She Sells Sea Shells by the Seashore 4

She sells sea shells by the seashore.
The shells she sells are surely seashells.
So if she sells shells on the seashore,
I'm sure she sells seashore shells.

 横穴を進んでしばらく。どの暗い広いのかわからない真っ黒な空間の奥。景色が切り替わったかのように、急に神秘的な光が差し込んでくる。これ、もしかして泉のーーそう思って、シークに目をやる。

「あれが?」
「そうだ、と思う」

 確証が無さそうに言いながら、そちらの方向に歩き始める。もしかしたら来たことがなかったのかもしれない。でもきっと、そうだと思う。歩いて近寄っているうちに、大きな泉のようなものがある場所に出た。
 カカリコ村の墓地にある、妖精の泉とやっぱり何となく似ていた。泉がぽこぽこと湧き出ているし、なによりふんわりと包み込むような、それでいてこの世のものとは思えないような光が周囲を照らしている。ただ違うのは、墓地にある泉なら中央に泉が広がっているのに、その場所には祭壇のようなものがあったということ。それと、もうひとつ。妖精玉がまったくいなかったことだ。
 しかし、何もいないのに「なにかがいる」という空気があって、ここは何処かと繋がっているのかもしれないと思った。もしかしたら噂に聞く聖地ーーそんな単純な考えしか浮かばなかったけれど。
 先ほど漠然と思った、「祭壇」というのもあながち間違ってはいないのかもしれない。

 黙ったまま考えに耽っていると、シークはハッと気が付いたように繋いだままだった私の手を外し、自身の弦楽器を構えた。そういえば、先ほどゴロンシティでも音楽を奏でていたけれど、偉い人たちはみんな音楽で身分を証明する物なのだろうか。

 やはり、どこか懐かしい音楽を奏でられる。先ほどのものと同じだ。
 繊細なハープの音がポロン、ポロンと辺り一体に零れ落ちる度に、私の涙腺を刺激する。破壊すると言っても良いかもしれない、圧倒的な暴力にも近いその音が私の中に侵入して暴れ回る。穏やかで、優しい、子守唄といっても通じるかもしれないそれなのに、私はぼろぼろと涙を落としていた。

 音楽が一段落終わったかもしれない頃。彼が楽器の構えを解いたくらいに丁度、入れ替わりのように甲高い女性の叫び声のような、笑い声のようなものが聞こえた。
 それまで拭いもせず、そこに突っ立ったまま零していた涙も引っ込んでしまうような衝撃だった。

(だって、なんか怖い!)

 そもそも、「大妖精様」が人間の形をしているとは思わなかったんだもの。大きな妖精玉のような存在かとばかり思っていたら,「彼女」は人間型を取っていた。変にきらびやかな、そして露出度の高い衣装をかろうじて纏い、空中に浮いてニヤニヤとこちらを見ていた。
 一度私に視線をやったかと思うと、「なるほどね……」と呟いて、シークを見た。明らかに、私のときとの温度差が凄い。なんていうか、シークに対しては、視線の色があまかった。私に対しては、どこか歓迎の色が薄い。衝撃が収まって、一度は緩んだ恐怖が再び戻ってくる。

「いらっしゃい、どうしたのかしら。王家のボーヤ」

 誘うように金色の長い髪をまき散らす。男性なら誰もが虜になってしまいそうな色気を振りまきつつそう言ってから、思い出したかのように、「王家のお嬢ちゃん」と続けた。王家のお嬢ちゃん。誰かと間違えているのだろうかと思ったら、シークは弾かれたように私を見て、それから大妖精様を見た。

「あなたには、分かるんですか?」
「んん、『ドッチのお嬢ちゃん』のことかしら」

 うっふふ、と色を振りまきながら、含みを持たせてシークを見ていた。シークは動揺した。何か言われたら困る、そういう脅威を抱いたようにもう一度私を見た。なにか、隠し事をされているのは明白だ。大妖精様はそんな彼をからかって遊んでいるだけの様で、それに気が付いたらしいシークも気を取り直して彼女に向き合った。

「いや、何でもない。それより、ボクの、魔力のことはお分かりだろうか」
「ええ。彼女の魔力のことはね」
「今は『ボク』の魔力だ!!」

 シークが見せた激情と言葉に、さも嬉しそうに大妖精様はため息をついた。そのため息とともに色気が漏れ出すんだから、彼女はすごい。皮肉でもなんでもなく、そう思った。
 大妖精様は困ったように目を細めて視線を走らせる。流し目のまま、シークに目線を落ち着かせ、口元だけでにっこりと笑った。

「そんなに怒らないで。せっかくここまで訪ねてきてくれたのに悪いけれど、魔力は自然に回復するわ。『そのお嬢ちゃん』の精神を押さえ込めるほどあなたの魂が安定したらねーーああ、あなたじゃないわ。ま、もっとも、無関係とは言わないけれど」

 急に自分に関係する話が振られたかと思って、「えっ」と声を上げると大妖精様はたった今、気が付いたかのように私を見て淡くわらった。けれど、それもすぐに離れてしまう。
 本当に、私には興味がないみたいだ。あるいは、関わりたくないと、暗にそう言っているように感じた。

「ねぇ、ボーヤ。もしも術が解けたときのための、掛け直し方は知ってるね?」
「ええ。知っています」
「それなら良いわ。そうね……ちょっとそれを強化する手助けをしてあげましょう」

 戸惑いがちに頷いたシーク。大妖精様はうっふん、と妖艶な笑みを振りまく。空中に浮いてるまま大きく旋回。両手を大きく頭上に広げる。そうやって、何かチカラを集めるようにしたかと思うと、振り下ろすようにしてシークに何か私には見えないものをぶつけた。この空間を照らしている神秘的なあかりも、それに呼応するように光が増して、私は思わず目を瞑る。

「ウワッ」

 やけに女の子みたいな声だった。
 そっと、私は瞼を開いた。

 視界が、否、彼がブレる。

 一瞬、人がふたり重なっているかのように二重に見えた彼。刹那だけ、線が細く、また胸があるよう胸部が膨らんだ本当の女の子に見える影が彼を圧倒し、男性である彼が見えなくなった。私がたまに抱いていた違和感と似ていた。金色の髪は長く、ふわりと散らばっていく。(ーーゼルダ様!?)どうしてそう思ってしまったのか。きっと、色が同じだったからだろう。
 思わず彼女を捕まえるように手を伸ばす。届かないうちに、彼は激しい衝撃を受けたように吹き飛ばされた。私からは酷く遠ざかる。姿も、既にもとのシークだ。完全に、男の人。
 彼は、ようやくその場にうずくまったかと思うと、今度は彼自身が光に包まれた。



 彼を抱いていた煌めきが収まると、シークは地に足をつけて、きちんと立っていた。先ほどまでブレていた存在は、いまはそうは見えない。そこにいるのが「彼」だと、女の子でも子どもでもなく、きちんと男の人だと主張するような趣があった。

「あ、りがとう、ございます」

 シークは私の家で巻いたままの包帯を纏っている自分の手を見て、二、三回グーパーと閉じたり広げたり。自分の動きを確認していたかと思うと、お礼を言った。
 大妖精様は先ほどまでの蠱惑的な雰囲気をしまってしまったみたいに、優しげに微笑んだ。誘惑する妖女だったのが、急に女神のようにーーそれどころか、何でそう思ってしまったのだろう、まるで母親のように!
 空中でうつぶせになり、足は膝の所で上方に曲げてゆらゆらしている。肘をつけたような姿勢で、顎は両手に支えられている。今度は無邪気な子どもみたいだった。


「お礼はいらないわ、それは無茶をしたらすぐに解けるもの」
「え……そんなっ!」
「その娘を連れてきたのは正解だったわね、ボーヤ。さっき言ったことは覚えてる? そのお嬢ちゃん押さえ込めるほど、あなたが安定したらって」
「ああ」
「簡単なことなの。手っ取り早いのは、自分に似た魔力を摂取すること。わかってるんでしょう? 魔力が不足しているから魂が安定しない。魂さえ安定すれば、魔力はすっかり元通りになるということくらい。ああ、大丈夫ーーその子の前で秘密は漏らさないわ」

 二人のやり取りについていけずにいたのに、唐突に私に関わってくる。大妖精様はきょとんとしている私に視線を向けてそんなことを言ってから、やっぱり含みを持たせてシークを見る。
 シークは沈黙で返す。彼女は再び妖しげにうふっと微笑んで、それ以上は何も言わない。秘密は漏らさなくても、きっとシークは私が何かを勘付いてしまうことさえ厭うのに。きっとそれすらも分かっていて、大妖精様は私達で遊んでいるだけ。

「あのね。王家相手だから、私は、私達は協力しているのよ、ボーヤ。アナタにとっても、何が一番大事なのか、見誤らないことをお祈りするわね」

 「疲れたらいつでもいらっしゃい、歓迎するわ。シーク」と、最後にそれだけ言って大妖精様は空中で一回転した。彼女の長い金色の髪の毛がそれにつられて動く。泉の中に突撃するように向きを定めると、そこに吸い込まれるようにして消えていった。

「シーク……」
「キミは無関係だ。妙な気を揉まないでほしい」

 私で力になれることなら力になりたいと、ゼルダ様に関することなら余計にそうだと、私は言おうとした。けれどそれは遮られ、代わりにピシャリと言い切られてしまった。関わってくれるな。暗にそう言っているのだろう。
 シークは何を思ってそう言ったのだろうか、知りたかったけれど、表情は読めない。無いいだろうけれど、もしも私を心配しているのなら(ーー登山道の様子では、自惚れてしまうのも仕方がないじゃない)、そんなこと気にしなくても良いのに。
 だけど、任務中だと言わんばかりの能面に、私はなにも読み取ることが出来なかった。





 大妖精様がいなくなってしまったそこにいても、もはや何の意味もない。私達は足早にゴロンシティに戻り、そこで一泊させてもらってから、カカリコ村に戻った。

 帰り道は簡単だった。そして、改めて魔力というものは凄いと思わざるを得なかった。
 大妖精様に「強化」してもらったことで、ある程度魔力が回復したらしく、帰りはハープで移動旋律を奏でることによってあっという間に村へ着いたんだもの。
 行きの努力はなんだったんだろう、と思わずにはいられない。誰にでも出来る訳じゃないとは知っている。でも、私にだって少しばかりの魔力があるのだからもしかしたらーーそこまで考えて首を振った。おじいさんが必要だと思ったなら、きっと私は既にそれを身につけている。きっと、彼は私があんまりにも魔力に頼ってしまうことを良しとしなかったのだろう。

 シークはすでにカカリコ村には用はなかったらしく、私を下ろすとすぐにハープを構え、どこかに飛び立ってしまった。どこに行くのかは全く分からない。旋律の調子が何処か水の流れを思い出させる物だったから、もしかしたらそちらのほうかもしれない。

 ぼんやりと突っ立って彼のことを考えていたら、何故か、こんな町外れの墓地にまでクスリ屋の兄ちゃんが迎えにきている。ぎょっとした。薄寒いなにかを感じたけれど、それはきっと気のせい。含みのある笑顔では、なかったと思うから。にっこりと笑って、そして言う。

「おかえり、ラナちゃん」

前へ
  次へ