Jack and Jill 1
To fetch a pail of water.
Jack fell down and broke his crown,
And Jill came tumbling after
――そして、世界は平和になったのです。
なんて、今どき三流小説の締めにも使えなさそうな『エンディング』を迎えたのは、つい半年ほど前の話だ。『エンディング』なんて言い方をしたら、とんでもなくチープに聞こえるので、7年間もの魔王によるハイラル支配の終焉、とでも呼ぼうか。そんな言い方なんてどうでも良い。終わったように見せかけて、何にも終わってないのだから。むしろ、それからの復興が本番だ。私達は、ハイラルを今まで以上に住み良い地域に、平和な世界にして行く義務がある。
魔王ガノンドロフがいなくなって抑圧するものがいなくなった。だが、同時に勇者も追放された。七賢者も見える所にはおらず、この国は現在、守りが甘いといえる。魔王から解放されたかと思えば国外の脅威に襲われた、となっちゃ、お笑い草だ。そうなっては女神に護られた国、だなんて恥ずかしくてもう二度と名乗れまい。
早いことでもう半年も経つといえばいいのか。まだあの悲劇から半年しか経ってないといえばいいのか、私には判断をつけにくい。
人々は概ね活気を取り戻しており、あのかつてのガノン城跡地に再びハイラル城を建設途中である。大工の親方は当然のように張り切っちゃってるし、ここぞとばかりに助けになってくれるのは、ゴロン族だった。種族を超えての復興作業は、外から見ていても気持ちがいい。
極限状態にまでぼろぼろに疲弊していたハイラルが元気になっていく様子に励まされながらも、なんだか寂しく思う自分がいて、矛盾している。
(勇者リンクは今、どんな気持ちなんだろうか)
『ゼルダが無事じゃないなら、こんなことやってない』
あの時、平気な顔でそう言い放った勇者は、国が平和になった瞬間にお役御免になって居場所を追われた。コキリの森出身の彼は、しかしながらネバーランドとでもいうべき永遠の森へ大人の姿で戻るわけにもいかず、何処かに消えてしまったという。
詳しい話は知らない。クスリ屋の兄ちゃんを筆頭に、村の人たちがそう言っていたのを漏れ聞いただけだ。
そんな私はといえば、驚くほど今までと同じ生活を送っている。
今までと同じ生活を送りつつも気にかかる、シークのこと。そしてゼルダ様のこと。リンクのことだって、気になっていないと言えば嘘になってしまう。クスリ屋の兄ちゃんに聞けば、彼は知ってるかもしれない。けれど、それをしたくはなかった。彼に聞いてしまえば、私の心の中身まで開けっぴろげにしなければいけないような気がして。
ゼルダ様みたいな高貴な方に、ただで私が会える訳がない。しかもハイラル復興のこのまっただ中だ。警備は厳しいに決まっているだろう。シークもあんな簡単に、ゼルダに聞けと――よく言ってくれたものだ。
そのシークなんて、ゼルダ様以上に会うことは難しい。ゼルダ様には物理的に会うのが難しいだけで居場所は分かっている。彼女はきっと仮に建てられたハイラル城代わりの執務室にいらっしゃる。けれど、シークはどこにいるか見当もつかない。
そうしたら、残るのはリンクだ。どこにいるか見当もつかない点では同じだけれど、シークと違って手がかりがある。時の神殿だ。魔王ガノンドロフとの戦時中、彼が出入りしていたとされるリンク。時を越えたと言われる勇者の、その箱船となった伝説の剣が眠っているという時の神殿。ゼルダ様によって閉じられたとされる、その場所。
勇者が使っていた剣マスターソードが、今も安置されているはずだ。私なんかが見れる訳が無いということは充分に分かりきっていたけれど、私はそれでも時の神殿に行くことを決めた。
――それに、何だか呼ばれている気がするのだ。
ガノン城が消え去り、ゼルダ様が魔王ガノンドロフが勇者リンクによって滅ぼされたと演説なされたその夜から、ずっと夢の中で誰かに呼ばれている。青年の声かもしれない、女性の声かもしれない。わからないけれど、ずっとずっと。扉を開けてくれと、私を求める声が聞こえる。妄想に取り憑かれているのかもしれない。だけれど、そうは思いたくなかった。
時の神殿に行けば、何か分かるかもしれない。勇者は、時の神殿で時を自由に越えていたというのが、本当ならば何かがあるのかもしれないーー
(朝食を食べたあと、ハイラル城下町まで足を伸ばそう……)
そう決めて、ようやく私は早朝のまどろみを追いやり、ベッドから這い出ることにした。
滅多に訪れないハイラル城下町は、予想以上に復興していて正直な所かなり驚いた。大半の商店が青空市として立ち並ぶ中、しっかりとした建物のお店もチラホラと見受けられる。私が産まれた頃にあった戦時中から、ついこの間まで施行されていた鎖国政策(この七年は外国と交流できるほど、国が機能していなかったとも言うけれども)が緩まったのか、ハイラル王国内では見慣れないものも並んでいるお店もある。
今日はあのクスリ屋の兄ちゃんにここまで連れてきてもらったけれど、彼は城下町でのクスリ屋開業のための視察にきたのだから、着いてすぐに別れることは簡単だった。
クスリ屋の兄ちゃんのことは嫌いじゃない。だけど、彼と一緒にいると、あのときの会話を思い出してしまうーークスリ屋のオババと三人で話したときのあの内容を。シークは私を狙いうる暗殺者だという疑惑を。
出店の商品に目移りしながらも、城下町をぶらぶらと歩き回る。すこしだけ遠回りをして、ようやく時の神殿へと辿り着いた。
いつ頃、建てられたものなのだろうか。しっかりとした作りの建物は、その周辺からして神聖な雰囲気を漂わせている。私は息を飲みながら上から下まで、思わず舐めるように神殿を見た。
妙な既視感と懐かしさに襲われている自分がいたけれど、その理由は追ってはいけない気がして、無意識が押さえ込む。なにも考えず、ただ中に入りたいと、それだけを思う。どうせ、マスターソードに触れることは出来ないはずなのに。きちんと閉められていて、中に入れるはずが無いと分かっているのに。
なのに、建物の近くまで歩いていくと、扉が何故か微妙に開いているのに気が付いた。
(中に、入れるの……?)
退魔の剣マスターソードが安置されている場所へは、頑丈に封印が施されていると聞いたから、きっとこの中にもまた扉があるのだろう。だが、てっきり時の神殿の内部には全く入れないと思っていた私は、予定外のことにひどく動揺した。
どうしようか、中に入っても怒られないだろうか。いや、怒られるだろうな。なんて、凄い勢いで脳内を考えが走り抜けていくけれど、心はもう決まってる。
結論をしっかりと出し切る前に、気が付いたら私は神殿の内部へと足を踏み入れていた。