London Bridge Is Broken Down 4

 London Bridge is broken down, Broken down, broken down.
 London Bridge is broken down, My fair lady.

 Build it up with wood and clay, Wood and clay, wood and clay,

 Build it up with wood and clay, My fair lady.

 Wood and clay will wash away Wash away, wash away,
 Wood and clay will wash away, My fair lady.

 Build it up with bricks and mortar, Bricks and mortar, bricks and mortar,
 Build it up with bricks and mortar, My fair lady.

 Bricks and mortar will not stay, Will not stay, will not stay,
 Bricks and mortar will not stay, My fair lady.

 Build it up with iron and steel, Iron and steel, iron and steel,
 Build it up with iron and steel, My fair lady.

 Iron and steel will bend and bow, Bend and bow, bend and bow,
 Iron and steel will bend and bow, My fair lady.

 Build it up with silver and gold, Silver and gold, silver and gold,
 Build it up with silver and gold, My fair lady.

 Silver and gold will be stolen away, Stolen away, stolen away,
 Silver and gold will be stolen away, My fair lady.

 Set a man to watch all night, Watch all night, watch all night,
 Set a man to watch all night, My fair lady.

 目の前に月があるような気がした。あの時ーーいちばん最初の記憶では、たしか月は無かったはずなのに。自分を照らしてくれるその光は、自分を守ってくれているような気さえした。おじいさんが死んでしまって、私を守ってくれるものなんて、もう無いはずなのに。
 薄らと瞼を開けると、キラキラとした金色が目に入る。夢ではなかったのか。それとも、これが夢うつつな状態だからか。だけど、どこか安心感を与えるその色が消えないことに、ホッとする。


 全身が何故か倦怠感を纏ってるのを不思議に思いながらも、細目のまま、ゆるゆると腕を上げてその光に触れようとした。決して届かない月。太陽がそうであるように熱を与えることすらなくて、ただそこに浮かんでいるだけでまるで近寄ってこない。満ち欠けのみで私を焦らし、そして隠れてはまた姿を見せる。高貴な色。媚びない色。矜持が高くて、簡単に触れさせてくれない。

 この金色も、きっと同じなのだろう。そう思ったけれど、その金の糸束には存外簡単に触れることが出来た。伸ばした指先にさらりと当たる。ただでさえ敏感に感触を伝える指に細い糸が触れる感触、溶けて消える夢ではなくずっとそこにあることに私は驚いた。

 薄く開けていた瞼を思い切って上げると、金糸と共に、心配そうに私を見つめている男の人の顔も一緒に入ってきた。一瞬誰だか分からなかった。私と同じ、呪われた赤い瞳。なのにどこか誇り高く、不気味なうつくしさを保っていた。その上、やけにきれいな肌と整い過ぎた顔立ち。これは誰だっただろうかと、働いていない頭が思考する。

「起きたのか、ラナ

 男性にしては奇妙なほど高めの声で、彼は静かに尋ねる。その赤い瞳はずっと私を見つめていて、ようやく私に対する言葉なのだと自覚した。彼が誰なのか、把握はしたけれど、状況が読めない。分からないままに頷いて、質問をそのまま投げ返す。

「ええ、あなたこそ大丈夫なの、シーク」

 聞き返した途端、私が意識を失う前の彼の奇行を思い出して私はハッとした。同じことを考えたのだろう。シークはあからさまに焦ったような表情のまま真っ青になって、なのに次の瞬間には私と同じようにハイリア人には有り得ない、その丸い耳まで真っ赤にした。

「あ、あれは……すまない、理性が飛んで……魔力が」

 脈絡も何も無い、言い訳の言葉。言っている意味は当然のように読み取れない。あの時、気絶してしまったのは、もしかしたら幸いだったのかもしれない。あのときはあんなに訳が分からないと思っていたにもかかわらず、一度意識を失って目が醒めたら、なんてことはない。あれは、ただの夢の中の出来事のようだった。
 首元から肩にかけて短剣で刺されたはずの所も、瘡蓋で少しザラついてはいたが、何故か流血は完全に止まってほとんど治っている。もしや首を絞められた痕もーーそう思い至って、枕元の鏡を手にとり、覗き込んで見たらすっかり消え去っていた。まるで魔法を使ったようだ。

 私の様子を見ていたシークが、言いづらそうに視線をそらして口を開く。

「キミが眠ってる間に、クスリ屋が様子を見にきたんだ。こんなこともあろうかと思ってって」

 ああ、それでか。一人で納得した。言いづらそうなのは、この家にいることを見つかってしまったからだろうか。たしかに、彼がこの家にいることが村に広まれば面倒が起こるかもしれない。だけどどうしてか、あのクスリ屋の兄ちゃんは私の事情も彼の事情も知っていそうなのだからさしたる問題に感じなかった。それに、おじいさんへのーー彼自身の父親にたいする義理もあるのか、彼は曲がりなりにも私を気遣ってくれているんだ。彼がいなければ、私はどうなっていたやら。
 人間に対して疑い始めたらキリがない。このときばかりは疑心を封じ込めることを選んだ。彼は師匠譲りの、そして父親譲りのクスリ作りの才能があることは、私も確かに認めている。きっときちんと効用のあるクスリをつかってくれたのだろう。そうしたらあんな傷なんてーーそこでハタリ、と思い出す。

(そういえば、クスリ屋のクスリって、だいたい飲み薬じゃ……)

 考えてはいけないことのような気がした。だいたい、それはもう今更かもしれない。熱に浮かされたような、あの時を思えば。瘡蓋になっている首筋の傷に思わず手を当て、黙ったままシークを見つめる。やはり、あれは見間違いではないのか。そう実感する彼の赤い目とバッチリ合う。
 刹那、シークは気まずげにバッと顔をそらす。

 クスリ屋は数は少ないが、塗り薬も取り扱っていたはずだ。……どのようなクスリをどのように摂取したのか、私は触れないことにして彼からそっと視線を外した。



























 数日の間、シークは私の家に留まった。彼は自分が怪我をした時には、時間にばかり気を取られて、全快する前に無茶な行動をとったものだった。なのに、今度は私が寝込んでしまう番になってしまえば、彼は驚くほど献身的に私に尽くしてくれる。

 何となくそのような気がしていたけれど、彼はとても几帳面だった。どちらかといえばおおざっぱな気のある私とは、比べ物にならない。料理を作ってくれるときなどは、計量用具の少なさに舌打ちまでした。基本的に育ちの良さそうな穏やかな口調や、丁寧な物腰なのに、こんな些細なことでそれが崩れるとか思ったら、おかしくて仕方が無い。

 全身の倦怠感が抜け、起き上がれるようになるのにはさほど時間は掛からなかった。そうすると当然、私はベッドではなくテーブルで食事をとることができる。簡単な料理をすることも可能だ。それでもまだ、彼が料理を作ってくれている。
 自分がつくるおおざっぱなそれとは違う味。レシピ通りの味がそれを意識させ、なんとなくフォークを動かす手を止めた。特に理由はなかったので、すぐに気が付いて訝しげに見つめていたシークに言うことは特にない。レシピ通りの味というのは貶し言葉ではない。とても無難においしかったのだ。酷い失敗をすることもある私とは大違い。怪訝な表情で私を見つめていた彼だったけれど、ふと何かを思い出したように表情を引き締める。
 私もつられて、真面目な顔をした。

「……そういえば、ロケットの中身は見たか?」

 ここに私とシークしかいない。なのに盗み聞きをされることを恐れるよう、早口で囁かれた問いに、私はこくりと頷いた。そのことが原因だろう、彼の瞳が揺れるのを確かに私は見たのだ。ただ、それはすぐに得意のポーカーフェイスの中に隠されてしまって、意味を計ることは出来ない。
 シークは緊張した面持ちはそのままに、私の反応を待っている。

「たぶん、ゼルダ様の幼少期の写真。少なくとも、私はそう思ったの。あのときのあなたの様子はおかしかった。ねぇ、あなたはそれを知ってたの?」

 彼に倣って、思わずひそひそとした声になってしまう。声帯をなるべく振動させないようにして、最低限の音量で聞き返す。
 シークは答えあぐねている様子だった。どう答えようか、どう答えていいのか悩んでるのだろうか。知っていると答えたら、何故知っているかを聞かれると思っているのかもしれない。どちらにせよ、私は、シークがその中身を知っていたに違いないと思っている。その前提で尋ねたのだ。

「ボクは……そうじゃないかと思っていた」

 無難な答え。思わずそう零してしまいそうなほどに、無難な答えだった。けれど、この慎重な返答で逆に確信した。やっぱり、彼はロケットの中身を知っていたのだ。もしかしたら、彼女がもっているのを見たことがあるのかもしれない。
 それに、もしかして。夢のような話だけれど、彼女から、私の話を聞いたことがあるのかもしれない。そう思うと、心の底からじわじわとこみ上げて来るものがあった。

(ゼルダ様は、いつか私のことをこの青年に話していたってことも有り得るじゃない)

 ゼルダ様に対する自分の感情が、徐々に歪んだものになっていくのを、私は感じていた。感謝の気持ちから、生きるための支えに。目的に。手段に。依存と呼んでも良いかもしれない。私を実際にたくさん助けてくれたおじいさんは、もうこの世にいない。この世に残されている支えは、ゼルダ様だけだ。勇者リンクも言っていたじゃないか。彼女は、まず間違いなく、未だ生きているのだから。

 ああ、ゼルダ様ゼルダ様ゼルダ様。

 私が、どうしようもなく焦がれるお方。シークやリンクといった、彼女と関わりのある人との接触。彼女に存在を認知されたい。何故、彼らは良くて私はダメなのか。見てるだけでも良いと、彼女の助けになれれば良いと思っていたはずなのに、恥を知らない傲慢な欲が広がっていく。


(彼女は何故、私を助けたの)
(私がここにこうして存在する意味は)


 考えても詮無いこと。
 思考を放棄して、私はにっこりと目の前の彼に微笑んだ。

「あのね、記憶のままのゼルダ様だった。私は、ずっと彼女と一緒に生きてきたんだと思うと、嬉しくなったの。私を助けてくれた、女神のような存在。開けてくれて、教えてくれてありがとう、シーク」

 今までの私には有り得ない程饒舌に、自然と零れた満面の笑みで心の底からお礼を言った。そのはずなのに、言われたシークは何故か急に泣きそうな顔になった。違うんだと叫び出したそうな顔。何故、そんな苦しそうな顔をしたのか分からず、私はどうして良いか分からなくなる。だって、困らせようと思った訳じゃないんだもの。

 そんな顔をさせたかった訳じゃないの。
 だって私は、この喜びを分かち合いたかっただけなのに。

 けれど苦しめるならば、言葉を撤回する方が良いのかもしれない。それとも、何が気に障ったのか問いつめて、その上で謝罪するべきなのか。彼も喜んで笑顔で受け止めてくれると思ったのに、予想外の反応に動揺してしまったのは隠せない。
 何を言うか未だ決めていないうちに口を開いたが、言葉にならない。それを遮るように、シークの方が言う。


「ところで、キミはもう随分と調子が良くなったようだね」

 早口で言い放ったその言葉は、あきらかに何かを誤摩化そうとするものだった。いつもは完璧に顔色の操作をする彼なのに、表情を上手く切り替えできていなくて、非常にらしくない。けれどその有無を言わせない調子に驚いて、思わず私は頷いてしまっていた。本当のところ、起き上がれるようにまで回復はしたのだから、冒険する訳でもない、世界のために戦う訳でもない、そんな私には十分なほどだった。彼が甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるから、ずっと一緒にいてくれるのだと勘違いをしそうになっていただけ。この私が、随分と人肌恋しくなったものだと心の中で自嘲する。
 シークは笑う。作ったような表情だと思った。けれど、そのにっこりとした表情には、既にもう穴は無くて私は何も言えない。

「よかった。原因はボクだから心配してたんだ。責任を取らなくてはいけないかと」

 言葉が上滑りしているような、印象だった。責任を取るとは、つまりそういうことだろうか。戸惑っているうちに、「取れるものなら取りたいけれど、ボクはそれを許された身じゃないからね」なんて続けられて、ようやくそれがらしくない冗談だと知る。

 さっきから、本当に「らしくない」。
 詳しく知る訳でもないから、もしかしたらこれが彼の素なのかもしれないけれど。そう考えて、やはり付きまとう違和感に、すぐにその考えを打ち消した。

「ボクはもう行くよ。もう、ここには来ることは出来ないと思う。もしーー」

 ここで、一旦言葉を区切って窓の外を見つめた。
 そして、クスリ屋のある方角に視線を改める。窓は無く壁しか無いけれど、なんとなくクスリ屋のあの兄ちゃんを思い出しているんだろうなと思った。

「もし調子が悪くなったら、あのクスリ屋にすぐに相談するんだ。彼はキミの体調に詳しいから。それで、もしも何かの真実を知りたくなったら、ゼルダに尋ねるといい、答えてくれるだろう。キミの、そのロケットを見せるんだ。いいね?」
「ゼルダ様のロケットを?」
「ゼルダのロケットじゃない」

 尋ね返すと、静かにシークは否定する。断言と言っても良い。ゼルダ様の持ち物だということだけは有り得ないという言い方で、私は息を呑みそうになった。驚きに満ちた表情をしてしまったのを見て取ったのだろう。しまったというように喉元だけで声を震わせて、そしてそれを取り繕うように慌ててシークは言葉を紡いだ。

「キミが貰ったのだから、キミのものだ」

 納得出来るような出来ないような。たぶん今、即興で考えた言い訳だろう。
 疑っていじわるな質問をしようと思えば出来た。だけど、真面目な表情、それよりもどこか追いつめられているような切羽詰まった雰囲気のせいで、なんだか悪い気がしてできなかった。
 理由なんて聞かれたくないのだろう。ゼルダ様とそっくりのその髪質を持っており、なおかつ、彼自身がどういう条件か、ゼルダ様だろう女性と同じ姿にもなれる。彼が抱えている秘密なんてきっと一つや二つじゃない。私が見ている彼の姿なんて氷山の一角にしか過ぎないのだろうと思うと、私は何も言えなくなってしまった。

(んーー?)

 なにかが引っかかった。
 考えてはいけない、考えては知りたくもない真実にぶちあたる気がする。



(「もしも何かの真実が知りたくなったらーー」)



 知りたくなんてない。私は知りたくなんてない。
 だって、私は私のままでいたいのだから。

 自分に言い聞かせて、彼の方を見やった。相変わらず、感情の読み取りにくい表情である。私と同じ赤い色の瞳は、どろりと何処か濁っていて、生気が感じられない。今まではそんなことを本気で思ったことなんて無かったのに、本当に呪われたものだと思ってしまう。ハイラルに無いとか、伝説で言われているとか、そんな程度じゃなくて、本当に悪いものが憑いているのかもしれないと錯覚しそうになっていまったのだ。



「ボクはもう行くよ」

 先ほどと同じ言葉を、今度は行動を伴って口にする。彼の相棒とも言うべき弦楽器を手に取った。それを大切そうに抱え、立ち上がって扉へ向かう。振り返らないその様は、この家に、私に全く未練がないことを表しているようで、無性にやりきれない気持ちになった。やりきれない。ここは私がひとりで使っている家で、他人であるシークが思い入れを持たないことなんて当然なのに。


「ねえ!」

 もう二度と会えないかもしれないという焦燥感に駆られ、衝動で呼び止める。扉の前にいた彼は、私の呼びかけに振り向かないまま立ち止まる。ドアノブを捻ったときの、キィという古い音だけが当たりに響いた。そのまま動かない様子から、私の言葉を聞いてくれる意思はあるらしい。それに少しだけホッとして、泣きそうになる。

(彼はやさしいから)

 なんて、初めてそんな甘えたことを思いながら、何を言おうか慌てて思考する。反射的に出た声だったから、言うことを決めていなかったのだ。

(もしも行かないでと言ったら、あるいは何も言わなかったら、彼はこのままここにいてくれるのだろうか)

 大体、どうして私はこんなにも彼を呼び止めたいのだろう。その感情の理由にも、自分の心の底に根ざしている感情の本性にも気付きたくなかった。正体不明のまま、瓶の中に入れてきつく蓋をする。そのままハイリア湖に沈めて、だれにも見つからないまま何処かへなくなってしまえば良いのに。

「また、会えるよね?」

 結局言えたのは、そんな胸の内にある不安を吐露するような、そんな一言。ピクリと、彼の腕の筋肉が痙攣したのを見た。振り返るかもしれない。なにか動きそうな気配はあった。なのに、数秒だけそのままそこに硬直したまま直立。その後、シークはついになにも言わずに出て行った。

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