They was an old woman 3
She had so many children, she didn't know what to do;
She gave them some broth without any bread;
Then whipped them all soundly and put them to bed.
そして、九年が経った。あの二年後には、緑の勇者がやってきて、ハイラル城はガノンドロフに蹂躙され、ハイラルは闇に堕ちた。ゼルダは逃げ出し、シーカー族に伝わる古い魔法で、ボクの魂を彼女の中に移し、目的が達成されるまで、ゼルダはボクになった。いらなくなったボクの身体は魔法の代償として捧げられどこかに消えてしまった。目的が達成されれば、ゼルダが隠れる必要さえ無くなれば、ボクはもういらなくなるのだ。平和な時代に、ボクのような存在はいらない。
ゼルダは知らないまま、眠りについている。ボクが起こすまでは、もしくは魔力が尽き果て、魔法が解けてしまうまでは目覚めることは無いだろう。ボクが、ゼルダ。ゼルダは、今はボクなのだ。
ボクはボクのまま、シーカー族のシークとして、表舞台にやってきた。諜報を行い、吟遊詩人として生き伸び、リンクが目覚めるのを待ち、そして、任務の途中、ガノンドロフの手の者に疑われ戦闘になり相打ちで倒れた。瀕死の状態でカカリコ村に到達し、門兵もいない不用心な村へと侵入した。尤も、シーカー族の加護があるのだから、滅多なことでは中に魔物は入ることが出来ないようになっているのだが。
(あの時の、あの少女のようだ)
不意にあの時のことが思い浮かんだ。少女は元気にしているのだろうか。このまま放っておけば、あのときのあの少女のように自分も死にかかってしまうのではないか。あの老人は数年前に死んだと、風の便りで聞いた。あのときみたいな助けを期待するのには無理がある。そもそも、今は亡きハイラル王の手先に成り下がったボクみたいな存在を、彼は助けにこないだろう。
(ここで、死ぬわけにはいかない)
ボクの命なんて、どうなっても構わない。ただ、まだその時ではないのだ。生き延びねばならない。意識を飛ばしそうになりながら、必死で歩みを進めようとしても、もう限界で倒れ込んでしまう。その場でどのくらいそうしていたのだろう。気が付いたら、目の前に少女が立っていた。うねるような黒髪、紅い瞳の少女。もしかして、いや、そんな都合の良いことが起こりうるはずがないーー
少女は、ゼルダ様、とボクを見て言った。あの時とは違い、ゼルダと発想しうるはずが無いのに。ボクは今、本当に男の姿をしている。
「ゼルダの、知り合いか」
罠かもしれない。まだ追手がいたのか。しかし、こんなに弱っている自分に回りくどいことをするかどうか、混乱している中、警戒が故に低い声で尋ねると、しどろもどろとして少女は言い訳をする。ああ、あの時のような凛とした姿ではない。この九年の間に何があったのだろう。すこしの失望と、普通に生きている、ということへの安堵が綯い交ぜになって襲ってくる。
そして、看病のために彼女の家へと連れていかれ、あのときのショックからか、彼女が王家にまつわる記憶を全て無くしてしまっているということに気が付いたのである。
ボクのことを覚えていないのは、好都合だったが、真実を言い出せないのは苦しかった。ボクにとって彼女は忘れたことも無い、かけがえの無い妹であったのに、彼女はボクの存在を知らないどころか、ゼルダにすべてを捧げて生きている。どうしてキミも。僕らはどうしてあのゼルダという輝かしい高貴な娘に心を奪われずにはいられないのだろうか。せめてキミだけは、王家とは関係のない場所にいるキミだけは、こんな感情を抱かないで欲しかったのに。
どうして、倒れた時、弱った時、キミは現れるのだろう。足りない魔力を補うために彼女を傷つけてしまったときは、どういうようもない後悔に襲われた。ゼルダの為に自分の命を使うことに後悔は無い。だけれど、あの子のことまで犠牲にするつもりは無かったのに。
なんて貪欲になったのだろう。
ボクは、ひとつしか選べないのに。なにも選べない、選択が出来ない。あの子が欲しい。妹だろうがそうでなかろうが、ボクを慈しんでくれる存在を失いたくない。ゼルダと違って、ボクと極近い位置に立っている彼女。手を伸ばせば届いてしまうのではないかと。
目的を終え、ボクの魂が聖地に導かれた。あの時、あの場所に聖地を構成する要となっていたボクを、リンクがマスターソードで切り裂いたことによって、魔法の代償として捧げたはずのボクの身体も、一緒に元あったハイラルへ帰ってきたのだろう。その代わりに、魂が聖地に拘束され、そしてあの場を司る女神のひとりはボクをわらった。
魂が聖地に運ばれたときも、そうだった。
目的が達せられ、ボクには帰る身体が無いのだから死ぬのだと。死ねば、すべてから解放されるのだと思った。しがらみがなくなればいいと、だから死ぬのは怖くなかった。
拘束されるのが、現世から聖地に変わるだけだと知ったときの絶望は計り知れない。女神はわらうだけだった。王族の血を受け継いだ運命《さだめ》だと。ハイラル王の魂も、探せばきっとどこかにあるのだろう。まだ繰り返されていなければ。
《まさかそれで解放されるとでも、お思いですか。相変わらず、甘い子ね》
聖地が崩壊してしまった時に、聞こえてきたゼルダにも似た声が、あの時と同じ女神だと、ボクには分かった。ボクは、解放されるのだと、現世には帰れないまでも、今度こそきちんと眠りにつけるのだと安堵した、それを見透かしていたのだろう。
リンクとあの子によって、身体は現世につれて帰られ、ボクは魂だけ聖地に拘束された。何か代償がないと、移動させることができないということらしい。それは当たり前だ。甘い考えだったのは認めざるを得ない。どうして解放されると思ったのか。解放されるとしたら、代償に何かを残さねば。それが、彼女じゃなくて良かったーーラナなら、代償に足る素質がある。素直にそう思えて、そう思えた事実に安堵する。
それなのに、突然引っ張られる感覚がしたかと思うと、目の前の白が急速に色づき始める。ぐるぐると回るようにいろいろな景色が展開され、いろいろな世界を見せつけられ、頭がおかしくなりそうになってきたとき、視界が一面赤色に変わる。
何のアカだか、最初は分からなかった。
むせ返るような鉄の匂い、胃の中身はからっぽなはずなのに、全て吐き出してしまいそうになって、周囲を見回す。
液体がボクを真っ赤に染めて、それで掠れた声で狂ったように、呪いのように、何度も何度も。
「シーク、生きて」
嫌な予感がした。