怒鳴り声が私を襲う。



「何をしてるんだキミは!! 死にたいのか!」

 罵声に近いのに、ホッとしてしまった。知ってる声だ。彼の声だ。
 そっと顔を上げると、相変わらず、左目を髪の毛で隠している彼。今朝のまま。
 私が焦がれてやまない金色の髪の束は、穢されることも無く、三つ編みに結われてまるで尻尾のように揺れていた。
 ただしその顔は私が家で匿っていたときには見たことも無いくらいに激高していて、驚きを隠せなかった。こんな顔みたことない。私なんか相手に、ここまで表情を崩してくれるなんて。少しの恐怖と、嬉しさが綯い交ぜになってしまう。顔の筋肉が緩んでしまうのは、不謹慎な嬉しさからじゃなくて、死の恐怖からひとまず解放された故の安堵の所為だけれど。

「こんな時代だからこそだ、命を無駄にするんじゃない。せめてキミだけは……キミは、戦いには関係ないんだから」
「あの、これ……」

 何故か泣きそうになってきたシークの声に、私もつられてしまいそうになる。私なんかが命を落とした所で、自業自得なのに、なんでここまで。
 余計なことを考えそうになったのを隠すように、私はクスリ屋のにいちゃんから受け取った弦楽器を手渡した。

「ハープ……なんでキミが?」
「村で拾った人がいて、きっとあなたのだと思って。あなたが、必要としているかなって、」

 私が言い切る前に、シークは動いていた。座り込んでいる私に視線を合わせるようにしゃがみ込む。
 楽器を受け取ったかと思うとそれは片手で自身の横に置く。そして反対の手で、弦楽器を渡すために差し出していた私の手首を掴んで引き寄せる。先ほどハープを置くのに使った手をそのまま背中に回して、痛いくらいに抱きしめられた。

「ばかだな、キミは」
「なんで……」
「キミは知らなくて良いんだ」

 すっと、私の黒髪にその包帯だらけの指を通したかと思うと、ハッと我に返ったかのようにシークは私から離れた。

 なんとなく、名残惜しいような気分になる。
 人肌が恋しかったのだろう、私はもう何年もこうやって人に触れられたことが無かったのだから。
 チラリとシークを見ると、彼は気まずそうに視線をそらした。

「キミは帰れ、と言いたい所だけど……このまま帰すのも不安だ。とりあえず、ゴロンシティまで来てもらう。責任を持って、ボクが守るから」

 そこまでしてもらう義理は無い、と言おうと思ったけれど、シークは私を通してなにか違うものを見ていると感じた。

(私じゃなくて、本当に守りたい人がいるんだ、きっと)



 ゼルダ様だろうか、ゼルダ様だといいのに。

 それなら、私はこの人が素直に好きになれる。
 私の一番は今でもゼルダ様だし、ゼルダ様の為に命をも張れる人を、私は無条件に尊敬出来る。
クスリ屋の兄ちゃんが、この間のようにどこか私に揺さぶりをかけるように言ったとしても、私に何か利用価値があるのだとしても、私にとって、ゼルダ様に助けられたっていう事実は、やっぱり絶対なんだ。
 それを強く思って、ロケットを握りしめる。

 けして、開くことのないロケット。眺めていると、声がかけられた。

「そのロケットの中が見たいかい?」
「えっ?」

 私が思わず聞き返すと、シークは寂しそうに微笑んだ。儚い笑みに、本当は女性なのではないだろうかという錯覚さえ覚えそうになる。
 こちらの躊躇いなど気にせずに、私の首に掛かっているロケットを手に取り、顔を近づけて目を細める。
 影の掛かった表情のまま、何処からともなく細い針のような物を取り出すと、数秒カチャカチャと手慣れた様子でいじり始める。

 ほどなくして、パチン、と音がしたかと思うと、彼はホッと息を付いた。
 黙って私の手の中に包んで彼は立ち上がる。私が立ち上がるのも助けてくれるらしく、紳士に手を差し出した。

「今は見ないで欲しいんだけど、いいかな」
「え、うん……」

 その声色の真剣さに考えることも無く、頷いてしまう。
 今まで中身を見なくとも大切にしてきた物だ。中身なんてーーと、強がりを言うのは簡単だけど、正直な所、少し怖かった。
 大切な大切なゼルダ様に貰ったロケット。その中にもしも写真が入っていたならどうしよう。
 私の中での聖域とも言うべきゼルダ様が、揺らいでしまうことだけが怖い。

(けれど、何が、誰の写真が入っていたとして、私のゼルダ様はゼルダ様だ)

 心の中で呟いて、自分の気持ちを再確認する。揺らいでた自分をみつめると、気持ちが楽になった気がした。
 極力バレないように深呼吸をして、さっきからずっと差し伸べてくれている手をとる。
 何か違和感。たしかに筋張っていて男の人っぽいんだけど、一瞬白くて柔らかく感じてしまい、妙な違和感を覚えてしまった。

(……?)

 立ち上がっても手を離さずに、彼の手の甲を凝視する。一瞬ブレたような気がしたけれど、気のせいだろうか。
 思わず、シークの顔を窺うようにして見てしまった。
 最初不思議そうな顔をしていたけれど、私が手と交互に彼を見ているのが分かると、何かに気が付いたように息を飲んで、私の手を振り払った。

「す、すまな……っ」
「いいの、私こそごめんなさい」

 私は、何かに気付きそうになったのだろう。気付いてはいけないことに。
 シークは今までに無く怯えたように私を見て、それでいて震えた声で謝罪をしようとするものだから、私は遮った。
 これじゃあ、私がいじめているみたいじゃないか。せっかく、危機的状況を救ってもらったのに。嘆息しそうになったけれど、ここでそんなことをしたら余計にこじれるような気がして、ぐっと堪える。

 信念を掲げ、守るべき物はブレない、そんな印象だったのにあっという間に崩れていく。
 どこか女性的とも言えるなにかを怖がっているようなその表情は、そっち方面の性癖を持った人種にとっては嗜虐心をくすぐられるような、そんな風に思った。


「ええ……あの、ごめんなさい。あのそれより、あの、本当に申し訳ないんだけど、私、もう走ったり出来る余裕無くて……」
「分かってるさ。けど、時間もない。魔物からは必ず守るから、進み始めても良いだろうか」
「ええ……。シーク。あなたは、大丈夫?」

 私がそっと問いかけると、シークは儚く微笑んだ。
 空気がふわりと舞い上がり、辺りには目には見えない粒子が飛び交っているのだろう。
 彼を、シークたらしめるそんなオーラというか、存在感というか、そういうものが彼の微笑みに合わせてチラチラと主張している。

 それにしてもーー
 先ほどのあの反応は、けして開けてはいけない箱をそっと開いてしまったみたいな、そんな反応だった。おぼえた違和感に蓋をする。


 考えない。考えたくない。




「早くしないと、時間がない……勇者が神殿から出てくる前に、僕の方に限界がきてしまう」

 意味は理解ができなかった。
 理解できないほうがいいのだろう、と漠然と思って、考えないことにした。





 考えない。

 考えるな、何もかも。


 思い出してはいけない。






 チリチリと脳を刺激するような危険信号に、私はうめき声をあげそうになった。口を閉じることによって耐える。
先ほど返してもらったロケットをギュッと握り締めて、いつものように気持ちを鎮めた。

 その私の様子を、シークが複雑そうに見守っていたけれど、私は知らない振り。

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