London Bridge Is Broken Down 3
London Bridge is broken down, My fair lady.
Build it up with wood and clay, Wood and clay, wood and clay,
Build it up with wood and clay, My fair lady.
Wood and clay will wash away Wash away, wash away,
Wood and clay will wash away, My fair lady.
Build it up with bricks and mortar, Bricks and mortar, bricks and mortar,
Build it up with bricks and mortar, My fair lady.
Bricks and mortar will not stay, Will not stay, will not stay,
Bricks and mortar will not stay, My fair lady.
Build it up with iron and steel, Iron and steel, iron and steel,
Build it up with iron and steel, My fair lady.
Iron and steel will bend and bow, Bend and bow, bend and bow,
Iron and steel will bend and bow, My fair lady.
Build it up with silver and gold, Silver and gold, silver and gold,
Build it up with silver and gold, My fair lady.
Silver and gold will be stolen away, Stolen away, stolen away,
Silver and gold will be stolen away, My fair lady.
Set a man to watch all night, Watch all night, watch all night,
Set a man to watch all night, My fair lady.
勇者リンクが部屋を出て行った後、彼に出したホットミルクのカップをざっと水洗い。そして、今度は同じカップに紅茶を入れてほっと一息つく。勇者が家を出て行ったことによる安堵感、気が緩んだことによる脱力感が一気に押し寄せてくる。
ほぅ、とため息を零しながら、先ほどリンクに寝かしてもらったシークの方を見やると、身じろぎしていた。私は、様子を見るためにティーカップをテーブルの上において立ち上がる。起こさないようにそっと近寄ると、彼は何かに苦しむように呻き始めた。
同時にぼやける彼の輪郭。やはりシークの調子がおかしい。彼に何かが起きていることは、私の中でもはや疑い様の無い事実になっている。だけれど、どうして良いかは全く分からない。何が起きてるのかすら分からないのに、私みたいな何の力も無い人間が何が出来るというのだろうか。ただ、うなされている様子が見ていられない。思わず横になっている彼の肩に手をかけると、苦しそうな彼はうめき声をピタリと止めた。
どうしたのかと、狼狽えそうになりつつ、それでも肩から手を離すことは出来なかった。じんわりと肩から体温が伝わってくるのが、微かな安心を伝えてくるのがせめてもの救いだ。そのまま、きっかり一息分。眠っていたはずのシークはパチッと瞳を見開き、その呪われた赤い瞳が私を捉えた。
あまりにも突然だったから動揺してしまう。動けないまま固まってしまっていると、瞳の色はスッと紫に変わっていく。
「ラナ……」
うわごとのように、私の名前を口にする。どこか苦しそうに、だけれど顔の筋肉が伸縮し、口元は幸せそうに歪められる。私を見ているようで、何も映していない目。それは徐々に青みを帯びていく。呪われた色が、ゼルダ様や勇者リンクのような鮮やかで高貴な色へ。戸惑いを隠せない私がそのままにしていた彼の肩の手が、がしりと掴まれる。それで我に返ってシークに意識を戻す。瞳の色は既に青色に変わっていた。
心無しか、私の肩を掴んでいる手も柔らかいことに気が付いて、どきりと心が疼くーー
そこで油断したのがいけなかったに違いない。後で必ずそう思い返すが、手の柔らかさにーーナイフ以外の刃物を握ったことの無さそうな繊細さに気が付いたときには、既に私は彼への警戒心を放棄していた。いや、どちらにしても同じことだったのだろう。肩を掴んでいた女性のように柔らかなその手は、想像もできない程の強い力が込められる。警戒していたとしても、抵抗などできなかっただろう。力の正体など疑問に思う暇も無く、ベッドに引きずり込まれる。悲鳴をあげることもできず、強く打ち付けられる。
その衝撃で呼吸が一瞬止まる。時が止まったようにさえ思った。思考回路の修復を図る間もなく、うつぶせ状態から仰向けへとひっくり返される。(これは……)ようやく危機感が戻ってきて抵抗しようと思ったときには、どこか慣れたような手付きで私の両手を拘束し終わっていた。片手で縫い付けられる私の手。
冗談では済まされないと顔を上げて睨みつけた。そういうタイプでないのは分かっている、だけれどどうかふざけた表情をしていてと願いつつ。
私を拘束し覆いかぶさる彼を、下から見上げる形になる。皮肉にも、その体勢が彼の変化を明らかにしてしまっていた。二重に重なっているように見えるが、元々の姿の方がむしろ薄く重なっているよう。触れている手が、女の人のように柔らかいと分かるだけではない。もう完全に「男」の体型が見えていないのだーー男であった「彼」など見る影もない。
ーー刹那。瞼を閉じる間もなく、光が彼を包む。眩んだ視力が正常に戻ると、今までのブレが修正されていた。「彼」の身体はすっかり女性の形に落ち着き、全身が目に見えて丸くしなやかな体つきになっている。
「彼」が纏っていたのは、身体のラインがすぐに分かるタイトな民族衣装。ぐるぐる巻きにされていた包帯は、体つきを隠すのに多少役立ってはいたようではある。だが、あまり効用はない。さらしの役目もかろうじて担っていた白によって、お情け程度に胸が潰されていたけれど、それもひらりと解けてきていた。
町や村暮らしでは見られない程すべすべとうつくしい手。なのに逃れようと思っても、やはり想像もできない力強さ。身を捩るが、抜け出せそうにない。
今までターバンのようになっていた包帯も、はらりと解けていく。すると、どうやって推し来られていたのだろう、隠し切れない長い金糸が零れた。多いかぶさっている体勢の所為で、自然と私の顔にも掛かった。見覚えのある、鮮やかな金色だった。シークのものだ。否、それよりもーー
「ゼルダ様……?」
呟きは、髪の主の元へ届いたらしい。「彼」ーーもはや「彼女」と呼ぶべきだろうかーーはハッとしたように息を呑んだ。青い瞳に一瞬光が宿った気がする。だって、確かにこの瞬間、目が合ったのだ。なのにその光はすぐに消え去り、濁った瞳をぎょろりと動かして何かを確認するように、「彼女」は私の顔に自分を近づけた。
息が触れるほどの距離。睫毛の長さどころか、毛穴まで分かりそうなほど近い。身動きしてしまえば唇同士が重なってしまうのではないか。そう思うと動けなかった。
なのに「彼女」は、躊躇すること無く、チロリと私の唇の表面を自分の真っ赤な舌で撫でた。そして、嬉しそうに笑う。状況に似合わない、無邪気な笑みだった。
何処からとも無くーー懐からだと思うのだが、いつどのように取り出したのか全く目視が出来なかったーー取り出される、短剣。紋章が沢山彫られている高貴なそれは、何処かで見たことがあると思ったが、迷うこと無く首筋に当てられ、恐怖に押され考えることもままならない。息が止まる。このまま少し力を入れられるだけで、簡単に血が噴き出すだろう。ナイフの扱いはきちんと心得ているのか、簡単に表面の皮膚や毛細血管を傷つけるだけで、深い出血には至らない。それが余計に恐怖を煽る。私の生殺与奪権は今、『ゼルダ様』だと思わず思ってしまうような形をしている、得体の知れないひとに握られているのだ。恐怖で浅い呼吸を何度も繰り返してしまう。それをさも鬱陶しそうに、まるで魔物にでも対するかのように「彼女」は、手を私の首に沿わせたかと思うと力を込めて絞める。
初め、苦しさよりも、痛さが勝る。更にそれよりも生理的な涙がポロポロと溢れてきて、顔の横に流れていく。顔に溜まっていく血液。眼球を始め、いろんなところに充血し、顔が破裂するんじゃないかと思ってしまうほどだった。
意識が遠のきそうになる。(もうダメかもしれない)目の前が白くなってきて、ふわりと浮かぶような感覚に襲われた。(ーー楽になれる)いろんなことを放棄する寸前、「彼女」はすっと手を外す。どっと全身に流れる血液。深く短く繰り返される呼吸。しかしそれももう一度、短剣を見るまでのことだった。
恐怖で呼吸が再度止まった。怯えた目で「彼女」を見ることしか出来ない。「彼女」は私のそんな反応なんて特に気にも留めていないらしい。何の反応をすることもなく、今度は私に恐怖の時間を与えることもせず、短剣で深く私の首ーーその付け根の方の辺りを傷つけた。
鋭い痛み。最初、何が起きたかさっぱりわからず、痛みすら知覚出来なかった。なのに、少し遅れて事態を把握すると、ジンジンと痛みが訴え始めた。そればかりか頭に上っていた血液が、全身の血液が傷を目掛けて巡ってきて、全てどろりどろりと私から流れてしまっているような感覚に襲われる。
どうなってるのかはわからない。このまま死ぬのかもしれない。(ーー嫌だ、しにたくない)何も考えられない。ただ生に執着する自分に気が付いて、死にたくない。このまま下敷きになっていてはいけない。急かされるように、彼女の下で死にものぐるいでもがいた。なのに、簡単に押さえ込まれ、まるでそんな愚かな思考を打ち消すかのように、「彼女」は傷口に口付けた。消毒のつもりか。そんなもので治るなら安いものだ、なんて混乱した頭はばかみたいなことを考えてしまう。叫び出したかったのに、喉は機能していなくて、ひゅっと声にならない空気が漏れるばかりである。
接吻にしては長いなと、鈍い痛みで逆に冷静になってきた頭で考える。けれど、一度唇が離された傷口に、再度添えられて舌を這わせられた時、ただ口付けられているだけじゃないことに気が付いた。
(この人、私の血をーー)
その事実に思い当たったときに私を襲ったのは、畏れだろうか、恐怖だろうか、それともーー歓喜だろうか。訳が分からないまま心が震えて、呆然と仰向けのまま天井に視線を預ける。何もかも頭に入ってこない。血液が足りない所為もあるのだろう。徐々に頭がぼんやりとしてきて、今にも意識が飛びそうである。
(私は、死ぬのだろうか)
先ほどあんなに死にたくないと思ったのに、もうどうにもならないかもしれないと思うと、薄らと諦めの境地に達してきた。暴れる気力さえ、血液とともに流れて行ってしまったのかもしれない。目の前はもうほとんど真っ白である。どうせ、長生きする運命じゃなかったんだと思えば、何もかもどうでも良くなってきた。なのに、「彼女」はもう一度いたわるように私の傷口を舐めて、その人は私から離れていった。
今更解放してくれても、もうどうしようもないのに。ぼんやりとした視界。私を捉えていた、私とは全然違う綺麗な青い瞳が見開かれている。短く叫び声を上げると、その人はその場から飛び退いて、床の上に座り込んでいるようだった。
「す、すまない……」
ゼルダ様にしか見えないその顔、その身体。なのに口調は全然らしくなくて。いつか、どこかで聞いたような謝罪を入れられる。私はもう何も言うことが出来ない。ただ、強張っていた全身から力を抜く。もう身体を動かすことさえ出来ないのだ。
離れていた「彼女」がいる方向で、何か呪文のようなものが唱えられていた。男性には有り得ない、女性特有の高い声。それが止まったかと思えば、そっちの方で何かが輝いた。そして、気配がもう一度私に近付いてきているのがかろうじて感じ取れた。ぼんやりとしている所為で見間違えたのかもしれない、だけれど「彼女」は「彼」に戻っているように私には思えた。
「謝って許されることじゃないと思ってる。理性が飛んだなんて、そんな言い訳ーー」
何か言っているのは分かった。声は耳に入ってくる。けれどそれは脳を素通りして、私は理解出来ないままに抜けていく。そのまま、視界を覆っていた白い霧が深まってーー私は完全に考えることを放棄した。