"Who killed Cock Robin?" 2

Who killed Cock Robin?
I, said the Sparrow, With my bow and arrow, I killed Cock Robin.
Who saw him die?
I, said the Fly, With my little eye, I saw him die.
Who caught his blood?
I, said the Fish, With my little dish, I caught his blood.
Who'll make the shroud ?
I, said the Beetle, With my thread and needle, I'll make the shroud.
Who'll di
g his grave?
I, said the Owl, With my pick and shovel, I'll dig his grave.
Who'll be the parson?
I, said the Rook, With my little book, I'll be the parson.
Who'll be the clerk?
I, said the Lark, If it's not in the dark, I'll be the clerk.
Who'll carry the link?
I, said the Linnet. I'll fetch it in a minute. I'll carry the link.
Who'll be chief mourner?
I, said the Dove, I mourn for my love, I'll be chief mourner.
Who'll carry the coffin?
I, said the Kite, If it's not through the night, I'll carry the coffin.
Who'll bear the pall?
We, said the Wren, Both the cock and the hen, We'll bear the pall.
Who'll sing a psalm?
I, said the Thrush, As she sat on a bush, I'll sing a psalm.
Who'll toll the bell?
I, said the Bull, Because I can pull, I'll toll the bell.
All the birds of the air
Fell a-sighing and a-sobbing, When they heard the bell toll.
For poor Cock Robin.

 四方を白い壁で覆われた、さほど広くはない部屋だった。私の暮らしている小屋とおなじくらいだろうか。ものが無いから体感的にはそれよりも広く思うけれど、きっとほぼ同じくらいだろうと思った。
 私がくぐった扉の向かいの壁には、寝台ほどの大きさの、白い石で出来た台座があって、そこに彼が横たわっていた。くぼみがあるのだろうか、やけにきれいに嵌っていて、違和感がまるで無い。ただ、いつもは包帯のようなもので隠されていた上に、長くはなかったうつくしい金色の髪の毛が、どうしてかゼルダ様のそれ以上に長い。
 目を瞑ったままのその姿、いつか家に連れて帰ってきた頃のことを思い出した。

 私は黙ったまま、なるべく足音を立てないように歩いてそこへ近寄る。手を伸ばしたら届きそうなほど近づいても、彼は眼を開ける様子は無い。死んでいても、むしろこれが彫刻だとしてもおかしくないと、漠然と思った。
 真っ白の空間。純粋で穢れの無い。そう言えば聞こえは良いけれど、なにもない空虚な空間ともとれる。ただ、表面だけがきれいで、心の中が何も読み取れない。まさに彼のようだと思った。
 目を瞑ったままなのを良いことに私は顔を近づけた。

(本当にきれいな肌)

 異性に対してどころか、おじいさんとゼルダ様以外のほかのだれにも強い執着を覚えたことが無かった。それをある意味では誇りに思って生きてきたのに、どうして、こんなに彼に惹かれるんだろうと、不思議に思う。
 私を助けた人間がだれだったのか、ゼルダ様に告げられた真実を忘れた訳じゃない。実際に救ってくれたのが誰だったにせよ、私にとって、今まで生きる希望として存在してくれたゼルダ様は、いまもまだトクベツだ。それは真実を知ったからといって、ほいほい成り変われる存在じゃない。

 それなのに、ゼルダ様に対してと同じくらいか、あるいはそれ以上のきもちを彼に抱いていることはそろそろ否定出来なかった。いつ転がり落ちたのかも分からない。もう会えないと思ったときには、手遅れだったのかもしれない。そうでなければ、だってあのとき、呼び止める必要なんて無かったのに。

 閉じられた瞳を縁取る、女の子みたいに長い睫毛。すべすべの肌に吸い寄せられるように手を這わした。

(噛み付いて、肌を破って、彼が欲しい)

 あのとき彼は、否「彼女」はどうしていたっけ。思い返して、同じような体制をとる。腰のあたりに跨がり、顔の横に片手を付き、首筋に短剣をーー自分の懐をまさぐると、いつも持ち歩いている護身用のそれが出てきた。持ってきては、いなかったはずなのに。疑問が芽吹くも、気にしない。ここはそういう空間だ。何があってもおかしくはない。
 刀身を抜いた。勢い余って鞘が飛んでいき、床にカランカランと転がった。
 そっと首筋を傷つける。本当は深く傷つけたかったのに、こわくなって表面だけなぞった。
 鞘と同じように、短剣自体も投げ捨てるように転がして、片手で首筋を支える。体勢を整えるのも煩わしくて、彼に跨がったまま、ぷっくりと赤い血液が浮き出ているそこへ唇をよせる。
 固まらないうちに赤い液体を舐めとると、ふわりと身体が熱くなった。燃えるような熱さだ。アルコールが身体を冒すと、このようになるのだろうか、自分で体験は無いけれど聞いていたその症状と極似ている。物思いに耽っていると私が傷つけた彼が、シークがパチリと唐突に瞳を開いた。

ラナ

 名前を呼ばれる。彼が私を認識しているのだと分かって、身体中に血液が巡る。先ほどの熱量とは比べ物にならない。全身に繋がる血管が火だるまになったような気分。
 違和感を感じたのか横になったまま、私が傷つけた傷痕へ手を持っていく。指先で拭って付着した微量の血液に彼は顔をしかめる。反射的に身体を引き、慌てて謝ろうとした、けれどそれよりも前に彼は私の手首を掴み、逃げられないように拘束してから歌うように言葉を唇に乗せる。無音の空間に、音が響く。

「もっと傷つけてくれてもよかったのにーーああでも、そうしたらキミはここにいられない。僕の存在が消えるから」

 首に持っていった方とは反対側の手で、私の頬に手を当てる。
 その紅い瞳でじっと私を見つめている。そして切望したように諦めたように、二つの相反した感情をない交ぜにしたような表情を向けてくる。私には、きっと、どうしようもないのに。

「消えても良い、消えたかった。けれど、それでも、キミと共になら歩んでも良いと思ったんだ。キミがいれば、ボクと近しいキミの血と、キミの存在があれば、ボクはきっと解放される」
「私の血ならいくらでも。ゼルダ様も望んでいるの。帰ろう、」
「そうか、キミのなかにもまだゼルダがーー」
「ゼルダ様にも、あなたに受けた恩にも関係なく、私が、一緒に生きたいと思ったの。それじゃあまだ不十分かな、シーク」

 悲し気な表情で何かを言いかけたのを遮って、私はことばを紡いだ。何かを堪えるように首を振られても、その意味は私には理解出来ない。理解したくない。
 不十分だと言われても仕方がないと思う。ずっとずっと受けた恩を忘れて、それでゼルダ様に縋っていた人間。ただ息をしているだけで、生きていると称すには到底足りなかったような女。そんな私に何を言われても、不十分だろう。

 それでも。
 それでも、何も持っていない身ひとつの私が言える、唯一のことばだった。
 
 そして、生に執着のない彼にぶつけるべき、唯一のことば。


「それに、血を分けた仲じゃないの。そうでしょう? ゼルダ様に真実を聞いた今、あなた以外の誰が、私の生きる理由になってくれるというの」

 私がそういった瞬間、シークは掴んでいた私の手首に力を入れ、そのまま自分の方へと引いた。身構えていなかった私は容易に、彼の身体の上に崩れ落ちる。胸の辺りに顔が押し付けられ、当然、表情は見えない。ただ、触れ合った部分からとくとくと心臓の音が聞こえてきた。声は、肌を、骨を伝って身体中に響き渡る。薄い衣を通じて、生きているのだと主張するように温度がじんわりと私に移る。

「ボクはきっとキミを不幸にするよ?」
「しあわせもふしあわせも、全てあなたが教えてくれるってこと?」

 そして、私達の世界が鮮やかになるのなら。
 色の無いお互いの世界。きっと初めての経験だらけで、苦労するのだろうけれど。それでもいい。それがいい。そういったこと全部全部、空っぽで不安定な私達で乗り越えていきたいと、素直に思った。
 何もかも『大切なゼルダ様』という逃げ道に続けるのはやめよう、そのための一歩はシークが切り開いてくれた。真実を、提示してくれるというやりかたで。

「キミが今までのボクを殺すんだ。あのひとの言ったことは本当だった――僕らは近くにいると長く生きられない」
「それでもきっと、あなたは私を愛してくれるんでしょう。私を殺して私を愛して、そして私を生かしてみせてよ」


 提示された真実は、いま思うと、惨いものだったのかもしれない。けれど、もうなんでもいいいい。倫理もなにも関係ない。どうでもいいのだ、そんなの、些細なことだ。
 むしょうに顔が見たいと思ったけれど、それ以上に彼の血が欲しかった。カッと全身に火がついたような熱さと、クラクラするほどの高揚がほしい。熱と欲に浮かされて、中毒になるようなその感覚に溺れたかった。
 けれどそんなことよりも、彼と一緒に帰りたい。この空間を壊してしまいたい。どうすれば、それができるのだろうか――その時、扉が開いた。


 すっかり忘れていた、自分の入ってきたその扉だ。まるで、身体の中に残る熱の残り火をかき消す程の冷たい視線を、扉を開けた犯人ーー勇者リンクは向けていた。
 瞳に孕む冷たさを一瞬でかき消した勇者は臆せずに、しかし警戒は抱いたまま部屋に足を踏み入れる。呆れたように私達を見つめた。私は悲鳴を上げそうになるほど驚いて、シークに倒れ込んでいた姿勢から飛び退くようにして立ち上がる。シークも横たわったままの姿勢から、上体を起こして彼の方向を向き、二、三度目を瞬かせた。

「……やっと部屋に辿り着いたと思ったら、ナニ、お取り込み中?」
「リンク! キミまでここに来ていたのか」
「驚いた、本当に『シーク』がいる。その様子だと、ゼルダとは違うみたいね……気になるけど、ま、いいや。俺はね、シーク。ゼルダの隣に並びたくて、それでふらふらっと一人旅続けること早七年。もういい加減、女神様も許してくれたって良いと思わないか」

 何ともいえない達観した表情でそう呟いて、リンクは肩をすくめた。「俺が何をしたっていうんだよ」ぼやきにも似たそれに、私達が何も言えないでいるとリンクは背負っていた鞘から剣を取り出して、そっと身の部分を撫でた。愛おしそうな手つき。先ほどまで、私と離れるまでは持ってなかった剣で、なのにやけに馴染んでいる、何処かで見たようなそれ。

「……マスターソード。リンク、キミは一体それをどこで」
「さっき、ちょこーっとね。まあ、そんなことは良いんだよ。シーク、この空間がどうやって出来ているのか、知ってるんだろう? 核があるはずだ。聖地は何処にでもあり、何処にも無いものなんだから」
「知っていて、言いたくない場合は?」
「お前は言うよ、きっと」

 リンクは目を細めてシークを見た。シークはだんまりを決め込んだまま、相手と目を合わそうとしない。それでも油断無く相手の様子をうかがっているようで、リンクが一歩、シークに近づけば、ビクリと身体を震わせた。

「俺は、あの世界に、ゼルダの隣にありたいだけなんだ」

 狂気を孕んでいるのではないかと、錯覚をしかけるほどの真剣な瞳。いや、きっともう、彼はゼルダ様に狂っているのだろう。シークは観念したように、止めていた息を空中に逃がした。嫌な予感がする。やめてと叫びたかった、けれど出来なかった。喉元に引っかかるようにして想いは自分の中に留まり、シークの決意の滲むその声が聞こえる。

「マスターソードで僕を斬ってくれ、リンク」

 そんな気がしたのだ。私は、どうしようもないように、ゆるゆるとその場に座り込む。へたりと、力の抜けた足は機能しそうにない。目を瞑りたいけれど、身体は言うことを聞いてくれず、どうしてかリンクの方を見てしまう。
 ああ、勇者の決意は固かったはずだ。さすがに見開かれた瞳、しかしその色は納得を示していて望みが薄いことを改めて悟る。「どうして……」私の囁きはほとんど声になっていなかったはずなのに、静かな部屋の中ではいやに大きく聞こえて、二人ともこちらを見た。

「済まない、ラナ。でも僕は、やっぱりゼルダのことを一番に考えたいから」

 シークは冷たい声色でそう言った。抑揚が無い。まるで、任務を遂行している最中のようだと思った。たしかシークとあったばかりの時、そう思ったことがあったっけ。けれど、微かにそれが震えているのに気が付いてしまって、私は何も言えなくなる。感情を抑えるのは得意だろう彼が、それを隠しきれていないのだ。
 私が何かを言ったところで、彼を苦しめるだけだろうと思ったら何も言えなかった。こみ上げてくる熱いもの。瞳にじんわりと広がる潤いを、一粒でも零したくなくて、私は上を向いた。ゼルダ様が憎いと思ったのは、これが初めてだった。今後も一生、そんなことは思いやしないだろう。ゼルダ様は大切な存在なのだから。彼女のためなら自分の命も惜しくない、ただ、どうしてこの瞬間、私から彼を奪うのだろう。

(いまきっと、私、酷い顔してる)


 沈黙がその場を支配した。
 我慢比べのように、誰も口を聞かず、身体も動かさない。瞬きの音さえ聞こえてしまいそうな静けさだった。

 一番最初に動いたのはリンクだった。
 抜き身のままの退魔の剣を一振り、軽い動作で空気を斬る。緊張がその場に走り抜けて、私は余計に身動きができなくなる。

「それしか無いんだったら、俺は斬るよ」
「ひとつ約束してくれないか」
「聞くだけ聞くよ」

 平坦な口調での依頼に、刹那だけ動きを止めたリンクは一度瞬きをしてから、何でも無いことのようにそう言った。シークは真剣な表情でこくりと頷く。「ゼルダを守ってくれ」告げた言葉に、リンクはわらった。嘲笑するように、表情を歪めて。

「珍しいな、シークがそんなくだらないことを言うのは」

 わらいを湛えたまま、リンクはシークに近寄った。シークは穏やかな表情のままそっと瞳を閉じる。ルビーのようにうつくしく、私の心をざわめかせるその宝石はもう覆い隠されてしまった。諦めというよりも、解放を望み、運命を受け入れるような表情だった。私は必死に脳を動かす。けれど、もうどうにもならなくて。(諦めなさい)心の冷静などこかがそう囁くけれど、嫌だ。諦めたくない諦めたくない。諦めたく、ない。

「シーク、生きて」

 頭の中に、リフレインする自分の声。リンクはもうシークの目の前にいた。覚悟を決めて目を瞑ったままだったシークに剣が振り下ろされる。「シーク、生きて」もう一度同じことを自分の口の中だけで囁いた。感情を織り込んだそれが口の中をうごめいた瞬間、剣が肉にめり込む音が聞こえた。骨を断ち切る音が響く。思わず目を瞑ってしまうが、近くにいたせいで掛かる生暖かいものがリアルに事実を伝えてくる。むせ返るような鉄の匂い。吐き気を催すそれに思わず両手で口を塞いだ。手にも液体は掛かっていたようで、口内に塩辛い赤が入ってきた。とくり、心臓が昂る。全身が燃え上がるように熱くなり、今なら何でも出来る気がした。

「どうして!」

 叫びながら立ち上がろうとするが、足が言うことを聞いてくれない。
 何を考えているのか、何をしたらいいのか分からない。身体が揺れている気がする。どうしていいか分からなくて、堪えていた涙がぼろぼろと零れ落ちるのを感じた。頬を伝う、自分のあたたかさ。真っ白い地面に手を打ち付けると、ただただ痛くて、こんなときでも痛みを感じることに苛立った。

「私は、彼と生きていこうと決めたのに」
「ごめんな」

掠れた声の嘆きを聞き、勇者は痛みを堪えるような声で謝罪の言葉を落としたあと、私の頭を撫でる。撫で続けた彼の痕跡をかき消すように。身体の揺れが激しくなって、けれどそれと連動して、狂ったように私の頭を撫で続けたままの勇者の身体も揺れていることに、ふいに気が付いた。違う、私やリンクが揺れているんじゃない。空間が揺れている。間もなく崩れて行くのかもしれない。振動は徐々に激しくなる。逃げ出そうとも思わなかった。

 リンクは何かを悟ったように、その場に立ち続けている。
 とうとう天井も落ちてきた。逃げないと、あたらないとも限らない。にもかかわらず、焦る様子も見せない。あれだけ、ゼルダ様の隣に立ちたがっていたのに。そのためにシークさえ斬ったのに。

 このまま死ぬんじゃないか、それも良いかもしれない。そう思って、そっと目の前の出来事から逃避するように瞳を閉じた。瞬間、何かに包まれるような感触。目を開けると、まるで私達を守るように、ここに来たときと同じ青色のクリスタルが周囲を覆っていた。

 音が止まる。動作が止まる。崩壊も振動も何もかも止まったかと思うと、何処からか透き通るような声が聞こえてきた。ゼルダ様の声に似ていると、そう思ったそれは、誰に向けてか分からないけれど、こう告げる。



《まさかそれで解放されるとでも、お思いですか。相変わらず、甘い子ね》



 どういう意味かと問い返したかったが、口が動かなかった。それはリンクも同様なのだろう、私達は二人とも黙ったまま時が動き出すのを待った。何処からか聞こえてくる、ハープの音色。荘厳な音が私達を誘い、そして私はその音で彼を思い出して、身動きが取れないにも関わらず涙一粒、頬を伝った。

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