London Bridge Is Broken Down 2
London Bridge is broken down, My fair lady.
Build it up with wood and clay, Wood and clay, wood and clay,
Build it up with wood and clay, My fair lady.
Wood and clay will wash away Wash away, wash away,
Wood and clay will wash away, My fair lady.
Build it up with bricks and mortar, Bricks and mortar, bricks and mortar,
Build it up with bricks and mortar, My fair lady.
Bricks and mortar will not stay, Will not stay, will not stay,
Bricks and mortar will not stay, My fair lady.
Build it up with iron and steel, Iron and steel, iron and steel,
Build it up with iron and steel, My fair lady.
Iron and steel will bend and bow, Bend and bow, bend and bow,
Iron and steel will bend and bow, My fair lady.
Build it up with silver and gold, Silver and gold, silver and gold,
Build it up with silver and gold, My fair lady.
Silver and gold will be stolen away, Stolen away, stolen away,
Silver and gold will be stolen away, My fair lady.
Set a man to watch all night, Watch all night, watch all night,
Set a man to watch all night, My fair lady.
ぽろりぽろりと零れている涙は、嗚咽へ。どうしようもない気持ちの代わりに、込み上げてくる熱くて苦しいものに翻弄されて、いつの間にか眠っていたらしい。
ぱちりと目を覚ませば既に外は明るく、太陽もほどほどに昇っていた。腫れ上がって不細工な目元だろうと、鏡を見ずとも分かる。見られて困ることもない。どうせ会うとしたらクスリ屋だけだ。余計な心配を掛け、変に突っ込まれるのは鬱陶しいが昨日の今日だ。きっと、疑問に思わないだろう。
正午前になって、ようやく外に出る気分になった。泣きはらした翌日は、どうしてこうも倦怠感が付きまとうのか。もう横になっていたいと思ったが、そうしていてもきっと余計にしんどくなるだけだろう。散歩がてら、ここ最近の習慣通りクスリ屋にでも向かおうことにして立ち上がる。昨日のことも、もっと冷静に聞けるかもしれない。顔を冷や水で洗い終え、着替える。
そこでやけに村が静かなことに気が付いた。外から聞こえてくる人の声もない。コッコの鳴き声も羽根の音も聞こえない。時折、風がびゅーびゅーと吹き込んで、窓を叩く。そのせいで、ミシミシと音を立てるくらいで、それ以外はほとんど無音。静か過ぎて不気味だった。
外に出るのを躊躇った。言い知れない恐怖が身体中を襲い、ただでさえ思うように動かない身体がその重さを増した。胃のなかに大きな石粒がゴロゴロと転がっているように気持ち悪い。
それでも外に出なければ。使命感のような何かに突き動かされて、座り込んでしまおうとする手足を必死に留める。ドアノブに手をかければ、酷い恐怖に苛まれた。自分が何かに喰われてしまうような予感まで抱く。外に出れば、弱者である私はひとたまりもないのではないか。こんな小屋、本当に力のあるものからしたら、すぐに取り壊されてしまうものだというのに。どうして私は自分の身を第一に、この部屋に引きこもろうとするのだろう。まるで、夜を怖がっていた日々のようだ。
なんだか、嫌な予感がした。
ひとまず扉から外に出るのは諦め、小屋の窓から外を窺うことにした。杞憂で済むなら、体調が悪いのを押して外に出なくても良い。何でも無いのだと確認さえ出来れば、使命感のような下らない気持ちは消え去るだろう。そう思って。
けれど、私の希望を打ち砕くかの様に、外には暗雲が立ち込めている。ただの雨雲には思えない、紫掛かってさえいるような、どんよりとした魔の色だ。
やはり外を確認しなければ。もうこの時点ではヤケになっていたような気もする。根拠も理由も無いのに、ただ漠然とそう思い、やめとけばいいのにという自分の中の冷静な声には耳を貸さず、玄関扉へと手を掛けた。
その刹那、頭がズキリと痛んだ。
「ッ……!」
思わず声を飲み込んでしまうような、鋭い痛み。太い針でチクチクと刺されている刺されているような刺激が走ったかと思うと、脈打つようにそれが頭中に伝染する。最近、これが多い。過去を思い出そうとしているときに良くあった痛み。なのに、どうして。今は、過去なんて全くーー
そういえば随分昔、クスリ屋の兄ちゃんが、この偏頭痛について「魔力持ちの弊害だね」と複雑そうに零していたことがあった気がする。魔力の扱い方は父さんに聞けば良い。そう言っていたけれど、結局教えて貰えないままに、おじいさんはこの世を去った。持病で倒れ、あっけなく死んでしまったのに動揺して、すっかり忘れていたのだけれど。
もしこれが収まるのなら、私は魔力の扱い方を知りたいと思うだろうか。おじいさんが結局教えなかった、それを。けれど、まあ、この村には魔法の使い手がいないから、誰かに習うわけにもいかない。クスリ屋の兄ちゃんはあの時、私に単純な痛み止めだけ処方してくれたけれど、根本的な解決には至っていない。
使わない魔力が溜め込まれているせいだと。
私の魔力は魔物にとって、まるで蜜のように甘い芳香を漂わせるのだと。
だからきっと、おじいさんは私に村の外へ出ない生活を強いたのだと、そんなことを説明していたような気がする。そういえば、デスマウンテンへの登山道で、テクタイトも見えないにもかかわらず私に狙いを定めてきた。
(いっそ使えない魔力なんて、無くなってしまえば良いのに)
心の中でそう呟いて、ギリ、と歯を噛んだ。
そうしていても仕方が無い。全身の倦怠感を振り切るべく、深く息を吸って、吐いて、扉を開けた。緊張を和らげるために、ゼルダ様のロケットを握り締める。中身を知らなかったときも落ち着きはしたが、中を知ってしまった今の方が、より勇気が湧いてくるから不思議だ。
シークと出逢った夜のことを思い出す。あのときも、扉を開けるのが怖かった。それでも、出て行ったのだ。同じように、慎重に、けれども確かに一歩踏み出す。
立ち込める嫌悪感のようなものが、身体を覆った。纏わりつく実体のない気持ち悪さ。恐怖と置き換えても良いかもしれない。自分の頬をパチンと叩いて渇を入れ、一歩一歩進む。私の脳内が勝手に反応しているだけの、私の弱さが生み出した拒絶だと思ったからだ。
(あの時は踏み出せば、恐怖が吹き飛んだのに)
いずれ消えるだろうと思っていたのに、それは村の中心部に向かうに連れて濃くなっていく。立ち入りを拒絶しているようだった。実体はない。見えない。なのに、霧のようなものさえ、立ちこめているのが見えるのではないかと思う程だった。気持ち悪さを抱いているのに、なぜ部屋の中へ引き返さなかったのかわからない。ただ、突き動かされるようにして、足を動かしていた。
井戸が見えてきた。引き寄せられるように、足が動く。周辺に立ちこめる悪いものは井戸の中から沸いているような気がした。あの中から紫色の魔の霧が沸き上がっているのではないか。
もう近付かなければ良いのに。足が止まらない。呼び寄せられているのか、頭では何も考えられない。ただ、身体だけが動いて井戸に進んで行く。(止まらないと)井戸の底に落ちてしまう勢いだった。脳が発した危険信号も、身体は受け取ってくれない。
井戸は眼前に迫る。むっとした空気が更に濃くなって、息をするのも苦しくなった。指令が解かれたかの様に、思わず足を止める。空気は良くならないまま、私はそこに棒立ちしてしまう。自分が見えない何かに冒されているような、そんな感覚。脳に必要な成分が行き渡らず、ふわふわとした気持ちになった。なんだか、このままで構わないようなーーその時、何かに襲われた。考えられないほど巨大な手のようなものに、鷲掴みにされる。
締め付けられる痛みに、声もあげられない。たしかに感覚は存在するのに、何に襲われているかもわからない。見えないのだ。もうこのまま握りつぶされてしまうのか。地に足のついている感覚はない。上も下も分からない。どうなっている状況か、全く把握出来ていなかった。喰われてしまうのかもしれない。この見えない何かも、もしかして私の甘い芳香に惑わされたのか。何で私ばっかり。いや、いっそ、ここで死んでしまうのも良いかもしれない。その方がゼルダ様の、王家のためにもーー
「ラナ!」
聞いたことのある声だった。私はハッと我に返る。私を現実に呼び戻した青年のその声に、暴れ回っていた見えない何かの気も逸れたらしい。
私を取り落とし、その場から離れたのが感覚的に分かった。地面に強く身体を打ち付けたせいで、全身が鞭打たれる。ただ、それほど高くはない所から落とされた上、打ち方も悪くなかったらしい。身体のあちこちの痛みのわりに、動くには大きな支障がないようで、ほっとした。
顔を上げて、私の名前を呼んだ彼を見やった。ほとんど一週間振り。私を引き付けてやまない金色の髪は相変わらず輝いている。真剣な表情で私を見ていた。無事を確認すると、顔の筋肉を緩ませること無く、井戸のあたりを見つめている。
「下がってろ、ラナ」
(……いつから彼は私を名前で呼んでいるんだろう)
こんな状況にも関わらず、喜びが身体を満たす。周囲への警戒を怠っていない彼はきっと、私が何を考えているかなんて想像もしていないのだろう。こんな危険な状況で、こんな下らないこと、考えているなんて。
けれど、彼が目の前に現れたとき、自分の心配なんて、どこかに消えてしまった。なんて無責任。なんて楽観的。きっと彼は私を守ってくれると無意識で信じ込んでいたのだ。
私はどこかでわかっていたのかもしれない。
だが、彼がそのまま見えない敵と対峙しようとしているのを、黙ったまま見逃す訳には行かなかった。彼は強い。一般人では有り得ない程度に、スキルも身につけている。けれど、目の前にいる、強い魔を纏っているものを、見えもせずにどう退治するというのだ。
「やめて、無理だよ。見えないんだから!」
しかし彼の視線を追っているうちに、彼には見えているのかもしれないという考えが頭をよぎった。視線はきちんと定まっており、彼の瞳は何かを確実に捉えているようだった。証拠とするかのように、シークは針の用な物を数本、指の間に挟み、構える。
両手を広げ、攻撃を加えようと投げつける。けれどもそれは魔物に届かなかったらしい。針は弾かれて何処かへ落ちた。
それで諦める彼ではなかった。懐から短剣を取り出し、走り出すとそのまま切り掛かる。だが、巨大なそれはビクともしない。シークは、可憐な悲鳴を上げて吹き飛ばされる。弾き飛ばされたのは女性かと発覚するような短い叫び。
打ち所が悪かったのか、その場に倒れ込んで数秒ぴくりとも動かなかった。大丈夫かと駆け寄ろうとしたら、彼は顔を上げる。気力で立ち上がろうというのだろう。震える身体をぎゅっと握りしめながらシークは、よろよろと立ち上がった。
その時、ザクザクと何かが駆けてくる音が聞こえた。自分とシーク以外には人気がないはずのその場。一体誰が。敵かもしれない、警戒しながら村の入り口の方を振り返ると立っていたーー緑の衣を纏い、ハイラルの盾と伝説の剣を背負った青年が。
(ああ、彼は噂に聞くーー)
「勇者リンク……」
私は、誰にでもなくそう呟く。それと同時に竜巻のような風が発生した。井戸を巻き込むように強く吹き荒れると、村を覆っていた陰気くさい霧と共に何処かへ消えていった。
「大変なことになった……」
絶対に無理をしていると、私にだって言い切れる。あんな訳の分からないから、攻撃を食らったのだ。ペシャンコにされた人間は、普通生きてはいないのに。それでもふらつきながら立ち上がって、懸命に勇者への道先案内という役目を全うしている彼に、どうしてか胸が痛くなった。それが役目なのだから仕方が無いと言えばそれまでだ。どうしてそんなに頑張るのだろう。なにが彼をそれほどまでに動かすのだろう。そんなに頑張らなくていいのに、そう思ったけれど、ゼルダ様が関係していたとしたら? 私は彼を庇えるのだろうか。きゅっ、と胃が縮むような痛みが走る。
自分の感情の揺れに対応出来ないでいる間にも、二人の話は進む。
インパ様が闇の賢者だと告げるのはシーク。信じられない思いで彼を見つめた。あの人をインパ様は七年前にゼルダ様を連れて逃げて以来、ほとんど村には定住していなかったというのに。村の危険を察知して帰ってきて、そして魔物に戦いを挑んだというのだろうか。一人で。誰にも告げずに。
ゼルダ様が第一だと思ってたインパ様。村にいるぬくぬくと安全に暮らしている私達よりも彼女のことを優先すべきで、実際そうしていると思っていた村の長。知らずのうちに、私達を気にかけていてくれたのですね。インパ様はもとより、ゼルダ様や勇者に、平和を望んでいるだけの私達を。
ああ。私はなんて、他人事でいたのだろうか。
自分の村のことにも関わらず、知らない振り。村の中だから魔物も入ってこず、安全だとばかり。きっとインパ様や王家の加護があるから、と。そんなことを無意識に思っていた。守っては貰えないと考えていたのに、こうやって危険なときには必ず助けにきてくれると心の何処かで思って。
良く考えてみれば、その加護があるばかりにハイラル城下町は滅ぼされたのに。すっかり忘れてしまっていた。
その上、元々この村はシーカー族の集落があった場所だ。噂に聞くシーカー族。血塗られた歴史にまつわるものがたくさん封印されていてもおかしくない。知らぬうちに馴染んでいた私には、快活なのにどこか陰気なこの町が愛おしいけれど、あの城下町の昔の発展を聞くと、やはりここは闇に近いのだと思う。
シーカー族ーー戦いの時代に活躍した、王家の影とも言うべき存在。深い闇にひっそりと存在し、王家を支える人々。そう言えば、シークもーーシーカー族の青年だと言われていなかったか。
ちらりと彼の方をみると、シークはいつもの涼しい顔は何処へやら、隠し切れない激情に襲われた表情で緑の勇者に状況を説明していた。そして、息を吸い込んで叫ぶ。このために彼はやって来たのだ。
「時をも飲み込む無限の闇に、奏でし者を誘う調べ……聞け、闇のノクターンを!!」
私が知っているシークは時々スッと鋭い視線を向けることはあれど、こういう風に激しく叫ぶことは無かった。いつも冷静に、ひっそりと息を殺して状況を窺っていた。一度だけの例外があるとしたら、デスマウンテンへの登山道か。追いかけてきた私を魔物から救ってくれた時。あのときは、いつもの冷静さなんてかなぐり捨ててくれていた。
いつも、人形のように感情を押し殺している彼。それが義務感に苛まれつつも、ここまで激昂した色を、その私と同じ、呪われた瞳に浮かべているなんて。
(まるで、『助けて』って全身で叫んでいるみたい)
独りでずっと頑張ってきたのかもしれない。彼がどんな人生を歩んできたのか知らないけれど、それはとても哀しいことのように思えた。今まで誰かに頼ることなく、誰かを利用することなく努力してきたのなら、きっと私なんかに助けてもらうことはごめんなのだろうけれど。
私に出来ることなんて、まるでない。どうしようもなく歯がゆくなって、知らずのうちに、首元に下げている涙型のロケットを握りしめた。(ーーゼルダ様、どうか、どうか)
私のことなんか気にしないで、向こうで対峙している勇者とシークは、二人で旋律を繰り返していた。深い闇へ誘いながらも、どこかロマンティックなその夜想曲。オカリナとハープの音が二重になって奏でられるのを聞く。
周囲にも、旋律にそっと乗せられた彼らの魔力の影響が出ているのかもしれない。周囲を覆っていた、こちらを圧迫する深い霧が少し切り裂かれていく。空いた隙間から、ひと筋の光が差し込んだ。
「村のことならボクに任せてーー」
シークがその場から去ろうと二、三歩下がる。いつものことなのだろう。勇者は彼を捕まえようと、片手を伸ばしながら足を踏み出した。それをフッと笑いながら、シークが大きく振りかぶる。
消えてしまうような気がして、思わず「行かないで」と口から零れ出た。そんな私には彼は気付かない。こちらをチラリとも見ないまま、何かを持ったままの手が振り下ろされる。何かが弾けるのか。勇者が条件反射のように目を瞑った瞬間、シークは足を踏み外したかのようにその場から崩れ落ちた。
倒れ込んだ彼は、悲鳴すら上げなかった。呪われた色を覆い隠すようにして閉じられた瞼。緩やかに死へ誘われているように見えて、私はハッと息を呑む。
「シーク!!」
聞こえないと分かっているのに、名前を叫んでしまうのはどうしてなのだろう。何故、私は彼の不調に冷静でいられないのだろう。ぺたりと座り込んでいたのを立ち上がると、私は慌てて駆け寄った。視線は彼から外さない。なのに、ぼんやりと滲んだ気がして、目を擦った。
それでも何も変わらない。私の問題じゃなく、彼に原因があるのかもしれない。冷静な何処かで、今までのことを思い出してそう思う。
彼の元へ辿り着いたときにはその違和感はすっかり消えていた。それが逆にモヤモヤとしたものを私に植え付けるが、今はそれどころではない。彼の横にしゃがんで慣れない手つきで、呼吸をしているか、脈があるか、確認する。両方大丈夫なようだ。崩れ落ちたとき、魔物と対峙していたとき、変に頭を打っていたらもしかしたらーー不安は消えないままに彼を見つめていると、勇者の声が聞こえた。
「シーク、大丈夫か!」
シークのすぐそばに立っていた彼は、私と同じようにしゃがみ込む。意識が無いみたいだと、顔を覗き込んだ彼にそう告げる。心配そうに表情を歪めたのを見て、私も不安になる。彼は、ただでさえ万全ではなかったはずなのに。呼吸とひとまずの無事を確認する。
前みたいに、ひとまず私の部屋で寝かせたら良いのだ。私がそう思って、勇者に運ぶのを手伝って欲しいと頼み込んだ。勇者は少し考えたあと、私に質問をする。
「というか、キミは?」
あからさまではないけれど、訝しげな視線を向けられる。失念していた。それはそうだ。当然だ。私は噂話や彼らのやり取りから彼の正体を想像出来た。けれど、彼にとっては私は完全に初対面だ。村の奥の方に引っ込んでいた私なんて、彼が知るはずも無いのだから。
カカリコ村の住人だということを告げ、村の奥、小さな小屋があってそこに住んでいるのだと伝えた。シークを匿ったことは前にもあったけれど、彼を運ぶには私では少し骨が折れるとも。
それで納得をしてくれたのか、彼はにっこりと笑う。ついでにその様子じゃ知ってると思うけど、という前置きとともに勇者ーーリンクも自己紹介をしてくれた。
「よっこらせ。って、軽っ。これじゃあ、倒れる訳だよ。で、どっち?」
勇者リンクは彼を俵のように背負いながら呆れたように言って、私に道案内を促す。あんなに苦労したのに軽々とした様子に、私はため息をつきたくなった。だが何も言わず、少し前を歩いて、彼を先導した。
前にそうしたのと同じように、おじいさんのベッドにシークを寝かしつけてもらった。前回は酷く苦労したのに、やはり男手があると違う。と同時に、自分の無力さや貧弱さを思い知らされるようだった。
ここまで運んでくれた勇者には、ミルクを温め少しだけ砂糖を加えて、気持ちだけ甘めにしたのをを手渡す。いたわりのつもりが伝わったのか、彼はくしゃりと笑顔を作って礼を言う。
「ありがとう」
「いえ……こちらこそ」
運んでくれてありがとう、お疲れさまでした。そのつもりで言ったら、一瞬きょとんと目を丸くしたあと、おかしそうにリンクは笑う。
「なんでだよ、君はお礼言うようなことしてないじゃん。だって、コイツが勝手に無茶したせいだろう? っていうかシークを匿ったことがあるって言ってたけど、前にもこんなことが?」
「あの、よく分からないんですけど、村に倒れてて……もしかしたらあの魔物」
憶測で話そうと思ったけれど、止めた。あの魔物に前もやられたのかもしれないと、ふと思ったのだけれどそれは全く根拠が無い。インパ様やゼルダ様と関係が深いーーそれに、シークがクスリ屋で聞いたように本当にシーカー族なのならば、この村の魔物のことも詳しいのではないか。これもそれも、やっぱり全部私の勝手な憶測だ。
中途半端に言葉を止めると、リンクは肩をすくめる。突っ込んで尋ねられやしないかと、どきりと心臓が高鳴った。けれど、そんな意地の悪いことをするでもなく、リンクはさらりと流してくれるらしかった。話題を変えるように、シークを指差して言う。
「こいつさ、なんか、いつも俺に話すことだけ話して消えちゃうんだよね。絶対こんな弱ってるとこ見せてくれなかったワケ」
「そう、ですか……」
任務だからだろう。任務に対するシークの執着は、私から見ても異常だ。感情も何もかも排斥して、任務に向かっている。私は詳しく知らないけれど、あの悪名高い魔王・ガノンドロフがハイラルに伝わる三女神に関する力を探しているというのは専らの噂だ。それがある限り、魔王はハイラルを滅ぼしやしないし、滅ぼすことも出来ないのだと。
それが本当かどうかなんて、私は知らない。少しでも真実に近いだろうシークや、この勇者に聞こうとも思わない。だが、そんな噂が流れる程に重大な局面にあるのは事実。それに関わる重要な任務についているだろう、あの忠実なシークがミスをするような真似を自分自身に許すはずが無い。
シークの寝顔は休まることは無かった。それでも、シークが私に対していろんな顔を見せてくれたのは、任務から気が逸れたときだけだった。激高した表情、緩んだ気持ち。もうあれらに触れることは無いのかもしれないと思うと、非常に寂しい気持ちだった。
そう彼の表情の変化を浮かべているときに、リンクがすっと私を見つめてこんなことを言うものだから、心臓がどきりと跳ねる。心が読まれているのではないかと思ってしまうくらいに、ドキっとした。
「無意識に緊張が緩んでたのかな、きみの前で」
「えっ」
「それはともかく、今なら寝込んでる隙に正体を暴くことも出来るんだけどさ。なんか、そんな気にならないんだよね」
卑怯なやり方はきらいじゃないんだけどさー。なんて悪びれる様子も無く言い放ち、ミルクをズズっと飲んだリンクを見て、この人は本当に勇者かと疑いそうになったのは秘密だ。それでも暴こうとしないのだから、きっと悪い人ではないのだろう。世界を救うという役割を担っているにも関わらず、その姿はシークのそれよりもずっと身軽だ。彼の相棒とも言える妖精がせっつくように周囲を飛び回り、彼は苦笑をしたあと、ニカッと花が咲くように表情を動かす。
「と、言う訳で! ナビィも退屈してるようだし、倒れる直前、村のことは俺に任せろってシークも言ってたじゃん。だから、俺は神殿に行ってこようと思うんだよ」
ホットミルクの入っていたカップを、私に差し出した。出かける宣言に頷きながら受け取ると、立ち上がって壁に立てかけていた剣と盾を背負う。そして、ドアへと向かう。「悪いけど、そいつのこと頼んだよ」シークを見つめてから私を見据える。悪い奴じゃないんだ、って親友をいたわるように言ってへにゃりとした笑顔を浮かべた。
(あ、思ってたより、幼い……)
ひねくれたこともいうけど、やっぱりこの人も悪い人じゃないんだ、と不思議と思えた。先ほど無理に思おうとしたのとは違う。ストン、と納得するように。それで、言うつもりの無かったことまで言ってしまう。
「ゼルダ様は、ご無事ですか?」
「えっ?」
言った瞬間、後悔した。
どうしてこんなことを言ってしまったのだろう。口にした瞬間、心の中で「あっ」と声を漏らしてしまう程、言ってはいけないことだったのに。こんなこと尋ねてどうするんだ。彼は、きっとゼルダ様の知り合いだろうに。私なんかよりも、それを知りたいだろうに。
それとも、ゼルダ様と連絡を取り合っているのだろうか。七年前に消えてしまった勇者は、ゼルダ様の依頼でハイラルに舞い戻ってきたのだろうか。だとしたら余計、こんな探るような真似すべきじゃなかった。ゼルダ様の無事や所在なんて情報、彼が漏らすはずじゃないか。
「あっ、いえ、ごめんなさい。なんでもないんです」
予想外のことを聞かれたみたいな感じで、彼は目を見開いた。それを見て、私は慌てて質問を撤回した。まずいことだよ。私だって分かってる、でも思わず零してしまっただけなんです。ゼルダ様のことに関して、冷静になれない自分がいるのはわかってる。だけどそんな言い訳を彼にする訳にも行かない。黙ったまま俯くと、続く沈黙。気まずさが周囲に充満する。探るように私を見ていたリンクだったが少しして、「別に聞いちゃ悪いってことじゃないんだよ」と、苦笑した。
「そうだな。ゼルダが無事じゃないなら俺は今、こうして戦ってないよ」
スッと宙を見つめて、そう発した勇者。視線の先を追いかけても何も無い。どんな表情をしているのだろう、興味を持ってしまったことを後悔したのは、彼の顔に目を向けてからだ。濁った瞳。どんよりとして何も映していない虹彩と、妙に持ち上げるように歪めてある口元。今までほとんど笑顔だったものだから、衝撃だ。ハイラルによくある金色の髪。ゼルダ様のそれとは少しだけ色合いが違うけれど、整った顔立ちと相俟って、ただでさえ華やかなのに常に浮かんでいた笑顔。それが表情筋を動かすだけで、ここまで趣を変えるのか。
世界がどうなろうと知ったこっちゃ無い。そんなことは口にしていなかった。けれど、そう思っているのかもしれない。そう、錯覚する声色だった。勇者リンクが任務に押しつぶされること無く、身軽でいられる理由が分かった気がした。この人は、気を抜いたらどこかに消えてしまいそうだ。
けれど、不謹慎にも私は安心したのだ。ゼルダ様はきっと生きてるんだ、と何故か確信出来てしまったからだ。彼が世界を救い続ける限り、ゼルダ様は生きてるのだと、そう思える。
「そう、ですよね……。変なこと聞いてごめんなさい。シークのことは私に任せてください。あなたは、インパ様を」
「うん、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
久しぶりに口にする言葉だな。そう思いながら私も立ち上がって、リンクの背を見送っていたら、彼はわざわざ足を止めて見開いた目を私に向ける。何か言い足そうに唇を開きかけたが、彼はそのまま何も言わない。「……」数秒後、私がきょとんと首を傾げると、我に返ったような表情。苦虫をかみつぶしたみたいして、小さく舌打ち。なにか私、してしまったのだろうか。どうしようとオロオロしている間に、彼は再び背を向ける。
そして前方を向いたまま、ひらひらと私に手を振って、扉を閉じた。
――バタン
扉が閉まる音と同時に、なんだかすごく気が抜けたような気持ちになる。ずるずるとその場に座り込む。
緊張していたのだと、そこでようやく気が付いた。