She Sells Sea Shells by the Seashore 3
The shells she sells are surely seashells.
So if she sells shells on the seashore,
I'm sure she sells seashore shells.
疲れきってヘトヘトになりながらも、ようやく目的地であるゴロンシティへ到達した。標高はかなり高いのではなかろうか。おそらくまだ中腹と言った所だけど、かなりの高さだなあとしみじみ思う。さすがのデスマウンテン。そう易々と、人間を受け入れる訳が無い。
ゴロンシティはその名の通り、ゴロン族の住む場所だ。岩を食すという噂もあるくらいで、体つきも大きいゴロン族達が住むところなのだから、カカリコ村なんかと違うのは想像していた。けれど、思いのほか洞穴みたいで、なのに中はすごく広くて驚いた。三階建てからなる大きな大きな建物のような構造だとは思っても見なかった。
私はゴロン族の人たちを、今までほとんど見かけたことがなかったので、最初は少し怖かったのは正直な所。自分達と違う造形、ということへの恐怖というわけではない。予想よりも随分と大きくて、なにより、廊下の辺りをぐるんぐるんとものすごい速さでころがっていたことへの恐怖である。
(あれ、押しつぶされたら普通に死ぬんだろうな)
妙にそう冷静になったこと、なったこと……。
それでも、話しかけたら可愛い語尾。その図体に合わないほど穏やかで心優しい彼ら。そのつぶらな瞳と愛らしい表情を見ていたら、恐怖などすべてぶっ飛んだことだけ言っておこう。
「危ないぞ」
いや、訂正。
やっぱり、少し怖い。
ぐっと身体を引っ張ってて、ゴロン族の下敷きになりそうだった私を庇ってくれたシーク。小さくお礼を言って、またゴロンシティを歩き始める。彼はこうやって、さりげなく助けてくれるのが上手いと思う。道中、酷く怒られたあとも、まだゴロンシティへの道のりは長く険しかったが、私が気が付く前には既に襲い来るテクタイトを退けてくれていたし、息の上がる私を気遣ってくれもした。どうにかゴロンシティへ辿り着けたのは彼のおかげ。如何に自分が無謀なことをしていたのか思い知らされた。
大妖精の泉は、デスマウンテンの火口にある。そこへ向かうためにはこの山の管理者であるゴロン族の許可がいるだろう、ということでシークと私はこの種族を統べているひとに挨拶することにした。
ゴロン族の本当の親玉・ダルニアは炎の賢者だかなんだかだったらしく(私にはよくわからないが、曰く勇者を支える補佐みたいな人たちらしい)、もうここにはいないのだとか。シークもそれは知っていて、動揺の色はなかった。かわりに代理でリーダーを務めているゴロンがデスマウンテンへ行く許可を出してくれた。
最初はあぶないゴロ、と渋っていた。なのに、シークが王家からの(というよりもゼルダ姫の)使いだと主張し、ハープでどこか懐かしい音楽を奏でたら、ころりと態度を変えたのだ。ただしハイリア人にはあの熱さに耐えられないだろうから、とゴロンの服を二着渡してくれた。自分は、それにシークもハイリア人かどうかも怪しいのだけれど、暑さに耐え切れないことは事実。黙って受け取る。
シークは初め、「行くのはボクだけだから」とか「ボクには必要ない」とか「余計なお世話だ」とまで言っていたのに、ゴロン族の押しに負けて結局着ることにしたらしい。そりゃね、着なきゃ許可しないとまで言われたらね。
本当は、どうやら私をここに置いていくつもりでゴロン族に事情を説明するつもりだったらしい、と零す。私としたら、ここまできたら最後まで着いていってやるという意気込みだ。怖いことは無いだろう。シークもいるし。病み上がりの人間にそんな無理はさせるつもりは無いけれど、どうしても気になってしまう。自分の感情の動きに戸惑いつつも、それを押し殺すように「まあ、二着貸してもったんだし、好意を無駄にしちゃダメだよね」と微笑んだ。シークは盛大にため息をついた。
そんなにため息ばっかりつくと、しあわせが逃げるのに。からかうような言葉にも、彼は感情のこもっていない口調で「ボクのしあわせなんて関係ない」とだけ言って、黙々と着替えていた。
なんていうか、着たくなかったっていうのも分かるぐらいに似合わないーー
(ーー……というか、あれ?)
治療のときに見ていたのと、若干のぶれがある気がする。
筋肉質だった身体が何処か丸く、柔らかそうだ。そんな訳が無いのに、脂肪にそっと保護されたやわらかい女性の肌を思い起こさせる。シークは女性ではなく男性だと。ゼルダ様ではないのだと、私自身が納得した、その体つきとは程遠い。
目が疲れたのだろうか。さすがに、ここにきて彼が、女性だなんてそんなことは信じられない。そう思って目を擦ると、違和感がまるで無かったかのように消えていた。
(なんだ、気のせい……)
気の所為じゃないなら、なんなんだ。私はシークの表情を窺った。なにか、変化に気付いていないかと。彼が知らない間に、身体が蝕まれているのではないかと。呪いでも掛かっていたなら、ここでこんなことをやっている場合じゃない。否、一刻も早く大妖精様に見てもらうべきかもしれない。魔力が戻らないのもこの影響かーー
顔を上げると、シークは私の視線を追っていた。どこかピリッとした表情で、私を刺すように見つめている。その場には私達の他には誰もいなくて、詰問でも始まるんじゃないかと思ってぞくりとした。別に私に疾しいことなんてない。何かを知ってしまった訳でもない。なのに、逃げ出したくなるのは何でだろうか。
だって、彼の表情は、私を疑うときに一瞬だけ見せた表情にそっくりで。いいや、それよりも遥かに緊張が走っていた。
……今思えば、私がいない隙にあの家を出るつもりだったのなら、あのときの警戒心の無さには納得がいく。たぶん、私が敵だろうが味方だろうがそうでなかろうが、どうでもよかったのだ。
けれど今、私はこんなところまで追ってきて、偶然の産物で、おそらく彼の秘密に触れようとしている。気付こうとしている。好奇心はひとを殺す。彼のことを知りたいと、思ってしまったのは私の誤算だ。舌打ちがしたい気分でさえあった。知りたいのに、命が惜しい。こう言うときに思うのだ。浅ましい。
「どうした?」
硬い声。もし、私がここで回答を間違えようものなら、デスマウンテン登山道のさなかであった魔物と同じ運命を辿るのだろう。
私は何も言えないでいる。
「なにか、気付いたのか?」
「……そんな気がしたけれど、気のせいだったみたい」
凍らせた声。もう沈黙は保てない。気をつけるように、息を零しつつおどけた様に、空気へ音を乗せる。それでも、彼はまだじっと探るような視線を向けていた。しかし数秒ーーおそらく数秒だったーーそうしていると、急に興味が冷めたかのように、すっと私から外す。
「悪かった。自分の身体については少々コンプレックスがあって、神経過敏なんだ」
私は、それが嘘だと思った。
澱みない言葉は、逆に滑らかに通り過ぎて、空虚に聞こえる。
だけれど指摘はせずに、「私も」と同意することで話を逸らすことにした。
「私も、コンプレックスなの、この髪」
波打つような自分の黒髪に触れて、微笑んだ。湿気に晒されるとひどくうねる髪もデスマウンテンの火口に近い、この場所では比較的おとなしい。だが、本来の癖は無くなる物ではなく、ウェーブはそのまま。
「ハイラルの人……というか、ハイリア人って、輝くような金髪のひとが多いじゃない。しかもまっすぐな。ほら、ゼルダ様みたいに。勇者も金髪って噂だし。そうじゃなくても明るい色。それに、キミだってゼルダ様と同じ色」
「……きみは、覚えているのか?」
冗談のつもりだった。
たしかに、ゼルダ様の金髪、そして同じ質を持っている目の前の青年の金色の髪は、私の憧れてやまないものである。
自分の黒髪が嫌いな訳ではないけれど。まっすぐではなくうねるような癖っ毛に、雨の日には本当に悩まされるけれど、それでもあのおじいさんが私に、褒めてくれたものだから。
それなのに、先ほどよりも緊迫した表情で私に囁いたシークがおかしかった。何か思いがけず、重要なことに触れてしまったように。その手のことでコンプレックスを抱いたことがあるのだろうか。でも、それじゃあ、『覚えているのか』って言葉はおかしい。
「なにを?」
囁き返したら、シークはハッとして強い口調で「忘れてくれ」と言った。
「悪かった。なんでもない、忘れてくれ」
もう一度繰り返すことによって、この話題は終わりだと告げているようだった。
*
デスマウンテンの火口は、予想以上の熱さだった。ゴロンの服に着替えはしたけれど(ただしサイズがなくてだぶだぶである)、それでも熱過ぎて汗が絶えない。覚悟はしてたのに、なんて熱さ。これではシークも私を置いて行きたがるはずだ。
そうしている間にも汗は流れて行く。その汗にしたって流れた側から蒸発していくものだから、この世にこんな場所があるとは思いもしない光景だった。あとできちんと水分をとらないと、倒れてしまいそう。
最後までゴロン族に「ボクはこんな服は必要がない」と言っていたシークは平然な顔をしていたけれど、火口に入った瞬間、「そうか、魔力が……」と呟いたのを私は聞き逃さなかった。魔力があれば、この場所も平気になるのだろうか。いや、彼にはなんだか山ほど秘密が隠れているようだったし、それについては考えない。
(もうあの刺すような視線を向けられたくない)
けれど、無関心のはずの彼が、あのときだけは私をきちんと認識してくれるのだから、背中に走るのは歪んだ喜びだ。私だけに視線を向けてくれた。意識を向けてくれた。それが、どうしてこんなにもゾクゾクするのだろう。
ゼルダ様以外には興味が無い、興味を持ちたくないのに、彼に対してだけはこんなにも揺さぶられる。それに対して恐怖を持っていたはずなのに、なのに、だんだんそれが薄れていくのが奇妙だった。
ゴロンシティから火口に出てすぐ右手にあった吊り橋を渡ったら、大きく口を開くようなくぼみがあった。横穴というべきか。先は結構深いらしく、見通せないほど暗い。
シークは迷わずにその中に入って行く。魔物がいたらどうしよう。そんなことを思ってシークを盾にするように後ろについていくと、怖がっている私に気が付いたのか、彼は振り返った。「大丈夫だから」そう言われても。納得ができないまま、胸の内に巣食う恐怖心と戦っていると、彼はそっと手を引いた。掴まれた左手から伝わるじんわりとした熱。炎が主張する無感情なそれとは違う、人肌のもの。ホッとしてしまう。……本当に、やめて欲しい。ゼルダ様しか見ずに生きてきた私を揺さぶって、心の中を蹂躙するようなことは。
彼はなにも意識していないのだろうけど。