They was an old woman 1

There was an old woman who lived in a shoe.
She had so many children, she didn't know what to do;
She gave them some broth without any bread;
Then whipped them all soundly and put them to bed.

 物心ついたときには、すでに自分は『シーカー族』の一員だった。生まれは違うのだと、宮廷に仕えていた薬師は言ったけれど。
 生まれつき身体の弱いらしい自分の、担当医でもあったその初老と呼ぶには程若い中年の男はハイラル王の姉君ーー彼女の話題はタブーとなっており、便宜上、殿下と呼ばれているーーが亡くなったときに、城から姿を消した。この国の第一王位継承権を持つゼルダ姫の乳母、唯一のシーカー族の末裔であるインパが解放した、シーカー族の村であるカカリコ村に隠居したのだという噂も流れているが、真にどうであるかなんてわからない。

 周囲の心配とは裏腹に、大きな怪我や病気も無く成長した八歳の時、殿下がお隠れになったのを覚えている。なんせ、ボクがとある少女の暗殺を命じられたのだから。殿下の最愛の一人娘である、彼女のことだ。
 彼女の暗殺が命じられた理由は些細なことだったと思う。黒い髪が不吉だから、とか、そんな。王家にとっては名目なんてなんでもよかったのだろう。むしろいつもは名目なんてないのに、この時ばかりはそういったものをつけたのは、きっと彼女が仮にもハイラル王家の血を濃く抱いているからではないかと疑っている。それが、本当だろうがどうだろうが、どうでもいいのだけれど。王家の闇たるシーカー族としてのボクには理由なんて関係ない。ハイラル王が命じたことを忠実にこなす、それしか生き残る術はないのだから。
 ゼルダ姫のほかに王位継承権を持ちうるこどもがいることが、ハイラル王には不安要素の一つだったのだろう。殿下もなぜハイラルに帰ってきたのだろう。一部では彼女の死因も暗殺ではないかとまことしやかに噂されている。ボクが命じられたわけではないから本当のところはわからないけれど。ただ、身ごもった状態でハイラルに戻ってきたのだから、それもあり得ない話ではないだろうと推測はできる。

 まあ、そんなことはどうでもいいのだ。ボクは、ボクが生き残るためにあの少女を殺さねばならないだけで。
 しかし、どんな手引きがあったのか、どこから話が漏れたのか、彼女が隔離された部屋へ行ったときにはもうそこはもぬけの殻だった。彼女に一番親しかったボクの担当医の老人を探したが、彼もいない。彼が王家を裏切ったのだろうと確信したのはその時だーーなるほど、インパが警戒をしていたわけだ。彼は中立をうそぶいていたが、殿下の陣営だったのだろう。彼は、ひとまずカカリコ村に逃げ落ちるだろう、あそこでは彼の息子がクスリ屋を営んでいたはずだ。ふつうはそんなわかりやすい場所へ向かわないだろうけれど、ボクにはその時そうとしか思えなかった。あの薬師はいつだって、意味深な言葉でボクを挑発していたのだから。



 カカリコ村へ着く手前、倒れこむ少女を見つけた。ボクは王家から借り受けていた幼い馬から降り、そっと彼女に近寄る。彼女はひどく警戒しており、ボクをみると目を大きく見開いた。
 ボクの姿のためだろうか。今は変装はしていないけれど、ゼルダの影武者をやっているがために伸ばした長い金髪、与えられる食事も満足ではないゆえの女の子とも見紛う線の細さ。もしかしたら、姫と間違えてもおかしくないだろう。唯一彼女と違う、紅い瞳を隠すように一度とじて、凶器を握る手を後ろに回して隠す。
瞼を持ち上げて、彼女を見るとその紅い瞳に吸い込まれそうだと思った。今度は驚いてボクが目を見開く。あかい瞳だと噂には聞いていた。しかし、ここまで自分と似た色だとは思っていなかった。思うはずが無かった。ボクと同じ異端の瞳をどうして彼女が。ボクは、この瞳をもっていたがゆえに、親に捨てられて、王家に拾われて、シーカー族として育てられたというのに。
 そうして彼女を眺めているうちに気がつく。彼女のうねるような真っ黒な髪もハイラルでは類を見ないものだということに。

(これでは、ハイラル王も暗殺を命じるわけだ)

 彼女はどこか浮世離れしており、王家の特徴を何一つ備えていなかったのだ。よく見たら、耳も丸いーーこれも、ボクと同じだ。

 だから彼女は追放された。ボクと似ているのだ。ボクのようにシーカー族として拾われれば、彼女も死ぬ必要はなかったのに。抱いた感想を、そっと胸の中でだけ呟き、ボクは短剣を握りなおす。下手な同情を抱いてしまい、殺せなかったら、命を奪われるのはボクだ。彼女には悪いけれどーーこの頃はまだ、自分の命が一番大切だった。

「あなたは、」

 凛として透き通る声だった。少しの脅えが混ざっていたものの、それでも王族としての威厳を欠いていない。

 ボクが何も言わずにただ歩みを進めると、その赤い瞳を隠すようにそっと目を伏せた。

「暗殺が命じられたのは聞いていましたが、まさか、こんな、」

 震える声、どうしてためらってしまうのだろう。この子を殺してしまうことは、なにか、いけない気がする。この子だからなのか、ボクの覚悟が足りないから殺せないのか。わからない。ボクはまだ、ひとを殺したことがなかった。傷つけることはあった。ただ、最後のとどめを刺す必要はなかった。ハイラル王はこの日のために取っておいたように、命を奪う命令だけは下さなかった。

「お姉さま、あなたが手を汚す必要はないんです」
「なら、自分で死んでくれるというのか」
「……あなたがそれを望むというのなら、喜んで」

 震える声のまま、そう言ったかと思えば彼女は倒れこんだ。食事もきちんと与えられていなかったのだろうか、ひどく痩せこけていることに気がつく。外を出歩くのは慣れないだろうに、靴を履かず、モンスターも掻い潜って必死でここまでたどり着いたのだろう。運がない。カカリコ村の中までたどり着けば、ひとまず助かっただろうに。もうボロボロの肢体を見る限り、ボクが手を下さなくとも、勝手に死んでしまいそうだ。
 ボクがゼルダだと思い込んでいる勘違いも訂正せずに、不躾に彼女を見てそう思う。

 彼女もそれを悟っているのだろうか、血の気のない顔で薄くほほ笑んだ。
 そっと瞼が落ちる。限界だったのだろう。冬にもかかわらず、彼女が纏っているのはただの布切れと入っても差し支えの無いほどの襤褸である。倒れるというよりも崩れ落ちるように立っていられなくなった。力は入っていないのだろう。今はもう、意識が無いに違いない。「ーー」咄嗟に口から零れた彼女の名前。彼女にはきっと、届いていない。それでいい。それでよかった。

 自分が殺さなくても良いのではないか。けれど命令は命令である。ボクは気がつかれないようにごくりと唾を飲み込んで、短剣をもう一度握りなおす。どこを切り裂けばいいのか、それはもう、学んでいる。簡単なことだ。昏睡してしまうほど弱り切った少女に致命傷を与えることくらい。

 覚悟を決めたそのとき、背後に気配を感じて、慌てて振り返った。自分の背後に立たれるまで気配に気が付かないとは、これはまたインパに叱られてしまう。警戒をとぎらせないように神経を張りつめながら、背後に立った人影に気を配る。
 初老の老人だった。杖をついてはいるものの、それを必要とはあまりしていなさそうに見える。髭は生えておらず、皺があるもののその顔付きは実年齢よりもずっと若々しく見えるほど、油断が無い。真っ白に染まった髪の毛を短く刈り上げたその男性は、何を考えているのか分からない、いつものポーカーフェイスでボクをじっと見つめていた。いつも、ボクをからかうその口を静かに開く。テノールの声が滑るように響く。

「追手はやはりお前か、シーク。王の考えそうなことだ。同族殺し。兄弟同士で殺し合い、あわよくばこの娘だけではなくシーク、お前も死ねばいいと思われていたんだろうよ」

 年の割に口が達者で訛っていない。皮肉げに笑みを作って、ボクを見た。ボクは、反論が出来ない。何を言われているのかわからない、意味はわかっても理解ができないようなことをこのひとはいつもボクに言う。

「しかし……久しいな。身体の調子はどうだ? ウン、まあ、俺がいなくなってずいぶんと調子が良くなっただろうな」

 ほら、またこうやって。まるで、この老人がボクに毒でも盛っていたかのような言い様。と、思ったけれど、実際毒を盛られていてもおかしくないという事実に気が付いた。殿下よりの薬師であったのなら、ハイラル王の手下とも囁かれているシーカー族としてのボクに毒を盛っていてもおかしくないのではないか。
 ボクが何を考えているのか、ほとんど読まれているのだろう。皮肉げな笑みはそのままで、老人は言う。

「そりゃあ、お前との接触を断たないために、すこし細工をさせてもらっていたのは事実だがな。身体が弱いというのは間違ってはおらんぞ。まあ、お前の場合は身体ではなく魔力構造に疾患があるんだが」

 そんなことはさておき、と老人は突然、表情を引き締める。まっすぐに真面目な表情でボクを射抜いた。彼はボクをどうしたいのだろう、急に不安に駆り立てられる。この少女を殺さねばーーそれを思い出して、ボクはハッと隣を見る。先ほどまで追いつめていた少女がこの隙に逃げていたら。この老人を前にすると、ボクはいつも平常じゃいられなくなる。まだ、普通の人間なんだと実感すると同時に、これではダメだと思い知る。少女はまだ意識を失ったままだ。気が付かれないようにそっとため息を落とした。
 少女は逃げることも無く、その場に崩れ落ちたまま動かない。

「シーク。そろそろ、事実を知りたくはないか。お前の、真実を」
「そんなもの、求めてない。ボクは、ボクが生きられたらそれで」
「今、お前が殺そうとしてる人間が、お前が欲しいと願っていた家族だと知ってもか」

 揺さぶりを掛けているのだと思った。この薬師にボクが本当に弱かった、ただのこどもだったころを知っている。ボクに本当の家族がいないと嘆いて泣きわめいて王家に仕える人々に叱られてお仕置きを与えられ、独房に閉じ込められた、あの思い出したくもない過去も知っているのだ。闇に葬り去ったと思ってた昔の事実を引っ張り出されてボクは赤面する。

「お前はこの娘の、双子のきょうだいだよ、シーク。ハイラル女王になるべきだった、俺がそう思っていたあの女が他所で、俺の関知しない所で孕んだこどもの片割れだ」
「うそだ……」
「本当だよ、おかしいと思わなかったのか。影武者になれる程、あの姫さんと似ているということを。この娘と、同じ色の目を持っているということを」
「どうしてーー」


 どうして、それを今、言うのか。

 ボクがそれを欲しかったときに、何故言ってくれなかったのか。彼が告げたことは、真実であれ、どうであれボクを動揺させるには充分だった。

「あの時お前がその事実を知ったら、こうやってこの娘を殺しに来ることが出来たか? お前はハイラル王に試されていたんだ。どの程度任務を忠実にこなせるのかーーどの程度自分の駒に仕立て上げることが出来たのか。自分の地位を脅かす女の子を野放しにするような奴ではないだろう、あの王は」
「それで、あなたは、ボクがこうやって実の『妹』を殺しにきた姿をわらっているという訳ですか」
「そうだな。お前は、ここで『妹殺し』の罪を背負うことになる。一生の罪だ。その覚悟はあるのか」

 ボクに選べないと分かっていて、こんなことをいう老人を心底恨んだ。このときのボクは、自分の命が一番だった。けれど、腹の足しにもならない家族の存在をずっとずっと羨んでいたし、このときには既にゼルダが大切な存在になっていた。自分の命と引き換えには出来ないけれど、同等くらいには、もう大切だった。日々の苦しい暮らしの中で、日だまりのような彼女の存在に救われていた。

 『妹』を殺したとしたら、ゼルダはどう思うだろうか。
 何も考えず、ここまでやってきたけれど、ボクは果たして、この娘を殺した時、ゼルダに負い目なくいられるのだろうか。いられないだろう。人を殺すこと、その罪を背負うこと、それはすでに覚悟していた。人の命を背負うということがどんなことか、まだ分かってはいないけれど、その途方も無い責任を投げ出さないでいこうと。けれど、けれど。今隣で倒れているこの少女は、この老人の妄言を信じるのならボクの妹でありーー、それよりも前に、彼女はゼルダの従姉でもある。
 ゼルダは彼女の存在を慈しんでいた。僕らよりも年下なのに、こどもには通常持ち得ないような母性で、僕らをーー彼女を。

 殺していいのか。そう問われるともう、ボクは何も言えなくなる。
 殺さなくてはいけないのだ。わかってる。それは分かっているけれど、ボクには選ぶ勇気も覚悟も足りないーーただの人形に成れさえすれば楽なのに。人格を根こそぎ剥いで、ただ言われたことをするだけの人形に。





 ゼルダのことを考える。ボクの感情を考える。だって、でも、それでもーー


「ボクは死にたくない」



 老人は微笑を浮かべ、杖に添えた右手とは反対の手で、その真っ白な頭をかいた。

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